堅苦しい言葉を、風刺的なイラストとともに掲載する意図

井上公平氏(以下、井上):では後半戦を始めたいと思いますので、よろしくお願いいたします。じゃあさっそく平田さん、お願いします。

平田はる香氏(以下、平田):(スライドを指しながら)今、サイトがこんな感じです。

ともすれば、わざわざのメッセージって強いんですよね。私、講演とかに行くと「予想と違った」ってよく言われたりするんです。ちょっとたどたどしい喋り方ですし、そういうイメージがだいぶ実在とかけ離れていることがあるんですよね。

外側には、言葉はどうしてもちょっと強めに出てしまう。それを嫌だなとも感じていて。何とかそれを緩和できる、だけれどもキツめに、ちゃんと言いたいことは言うぞみたいな(笑)。

(一同笑)

平田:だけど、それ(会社のメッセージ)を読んでいるとイライラしちゃうかもしれないから、私の言っている言葉をイラストレーションで風刺してもらいたいと思って、揶揄するようなサイトになってるんですよね。

井上:なるほど。

平田:だいたい、どうしてコーポレートアイデンティティを作ったのか。そういうところから、どういうミッションを持ってるのかとか、硬いことを書いてあるんですよ。全部それをイラストと一緒に(掲載した)。

例えば「我々は健康な心身を保つために必要な物・事を広げるために存在する。」って書いてあるんですけど、(HP内のイラストを指しながら)やりすぎちゃった人、ぜんぜん健康を維持できない人がここに佇んでいたりとか。

あとはもう「プロ意識を持ってすべての商品を適正な価格で提供し……」って(HPに)書いてあるんですが、こういう人が皮肉を言うように描かれていたりとか。すべての言語をイラストレーションで柔らかくするという、このセットでサイトを作っていて。

「よき生活者になる」ということはどういうことなのか、読み物の形式で会社の理念も読んでいただけるようなサイトを作っています。ちょっと皮肉ったようなイラストを使いながら、ユーザーの方たちに取り組みを知ってもらいたい。あと、取引先の方にうちの事業内容を細かく見てもらいたい。

採用サイトには「自社に合わない人」の特徴を明記

平田:あとは採用ですね。ここに共感を持った人に来てもらいたい。だから「どんな人間だとうちにフィットするよ。

でも、これに属さないタイプだとたぶんすごくつらいよ」と言ってるんですね。「こういうことが嫌ならば合わないので」ということも、はっきり書いています。

あとは、サステナブルとかのページもあって。環境に配慮するとは実際どういうことなのか。今年、電気の使用を半分自然エネルギーに変えたんですよね。

1店舗が市町村の施設に入っているので、市町村の施設ごとに電気を切り変えないといけなくてできていないのですが。市にプレゼンの機会を設けさせてもらって、この間担当の方にプレゼンしてきたんですが、前向きに検討してくださるということで。

ただ、市には予算がついていて、いろんな兼ね合いがあるので、もしかしたら切り替えまでには1年ぐらいかかってしまうかもしれないんですが。私たちの思いを市町村に伝えて、巻き込んでいく。「環境にいいということは、こういうことなんだ」と説いていったりしています。

あとは梱包材の件とか、いろんな取り組みをしていて。うちが出すゴミの量から全部集積させて計算して、炭素がどれくらい出ているかも計測しています。年間でこれだけの炭素を排出しているから、これだけの炭素を吸収する活動をしないといけないとか。今、そういうことも取り組んでいます。

それはあまり外では言っていないことで、中だけで進んでしまっていることなので、全部その取り組みが読めると。どういうふうに実際行っているのかとか、どんどん社内の活動も広報していくために、このコーポレートサイトを作りました。ということで、以上です。

(会場拍手)

平田氏と中川政七商店の意外なつながり

井上:せっかくサイトも新しいものを見せていただいたので、いろいろお聞きしたいなぁと思いつつ。そもそも、中川政七商店と平田さんとの関係性をちょっとお話ししておいたほうがいいかなと思ってまして。

実は今回のセミナーの前にも、3年前に平田さんには「大日本市」という弊社が主催している展示会にご登壇いただいたことがありまして。直接的にはそこからのお付き合いなんですが、いろいろ話を聞いていると、創業された当時にうちの商品も取り扱いをご検討いただいたという。

平田:そうですね。昨日も夜、中川(政七)さんも交えてみんなで話をしたんですが。2009年に創業しているんですけど、2010年ぐらいに中川さんにお取引の申し込みを一度していて、資料を送っていただいて。

取引条件を確認して、いろいろやり取りをしていたんですけど、まだ(事業を)1人でやっている時で、結局取引をやめた経緯があって。お付き合いしてたら、またおもしろかったかもしれないですね。

井上:そうですね。またちょっと違ったかたちで。

平田:もしかしたらいろいろ一緒に作ったりとか、なってたのかもしれないですね。

井上:その後弊社としても、平田さんが『わざわざの働きかた』という採用に関する本を出された時、ちょうど我々も社長が変わったタイミングで。人事のことを再構築する際に、会長の中川(政七)から、今の社長の千石(あや)にその本を渡されて。

平田:プレゼントしたんですか?(笑)。

井上:そうなんです、そういうことがわかったりして。ポイントポイントで接点を持つ機会がありまして。

今回、平田さんにご登壇いただいたのも、冒頭でご説明差し上げた「N.PARK PROJECT」という取り組みは、我々としては奈良の地にスモールビジネスを作りたいと。そういう時に、平田さんのこれまでの活動を拝見していると、ビジョンをすごくしっかり持って経営されていたりとか、次々と事業形態を変えて新しいことにチャレンジされたり。

私たちも「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げている会社なんですが、非常に考え方が近いなと思いまして。

平田:そうですね。

「わざわざ」のビジョンはいつできた?

