PMFを達成する3つの要素

萩谷聡氏(以下、萩谷):ありがとうございます。では次に川崎さん、スマートニュースの事例もあれば、ミクシィ、はてな時代の話もあると思うんですけど、PMFの話を教えてもらえますか?

川崎裕一氏(以下、川崎):これはいいテーマだと思っていて、PMFしようとしてできるような簡単な話はない。たくさんやってみて、ほとんどは失敗するんだけど、ちょっといいものが残ったら派生形のものをさらに10発20発やってみて、いいものをどんどん残す。

狙いすまして「これだ」というので成功した企業は、過分にして僕は聞いたことがないので。数と投入時間、あと創業者の狂気、ある種の思い込み。3つのバロメータでPMFはできると思うんですよ。スマートニュースの例だったら、ニュース自体はあったほうがいいじゃないですか。

萩谷:「Yahoo!ニュース」とか。

川崎:「Yahoo!ニュース」はあるし、各新聞社さんや雑誌を出されている出版社さんは個々で作られて、Webサイトをお持ちなわけだから、12年前は「それは作る必要はない」「ヤフーに任せておけばいいんだ」というのがほとんどだったんですよね。

僕が創業者の鈴木や浜本を尊敬するのは、それが「本当なのか」と思ったこと。当時はタブブラウザがあってChromeやfirefoxでタブを移動しながらニュースを読んだり、スマホのフォルダの中にニュースという独自のアプリが山ほどあったりした。これでは誰もハッピーじゃなくないですか? 

見にくいし、ダウンロードして通信も無駄にしているし、整理もされていないし、自分の欲しいものが集まっても来ないし、という。課題があることはわかっている。解決方法がわからなかったんだけど、浜本が「もっとできる」といったのはもともとクローラー(検索エンジンが検索結果を表示するためにWebサイトの情報を収集する自動巡回プログラム)だった。クローラーがあって、あと情報の重みづけをするという2つを持っていた。

スマートニュースの最初のPMFの瞬間

でも鈴木が「それだとWebサービスじゃダメじゃん。スマホのアプリでそれを実現しなきゃダメだし、スワイプみたいなアクションでタブを開かないように、1つの画面で情報を整理するのはやるべきだ」と。

萩谷:なるほど。

川崎:浜本だけでもできないし、鈴木だけでもできないものから生まれた。その時誰もがペイン(課題)はわかっていたんだけど、それを具体的にアプローチして提供したのがスマートニュースの最初のPMFなんじゃないですか。

萩谷:ああ。なるほど。

川崎:PMFは1回とか2回ではないということです。例えば点で散らばっているニュースソースを、1つにまとめることで解決されたペイン解消もあるし、そのあとにクーポンでも同じことが起きたんですね。ありとあらゆるクーポンが世の中にバラバラになっていて、クーポンがフォルダにあったり、クーポンアプリがあったりとわけわかんなくて不便という。

俺が欲しいのは「100円引きでアイスが食えることなんだけどできない」とか、今は当たり前のように「この地点でこれだけ雨量がある」という雨雲レーダーの機能もありますけど、もともとはなかった。やはり一つひとつのペインを地道に繰り返していくと、ユーザーが積み重なっていくんです。

僕には1つのプロダクトでドカーンというイメージはなくて、この機能でこのくらい、この機能でこのくらい、とミルフィーユのように層を成してユーザーが積みあがっていくイメージで。

層を成していく前提条件というのはリテンションレート(既存顧客維持率)が高いこと。継続性が高いプロダクトをどう設計するかが、ここをつなぐ。

萩谷:なるほど。「SmartNews」の場合だとデイリーに使うアプリなので、そこの継続率にはむちゃくちゃ注力していたんですね。

約10年前は「地下鉄でニュースが読めない」時代だった

川崎:はい、だから本当にみなさんがやっているプロダクトでも、例えばMAU(Webサイトやアプリ、各種オンラインサービスで、特定の月に1回以上利用や活動があったユーザーの数)が重要なプロダクトがあると思うんですよ。「月に1回は絶対に使ってもらいたい」「ウィークリーで1週間に1回」とか。

