日本で唯一、同性愛者をカミングアウトした現役アスリート
野口亜弥氏(以下、野口):じゃあさっそく下山田さんに自己紹介からしていただきましょう。よろしくお願いします。
下山田志帆氏(以下、下山田):みなさん、こんにちは。
参加者一同:こんにちは。
下山田:女子サッカー選手をしております。下山田志帆と申します。本日はよろしくお願いいたします。私は今年の5月までドイツで2年間プレーをしていまして。今はなでしこリーグ2部のスフィーダ世田谷FCというチームで選手をしております。
実は今日も12時くらいまでけっこうハードなトレーニングをしていまして、本日分の体力が残り1割くらいなんですね。
(会場笑)
なので、やり切れるかどうか不安なんですけど(笑)。それはそれで、みなさんの前で100パーセント、私がお話できることをお伝えできればなと思います。
私がなぜ今ここにいるのかを説明させていただくと、今年の春にこのプライドハウス東京(LGBTとスポーツに関する期間限定の情報発信施設)さんの動画と、あとはTwitter上で、私の大学時代のサッカー部の先輩にフリーライターの方がいるんですけど、その人に「取材をしてほしい」「私のストーリーを書いてほしい」とお願いして。(同性愛者であることを)オープンにカミングアウトしました。
日本の現状として、現役アスリートでLGBTであること、セクシュアルマイノリティであることを公言している選手って、実は残念ながらというか、自分は悲しいんですけど、私1人しかいなくて。
実際日本のスポーツ界で、LGBTアスリートはどんな状況に置かれているのか、あとはこうやってカミングアウトすることがアスリートにとってどんな意味を持つのか、そういうことを生の言葉で伝えられるのは、今は自分しかいないんだなとは理解しているので。
今日は私にしかお伝えできないことをみなさんにお伝えしながら、残念ながら、実際にLGBTに限らずマイノリティとして括られてしまう人って世の中にたくさんいるんですけど、そういった人たちとどうやったら世の中で一緒に楽しく過ごしていけるのか。そもそもスポーツを楽しむにはどうしたらいいのか。そういったことをみなさん一人ひとりが考えるきっかけになればいいなと思っています。
さっきもお話されていたんですけど、野口先輩は実は高校の先輩でして。野口先輩はかなりレジェンドなんですね。なのでちょっとビビりながらお話しすることもあるかと思うんですけれども。みなさんそこらへんは温かく見守っていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
(会場拍手)
野口:先輩なので、ふだんは下山田って呼んでいるんですが、今日は圧を与えないように下山田さんと呼びたいと思っております(笑)。
女子サッカーに存在する「メンズ」という言葉
野口:カミングアウトしようと思った経緯やきっかけ、方法はさっき説明してくれたと思うんですけど、カミングアウトしようと思えたきっかけを聞かせていただけますか?
下山田:そもそもいつカミングアウトをしたのか、どういうふうにしたのかという話に戻らせてもらいます。オープンにカミングアウトしたのは今年の春なんです。私自身が女子サッカーを小学校3年生からずっと続けてきて、初めて他人に「自分のセクシュアリティがストレートじゃないんだよね」と話したのは大学1年生のときでしたね。チームメイトにカミングアウトしました。
女子サッカー界には、「メンズ」というワードがありまして。それはどんなものなのかというと、身体の性は女性なんですけど、女性とお付き合いする選手、「それはメンズだよね」という共通理解みたいなものがあります。
私自身は小中と大人の選手たちとプレーしていたので、なんとなくメンズと呼ばれている選手たちがいるんだなくらいに感じてたんですけど、それはあんまり自分ごとには落とし込んでいませんでした。
女子校だったんですけれども、高校に上がって、実際に自分のチームメイトだったり、先輩が女性同士で恋愛をしているのを見たとき、初めてメンズの世界が自分ごとになったんですね。
今まではなんとなく男性のことが好きではないなと思っていたのが、「あ、自分はメンズなんだ」とそのとき初めて落とし込まれて。そこでようやく自分自身がストレートではないことを理解しました。
大学に入ってからチームメイトへカミングアウトするように
下山田:高校までなんとなく「メンズ」とみんなが言っていて、「あ、自分もメンズだな」という安心感があったんですけれども。大学に入り、やっぱり大学生ってサッカーの世界から出て行く機会が多くなったんですね。例えばバイトだったり、ほかのスポーツの人と関わりがあったり、そういった機会が増えていくときにメンズが通用しない世界だったんですよ。
あれ、なんか女性らしさを求められて苦しいなとか。今までだったら「メンズだろ?」と言われて、「うん、メンズ、メンズ」とふざけてればよかったのに、それが通用しなくて苦しいなと思ったり。自分が自分らしくいられない時間がすごく多くなっていったんです。
ということもあって、このままだと女子サッカー界で過ごしているときは自分らしくいられるけど、これから先、社会人になり社会に出ていったときにちょっと自分らしくいられないというか。周りの人に嘘をつきながら生きていくことになるなとすごく強く感じたので、大学に入ってから徐々にチームメイトにカミングアウトしていきました。今はオープンにカミングアウトしている状態になります。
野口:ある意味、女子サッカーという空間があったからこそ、自分らしさみたいなところにも気付けるきっかけになっていたのかなと。
下山田:そうですね。
「気づかなくてごめんね」 総じてポジティブな声が多かった
野口:先ほど紹介し忘れてしまったのですが、アメリカの研究で女性のアスリートはスポーツをすることによって、自分の迷っていたセクシュアリティを定めていけるメリットがあるという研究があります。今話を聞いて、そういうことかなと思っていました。実際カミングアウトしたときはドイツにいたのでしょうか? 日本?
