世界を変えることは誰にでも可能

ウィリアム・マクレイヴン氏:パワーズ学長、フェンヴス学務長、学部長の皆さま、教員およびご家族、ご友人の皆さま、そして、最も重要な2014年の卒業生の皆さまに御礼申し上げます。

私にとって、今夜この場所に立てることは、本当に光栄なことです。私がテキサス大学を卒業して37年が経ちましたが、卒業式のことはたくさん覚えています。

前夜のパーティのおかげでひどい頭痛だったことや……。

(会場笑)

のちに結婚することになるガールフレンドがいたことなどです。

(会場歓声)

それにしても覚えておくというのは大切なことです。その日、私は海軍への入隊を任命されたことも覚えています。しかし、誰が卒業の挨拶をしたのかだけ、覚えていないのです。そして、その人が言ったことを何ひとつ思い出せません。

このような事実があるため、私のスピーチも記憶に残らないものになるかもしれませんので、少なくとも短めに終わらせるようにします。

(会場笑)

大学のスローガンは「ここで始まることが世界を変える」です。今夜、約8000人以上の学生がテキサス大学を卒業します。厳密な分析で非常に有名なAsk.comによると、平均的なアメリカ人は人生で1万人の人々と出会うそうです。

1万人というと、とても多い人数です。しかし、もしあなた方全員がたった10人の人生を変えれば、そしてまたその10人が他の10人の人生を変え、また他の10人……ということになれば、5世代、つまり125年間のうちに、2014年の卒業生は8億人の人生を変えることになります。

(会場歓声)

8億人。アメリカ合衆国の人口を2倍以上上回る人数です。もう1世代加えると、世界の人口80億人すべてを変えることができるのです。もし、10人の人生を永遠に変えてしまうなんて難しいと思うのなら、それは間違っています。イラクやアフガニスタンでは、毎日起きていることなのです。

若い軍人が、バグダッドの道を右ではなく左へ進むことを選んだおかげで、彼と一緒にいる10人の兵士が待ち伏せ攻撃を受けずに済む。アフガニスタンのカンダハールで、女性下士官が何かが間違っていると気づき、歩兵小隊を500ポンドの簡易爆弾から遠ざけ、12人の兵士の命を救う。

ひとりの決断によってこれらの兵士が救われたということだけでなく、彼らの子供たちも、孫たちもと何世代もが救われたことになるのです。ひとつの決断、ひとりの人間によって。

世界を変えることはどこででも起き、また誰にでも可能なことです。なので、ここで始まることが本当に世界を変えうるのです。しかし、問題は「あなた方が変えた後の世界はどうなるか?」ということです。それはずっと良くなるはずだと、私は自信を持っています。

しかし、老婆心ながら言わせてもらえるのなら、より良い世界にするためのいくつかの提案があります。これらの教訓は、私が軍隊時代に学んだものですが、制服を着る仕事に就くかどうかは関係ないことを約束しておきます。ジェンダーや民族・宗教的背景、志向、社会的地位などにも関係しません。

この世界での、私たちの苦労は似ています。そして、それらの苦労を乗り越え前進するための教訓です。自分自身を変え、周りの世界を変えることで、すべてを平等にします。

世界を変えたければ、ベッドメイキングから始めよう

私はネイビーシールズ(アメリカ海軍の特殊部隊)に36年間いますが、すべてはテキサス大学を卒業し、基礎訓練のためにカリフォルニアのコロナードへ行った時から始まりました。

基礎訓練は6ヵ月に及び、柔らかい砂の上での厳しいランニング、サンディエゴでは深夜の冷水の中での水泳、障害物のあるコース、終わりのない体操、眠れない日々、そして常に寒く、濡れていて、みじめな気持ちでした。

6ヵ月間ずっと、弱い心や体を見つけてはネイビーシールズから除外しようと目を光らせる、鍛え上げられた兵士たちに悩まされました。しかし、訓練では同時に、定期的なストレスや無秩序、失敗や苦しみといった環境の中で、リーダーシップを発揮できる訓練生も探していたのでした。

私にとって、シールズの基礎訓練は6ヵ月に詰め込まれた挑戦の時期でした。ここに、私がシールズの基礎訓練から学んだ10の教訓があります。あなた方が人生で先へ進むにあたって、きっと役に立つでしょう。

シールズの訓練では毎朝、指導官―当時は皆ベトナム戦争の退役軍人でした―が兵舎室へ現れ、最初にすることは私のベッドのチェックでした。正しくできているか、つまり、角が四角くなっていて、シーツがシワなく伸び、枕がヘッドボード下の中央に置かれ、予備の毛布が棚の下にきちんと折りたたまれているかを見られました。

それは単純で平凡な仕事ですが、私たちは毎朝ベッドを完璧にすることを求められました。その当時は、少しバカバカしく思えました。特に、私たちは真の兵士、戦闘のために鍛え上げられたシールズを高く志しているという事実と照らし合わせても。

