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新しい時代の「学校」の可能性(全5記事)

“東大×ホテル経営”をこなす女子大生を作り上げた教育法 「先生と親の教育方針に齟齬がなかった」

学校の先生たちが社会とつながる場を提供し、新しい視点を届けることを目的とした「先生の学校」が1周年イベントを開催しました。テーマは「Think Day~未来の私を考える日~」。セッション3で行われた「新しい時代の『学校』の可能性」では、東大に在学しながら北海道の「petit-hotel #MELON富良野」や京都の「HOTEL SHE, KYOTO」といったホテルを経営する龍崎翔子氏が登壇しました。龍崎氏が学業と経営の両立を目指す理由は? そこには今の若者が求める「学びのスタイル」がありました。

SNSで友達が増えるソーシャルホテル

河田豊氏(以下、河田):途中で三原さんが、めっちゃしゃべりたそうにしていましたが、大丈夫ですか?

龍崎翔子氏(以下、龍崎):(笑)。

三原菜央氏(以下、三原):(笑)。私も「HOTEL SHE, OSAKA」に遊びに行ったのですね。今回作られたホテルは「SNSの友達が少し増える」といったコンセプトでやっていらっしゃるのですが、泊まったら本当にFacebookの友人が3人も増えたんですよ。

それをさっき彼女も言っていましたが、「三原さんならこの人とつなげるのがいいんじゃないか」というようなことを、すごくアナログにやってくれるんですね。

「三原さん、こういう人がいて紹介したいので、ぜひつながせてください」といったことがホテル中で起こっているという、なんだかすごく不思議な体験をしました。そこがコミュニティのおもしろさというか。

私、けっこう人見知りで、あまりそういった人がワイワイいる空間に行けないのですが、それはすごくすんなり受け入れられたということがありまして。

それはやっぱり、龍崎さんが私のことを知ってくださった上で「この人だったら」と紹介してくださっているからこそであって、すごく居心地がよかったのだろうと思います。コミュニティづくりはおもしろいなと思いましたね。

河田:それ、すごいですね。泊まった人を勝手に結びつけていくような感じということですよね。

龍崎:そうですね。実際は少し難しいところもあるのですが。例えば、この間いらっしゃったのはレセプションパーティでしたので、ほとんどみなさん私の知り合いだったり、新しく来た方もどなたかのお知り合いだったりしたので、すごく紹介しやすかったのですが……。

実際は、ホテルに訪れた初めて会った方同士をいかにつなげるかというのはすごく難しいところではあります。お客さまの層にもよりますし、ノリにもよるところがあるので、今がんばっているところです。

河田:なるほど、ありがとうございます。

東大にいるからこそ学べたことは?

河田:さっきより活発に、sli.do(会場から質問などを受け付けられるサービス)にめちゃくちゃ書き込んでいただいていますね。

龍崎:追えない(笑)。

河田:「東大にいるからこそ学べたことの具体例が聞きたいです」と書いていただいていますが、この問いでパッと思い浮かぶことはありますか?

龍崎:いや、もう本質的な質問すぎて難しいかなという気もするのですが。

河田:(笑)。

龍崎:東大じゃない大学でもできることはたくさんありますが、その中で東大だからこそというのは、教授陣が一流なことでしょうか。

もちろんほかの大学にもすごく優秀な方がたくさんいらっしゃるのですが相対的に見て、一流の方とすごく近い距離で学ぶことができます。自分の疑問に対してフィードバックしてくれたり、その方の思想をより近い距離で追っていくことができるというのがやっぱり一番いいところですね。

河田:ありがとうございます。

小学3年生の時に出会った「心に残る先生」

河田:さっき質問でもどこかで流れていたと思いますが、「どうすれば龍崎翔子のような子ができあがるのか?」というのが、僕はかなり興味があります。

龍崎:(笑)。

河田:先生もそこに興味がある方もかなりいらっしゃるのではないかと思うのですが。ちょっと1つ聞いてみたいと思うのが、大学より前の高校、中学、小学校で記憶に残っている先生はいますか?

龍崎:小学校の2年から3年まで教わっていた、山田先生という美人で若い女性の先生です。

河田:なんの教科の先生なの?

龍崎:その方は一応、数学専攻だったようです。この方のことが私は一番好きでしたし、心に残っています。

この先生がとても変わっている経歴の方なのですね。イスラエルで幼稚園の先生をしたり、アメリカで教えていたりといった経歴を経て、流れ流れて日本の小学校の先生になったというような方でした。

河田:それはめっちゃ変わっていますね(笑)。

龍崎:今は台湾にいるようなのですが。私、3年生でその先生が担任をされているときに、無謀にも先生の家にお泊りに行ったことがありまして。

河田:どういう流れで泊まりに行くの?

龍崎:ありえなくないですか? はじめは先生と、もう1人は仲の良い友達と一緒に遊びに行こうといって、近所のジャスコのプリクラを一緒に撮りに行ったことがあるのですね。

河田:かわいいですね(笑)。

龍崎:クレープを買ってくれて、「あー、すごくいい先生!」と思って。それで調子に乗って、ほかのお友達と「山田先生の家に泊まりに行きたい」というようなことを言っていたら、いつの間にか「いいよ」と快諾してくれたのです。

「褒める・叱るをロジカルにできる人だった」

龍崎:当時の先生は妊娠中ですが、ご自宅に呼んでいただいて、先生はもちろん先生の旦那さんと一緒にお泊りしたり、花火をしたりといった経験を2回もさせてもらいました。なにかそういう、かなり自由な方だったと思います。

河田:その先生は、龍崎さんにとってどういった存在だったのですか?