下山田:プライドハウス(LGBTとスポーツに関する期間限定の情報発信施設)のムービーを撮影したのは日本だったんですけど、これが公開されたときはドイツにいました。
野口:ドイツにいて、もちろんSNSとかでワーワーというのはあるとは思いますけれど、帰ってきて改めて友達に会ったりして、カミングアウトする前後の変化みたいなものは感じましたか?
下山田:先ほどもお話ししたんですけれども、女子サッカー界の友達、元チームメイトとかは自分自身がメンズだということを知っていたので「あ、オープンにしたんだね」くらいの感覚だったんですけど。
やっぱりそれこそバイトでお世話になっていた方や親戚、あとは大学のスポーツをしてない友達には少し驚かれました。「気づかなくてごめんね」と言われたり。「私、そういうの偏見ないからそう言ってくれて嬉しい」と言っていただけたりとか。すごくポジティブな反応が多かったです。
野口:ネガティブな反応はあんまり直接的には受けなかったですか?
下山田:受けていないです。
野口:それはすごくいいですね。ドイツのチームメイトにも既にカミングアウトしていたのですか?
下山田:はい。
野口:チームメイトはどういう感じだったんですか?
同性婚が認められているドイツでは、意外な反応が
下山田:ドイツって、同性婚が認められている国なんですね。なので、LGBTの方たちの存在がすごく当たり前で、別に特別視されている環境じゃないんです。
ということもあって、日本でカミングアウトするときって、例えば「自分、実はメンズなんだよね」と言ったときに、「あ、メンズなんだ……え、それはいつから気づいたの?」とか、ちょっと踏み込まれたりすることもなくはないんですね。
だけど、ドイツに行ってすごく驚いたのは、たぶん当たり前すぎるんでしょうね。チームメイトに「シモって男と女とどっちが好きなの?」って最初に聞かれたんです。そのときに、「あ、日本とは違うな」とすごく思ったし。
そのときにサラッと自分も「今、実は彼女がいるんだよね」とドイツのチームメイトに言ったら、今までだったら「それっていつからなの?」とかすごく深掘りされていたのが、「へ~そうなんだ」で終わったんです。
その反応から見てわかるように、いわゆるストレート、異性愛者の恋愛と同性愛者の恋愛というところに、ドイツの人たちはもう区別がないというか。そこに境目がないんだなとすごく感じましたね。
野口:それはどのチームも同性愛者でも異性愛者でも、その人はその人だよねという感じで受け入れられているということでしょうか?
下山田:そうですね。
女子サッカー選手として活動していけばいいという安心感
野口:なるほど。じゃあドイツのときでもいいですし、今日本に帰ってきてからでもいいですけど、カミングアウトしてから自分のパフォーマンスやストレスのかかり具合に変化はありましたか?
