アイデアを出すためのインプットの重要性

暦本純一氏(以下、暦本):次は「インプット」です。

「発想とは既存のものの新規な組み合わせ」は、このプレゼンの中ですでに2回ぐらい言いました。たぶん「発想法」の本を見ていただくと、ほぼすべてに書いてあります。

発想をするためには、「既知のものを増やす」か「新規な組み合わせのトライアルの回数やパフォーマンスを上げる」の2つしか上達の方法がないわけです。よく発想法の本には、後半の組み合わせの仕方の効率化が書いてあります。私の場合も「Claimを言語化する」みたいに書いています。

組み合わせの試行回数のパフォーマンスを上げるのはもちろんですが、大元のインプットの組み合わせの数そのものが少ないと、少ないものを速いスピードで試してもダメです。最良の材料から良い組み合わせを見つけなければならないので、既知を増やすことは致し方ないわけです。

なので、多くのアイデアマンは専門以外のことに対してものすごく興味を持ちます。あるいは、人と会って話をしてる時も、そこからその人の持っている知識を吸い取るというか、読み取ったりする。あるいは、「こういう課題があるんだ」「この分野ではこういうことが問題なんだ」みたいに、問題を吸い上げるのがうまいと思います。

それが既知を増やすということです。アイデアは、既存の中に常にあります。

これは有名な魯山人という、食通かつ陶芸家の人が言っている言葉で、「料理のうまい・まずいというのは、十中九まで材料の質の選択にあり」と言っています。これは日本料理は特にそうです。まずい材料からおいしい料理を作ることはできないけれども、良い材料からまずい料理を作ることは当然できてしまうわけですね。なので、良い材料があるかどうかがすごく重要だと思います。

あとは、コンサルとかデザイナーの方に聞くとほぼ言われるんですけども、「案件を聞いた瞬間に解決策が思いつく」場合がほとんどです。すごい知恵を絞ってやっと出てきたというよりも、「こういう問題があるんですけど」と相談された時、自分の知識がいっぱいあると、新しい問題を聞いた瞬間にそこでかけ算がバババッとできる。

その瞬間に答えは出ているんだけど、「持ち帰って考えます」というふりをしている。実はもう帰り道には、「できちゃった、できちゃった」と思いながら帰るみたいな場面は多いらしいです(笑)。なので、アイデアが出るかを決めるのは、ほぼ材料が多いかどうかだと思います。

ポストイットを貼りまくる「ブレスト」が機能しない理由

それに関連して、なんでブレスト(ブレインストーミング)がワークしないかという話です。これは私の『妄想する頭 思考する手』にも書いて、たまにTwitterで言うと「そうだ、そうだ」「そう思ったけど、言ってくれてありがとう」みたいになります。研究者でも何人か同じことを言っている人がいます。

(スライドの)左の絵みたいな、ちょっと映えるブレストをみなさんされたことがあると思うんです。こうやって一生懸命ポストイットを貼って、このポストイットの中から本当に使えるアイデアが出てきた試しがありますか? ということですね。

たぶん、ここからアイデアが出てくる確率は極めて低いのではないか。あるいは、もともと最初から持っていたアイデアを書いた場合があるんですけど、この場で本当に出たかもあやしいかなと思っています。

なんでかと言うと、その場に行ってアウトプットをいきなりしようというのがブレストです。先ほどのように、一番大事なのはインプットのほうですね。なので、インプットが増えるような会議だったら有意義です。

特に複数人でやる場合に、インプットはみんなが持っている知恵を集められるので、それは良いんですけれども。複数人でアウトプットを出していると、例えば、ある人がアイデアを語っている間は他の人は聞いているので、みんながいるわりには効率が悪いというか、あんまり並行処理ができていない場合があります。

また、他人がどう思うかに変にバイアスされてしまったりします。なんとなくその場で受けそうなことを言いたくなってしまう認知バイアスがあったり。

あと、Claimとしてポストイットに書く場合も、Claimは、実はけっこうちゃんと考えないと書けない。先ほどの新規性とか有効性を、頭の中で評価しながら、Claimの文章を考えていくと思うんです。ポストイットにバッと書きましょうだと、そこよりももっと前段階の、頭の中で思ったキーワードをザザザっと書くだけになって、ちゃんと言語化できていないレベルのものが並んでしまうのが原因かなと思っています。