井上:事前に「どんなセミナーにしようかな」という話を、2ヶ月前ぐらいにZoomでさせていただいた時に、「N.PARK PROJECT」の一環のセミナーだったので、私の頭の中にも支援している方々の顔が浮かんでいて。さっきお話にも出てきたような、これから店を始めようか、という段階に近い方の顔が浮かんでいるんですよ。

僕たちに連絡いただいたことで、すでに一歩は踏み出しているんですが、たぶんビジョン(の設計)みたいなことってこれからだし。人によっては会社勤めをされていて、あと一歩踏み出せないとか、イベント出店を始めたけどその次の展開が見えないとか。

タイトルにもあるように、何かをするためには「やめる決断」をしなきゃいけないということが、そういう段階の人には大事なんじゃないかということで、このテーマを設定させていただいて。

今日も、ビジョンを決めることでやめることが見つかってきたというか、逆に言うとやるべきことが明確になったというお話だと思うんですが。ちょっとお聞きしたいなと思ったのが、平田さんのビジョンはいつ頃にできたものなんですか? 

平田:やっていく中でですね。正直言うと、今日お話ししたこのやり方を私は実践してないです。経験から、「自分が今始めるとしたらこうするべきだ」ということを、今日はお話しさせていただいていて。自分はビジョンがだんだんできてきたんですね。

特にお店に立って自分が接客している時に、やりたいと思っていることがなかなかうまく実現されていかない様子があって。だから、健康的な素材を集めてパンにしました。

食後のデザートとしてパンを購入する客に、平田氏がかけた言葉

平田:例えばチョコレートのパンだとすると、チョコレートも中に入っているオレンジピールも、オーガニックで良質。小麦も国産小麦でとか、こだわって作って出しますよね。だから「食べてもいいですよ」って出したけど、それを10個、20個買う人もいるんですよ。毎週買いに来る人もいる。

おいしいからといって、単一でそれを買われてしまうと、その方の健康はどうなっていくんだろうって。私は“なぜなにさん”なんですよね。

井上:“なぜなにさん”。

平田:「なぜ?」って思うと、すぐ本人に直接聞きたくなっちゃうんですね。チョコレートの(パンを買う)お客さんに、「いつ食べてるんですか?」って直接聞きました。「いつも買ってくださいますね。ありがとうございます」って言ったら、「会社のお弁当を食べた後に、デザートで毎日1個食べるんだよ」って言われて。

井上:なるほど(笑)。

平田:「絶対だめ……」って思ってお話して。「パンは主食でありデザートではありません。これを毎食後に食べると、あなたはもしかしたら糖尿病のリスクが出てくるかもしれない。(体に)良くないから、買うのを少しにしてくれません?」って言ったの。そしたら少しにしてくれたんですよ。

「明日からもう焼くのやめます」甘いパンを販売中止に

平田:でもその人は頭が良くて、冷凍してたんです(笑)。

井上:ストックしちゃってたんですね(笑)。

平田:ストックしてて、1年後にすごく太っちゃって。徐々に太っていったと思うんですが、でも私のせいだなと思って、心配になっちゃって。「明日からもう焼くのやめます」ってその人に言ったら……。

井上:そうなんですか。

平田:「もう健康を乱してるから」って言ったら、お客さん「やだ! 焼いて」って言ったけど、「嫌だ」って言って焼くのをやめて。それでなくしちゃった(笑)。子どもですよ。

井上:そのお客さん、ちなみにその後は……。

平田:来てくれました。

井上:そうなんだ。それはなぜ? 

平田:見知らぬ誰かに「健康を乱すからやめてほしい」とは言われないですよね。だからそれを、思いやってくれているということが伝わったのかどうかわからないですが、その後も継続的に来てくださって。他のパンを買ってくださったんですけど、甘いパンがなくなった瞬間に消えましたね(笑)。

井上:なるほど(笑)。そのへんは一貫しているというか。

平田:一貫してました。

「健康志向」を全面に押し出さない店作り

平田:でもそういうふうに、いろんな人に説明しながらやめていったことで気づいていく。

あと、ベジタリアンの方やビーガンの方は、その思想は悪くはないと思うんですが、「家族がそれを一緒にやってくれない」という悩み相談をされたりとか。「家族はやりたくないんじゃないですか?」「でもこっちのほうが正しいから」って自分の考えを押し付けている人たちを見てた時に、これも健康を害していると感じてきて。

お客さまとのやり取りでどんどん学びが蓄積されていって、おいしいパン屋さんとか、食事パンのパン屋さんとかじゃなくて、健康を主軸とした生活すべてを包括する事業のほうがいいな。そうやってやることが、社会にとって良くなるんじゃないかなっていうことで、ビジョンができていった。

井上:なるほど。“なぜなに期間”はどれくらいあったんですか? 

平田:早かったです。(起業後)1年ぐらいでそうなっちゃいましたね。まず一番最初にやったのは、「天然酵母」や「国産小麦」という看板を外したんです。それを書いておくと、健康志向の人しか(お店に)入ってこなくなっちゃうんです。そこらへんで農業をやってるおっちゃんとかは、それが書いてあるとハードルになるんですよ。

だからやめて、「ただのパン屋である」っていう。何(の店)かわからないからとりあえず入ってみる、みたいな感じにしちゃって。メッセージ、材料は書いてあるけれど、国産小麦や自家製酵母とか一切書くのをやめて、おいしいということだけで買ってくれればいい。そうすれば、すべてのユーザーが勝手に健康になる。

だから、パンを精一杯おいしくすることが良いことで、先入観をみなさんから消していく。だけど、「わざわざ」に触れてるとだんだん健康になっちゃう、みたいなサイクルを作りたいという感じでやってきました。

井上:なるほど。