下山田:ありましたね。何が違うのかというと、安心感が違うんだと思っていて。今スフィーダ世田谷というチームに入っているんですけれども、完全フルオープンなので、もちろんチームメイトも今自分に彼女がいることも知っているし。監督もそのことを知っていて。かつ、スフィーダ世田谷にGMという、クラブを運営する立場の方も知っている状態なんですね。
でもみんな、そこに対してもう特別視をしていないというか。今自分のチームメイトとチームの人たちは、別にとやかくなにも言ってこないし、むしろ「あ、そうなんだ。へ~」くらいで終わっている状態にしてくれています。
というのは、ものすごく安心感があって。こっちも別になにか言ったり、やったりする必要もない。ただ女子サッカー選手として日々活動していけばいい、という安心感はものすごくあると思います。
監督もGMもカミングアウトを好意的に捉えてくれた
野口:こういうふうにいろんなところで講演会をしたりする機会も増えていると思います。そういうことに関しても、チームメイトもスタッフのみなさんもどんどんやっておいでという感じなのでしょうか?
下山田:今はそうです。このチームに入るときに、最初に監督と面談をするんですね。そのとき監督とは、サッカーの話はもちろんします。そのあと「仕事どうするの?」と聞かれたので、そこで「実は今LGBTであることを公言していて、スポーツ界のこととかを発信していきたいと思ってるんです。しかも、私はLGBTであるけれども女子サッカー選手としても活動しているわけだから、そのこともちゃんと伝えていきたい。なので、スフィーダ世田谷の名前を出してもいいですか?」と聞いたんですね。
そしたら監督がちょっと「うーん……」というふうになったあとに、「持ち帰らせてほしい」と言われたんです。「あ、持ち帰るんだ」と思ったんですけれども。結局そのあとに電話が来まして、「GMと話をしたらまったく問題ないということだったので、話しちゃって大丈夫です」という感じになったんですね。
つまり、そのときは監督はちょっとなにか起きるかもしれないなと頭の中をよぎったり、スポンサーに悪く言われるんじゃないかなと絶対に思ったと思うんですよ。ただ、この話には後日談がありまして。
あそこにスフィーダ世田谷所属と書いてあるんですけど、仕事の話を決めていくときに、実際にこうやってイベントに出たり、取材するとなったら、「名前を出すのはチームの了承を得なきゃいけないので、1回話を通してほしい」と言われたんですね。1ヶ月くらい前ですかね。「〇〇さんから取材をさせていただきたいという話があったので、名前を出してもいいですか?」と監督に聞いたんです。
そしたら監督が、「俺さ~、考えたんだけど、シモがそうやってどんどん言ってくれたら。スフィーダの名前が売れるじゃん」と(話してくれた)。「どんどん出しちゃっていいよ!」と言われたんですね。それを聞いたときに、今まではリスクだと思っていたけど、逆にチャンスと捉えてくれて、すごくありがたいなと思った。やりやすいなと感じましたね。
野口:すごくポジティブな、オープンな監督でありがたいですね。
下山田:そうですね。
なにが起きるかわからない怖さとの闘い
野口:下山田さん個人が仕事としてどんどん活動することに関しては、フロントサイドとしてもどんどんやってくれ、チームの名前をどんどん前に出してくれという感じなのはいいなとは思うんですけれども。
かたや、私もずっと女子サッカー界にいて、メンズという言葉もあるように、なんとなく同性愛の選手がいるのはわかっているけれど、そこまで踏み込まないというところ(があった)。知っているけど触れないようなところがあると思っていて。まあ、下山田みたいに……下山田さん!
(会場笑)
下山田:こういうことです。みなさん(笑)。
野口:すでにオープンにしている選手に対しての対応はすごくわかりやすいのかなと思います。では、そうではない選手に対して、チームやフロントはどんな感じなのでしょうか?
下山田:今の自分がある意味、チームの人たちに背中を押してもらっているのは、たぶんこうやってカミングアウトして、「あれ、今まではなにか起きるかもって思ってたけど、なにも起きないじゃん。むしろチャンスじゃん」と感じてくれたからこうなっているだけであって。
実際、公にカミングアウトしてる女子サッカー選手はいないので。そうなったときにやっぱり、フロントの人やクラブの監督は、ちょっと怖がっているところはあると思います。それはなにが起きるかわからないし、見えないから。
先ほどもお話したんですけれど、もしかしたらスポンサーが嫌がるかもしれないとか。それこそスポーツ界でちょっと問題なところがあって、女子サッカー選手に「かわいい」を求めていたりするんですね。メディアに出るときだとか、ポスター作成とか。
そうやって、メンズを公表されるとなんだかやりにくいなと思われるんじゃないかとか。たぶんそういうことは考えていると思っているし、正直ちょっと態度に出ているよなというときもあります。なんかメンズの選手って面倒くさいなと。そこはけっこう日本の女子サッカー界、日本のスポーツ界の問題なのかなと思いますね。
野口:まだまだ下山田さんがどうなるのか、その影響が自分たちがどう受けるのかを探り探りサポートしてくれている状況ということなんでしょうか?
