いかにして共感を獲得するか

廣瀬聡氏(以下、廣瀬):せっかくなので教祖3人のみなさんへのご質問があるんじゃないかと思います。また志的なことをかなり聞いてしまいました。もうすこしビジネス面について聞きたい方もいらっしゃるかもしれません。そうしたことも含めて、毎回4人ずつ当てさせていただき質問を受けてそれにお答えいただくという形で、できれば何クールかやりたいと思っております。ではご質問のある方、挙手をお願いします。

質問者1:ありがとうございました。とくに高橋さんになのですが、ゲノムをビジネスにするときに、ゲノムをよく知っている人と市場の間にかなりリテラシーのギャップがあるんじゃないかと思うんです。価値を伝えようとしても伝わりきれないんじゃないかと思いましたので、そのギャップをどのように埋めようとしているのかを教えてください。

質問者2:私はヘルスケアで起業したイリコマと申します。医者なんですがヘルスケアで医者じゃない人が参入している場合に、正直、医者が邪魔をしませんか?

質問者3:ありがとうございました。お三方におうかがいしたいです。ユーザーの方とか、あるいは患者さんがいらっしゃると思うんですが、いまやられている事業に対して共感してもらえない限り情報を提供することもできないだろうし、あるいはコミュニケーションを図っていこうとも思えないんじゃないか。

そこのハードルをどのように超えて社会的な影響、インパクトを与えられるのか。どのように考えられているのかについて教えていただければと思います。

質問者4:ありがとうございました。質問じゃなくて、私も予防医療の仕事をしていて、すごく想いに共感して感想のようになってしまうんですが。

私も親がガンになり、完治しましたが、早めに早期発見をしてしっかり治していくことの重要性を感じたんですね。そうしたミッションというか、大切さを忘れずにしっかり仕事をしていくことがいつまでも大事なんだということを改めておうかがいできました。

予想以上のリテラシーギャップ

廣瀬:では、お答えになりたいものからお答えしていただくというかたちでいきましょう。ただ最初の質問に関しては、おそらくこれは高橋さんのほうからされたほうがいいので、そこからスタートしましょう。あとは好きなことを答えていくかたちでいきたいと思います。

高橋祥子氏(以下、高橋):リテラシーのギャップをどう埋めるのかは最初から大きな課題でした。遺伝子解析サービスを始めますと言ったときに、すごくクレームや批判があったんですよ。

「社会のためにこんないいことをしようと思っているのに、どうしてこんなに批判されないといけないのか」というぐらい批判が来たんですが、その批判のほとんどが「よくわからないから怖い」「そんなことやっちゃいけない」という人が多かったです。「そんな遺伝子を調べるなんて、神への冒涜か」みたいな連絡が会社に来たり「遺伝子を調べるなんて、細菌に感染したらどうするんだ?」というような謎のクレームが来たり(笑)。

(会場笑)

予想以上にギャップがあるということをすごく実感したんですね。しかもそのギャップを埋めなければ、なかなかこの事業が進まないだろうと。

最初にトライしていたのは、これだけゲノムの、とくに生命科学のことを勉強することが大事ですよという情報提供でした。しかしセミナーなどを開催して、情報単体ではほとんどの人にとって価値がないということに気づいたんですね。そんな「勉強が大事ですよ」と言っても「はいはい」ということですから。

いかに感情に訴えかけていくか

高橋:それよりも結局いかに感情を伝えられるかということが大事で「勉強が大切ですよ」と言うよりも「ゲノムはこんなに楽しいんだよ!」「こんなに好きだ!」という感情を伝えたほうが伝わるということがわかりました。登壇でもそうですし、メディアでもそうですし、Twitter、Facebook、NewsPicksなどもそうですが、そうしたところで発信するときにはそこを心がけながらやっていますね。

Twitterのフォロワーでゲノム編集に関するアンケートを取りました。ゲノム編集食品が今年から解禁になるんですが東大の調査研究で「ゲノム編集食品を食べたいですか?」というアンケートを一般の方に取ったところ、ほとんどの人が「食べたくない」と答えたんですね。

ついでに「そもそもゲノム編集とはなにか知っていますか?」というアンケートも取ると、6割以上の人が「聞いたこともない」という回答だったんですね。それはリテラシーがないからそう答えるんです。同じ質問を私のTwitter のフォロワーに聞くと、ゲノム編集のことを知っている人が7〜8割ぐらいいて、ゲノム編集食品を食べたいという人もかなり多くいました。