しかし、この単純な作業の智恵が、本物であると何度も思い知らされました。ベッドを毎朝整えると、その日の最初の仕事を完了したことになり、それだけで褒められたような感じがして、その他の仕事も次から次へと頑張れるような気になるでしょう。

そして、1日の終わりには、ひとつの仕事の達成が積み重なって、いくつもの仕事の達成になります。ベッドメイキングとは、人生の小さな物事を強固にしてくれるものでもあるのです。小さな物事を正しく行えないのなら、大きな物事を正しく行うことなど決してできないでしょう。

もしも惨めな1日を過ごしたとしても、家に帰ると自分が整えたベッドが待っています。そして、そのベッドがあなたに明日をより良くする勇気を与えてくれるでしょう。だから、世界を変えたければ、ベッドメイキングから始めましょう。

(会場笑、拍手)

世界を変えたければ、助けてくれる誰かを見つけよう

シールズの訓練の間、訓練生たちは全員ボートの乗組員にされました。1チーム7人で、小さなゴムボートの両脇に3人ずつと、指示を出す1人の艇長という形です。毎日、乗組員たちはビーチに編隊を組み、磯波帯を通り抜けて沖まで数マイル漕ぐよう命じられます。

冬には、サンディエゴ郊外の波は8~10フィートもの高さになり、突き刺すような波の中を、全員が飲み込まれずに漕ぐのは非常に難しいものでした。ひと漕ぎひと漕ぎが、艇長の数えるとおりに揃っていなければなりません。全員が等しい力を働かせないと、ボートは波に跳ね返され、ぶっきらぼうにビーチへと押し戻されてしまいます。

ボートが目的地にたどり着くためには、全員が漕がなければなりません。世界はひとりでは変えることができないのです。誰かの助けが必要です。出発地から目的地へ行くには、友人、同僚、他人の善意、そしてあなたを導く強い艇長を持ってください。世界を変えたければ、漕ぐのを手伝ってくれる誰かを見つけましょう。

世界を変えたければ、心の大きさで他人を測ろう

数週間の苦しい訓練をとおして、150人で始まった私のシールズのクラスは42人にまで減りました。いまや7人のボートチームが6組だけです。私は背の高い乗組員たちのボートに乗っていましたが、私たちの中で最も優れたチームは背の低い乗組員たちでした。「マンチカン組」と呼ばれていました。

5.5フィートを超える身長の者はいませんでした。マンチカンの乗組員は、アメリカンインディアン、アフリカ系アメリカ人、ポーランド系アメリカ人、ドイツ系アメリカ人、イタリア系アメリカ人が1人ずつと、中西部出身の元気な若者2人でした。彼らは、漕ぎ・走り・泳ぎ、すべてにおいて他の乗組員より優れていました。

マンチカンたちが泳ぐ際に小さな足につけるかわいらしい足ひれを、他チームの大きな男たちがいつも陽気にからかうのですが、どういうわけか、アメリカや世界の各地から集まったこの小さな男たちは、笑い続けながらも、誰よりも速く泳ぎ、私たちよりずっと先に岸にたどり着くのでした。

シールズの訓練は偉大な等化器でした。肌の色や民族的背景、教育、社会的地位ではなく、成功したいという志だけを重要視していました。世界を変えたければ、足ひれのサイズではなく、心の大きさで他人を測りましょう。

世界を変えたければ、シュガー・クッキーを乗り越えよ

週に何度か、指導官が私たちを並べて制服の検査を行いました。それは徹底的なものでした。帽子は完璧に糊がついているか、制服はきれいにシワが伸びているか、ベルトのバックルは輝いているか、そして穴やシミなど。

しかし、どれだけ帽子に糊づけし、制服の皺を伸ばし、ベルトのバックルを磨いたとしても、十分ではないようでした。指導官は何かしら粗を見つけます。

この制服検査に引っかかると、訓練生は走らされ、服のまま海に入りって頭からつま先までずぶ濡れになってからビーチの上を転がらなければいけません。全身が砂まみれになるまでです。この状態のことを「シュガー・クッキー」と言います。

(会場笑)

さらに、その日の間は冷たく濡れて砂まみれの制服のままで過ごさなければなりません。

多くの訓練生が、すべての努力が無駄だったという事実を受け入れられませんでした。どんなに制服を正しく着ようとも、認めてもらえないのですから。そういった訓練生は、訓練を乗り切れませんでした。彼らは訓練の目的を理解していなかったのです。

彼らは永遠に成功することはできなかったでしょう。永遠に指導官が認めるような完璧な制服の着こなしもできなかったでしょう。どんなにちゃんと準備をし、良く振る舞ったとしても、シュガー・クッキーに終わることがあるのです。それが人生というもの。

世界を変えたければ、シュガー・クッキーを乗り越え、前に進み続けることです。