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他者とのコミュニケーションを考えるVol.4 オンラインコミュニティは孤独を癒すのか?(全4記事)

コルク佐渡島氏が“わかり合える相手”と初めて出会えた瞬間 孤独だった少年時代の先に待っていた「天職」

コロナ禍でオフラインで他者と触れ合う機会が減った中、「オンラインコミュニティ」の可能性を探る対談イベントが開催されました。「オンラインコミュニティは孤独を癒すのか?」をテーマに、株式会社コルク 代表取締役の佐渡島庸平氏と株式会社Ridilover 代表取締役/一般社団法人リディラバ 代表理事 安部敏樹氏が対談しました。本記事では、佐渡島氏がこれまでの実体験の中で感じてきた孤独について語られました。(画像提供:株式会社Ridilover)

他人と話が通じ合うはずだ、という誤解から生まれた「孤独」

安部敏樹氏(以下、安部):今回はまず「他者とコミュニケーションする上で、自分自身の孤独について考えてみる」という話をしていきたいと思っています。

21世紀は孤独の時代とも言われていて、イギリスには社会的孤独者問題に対処するために「孤独問題担当国務大臣」がいたりしますよね。孤独って社会問題としてすごく注目されていて、たとえば高齢者の自殺問題では、孤独を起点にうつ病になり、その後自ら命を絶ってしまうケースがあります。

そういう観点で見る時に、まず佐渡島さんにとっての孤独ってどんなものなのかを聞いてみたいなと思っていて。どうですか?

佐渡島庸平氏(以下、佐渡島):まず、僕自身がたぶん昔は「孤独だ」と思っていたんだけど、それはほかの人と話が通じるものだと思っていた僕の勘違いが原因かなと。

安部:「(ほかの人が)わかってくれると思っていた」ということですか?

佐渡島:そうです。「同じ感覚を持っているはずだ」という前提が間違っていた。僕なんかは本を読んで、本の中の人物と「この人のこの気持ちわかる!」と思って、そこで通じ合っていると思うわけだけど。同じような感情を持っている人や、その本の中にあるような感情、その本を読んで「わかる!」って思う人と出会うことがなかなかできないわけだよね。

安部:そういう人ってどこにもいないんですか?

佐渡島:いや。どこにもいないわけではないのかもしれないんだけど、こっちのコミュニケーション能力も低いから。

安部:伝え切らんと。

佐渡島:伝え切らんし、相手から聞き切れない。

安部:そうですね。コミュニケーションの課題って、発信側と受信側それぞれにありますもんね。

本の虫だった少年が、理系ばかりの灘高を選んだ理由

佐渡島:そう。僕、(進学する時に志望校は)「灘か慶應か早稲田か」って思ってて、灘高校に行ったんです。なんでかと言うと、灘高と慶應大学は遠藤周作が行った学校なので。

安部:なるほど。渋いところ突いてくるなぁ。

佐渡島:早稲田はね、村上春樹で。

安部:なるほど(笑)。その頃からずっと文学好きだったんですか?

佐渡島:そう。

安部:小学校の頃から? 

佐渡島:小学校の頃からすごく本を読んでいて、ずっと歩きながら本を読んでたから。

安部:うわ~、本の虫!

佐渡島:ずっと本を読んでいて、高校に入る時に、日本一頭がいいと言われている学校だったらわかり合える人がいるんじゃないかって思って。

安部:僕の感覚もわかるんじゃないか、自分とわかり合える人がいるんじゃないかと思ったということですね。

佐渡島:そう。なんだけどね、灘高って理系の学校で。すごくたくさん本読んでるような人がいないんだよね。

安部:「めっちゃ数学好き」みたいな人が多いんだ。

佐渡島:いろいろな本は読んでるし、みんな知識レベルは高いんだけど。僕の学年で同時に2人文学部に行ったんだけど、それで「めっちゃ珍しい年だ」ってなったくらいだから。

安部:1学年にこんなにいっぱい生徒がいるにも関わらず、大学の文学部に2人進んだことが珍しいと。

佐渡島:そう(笑)。

安部:「そんなことある!?」っていうレベルですね。

佐渡島:7割から8割が理系だから。

安部:灘はね。そうなんだ。

佐渡島:文系のクラスは、1クラス作れるかどうかだから。それは高校の間だけだと思ったんだけど、東大の文学部に行っても結局ね。そのあと東大の英文も行くんだけど、「英語だと潰しが効きそうだから」という感じで。

安部:積極的な理由じゃない。

作家と通じ合えた時に「編集者は天職だと思った」

佐渡島:東大の文学部でも、文学のことを深く語れる人はもう数人で、本当にちょろっとしか出会わなかった。やっぱり「話がなかなか通じないなぁ」と思っていて。出版社に入って作家の担当をするようになって、作家の人たちと話をするようになって、「あ~、話したかった話ができる人たちがここにいる!」ってなったんだよね。

安部:でも、そういう人たちが見つかったんですね。最後の最後に仕事で。

佐渡島:そう。作家と通じ合えるのがすごく楽しくて、編集者は天職だと思った。日常でなにか感じたことを感想として作家さんに伝えると、そこから刺激を受けたことが物語になって返ってくることが繰り返されるから、死ぬほど楽しい。

いろんな作品でそういうことが起きていて。僕さ、講談社に行くのを迷った『FRIDAY』と『週刊現代』があって、そこに配属されたら、うまく働けないなと思って。

安部:それは、『FRIDAY』や『週刊現代』を発行する部署に配属される可能性があったということですか?