だから何かを発信していくことでリテラシーが高い人も増えるし、そうすると回答も変わってくる。考え方も変わってくる。そうしたことを地道にやっています。

薬剤師としてどうあるべきか

廣瀬:ありがとうございます。次に「医者が邪魔をするのではないか?」というお話があったのですが、これはおそらくおふたりかもしれませんし、中尾さんからでしょうか。

中尾豊氏(以下、中尾):僕は薬局業界の薬剤師のインフラのSaaSを展開しているんですが、医師が邪魔するかどうか……これはイエスかノーかで言ったら、します。どれぐらいのレベルかというと、僕の業界、薬局業界においてはそんなに大きな問題では実はなくて、どちらかというと薬局・薬剤師さんの考え方自体がちょっとあかん状況になっています。

なぜかというと、もう完全に利害関係になっちゃっているんですよ。門前薬局をやった瞬間に、医師に逆らえませんという状況になっているから。例えば患者さんに正しい情報やちゃんと飲み方や生活習慣までアドバイスしていこうとなると「余計なこと言うな!」と言われた瞬間に萎縮しちゃって、何も言わずに渡していくことが正解なんだという、あるべき論じゃないところでの仕事の働き方に収束しちゃうんですね。

これは薬剤師があかんなと個人的には思っていて「いや、それはあなたの仕事で、あなたがそこでやりきれるものがあるんだから、がんばってよ」と思うときもありますし、お医者さんに対しても「そこは『僕らもがんばるから一緒にがんばりましょう』とコミュニケーションしてよ」と思うところもある。すべて医師が悪いとも思いませんし、薬剤師さんも努力するケースがあるだろうし、もっと僕らもそれが本当に正しい世界なんだと啓発する必要がある。僕、そこは企業努力も必要だと思っているので、誰が悪いということは個人的にはあまり考えてはいないというところですかね。

医者の助言は話半分に聞いておく

廣瀬:ありがとうございます。この部分、高橋さんは何かありますか? お医者さんとの関係について。

高橋:そうですね、ヘルスケアの新しいサービスをつくるときに医者の意見を聞きすぎないほうがいいということがあります。私の父も医者なんですが、父も「医者の言うことは話半分に聞いておけ」というアドバイスをくれました。そのアドバイスはちゃんと聞いているんですが(笑)。

(会場笑)

たとえば遺伝子検査で言うと、遺伝子検査というものはもともと病院の中で遺伝病の診断のためにされてきたものです。かなりセンシティブなものを、もう大事に大事に扱ってきたので「そんなインターネットなんかで軽々しく扱って」というようなことを言われるんです。

最初にお医者さんにアドバイスを聞きに行っていたら、もしかするとやっていなかったかもしれないと思うと、もちろん懸念点などはちゃんと聞いていたんですが、聞きすぎないほうがいいということはありますね。

私が医者になるかならないかを考えて、結局ならなかったという話をすると「それは医者になってもできたんじゃないですか?」ということはよく聞かれるんですね。それはもちろんできるんですよ。医者になったほうができることは増えるんですが、ただ、医者が本来やるべきことという考え方が身につきすぎてしまうんじゃないかという懸念がありました。

だからお医者さんだからできること、お医者さんだから見える観点は参考にしつつも、参考程度に考えるのがいいんじゃないかと。お医者さんに言うのも変な話ですが、はい。

廣瀬:話半分だそうです。

高橋:すみません。半分は聞きます。

質問者2:(笑)。

(会場笑)

税金を使う価値のあるプロジェクト

廣瀬:遠藤さん、先ほど3番目のご質問で「事業への共感、どうするのか?」というところがあって、とても大切なポイントじゃないかと思うのですが、そのあたりについてぜひコメントやアドバイスをお願いできますか?

