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「人間拡張技術」の第一人者が教える 想像を超えて 未来をつくる アイデア創出法【暦本氏 ご講演】(全4記事)

暦本純一氏が語る、アイデア創出の3つの法則 VRの研究にみる、行き詰まった際の「ピボット」の肝所

業界業務の経験豊富な「その道のプロ」に、1時間からピンポイントに相談できる日本最大級のスポットコンサル「ビザスク」。そのビザスク主催のセミナーに、ユーザーインターフェース研究の世界的第一人者で、『妄想する頭 思考する手』の著者・暦本純一氏が登壇。本記事では、思わぬ発展をもたらした「逆算」の事例や、アイデア評価に使う「悪魔度」と「天使度」の2つの軸などが語られました。

「課題」が先か、「ソリューション」が先か

暦本純一氏(以下、暦本):アイデアとClaimは非常に関連していて、特に工学系ではClaimがもうアイデアそのものです。

ほとんどのエンジニアリングのアイデアは、ある課題があって、それをこうやって解決する、という場合が多いんですね。例えば、扇風機は羽があって邪魔だけど、こういう構造にしたら羽のない扇風機ができます、という感じのアイデアなわけですね。

ところが、実務でやっている方は経験があると思うんですが、実はアイデアは、「解決手段がないんだけど、なんとなくおもしろい現象を見つけてしまう」ことも多々あるんですね。

例えば、さっきの扇風機の例でいうと、いろんな空洞実験をしているうちに、ファンが明示的にないのに空気が動く現象を見つけてしまった、みたいな。そうすると、それを何に使おう、エンジンルームの空気を入れるのに使おうかとか言っているうちに「それ扇風機に使おうか」という話になると思うんですね。

なので、何かわからないけどソリューションができて、それから逆算して課題を見つけるのも、着想として極めて重要です。ProblemとSolutionは、どちらが先かに実は優劣はなくて、Solutionが先に見つかって、Problemを後から見つけるということは往々にしてあります。

思わぬ発展をもたらした「逆算」の事例

クランツバーグという科学技術史の専門家が、「発明は必要の母」(Invention is the mother of necessity) と言っています。普通はたぶん「必要は発明の母」(Necessity is the mother of invention)とよく言いますが、「mother of necessity(必要の母)」なので、Inventionがあると初めて必要が生まれるということもあります。

例えば、産業革命を起こした、蒸気機関がありますよね。蒸気機関は、蒸気をうまく使うと回転する、回転体を動かせる発明があった時に、最初はあれ、炭鉱の水を汲み出すポンプとしてずっと使っていたんですね。なので、最初は炭鉱の水を汲み出すSolutionとして蒸気を使えるのが発明として必要だったんです。

そのうち「これを使って移動体が作れないか?」と思いついた人が、スチーブンソンです。最初の蒸気機関から機関車まで、けっこう間が空いているんですね。蒸気機関車を思いついたことで発明がさらに発展する、という意味で、「必要」は非常に大事です。

なので、よく「課題を設定してまず解きましょう」という王道がありますが、現場ではその逆もあります。あるいは、ある課題について思いついたSolutionですけど、そのSolutionでもっと良い課題を解けるのではないかと逆算で考えていくと、思わぬふうに発展することもあります。

「悪魔のように細心に、天使のように大胆に」

(このスライドは)先ほど出したお二人の言葉ですけれども、ほぼ同じことを言っています。最初はカーネギーメロン大学の、ロボティクスの専門家の金出先生による「素人のように考え、玄人として実行する」という言葉です。アイデアは誰でもわかるようにすごく素人的だけど、その実現はプロでないとできない。それが本当の技術開発でしょ、と。

例えば、金出先生の研究で、今で言うと「メタバースを作る」みたいな、「複数のビデオカメラで同時に大量に空間を撮影すると、その空間を3次元として再現することができる」というものがあります。これは「大量のカメラを使えばその空間を3次元として再現できる」がClaimだと思います。