またその間に14日とかでもいい。おのおののユーザーが違う。毎日使うユーザーなのか、7日、14日、30日、60日、90日かによって、おのおののサービスが追いかけるKPIが違うのに、「スマートニュースがDAU(特定の1日に1回以上利用や活動があったユーザーの数)をやったからDAUだ」という。

そもそも他社のことより自分のユーザーの行動で、何が一番刺さった行動になっているか、ユーザーの使用サイクルを設定してリテンション(顧客との関係を維持する手法)を見ていかないといけないと思いますけどね。

萩谷:なるほど。ありがとうございます。最初の「PCからタブのところを見えるようにしよう」「アプリでやろう」で始まったスマートニュースは、リリースしてすぐ伸びたんでしたっけ? 「これは一気に来たな」という感じだったんですかね。

川崎:正直なところ僕はその時はいなくて、外から見ているだけだったんですけど、やはり来たみたい(笑)。というかドーンと来た。さっきのニュースが1つのアプリで見れることと、今はもう笑っちゃうんだけど、地下鉄でも読めるというのでドーンと来た。

萩谷:ああ、確かに。

川崎:10年前は地下鉄に電波が届いていなかったんです。だからスマートニュースを地上で立ち上げておくと、バックエンドで取ってくれるから、地下鉄で開いても見られる。キャッシュをめっちゃ強く効かせているので。

萩谷:文字データだけでも。それはけっこう大きかったかもしれないですね。最初に作った時にはそれが本当に刺さるとは思わないですよね。

川崎:別にスマートニュースはもともとエンジニアの会社だから、刺そうと思ってはない気もする。自分が使って便利だから、やってみたら予想以上にウケたぐらいの話が、最初の最初なんだと思うんです。

チラシ一万枚を発注する企業が本当に困っていること

萩谷:ありがとうございます。もっといろいろと聞きたいんですけど、守屋さんにもちょっと聞いていきたいと思います。小笠原さんもSaaSっぽいことをやっていて、川崎さんはC向けでめちゃめちゃいろいろなプロダクトを見ているから、C向けの話が多くなるかなと思っていて。

守屋さんはB向けだったりDXだったり、たぶん産業DXっぽいのも多いのかなと思っているんですが、このあたりの切り口でお話いただけますか?

守屋実氏(以下、守屋):B向けっぽい話だと、やはりラクスルが一番知られている企業だったりするかなと。今の川崎さんの話に共感するところも多くて、被っちゃうかもしれないんですけど。例えば「今からラクスルのPMFの話をします」という時、当時の僕がラクスルでがんばっていた頃の話をするわけですが、今年も(ラクスルは)なにかしらしているわけです。

だから、あまり学問っぽく事例を捉えないでほしいんですよ。「PMFとは、なんぞや」みたいな経緯や、明確にPMF前後で分かれるような科学の実験じゃないんでね。

我々がしているのは商売だし、商売は生き物だったりするんで、もうちょっと複雑で。「PMFしたー!」と思っても残念ながらちょっと違って、もう1回元に戻ってPMFし直すことだってある。

だから、我々の話を参考にしてほしいし刺激にはしてほしいんだけど、それ以上あまり重きを置かないでね。インテントセールスの話だし、スマートニュースの話だし、ラクスルの話なわけで、御社の話じゃないですよね。そこをわかった上で聞いてほしいなと思います。

記憶の中で「俺たち、かっ飛ばしたぜ」と思ったのは何か、僕ががんばっていた頃のラクスルの話をします。ラクスルはネットで印刷を注文できる会社なんですね。お客さまは印刷会社だと思うから、チラシ1万枚を頼んでくるんですが、頼んだ客は本当に印刷だけに困っているのかというと、そんなことはないんですよ。

たぶん、その1万枚届いたあとの配るほうがけっこう大変だったりするんですよね。そうすると、印刷会社の商売の一区切りは「刷る」なんですけど、客(が求めているの)は「刷って配る、なんじゃないの?」という。