アイデアを出したい時は「インプット増やし大会」

なので、魯山人の言葉に従うと、ない知恵を絞るのがブレスト。それは良くなくて、潤沢な材料があって、そこから必然的に出てくるほうがアイデアなのかなと。うちの研究室ではあまりブレストはしていなくて、まったく新しいアイデアを出したい時は、逆に「インプット増やし大会」をしていますね。

例えば、「最近読んだおもしろい論文」みたいなものがインプット増やし大会で、それはわりと真面目な方向です。「最近見たおもしろいYouTube」とか、そういうのでもインプット増やし大会になりますよね。ちょっと他の人が知らないことを言うだけなので、別に新しいことを言わなくてもいいんです。

他の人が知らなさそうで、自分がおもしろいと思っているものを集めるだけでも、人数がいればかなり効率的になります。そういう意味では、インプット増やし大会をやると、グループとしてはレベルが上がると思います。ベースが何もない時に「うーん」とみんなでない知恵を絞る大会は、あんまりしないほうがいいかなと思っています。

ブレストを機能させるために必要なこと

それでもブレストをやりたい方には、BrainWritingという方式がいろいろ研究されています。

我々はこういうのはそんなにやっていませんが、これ(スライドにあるBrainWritingの方法)はわりとできたかなと思っています。

これはいろんな研究者がやっている方法のバリエーションです。例えばアイデアを出す場合は、それぞれバラバラに先ほどのClaimのレベルまで考えて、例えば15分で5個アイデアを出します。これは完全に個人作業でやります。

それをポストイットにしてもいいんですが、最近のようにリモート会議の場合はそのままスプレッドシートか何かに書いたり、フォームに打ち込んだりして集計します。そうすると、1人5個だったら10人いると50個のアイデアが並びます。それを誰が発案したかわからないようにいったんシャッフルして、そのスプレッドシートをワーッとにらんで、どれがおもしろいかを選んでもらい、10人が投票します。

そうして初めて、例えば、上位5個についてみんなで議論する。最後だけちょっとブレストっぽいですが、最初の2つはかなりパラレルにできます。人数が多くてもぜんぜんパフォーマンスが下がらないところが特徴ですね。

これの重要なところは、アイデアは、最初のうちは1人で出さないと出せない。あるいは、1人で落ち着いて考えないと出せないところがあります。みんなでいろんなアイデアを言って、そのアイデアを精査したり批判したりすることで、さらに発展することがあるので、最後のグループワークは大事かもしれませんが、最初に必ず個別の作業がある。

個別作業でパラレルにできるので、特にリモートワークなんかだと効率的ですね。

リモートワークでブレストをするとさらに悲惨なことがあって。さっきのポストイットふうなブレストをする、画面にポストイットを貼るみたいなツールとかありますよね、普通のポストイットより遥かに面倒くさいGUIを使ってやっていたり、黄色いカードを貼ってそのカードのサイズを変えたりとか、みんなでうだうだやっていますが。あれ、面倒くさいわりにはほぼアイデアは出ないです。

それよりは、BrainWritingのほうがツールとしてはシンプルですね。これはほとんどGoogle スプレッドシートとGoogle Docsだけでできますので。

アイデアの着想につながるツール

あともう1つ、ちょっと実践的な話をします。アイデアを溜める方法としておすすめしたいツールに「Scrapbox」というものがあります。

どのぐらいの方が使っているかちょとわかりませんが、非常におもしろいです。Wikipediaみたいに情報を書き込めるWebサイトはいろいろありますが、それを極限まで簡単にしたもので、こういうカード形式でどんどん書けます。

おもしろいのは、タグを書いておくと、1つのカードを選択するとタグで関連して他のカードがドバドバッと芋づる式に拾えます。自分のメモ帳代わりに使ったり、あるいはブックマークの代わりに使う。おもしろいWebサイトがあったら、こういうブックマークレットがあって、ほぼ1クリックでこの中の一カードに取り込むことができます。最初の引き出しを増やす意味では非常に向いています。

岩波新書から出ている、梅棹忠夫先生の『知的生産の技術』で、「京大型カード」というB6判のカードが有名になりました。私は高校生の頃めちゃめちゃ梅棹マニアだったので、ずっとノートを「京大型カード」に書いたんです。

