右脳が左半身を、左脳が右半身を司る“逆転現象”

マイケル・アランダ氏:人は5歳にもなると、左右を判別できるようになりますが、脳はどうやら逆のようです。脳は中央で左右に分かれ、右脳は左半身を、左脳は右半身を司っています。なんだか不思議な話ですが、このような逆転現象は、脊椎動物にはよく見られます。

さて、脊椎動物に広く見られるこの現象について、生物学者たちは5000万年前ほどさかのぼり、なぜ起きたのかを調べました。すると、その多くが非常に奇妙なことを発表しました。なんと、古代の脊椎動物の始祖たちは、後ろ向き、もしくは横向きの脳を持って生まれて来たというのです。

脳の左右逆転現象は、人類には2000年ほど前から知られており、非常に不思議なものです。

左右の半身は、それぞれ逆側の脳とやりとりしています。なんだか変な話ですね。しかし、多くの生物種において仕組みは同様です。これを神経連絡の交叉と呼び、ほとんどの脊椎動物にあるものです。

脊椎動物の脳の逆転現象は、突然変異によるもの?

具体的な交叉の仕組みは、生物種によって異なりますが、交叉そのものは非常に広範囲の生物種に見られるものです。そのため科学者たちは、これは哺乳類黎明期の共通の祖先に起こった、太古の進化だと考えています。

その理由については、過去100年ほどでさまざな説が唱えられてきました。1800年の終わり、ある医学者(注;神経解剖学者サンティアゴ・ラモン・イ・カハール)は、脳の神経連絡は、視覚情報を正しく処理するために交叉していると考えました。視覚の実際の働きを誤って解釈しているにも関わらず、この説は広く受け入れられました。

今日では、交叉が起こるのは、頭蓋に神経を効率的に収納するためだとか、外敵の攻撃から身を守るためなどの説が唱えられています。しかし、これとはまったく異なる説を唱える科学者たちがいます。

彼らによると、脊椎動物に交叉が普及した理由は、それが恩恵をもたらしたからではなく、単にたまたまこのように生まれついた祖先がいて、それがそのまま継承されてしまったからだというのです。

この説には、主なものが2つあります。最初の1つは、2013年にある神経学者が唱えたものです。脊椎動物に進化する前の祖先が、前後にひっくり返った脳を持って生まれてきてしまったというのです。生物の体の前後にあまり差異が無い時期であったため、このような突然変異があっても、さほど害はありませんでした。

確かにこの説は、脳の左右の逆転現象をうまく説明できますし、脊椎動物と無脊椎動物の身体にある、不思議な類似点をも解明してくれます。例えば、多くの無脊椎動物には、脊椎動物であれば脊髄にあたる、糸のような神経が、背中ではなく腹に存在します。また、脳の視覚を司る部位は、私たち脊椎動物のように前方ではなく、後方にあります。

つまり、この学者の主張によれば、ある時点において、私たちの祖先の身体が、くるりとひっくり返ってしまったというのです。理論上では、DNA上の証拠や解剖学的な証拠が残っているはずなのですが、現時点ではそのような証拠は見つかっていません。いずれにせよ、これはかなり突飛な説であることは確かです。

ゼブラフィッシュの胚の観測で再現された「2度回転説」

2012年には、別の生物学者チームが、もう少し納得できそうな説を唱えていました。頭は、完全に後ろ向きになったのではなく、横向きになったというのです。このチームによると、頭はくるりと180度回転したのではなく、90度だけ回転して、体から見れば横向きになる突然変異を起こしたために、初期の脊椎動物に神経連絡の交叉が起こったそうなのです。

その後、体のほうが、これを補完するためにさらに90度回転しました。

しかし、これがなんと逆方向だったのです。結果からすれば、先の説と同様に、頭が逆向きになったことになります。

驚くべきことに、後者の「2度回転説」を唱えた学者チームは、ゼブラフィッシュの胚の観測によりその仮説を再現しています。発達の過程において、ゼブラフィッシュの頭部は一方向に回転しました。すると、体の方は逆回転したのです。こうして神経系は見事に交叉を果たしました。なんとも奇妙な話ですね。

赤ちゃんの顔は線対称ではなく、2度ほど斜めになっている

これは、人間の胚では観測されていません。これは今は難しいためでしょう。しかしなんと、進化の過程でこのような回転を経てきた痕跡が、すべての人間に残っているのです。

脳の話ではないのですが、赤ちゃんの顔は、完全に線対称ではなく、わずか2度ほど斜めになっています。本当の話です。今度、みなさんが赤ちゃんに会う機会があれば、よく顔を見てみてください。びっくりしますよ。このようなアシンメトリーは、成長につれ消えていきますが、完全になくなることはありません。

さらに、回転による影響も痕跡として残っているとする論文もあります。ある論文によれば、人はキスをする際に、頭を右側に傾ける傾向にあることが観測されました。

さらに、ハグをする際には、体を左に傾ける傾向にあるそうです。

これらのケースにおいて論文の著者が主張するのは、人間は生来のアシンメトリーに従って行動しているということです。さらに傾ける方向が異なるのは、発達の過程において、顔が右に回転し、体は左に回転したためだとしています。

もちろん、これは一般的な平均値に過ぎず、人が体を傾ける角度や方向、理由はさまざまです。しかし、一定の傾向があることは、明らかになりました。

数億年も前に神経連絡の交叉が定着した理由は、はっきりとはわからないことでしょう。しかし、魚やヒト、ヤツメウナギなどのほぼすべての脊椎動物の共通の祖先の身体が回転したという証拠が、少しずつ明らかになってきているのです。