カメラをいっぱい使うのは、非常に素人っぽいアイデアですよね。でも、実際そこでいっぱい使ったカメラの映像からどうやって3次元を組み立てるかは、プロでしかできないことです。

あと、すごく有名なのは、雨の日に車のヘッドライトが雨粒を反射すると、夜道が非常に見にくくなりますよね。それを消したいというClaimです。「夜道の雨を消すヘッドライトを作りたい」が最初の課題でした。

どうやったかと言うと、雨粒を高速3次元カメラでトラッキングすると、どの瞬間どこに雨粒があるかが計算できるので、そこだけ光を消すようなプロジェクターを作れば雨粒は消えるのではないかということで、実際にそれを実現しました。「夜道で雨粒がまぶしくて嫌だ」は、たぶん素人でもみんな思っていることです。じゃあ、実際どうやって消すかが、玄人のパートです。

黒澤監督も映画の極意を「悪魔のように細心に、天使のように大胆に」と、ほぼ同じことを言っています。

「天使のように大胆に」は、『七人の侍』みたいに、百姓が侍を雇うというテーマは戦国時代ではかなり大胆な設定です。実際にあったらしいのですが、その驚きのようなものが「天使のように大胆に」です。

それに従って、実際に『七人の侍』の細かいところのストーリーまで細心に詰めるのが、「悪魔のように細心に」です。これもまあ「素人のように考え、玄人として実行する」に通じるところがあると思っています。

アイデアを評価する「悪魔度」と「天使度」の2つの軸

我々の研究室では、実はこの黒澤監督から引用して、「悪魔度」と「天使度」の2つの軸で、よくアイデアを評価します。「夜道の雨粒がヘッドライトに反射するのを消したい、夜道でまぶしくなるヘッドライトは嫌だ」という『発想』が天使度です。悪魔度は、例えば、3次元の雨粒の計測をすればできるといった技術的な難易度です。

「ヘッドライトによって光を消して雨粒を消す」とか、「3次元を再構成する」のは発想も技術も両方すごいですよね。天使度と悪魔度の両方がダメなものは、たぶんできてもおもしろくないし、技術的にも大したことはないです。

ただ、得てして、どちらかしかない時がありますよね。技術的な難易度しかないか、あるいは、発想の大胆さしかないか。例えば、あんまり技術的な深みがないけど、アイデアはおもしろいみたいな、一発芸的なアイデアがよくあると思うんです。逆に、アイデアのおもしろみはよくわからないけど、やたら技術的に難易度が高いことをやっている人がいる、みたいな場合もある。

この両方があるので、ここから右上(グラフ内で天使度も悪魔度も高い場所)に攻められればいいんですけれども。

私の経験からすると、「何かをやりたい」がないのは、Claimがないということです。にもかかわらず、技術レベルだけが高く、単なるスペック競争に落ち込んでいる。

どちらかというと、右(天使度の高い領域)から上(悪魔度の高い領域)に行くことはあるかもしれないですね。例えば、いろんな人の技術で協力することで、もっと解決できることはあるかもしれないと思っています。

VR研究にみる、ピボットの肝所

もう少し具体例を示すと、これはバーチャルリアリティの研究でわりと有名ですが、広い視野角のヘッドマウントディスプレイを作ろうという研究です。

VRで「Oculus(オキュラス)」、最近はMetaですね。Metaのヘッドマウントディスプレイとかヘッドセットを使っている方も多いと思いますが、頭につけるとVRの世界が見えるものがあります。

あれをつけて気になるのは、このへん(視界の両端)で画像の限界がきて、世界が切れてしまいますよね。本当は世界は、180度以上あるのでそこまで見たいんですけれども。ヘッドマウントディスプレイでそれをやると、レンズの設計が飛躍的に難しくなって、なかなかうまくできない。