下山田:そうですね。
野口:その点ドイツはどうなんですか? オープンにしている選手も多い中で、選手をやっているときに目に見えてカミングアウトしている選手の影響でこんな問題が起きちゃった。とか、それに対してフロントはこんな対応をしているとか。そういう事例ありましたか?
下山田:ないです。
野口:ないんですね。
下山田:本当にないです。たぶんアメリカでプレーされて、スウェーデンでプレーされてたのでわかると思うんですけど。サッカー界に関わっているスポンサーの方や企業の方も、そもそもなにか問題が起こるかもしれないという考えはまったくないですし。
「むしろ世の中にはいろんな人がいて、その多様性を認めていこうよ」という社会ができあがっているのがドイツだった。問題意識はまったくなかったと思います。
野口:確かにさっきのスウェーデンの選手もそうですけど、同性愛者だと公表することがポジティブに働く面のほうがすごく多かったのかなぁと私も思っていますね。
選択肢が1つしかないことの息苦しさ
野口:さっき出してくれた話に戻るんですけど。女子サッカー選手には「かわいらしくいてほしい」というフロントやメディアの期待があるとは思うんですけど、もうちょっと具体的にお話いただけますか?
下山田:メディアに出て、試合告知をすることがあります。そのときに「こういうポーズ(首をかしげて顔の近くて手を振る)をしてほしい」とか言われることがあります。そのときは選手たちはなにも考えずにやるんですけど、冷静に考えて、「それって自分らしさになっていますか?」というところですよね。
あなた、本当に普段からこんな首を傾けてかわいらしくバイバイしてますか? というところを考えると、やっぱりそういうちょっとしたストレスは積み重なっていると思います。
野口:私も大学に勤めているので、大学の女子サッカーを観たりするんですけど、大学生って移動するときにきちんとした格好で移動するんです。スーツのセットアップで移動するところもあるんですけれど、伝統的なチームほど女子サッカー部はスカートと決まっています。
表彰式などフォーマルな場所へスーツのセットアップで来るんですけど、「もしかしたらこの子はふだんスカートを履かないだろうな」という選手が表彰されるときに、すごく暗い顔して前に立って表彰状をもらったりするんです。これを自分らしい服装(例えばパンツスーツとか)でもいいよとしてあげると、この子の表情はもっと変わるのかなと思いながら見ていることがあって。そういうところはまだまだ改善していく余地はあるのかなと思っています。
下山田:やっぱり部活動となると、ルールや部として守らなきゃいけないことがすごく多くて。まさにスーツのスカート問題は自分自身もすごく嫌だなと思っていましたし。パンプスを履かなきゃいけないとか。しかもそれが嫌だということが、そもそもカミングアウトになってしまったりもするので、すごく難しい問題ですね。
野口:「トランスジェンダーです」と言っている選手は、ネクタイしてズボンを履いていいんですけど。別にトランスジェンダーじゃないんだけど、そういう格好をしたくない人の行き場がないのはありますよね。
下山田:そうですね。選択肢が1つしかない状態はやっぱり苦しいですね。
野口:メンズという言葉があるから、女子サッカー界は少し進んでいるのかなと思いきや、まだまだそういうところで苦しんでいる選手も多い。やっぱり選択肢って必要だなと思います。
下山田:そうですね。
ポーズの取り方から考える自己表現のあり方
野口:ドイツでは、かわいらしく(首をかしげて手を振りながら)「こんにちは~」みたいなことって選手はやっていないんですか? どんな表現方法をしているのでしょうか? ドイツ以外の海外でもいいんですけれど。
下山田:何ですかね~。みんな思い思いのポーズをとっていましたね。撮影する側も(ポーズを)求めなかったですね。ちょっと角度を変えてほしいといった微々たる調整はありましたけれど。
それこそ「こんなポーズをとってほしい」「こんなことを言ってほしい」というのは監督もぜんぜん求めないですし、メディアの人も求めない。ある意味、選手の自主性に任せているところがあったと思います。
野口:かっこいいポーズを取りたい人は取る。ちょっとかわいらしいポーズ、セクシーなポーズを取りたい人は取る。確かにそういうのはあったなと思っています。「自分らしくある」という点では、まだまだフロントサイドとしても選手の自己表現のあり方について、考えていけるところなのかなと思います。