龍崎:どういう存在かな? 教育者としての側面がすごく強い先生だったと思います。

生徒の個性や自主性をすごく重んじながらも、その先生の教育観に照らし合わせて、きちんと褒める・怒るをすごく機嫌よくやるというか、褒める・怒るをちゃんとロジカルにやってくれる方だったので、そうしたところがすごいなと思っていました。

中学の時に好きだった、すごくお世話になった先生もわりとそうしたタイプで、教育者としての側面がすごく強かったという部分はありますね。

河田:なるほど。勉強はずっと好きだったのですか?

龍崎:勉強は、そうですね、小学校の頃に関してはわりと放っておいてもできる感じだったのですよね。でも、中学になるとちゃんと勉強をするように一応なりましたね。

河田:「この先生が好きだからこの教科をがんばる」といったことが、中学・高校ぐらいの、とくに女性としゃべっているときにそうした話をよく聞くのですが。そういうことはありましたか?

龍崎:あると思います。小学校のときに塾に通っていた時期がありまして、その塾の先生がすごくみなさんいい人で。

とくに社会の先生の話がすごくおもしろかったので、そういう方のお話をずっと聞いて、「めっちゃ目をキラキラ輝かせながら授業を聞いていたよ」ということをあとからフィードバックされたりしたこともありました。そうしたことがきっかけで、いまだに歴史などはすごく好きですね。

河田:やっぱりそういうことはあるのですね。

一人っ子は「先生」から新たな知識を得る

河田:三原さん、今のお話を聞いていて、三原さんは逆に印象に残っている先生はいますか? 小、中、高あたりで。

三原:私も両親が学校の先生をやっています。2人とも小学校の先生なのですが、2人とも「仕事がつらい」「楽しくない」というようなことを一度も聞いたことがないのですよ。むしろ「学級通信なに書こうかな」など、すごくニコニコしている2人の姿を見ていたので、先生という職業そのものがすごく好きでした。

私は一人っ子なのですが、一人っ子はなにか新しい知識を得るときに先生からが多いのですね。知らないことがすごく多いので。

お姉ちゃんやお兄ちゃんがいる方は、お姉ちゃんやお兄ちゃんから情報をもらって漫画が好きになったり、なにかを好きになったりすることもあると思いますが、一人っ子はその存在が先生に変わることが多いのです。

そういったこともあり私は先生という存在が好きで、いろんな先生に影響を受け、自然とその流れで先生になったということもあるかと思いますね。

龍崎:それわかりますね。親が先生だと、先生はそうした好きな存在なのですね。

三原:そう。好きな存在として勝手になっているということはありますね。

河田:まあ、親であり先生である、というような感じですもんね。

三原:そうですね。

河田:なるほどなるほど。ありがとうございます。

教育は家庭と学校の双方向によるもの

河田:そうなったときに、龍崎さんにちょっと聞きたいのですが、家庭と学校の役割についてはどうお考えでしょうか。

龍崎さんの場合は親が先生だったのですが、実際に習っていたのは親ではなくて、学校の先生がいたわけじゃないですか。学校の先生と親との関係性で「自分はこうだった」「こうだったからよかった」などと思っていることはありますか?

龍崎:そうですね。1つは、うちの親はけっこう先生とコミュニケーションをとろうとしていたタイプの人であったと思っています。例えば、家庭内で私の悪い癖などがあると、親が先生にかけあって「今、翔子のこういう悪い点を指導しているので、学校で翔子がこういうことをしていないか、チェックしてくれませんか?」といったことをかけあったりもしていたようです。

教育は双方向だと思っています。それこそ、親の教育方針などを先生もある程度理解しておくべきだし、逆に学校の教育方針をきちんと親に伝えることだったり、あるいは教育の仕方などをきちんと親と先生がコミュニケーションをとって、双方向から子どもに対してちゃんと齟齬のないように教育していくことが本当はすごく理想的なのではないかと思っています。

家庭内からの教育と社会的な教育のどちらも不可欠だと思っているので、そこのコミュニケーションをきちんと取れることが理想だと思いますね。

河田:なるほど。一番下に「親が教育者だと、学校の先生について目がつくことが多くはありませんか?」といった質問をいただいているのですが、子どもとしてこれを感じることはありましたか?

龍崎:いや、どうですかね。確かになくはないです。例えば「この先生はちょっとやりすぎだね」、逆に「この先生はほったらかしすぎだね」といったことを話していたりもしていたのですが、私の親に関しては、基本的にはやっぱり「先生の言うことをちゃんと聞いて」というスタンスでした。

その先生にはその先生なりの教育ポリシーがあるから、それを中途半端に否定しちゃったりするとやっぱり効き目がなくなってしまうので。その人のポリシーはそういうポリシーだと思ってきちんと受け入れるように、というような話をうちではけっこうされていたように思います。

河田:なるほど、すごいですね。それ。どうしても目がいって指摘しちゃいそうな気がしますが。

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