今だとこういうScrapboxでやったほうがいいかなと思いますね。コンピュータを使って、Webでいつも閲覧できて。梅棹先生は『知的生産の技術』の中で、「京大型カード」で1,000枚ぐらい書くとなんとなくアイデアができるようになると言っています。

たぶんこれも同じで、私ももう1万ぐらいこういうカードを作っています。ほとんどブックマークで、余分なブックマークぐらいだったらバサバサ作れてしまうので。そうすると、1,000個ぐらいこういう塊(カード)ができると、なんとなく「あっ、そういえば」「あれが」と話がつながってきますね。

インプットでは分量も重要で、Scrapboxはそういうところも使えるかなと思ってます。

もう1つめちゃめちゃ実践的なのは、アイデアって思いついた時にパッと書かないとすぐ忘れてしまうという問題があって。私のやり方は、スマホのiPhoneの設定で、ロックされている画面でスワイプすると、いきなり「メモ」が立ち上がるように設定できると思います。

こうすると、とりあえず書き込むところにまでは極めて短時間で到達できます。だから、街中で歩きながら、思いついたら書ける瞬間まで1秒以内であるかどうかが大事です。

「発明」を「必要」につなげるピボット

最後は「Pivot」(ピボット)の説明です。アイデアは最初にやったことにこだわらないほうが良いというものです。事例としては、Agilent(HP)の光学センサというものがあります。

8 x 8とか、16 x 16の画素数で光学センサを作ったんですね。HP(ヒューレット・パッカード)はプリンター会社なので、プリンターの紙が送られている時に、紙送りのセンサーで紙の表面をセンシングするためにAgilentを発明しました。

これがまさに「発明は必要の母」でした。「もしかして、このセンサーで机をなぞったらそのセンサーの位置の変化がわかるんじゃないか」「紙の移動ではなくてセンサーの移動を捉えるだろう」「逆に使えるんじゃないか」ということで。それを組み込んだのが、今のみなさんが使ってる光学式マウスです。

実は、あれももともと光学式マウスのセンサーではなくて、プリンターの紙送りセンサーだったんです。蒸気機関が、ポンプだったのが蒸気機関車になったのと同じようなPivotがあります。

なので、「発明は必要の母」は極めて重要です。できている技術とか、今手持ちのものが他に使えないかを常に考える、パズルを組み合わせることがものすごく大事です。

暦本氏のピボットで生まれた「SmartSkin」

あと、私自身の研究である「SmartSkin」が、まさにマルチタッチです。これももともとマルチタッチをやろうと思ったのではなくて、「テルミン」という静電容量の楽器がありますよね。これがおもしろいので、単に遊んでいたのが最初です。

テルミンの原理を解明する自分の回路を作ったりとか、あるいはこうやって(器械を持って)近づくと、この(器械とボードの)間でテルミンの電波に信号を載せて通信ができるので、近寄っただけで通信できるみたいな謎なことをやって、いろいろ遊んでいました。

そのうちに、「あれ、これって指の動き取れるんじゃないかな」と思って。こういう最初の通信の話はいったん全部捨てて、指だけに特化して研究したのが最初に紹介したマルチタッチになりました。

技術的な難易度からすると、空間を限定した2次元通信のほうが技術的にはおもしろいというか高度ですけれども。通信は全部捨ててしまって、2次元のポジションだけ、と逆にシンプルにしたことで、「SmartSkin」というマルチタッチが生まれました。

もう1つ、これも私の例です。これ実は偶然の例ですが、ある振動パターンを与えると、その物体が空間で引っ張られるような気がするという現象を偶然発見しました。これはゲーム用の振動パッドの中に入っている、振動アクチュエータです。

それのシグナルをいろいろ遊んでいると、単なるブルブルではなくて右とか左とかにグーッと引っ張られる感じがする。それはもしかしてVRで使えるんじゃないか、みたいなのは、発明で生まれた結果です。

このようにPivotは大事です。最初にClaimを力説しましたが、Claimは1行で書くものなので、10秒とか20秒ぐらいでできてしまうわけですね。

なので、こうやったらどうだ、こういう組み合わせだとどうだと、Claimそのものも何個か並行して組み合わせる。課題と、それからSolutionのパズルを組むような、いろいろ組んで解く感じで考えることが大事だと思います。そうすると、みなさんの手持ちの技術がとてつもなく大化けすることもあるかなと思うんです。

ということで、私の思っている発想法についてお話をさせていただきました。どうもありがとうございました。