インフルエンザワクチンの仕組み

マイケル・アランダ氏:昨今は何かとウィルスやワクチンがよく話題に上りますが、ブレイクスルーを求められているのはCOVID-19に限った話ではありません。このたび『Nature』誌上で発表された論文によりますと、人類は医学界の聖杯に一歩近づいたようです。その聖杯とは「インフルエンザ共通ワクチン」です。

季節性インフルエンザは、毎年数十万人もの死者を出し、頻繁に発生するパンデミックではさらに大量の死者が出ます。一種類のワクチンが効く他の多くの病気とは異なり、インフルエンザに対しては毎年新しいワクチンを生成する必要があります。インフルエンザウィルスにはさまざまな変種があり、それらが絶え間なく変異しているためです。

ワクチンは、人体の免疫システムにウィルスなどの感染性病原体を認識させ、同じ病原体が体内に侵入した際に反応を起こさせる働きをします。複数の種類があり、毒性を弱めたウィルスそのものを用いるものや、ウィルスの部分のみを用いるものなどがあります。

一度このような「囮」と対峙した人体の免疫システムは、再びこれを迎え撃つ準備ができ、本物の病原体が侵入すると、より早くて効果的な迎撃が可能となります。

インフルエンザのワクチンは「ヘマグルチニン」、略称「HA」というたんぱく質をターゲットとするように作られています。

HAは、ウィルスが人体の細胞に結合するための構造体です。傘と軸を持つひょろ長いキノコ型をしており、この傘の部分は、抗体が一番攻撃しやすい部位であるため、免疫システムはここをターゲットとして働きます。ワクチンもまた、同様に作られています。

しかし、新系統のインフルエンザやインフルエンザ亜種は毎年現れ、HAも常に変化します。その原因はおそらく、HAが人体の免疫システムに覚えられてしまうため、ウィルスの方でも対抗して変化するためだと考えられています。

研究者たちは、流行するであろうインフルエンザの種類のHAを予測し、それを基にその年のワクチンを生成しなくてはいけません。ウィルスは常に変異するので、インフルエンザワクチンが免疫システムに提示できる型を、ずっと保ってはいないのです。

インフルエンザ共通ワクチンへの“第一歩”

さて、このたびの新研究では、キノコの傘ではなく軸をターゲットとしたワクチンの臨床試験が報告されています。軸の部分は、さまざまなインフルエンザの系統でも、あまり変化のない部位です。恐らくは、人体の免疫システムから受けるプレッシャーが少なく、なおかつ機能を発揮するには固有の形を保つ必要があるからです。変異を起こすとウィルスが機能しなくなるため、この部位は変異を起こしません。もしくは、変異することができません。

これは第1相臨床試験であり、65人の被験者が参加しました。ここではワクチンの安全性が検証され、最短でも18か月持続する強力な免疫反応が得られました。

さて、COVID-19ワクチン開発の話題において今年何度もお伝えしたように、第1相臨床試験とは、臨床試験における第一歩に過ぎません。今後はより大規模な第2、第3相臨床試験を実施することにより、稀に起こる副作用が排除され、引き続きその効力が検証されます。

研究者たちはさらに、このワクチンはグループ1HAたんぱく質というタイプのHAたんぱく質にのみ有効であることを指摘しています。つまり、これはまだインフルエンザ共通ワクチンにはなりえないのです。

とはいえ、このワクチンの効能を広げるため、現在も研究が続けられています。いずれは論理上、多様な系統のインフルエンザウィルスに有効で、なおかつ新系統のインフルエンザのパンデミックにも効果的なものになるはずです。

これは、インフルエンザ共通ワクチンへの第一歩であり、多くの命を救うものです。たった一回ワクチンを打てば済み、手軽で低コストなのは言うまでもありません。

最先端の研究だけが、人々の健康を守るわけではない

さて、病気から身を守るにはその仕組みを理解することが大切ですが、これはそう簡単ではありません。このたび『Lancet Microbe』誌で発表された、もう一つの新たな研究では「ごく一般的に見られ、ほとんどの人には無害な細菌が、一部の人にとっては重症化しやすいのはなぜか?」についてのヒントとなる、一連の突然変異が見つかったというのです。

問題の細菌は「髄膜炎菌」です。全人類のうち10から15パーセントの鼻腔に見られ、ほとんどは無害です。しかし、細菌性髄膜炎を発症することがあります。中枢神経系を侵し、数時間で死に至る病気です。

この新研究では、無害な髄膜炎菌と危険な髄膜炎菌とを比較したところ、RNAに驚くべき相違が見つかりました。

RNAはDNAに似た物質で、主な仕事は遺伝子コードに組み込まれたメッセージをたんぱく質へ変換することです。RNAは細胞の働きを調整するなど、コーディング以外の仕事をすることがあります。

この研究では、RNAの一形態であり、温度に反応して細胞の活動を変化させる働きをする、RNA thermosensor(RNA温度計)が注目されました。

何千種類もの変異RNAを調べることにより、研究者らは、細菌性髄膜炎を発症させる細菌に共通する5つのバージョンのRNA thermosensorを特定しました。変異RNAであるこれらのRNA thermosensorは、細菌を防御する役割を果たしているようでした。

細菌は、免疫システムの目を逃れるために、身の周りを覆うカプセルを生成します。この変異RNA は特に、細菌に大型の防護カプセルを大量に生成させます。温度に反応してこのようなカプセルを生成させることにより、この変異RNA は暖かな鼻腔奥や、感染症にかかって発熱した人体内で細菌が生き延びる助けになっているのかもしれません。

この発見は、分子レベルでの警告サインの存在を教えてくれました。研究者たちは、こうした変異RNAを検出するスクリーンテストの方法を考案しました。将来は、医学的検査で活用され、重篤な発症の前に、これらの危険な細菌類を検出できるようになるかもしれません。さらにこれは、人体内での細菌による感染症の進行に、ノンコーディングRNAの関与が発見された最初の例でもあります。

将来の研究においても、同様に思いがけない発見があるかもしれません。最先端の研究だけが、世界の人々の健康を守るわけではないのです。