むしろ目的はお客さんさえ来てくれれば、別にチラシがなくたっていいはずなんですよ。やりたいことは客に来てほしいという話だと思うんで。

競合と差別化し客単価10倍に

守屋:そこで僕たちは印刷会社さんをシェアリングエコノミーして、たくさん刷れるようにしたんです。だから、新聞折り込み会社さんとか、同じように「刷って配る」の配る会社もシェアリングエコノミーしたらいいんじゃないかと。

例えば「麻布台で花屋さんをオープンします」という時に、チラシを刷ってポスティングする場合、印刷会社さんに「10万円で刷りたいんですけど」と連絡する。さらにポスティング会社さんにお願いしたらえらい金がかかりそうだから、やっぱり新聞折り込みにしようかなと思っている場合がありますよね。

これはえらい大変で、めんどくさいですよね。そこで1画面でポチポチするだけで秒で全部見られるのを作ってみたんですよね。その時僕たちは「これは、いけた!」と思ったんですが、それこそさっきの小笠原さんと同じで、今の話を、とある大物のクライアントにぶつけたんですよ。

出来上がってないのに、パワポの世界だけ、スライドの世界だけで受注が取れそうだと。それを持ち帰ってエンジニアに「マジで、あそこを落とせそうだから、絶対に作ってよね!」とお願いしたんです。結局それでうまくいったんですね。

チラシを1万枚刷ると1枚1.1円なんですけど、それをポスティングすると1枚10円になるんですよ。競合に対しての差別化ができ、顧客は顧客の一区切りに合わせて喜んでくれ、客単(客単価)は10倍になる。

みなさんの会社で「明日から競合と差別化して、客単価10倍にせよ」というのは、けっこう苦難じゃないですか。だから僕たちはかっ飛ばしたかった。

価格競争から抜け出す突破口を見つけるには

萩谷:なるほど。だから今までのお客さんのフローというか、抜本的に変えて10倍~100倍便利にするぐらいのインパクトを与えた感じなんですね。

守屋:そうですね。それこそ小笠原さんのところみたいに「おたく、年商はいくらですか」と質問すると、「いや、今週はこれぐらいですけど」と週次でギネス更新という。

萩谷:その課題を見つけたきっかけは、お客さんと話して聞いて「そこにあるな」と思ったのか。どう見つけたんですか?

守屋:最初はシェアリングエコノミーをすることで考えていて。印刷会社からすると、「なんで、いきなりラクスルに俺たちがシェアリングされなきゃいけないのか」となる。印刷会社さんと話しても「つべこべ言わずに注文を持ってこい」と言われて困っちゃったわけですよね。

例えば僕はミスミという会社出身だったんで、ミスミにお願いをしたり、当時別にケアプロという会社をやっていたんで、ケアプロの印刷物を全部ラクスルに振ると決めたり。

当時の自分の力でできる限りのことをしたんですが、やっぱりどうしても、ある会社さんを落としたかったんですよ。その会社がバカバカと刷っていることを知っていたので、どうにかしてそこの名前をもとに、印刷会社さんにもかっこいいところを見せたかった。

萩谷:なるほど。

守屋:バックエンドが協力してくれなかったら商売としてはダメじゃないですか。そういうのもあって、どうにかしてその会社を落としたいと思っていたら、どうも刷って配るまでいくと良さそうだと。

刷るだけだとダンピング(不当廉売)になるんですね。「おたくはいくら? そこを10銭下げられないの?」という。

萩谷:同じ土俵で戦っているとね。

守屋:消耗戦はきついじゃないですか。先ほどの川崎さんの話と同じで、すごくがんばった中で、たまたまそこに突破口があって。あとで整理して話をすると「こういう話です」となるんですけど、そこの間にはもうおびただしい行間があって。説明しても説明しつくせない、いろいろな努力や失敗の蓄積の果てに、たまたまそれがあった感じですかね。

萩谷:おもしろいですね。ありがとうございます。確かにすごく伸びているものは、前から似たような課題があったり、当時のソリューションでなんとなく解決はされていたけど見えてない部分があったり。ちょっとずらして新しい技術でアプローチしたら、10倍~100倍便利になるものを見つけられるかどうか。聞いているとそんな感じなんですかね。

<続きは近日公開>