遠藤謙氏(以下、遠藤):正直、既得権もありませんし儲かるところでもないので、僕はそんなに共感を求めていないのですが、逆に共感をもらえるときがあると感じるんですね。

これもたとえばで言っていい例かどうかはわからないんですが、乙武さんのプロジェクトは文科省の下のJST(科学技術振興機構)の研究費でやっているんです。その乙武さんのプロジェクトを国プロでやりたいと最初に言ったときの文科省の人の顔が、今でも忘れられないぐらい苦い顔をしていたんですよ。「乙武さんですか……」というような。

やっぱり世論をすごく気にしていて「税金を乙武さんの義足を作るというプロジェクトにしたときの世論が怖い」と言ったんですよ。やっぱりその頃は、もう1年以上前ですね、その頃の社会的信用がない状態の乙武さんに義足を作るということに対してはものすごく……どこでも話しているし、乙武さんも知っているので、ぜんぜんオープンにしても大丈夫なんですが。

廣瀬:カットいれる?(笑)。

遠藤:ぜんぜん大丈夫ですよ。さらしてください。

けれども、僕は絶対にこれを見せることによってわかってくれる人はわかるだろうし、社会的な価値がめちゃくちゃ高いし、税金を使う価値もめちゃくちゃあると思っていました。

物で見せることで共感を増やす

遠藤:それで「やろう!」と言ってくれた人がやっぱり何人かいるんですよ。さっき言った北野さんであったり、為末大さんであったり、落合陽一さんであったり。この人たちがおもしろいと言うんであればやろうと思ってやった結果、やっぱり乙武さんの社会的信用がガラッとたぶん変わったと思うんですよ。マネージャーの方にも言われたんですが。

それぐらい、おもしろいことをやることによって共感してくれる人が増えるし、本当に苦い顔をしていたJSTの人も「これは商品化はいつできるんですか?」というような、手の平を返してくれるんですよね。本当に嫌なことを言ってきた人もいますし、お医者さんもやっぱり嫌な人もいるんですが、助けてくれた人もまたお医者さんなんですよ。

だからどの分野でも味方もいるし敵もいるんですが、やっぱり物で見せられるのが僕らの強み、テクノロジーの強みだと思っているので、そうしたものに対してちゃんと結果を出すことによって共感を得る。

あと、僕はやっぱりエンジニアなので、物で見せたいと思っていますから。僕の武器はそこにしかない。逆に口で説明しながら共感を得るということに関してはたぶん僕は下手なので、僕の場合はそうしたプロジェクトや歩く姿などをテクノロジーベースで見せることによって、おそらくなんとなく共感を得られているんじゃないかというのがいまのところの感覚です。

薬局や薬剤師業界に入り込む3つのポイント

廣瀬:ありがとうございます。残り5分、3つほど質問を追加で受けたいと思っておりますが、いかがでしょうか?

中尾:ちょっと今の共感のところだけ、少し僕にもコメントさせてください。医療従事者ではない人が他の薬局業界・薬剤師業界に対して入り込む方法におけるポイントが3つあるので、共有させていただきたいと思います。

1つ目が、まずその業界やその働いている方へのリスペクトは絶対に持ったほうがいいということがあります。その方々もかなり真剣にがんばっているので、どのような思いでやっているのか、徹底的に腹落ちさせるということは、かなり重要だと思っています。

2つ目が、その業界のあるべき姿を解像度高く把握しておくことが重要です。「がんばっているけれども、この世界観に行くだけだよね」ということを、誰にも否定されないようにする必要がある。

3つ目は、そこにおける課題点を把握しておくこと。そこに至らない環境要因はなんなんだろうということも把握しておく。「あなたたちはあるべき姿がわかっていて、その課題も把握しているんだね」となってくると、別に営業をしていなかったとしても「一緒に解決する何かを考えようよ」と言われるようになるんですね。

ですからこの3つさえあれば、どの業界でもたぶんいろんな仲間が増えるんじゃないかと思っています。別に営業をしなくても、そうしたソリューションの提供はしやすくなるんじゃないかと個人的には思っています。

超少子高齢化社会の到来とQOL

廣瀬:これはGLOBIS学長の堀義人が同じようなことを言っています。それが「エスタブリッシュメントは敵に回してはならない」ということ。GLOBISもある意味で伸びてきているというところとなんとなく符合すると思いました。

はい。3人どうぞ。

質問者5:ありがとうございます。ヘルスケアの市場を日本からスタートするのはどうなのかというご質問ですが、ヘルスケアというものは比較的人体に影響するものなので、どの国から始めてもいいじゃないですか。

そうすると、日本というのはやっぱり皆保険制度やいろんな難しさがあって、アメリカやヨーロッパから始めちゃったほうがいいという意見もありそうな気がしますが、みなさんが日本市場からスタートすることをどう見ていて、今その是非をどうお考えなのかについておうかがいしたいです。