じゃあどうしようかという話です。この(スライド内のヘッドマウントディスプレイの写真で)見えている横側が、点々とマトリックスになっているのは、実はLEDのアレイディスプレイです。人間には周辺視野というものがあって、正面は細かく見えるんですけど、視界の両端は何か動いているのはわかっても、そんなに解像度が高いわけではないんですね。

顔の横あたりに字があっても、字があるとなんとなくわかるんだけど、なんという字か読めないわけです。なので、ここは解像度は低くてもいいだろうというのが、この基本的なアイデアです。正面のヘッドマウントディスプレイに対して、横にLEDディスプレイを配置すると、その組み合わせで広視野角のヘッドマウントディスプレイが構成できるということです。

もう1つおもしろいのは、このようにLEDディスプレイを貼り付けてありますけど、あまり解像度の高いものを作れなかったりします。広視野高解像度のLEDディスプレイを作るのは、当時はけっこう難しかったので。でも、フレキシブルにはできたわけですね。それぞれ利点・欠点があるんですけれども、うまく組み合わせることで、互いに補い合うようにできている。なので、「高精細かつ広視野角」ができるのが、いい点ですね。

このLEDディスプレイを使わずに、レンズとかだけをがんばって、視野角を広げるという直球な話だと、難易度が極めて高いので悪魔度は高くなるんです。なかなかうまくいかなったところに、横はLEDディスプレイでいいじゃないかと、ちょっと天使度的なアイデアを入れ込むことで、一気に解決したということです。

満点を狙わない「割り切り」と欠点の適切な「配置」

既知のものの新規な組み合わせは、非常に多くあります。課題と解決手段もあります。

例えば、周辺視野は視覚解像度が低いことは人間の生理学的な知識で、これは既存の知識としてありました。あと、広視野角のヘッドマウントディスプレイが欲しいことは、実は既存のニーズだった。でも、この2つが「&」になることをしたことがないので、そうしたことで新しいアイデアが生まれたということです。

でも、周辺視野について知識がぜんぜんない人は、いくら頭の中で知恵を絞ってもこのアイデアはぜったい出てこない。「既知のもの」が広くない人は、組み合わせようがないので、もともとのアイデアが出ないわけですね。これがインプットとして大事だと思います。

もう1つ、トレードオフのバランスを崩すとは、そのまんま直球として高精細かつ広視野角のヘッドマウントディスプレイを作りをがんばるのはすごく難しい。「周辺視野に関しては高精細である必要はない」と割り切れたところが、このアイデアのポイントです。

全部をちゃんとやる必要はないというか、「がんばりすぎなくてもいいポイントがどこか?」を探せるかどうか。それが「トレードオフのバランスを崩す」です。バランスを崩さずに全部満たしながらやるよりも、どこか少し手を抜いたほうが全体としてはうまくいくことがあると思います。

あとは、欠点と思われていることを利点に転換するのも大事です。先ほどの例だと、LEDディスプレイはフレキシブルだけど、解像度が低いのはある意味欠点でした。それを周辺視野に、うまく適材適所を与えてあげることで、欠点が利点に転換しました。

これは、Microsoftの研究所であるMicrosoft Researchが発表した論文です。驚くべきことに、まったく同じアイデアを別のぜんぜん違う団体が出していた。さっき言った「俺も考えてた」とは違うレベルで、現場の専門家の人が驚くほど同じことを考える場合が多くあります。

というのは、世の中の既存の材料は、自分以外のみんなも既存の材料として持っているわけです。既存の材料が散らばっている中で、同じ程度がんばっている人が世界中にいるとすると、あるタイミングでみんなが同時に思いつく。だから、すばらしいと思った時は急いでストックするとか、論文にするとかしたほうがいいと思います。

私自身も、何か思いついた瞬間にお客さんが来て、そのお客さんが私が思っていることをプレゼンでしゃべり出したことがあります。ということは、向こうのほうが先にそれを思いついたわけですけれども、その時はテレパシーで脳を盗まれたかと思って唖然としました。そういうことはわりとあります。

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