佐渡島:そうそう。自分の希望通りに行くわけでなく、人事部の判断で配属されちゃうから。

安部:リディラバにもね、『週刊文春』から来てるやつがいるんですよ。そいつも、文学がめちゃくちゃ好きで好きでしょうがない男だったんです。私の大学の同級生なんですけど、入った瞬間、「君はここだと決めていた」と言われて、文春だけやってましたね(笑)。佐渡島さんにも、そのリスクがあったということですね。

佐渡島:そう。「講談社へ行くか、どうしようかなぁ」って迷っていた時に、(東京)大学の英文科で出会ってすごく尊敬していた(ジョージ・)ヒューズさんという教授がいたんだけど。そのヒューズさんがさ、「いや、見方を変えてごらんよ」と。

「“圧倒的な動かぬ証拠”というかたちで写真が提示されることで世の中をすごく変えていて、世の中を圧倒的に変える瞬間を撮るために、ゴシップとかもやっている。そういうメディアの存在を信じている人が、講談社の中にもいるんじゃないかなぁ」と、その教授が僕に言ってくれて。

「あ、そういう考え方があるんだ」と思って。それが僕の人生にすごく影響を与えて、講談社に入ろうと思って入ったわけだけど。そういうエピソードも漫画家に話すと、作品の参考にしてもらえたりする。

安部:うわ~、そうなんですね。 

メディアは“新陳代謝”を求めるもの

佐渡島:やっぱり会話だけだと心と心を触れ合わせるのは難しいんだけど、会話が作品になってキャッチボールで戻ってきて、それに対してまた会話を返して。その循環作業の中で、「通じる人がいない」という感覚がなくなっていったんだよね。人と人は、心を通じ合わせることができると考えるようになった。

それで「作家と長期的な関係を築きたい」と思ったけど、メディアではそれはしづらいと感じるようになった。メディアって、基本的には新陳代謝を求めるものだと僕は考えていて。

安部:新陳代謝?

佐渡島:新しい人、ニューカマーが出てくるほうがいいわけよ。

安部:無理にでもニュースターを作りたがりますよね。

佐渡島:YouTubeやClubhouseにしたって、アルゴリズムとしては「勝った人がずっと勝つ」んじゃなくて、ニューカマーがけっこう出てこられるような感じになっている。

安部:TikTokとかもすごくわかりやすくて、初投稿はみんなに見られやすい場所に表示されるようなアルゴリズムになってますもんね。

佐渡島:プラットフォームにとっては、それはすごく重要で。古参がずっといるプラットフォームはあんまりよくない。明らかに水が淀むからね。出版社はプラットフォームだから、どっちかと言うと作家の交代を促すのも重要な仕事なんだよね。

安部:肩を叩くということですか?

佐渡島:肩を叩くというか、競争が生まれるような仕組みを作っていって。

安部:なるほど。古参がずっといるとしても、その競争を勝ち抜いているのであればいいわけですよね。その人自身がアップデートされていれば、それも新陳代謝であると。

好きな作家の作品は、うまく書けていない時も含めて味わい深い

佐渡島:そう。だけど僕の人間観として、ずっと120パーセントの状態の人しかそこにいられないのはスポーツだったらいいんだけど、作品の場合は違うなと思う。僕、文学の研究者にもなろうと思っていた時があったから、作家の人生を流れで見ていたりすると、うまく書けていない時のほうが味わい深かったりするんだよね。

安部:つまり“斜陽なところにある哀愁”のほうが、いい作品になる可能性もあるってことですよね。

佐渡島:世間的にはいい作品じゃなくても、その作家自体をすごく好きって思っていると、それも含めていい作品やいい作家になるから。

安部:それってもう愛ですよね。なんかおじいさん・おばあさんのちっちゃくなった背中を愛おしく思うのと、すごく近い感じですよね。

佐渡島:あ、そういうとこぜんぜんある。

安部:そういうのも含めて作品だと。

佐渡島:そう。プラットフォーム側よりも、作家をサポートする側の仕組みのほうがコミュニケーションを取るうえでおもしろいなと思って、(コルクを)起業したところがあるんだよね。

安部:なるほど。それは確かにすごく徹底してますね。一貫してる。あくまでも、大好きなコンテンツを作る人たちがいて、その人たちに対するリスペクトを持って、良い相互作用を及ぼしたいという欲望があると。

だけど出版社やメディアプラットフォームの側に付いてしまったときから、ある意味作家に新陳代謝を促さなきゃいけなくなっちゃう。

佐渡島さんの好きな味わい深さは、いい時も悪い時も含めて存在しているはずだから、常に作家側に立ったエージェントになりたい。そういうものが仕事としてあるんじゃないか、と(思って)作ったのがコルクなんですか?

佐渡島:そう。その(仕事の)中では、作家とは深いコミュニケーションが取れるわけなんだけど。やっぱり41歳というこの歳になっても、日常生活のコミュニケーションは、難しいと感じる。

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