質問者6:近いですが、日本は今後少子高齢化で課題として医療費も上がっているということが見えている中で、30〜40代ぐらいのお三方がこれから先の日本を見据えて、今どういったお気持ちなのかということを聞きたいです。

質問者7:関連する質問です。日本は超高齢化社会になっていく中で、これは世界で最初のことなので、次の課題というのは生き方をどうやっていくかというQuality of Lifeといったテーマになってくると思うんですが、そうした課題に対してそれぞれの分野で何が提供できるかという、そのお考えをお聞かせください。

自分のパフォーマンスが楽しめる場所へ

廣瀬:ありがとうございます。実はこの中に10時20分の新幹線で行かなければならない方がいらっしゃるので、簡単に。今の質問を踏まえてお1人ずつ順番に、45秒ずつお話しいただいて、それでセッションを終えたいと思います。では最初に、遠藤さんお願いします。

遠藤:基本的に僕は日本人なので。僕、2012年まで海外にいたんですね。アメリカにいたので日本に帰ってきたいという気持ちがありました。アメリカも良いところもあるし、悪いところもいっぱいあったんですよ。だから日本とはしばらく離れていたので、日本でやってみたいと思っていた矢先に2020年があったので、日本でとりあえず今の事業をやってみたいと思ったのがきっかけです。たぶん2020年以降は僕、海外に行きたいと思っています。

別に日本に失望しているわけではなくて、日本を含めた上でやっぱり地球規模で何かやりたいと考えたときに、その時々にたぶん適した場所があると思うので、次はパリだろうと。2024年オリ・パラあるのでその次は2028年ロスだろうという。そういう自分に合って、自分のパフォーマンスができて楽しいことができるようなところに、あまり場所はこだわらず進んでいきたいと僕は思っています。

日本はゲノム研究に最適な国

高橋:世界で行われているゲノムの研究の8割以上は欧米人の集団での研究なんですが、世界中の人口のうち欧米人は16パーセントしかいないんですね。(欧米人は)アジア人と遺伝的なバックグラウンドが非常に異なることがわかっていて、それで言うと日本でやる意味はめちゃくちゃあるんですよ。日本人というのは遺伝的なバックグラウンドが均質なので、すごく研究に向いていて、もう最高なんですよね。

超高齢化社会という問題もあって、それを介護人材を増やそうという姿勢よりもサイエンスを使って解決していきたいと思っています。だから日本からスタートしているというところですね。

廣瀬:ありがとうございました。

高橋:ありがとうございます。

中尾:事業を始めるとき、ある意味規制があることでポジティブになることが多いのです。規制があると課題が生まれるんですね。ペインポイントが生じる。「これ面倒くさい」「早く終わらせなきゃいけない」といったようなこと。それが起きると、それを解決するためのソリューションが入り込みやすいということがあるので、一種ビジネスとして考えると規制があるほうがやりやすかったりします。

規制があるからこそ入り込みやすい

中尾:規制がないと、そこにリソースをすごい投下してガーッとそのインフラを取るようになってくる。そうなるとパワープレーの人たちが勝つんですが、規制があればそのペインポイントを正確に把握しているスタートアップが勝ちにいける。ある意味、日本の市場は規制があるからこそ僕らは事業もでき、入り込みやすいんだとは感じていますね。

廣瀬:予防医療の部分について、何か一言。

中尾:たとえばサービスにおけるQOLがどうなるかですね。私たちのサービスで考えるとやっぱり利便性を高める世界と安心感を両方実現できるようなものを考えていきたいですね。

薬局からお薬を届けて遠隔で話をするといったことも将来的にはできたらおもしろいと思っていますし、一方でシニアの方々が、その場所があるので囲碁とかやりながら「 この薬いつ飲めばええんや」みたいことをやっている世界観もなきにしもあらずです。何かみんなが喜ぶ世界をつくることができればいいと思っています。

廣瀬:ありがとうございました。本当にあっという間に1時間が経ってしまいました。この3人の方々は、おそらくこれからの時代をつくっていく方々だと思いますし、あわせて今日ここにいる全員がこの医療や健康という領域において貢献できるように、ぜひこの機会をスタートとしてみんなでがんばっていければと思っております。大きな拍手で3人のみなさんにお礼をしましょう。

(会場拍手)