読書は嗜好品のようなものになりつつある?

海法圭氏(以下、海法):人が本を読むときって、その内容が時間や空間に紐づいていますよね。電車で広げる本と、家で広げる本と、仕事場で広げる本は少し違ったりするじゃないですか。そういう意味では、こもって沈思黙考する書斎に詩集だけがあるとか、階段を上がった小さな場所に秘密をテーマにした本があるとか、染谷さんの選書のしかたがすごく良かったなと感じています。

染谷拓郎氏(以下、染谷):読書が嗜好品になってしまっているというか、煙草やお酒と同じくらいのレイヤーになってしまっているような印象もあります。箱根本箱はむしろそれを象徴するような場所になっているので、ダブルバインドもありながらなんですけど、そういう感じでやっています。

箱根本箱は、開業して無事5ヶ月6ヶ月経って、今後の展望を岩佐さんからお聞きしたいです。それをもって第1部を締めようかなと思っています。

岩佐十良氏(以下、岩佐):今後の展望。このイベントの第2部は場づくりだから、もうちょっと具体的な話になるんですよね。場づくりの前の話でいくと、僕は数字的な経営者でもあります。クリエイティブの世界にも住んでいますが、僕がいつも目指しているものはクリエイティブの世界と経営、そしてソーシャルとをどうやって結び付けていくか。

今までの話を第2部に繋げるとするならば、そのソーシャルや趣味のことを語ったり、経営者が経営のことを語ったり、業界人が業界のことを語ることはあるんですけど、これを繋げる人と場所ってあんまりないんですよ。

だから、これらを繋げることが重要です。繋げた実績は、箱根本箱でもう出ているんじゃないかと思うのですが、これがこのあと重要なんですよ。でも、僕が「稼働率が」と言うといやらしくなってしまうので、染谷さん、言ってください……(笑)。

常識的にはあり得ない「箱根本箱」の客室稼働率

染谷:徐々にホテルの稼働率が上がっていて、今は8割くらいです。平日だけど、昨日も一昨日も満室というかたちです。

岩佐:この1月の一番厳しいところでも。実は里山十帖をいろいろなところに取り上げていただいた理由が、開業後3ヶ月で9割の客室稼働率を超えました、というところなんです。いろいろなお話をいただいて、いろいろなところで「すごいね」と言っていただきました。

箱根本箱は(2018年)8月1日の開業で、そこから秋冬に向かって、実は観光シーズンの稼働としてはあまり良くない方向性で向かっていったんです。里山十帖は、なぜ3ヶ月で客室稼働率が9割にいったかというと、夏休みを目指してやっていたので、夏休みに稼働率が8割9割いくのは当たり前なんですよ。

だけど、開業直後の1月とか2月に8割以上の稼働率というのは、実はけっこう至難の業で。とくに1月の今週(1月17日、第3週)は、旅館はみんな休業しちゃうくらいです。

開けているより休んだほうがいいくらい、一年で一番人が来ない平日の昨日でも満室で。この1月の稼働率はたぶん80パーセントを超しますし、90パーセントに近いと思います。

8月から 6ヶ月目でほぼ90パーセント、しかも1月にというのは、自分で言うのもなんですが、通常じゃあり得ない数字ですね。

いわゆる常識的には絶対にあり得ない数字なので、「なんでそんなことができるの」という話なんです。これはもちろん、運営からPRまで多角的に、ものすごく細かい戦略を立てて実行しているからなんですが、海法くんが設計ですごく細かいところをかなり詰めてやってくれていたことも秘密の一つです。

うまくいっているときほど、次の施策がわからない

岩佐:日販さんは日販さんで大胆な決断をし、なおかつ選書がどんぴしゃのラインを、いいところのツボを押さえていますし。それこそ、今までの日販さんだったら「なぜここにあれがないんだ」という話を社内でおっしゃる方がいらっしゃるんだろうけども。

染谷:いや、あんまりないです。

岩佐:ないんですね。意外と柔軟な会社なんですね。

染谷:柔軟な……はい。みんな見てないです(笑)。

(会場笑)

岩佐:そうなんだ(笑)。でも、そういう日販さんの決断と柔軟性、それから海法くんの具体的なものにする力、そういうものがいろいろあって、9割という数字が達成できているのかなという気がしますね。

染谷:箱根本箱については、引き続きこの稼働率をずっと維持し続けるということは……。僕が言うとあまり良くないかもしれないですけど。

僕は日販に入社してけっこう経つんですけれど、やっぱり業績的に苦しい時代が続く中で、自分がやっていることが登り調子のときは、みなさんどうしているのかが気になるんですよ。登り調子のときにどういう施策を打つのかというような。

うまくいっていないときは課題が見えて、「これを潰そう、あれを潰そう」というのがわかるんですよ。でも、登り調子のときは、どういうふうに次の一手を打っていくのか。こういう実感が今まであまりなくて。

里山十帖の事例も、箱根本箱のこれからも含めてですけど、そのあたりをどういうふうに考えていくといいでしょうか。もちろん、よりおもしろいことをやっていくしかないとは思うんですけれど……。

拡大志向がまったくなければ、新しい価値観は生まれない

岩佐:攻めるしかないですよね。僕らができることは攻め続けることなので、入ってきたお金をどんどん再投資に回すことが重要ですよね。なぜ拡大するのかというと、再投資する社会だから拡大するんですよ。

経済の話をすると、結局、デフレ経済はみんなが投資しないからデフレなわけじゃないですか。そのデフレ社会や成熟社会がいいか悪いかは、また別の価値観念だと思います。それはあえておいておくとしても、経済や世界が縮小するだけだったら困りますよね。

今の日本では縮小経済でいいんだという考え方もあるし、僕は閉じる経済があっても悪くないと思う。でも、全方向性で閉じて縮小したらそれはまずいんですよ。

僕はなにか新しい拡大志向がなかったら、新しい価値観は世の中に生まれないと思っているので、どこかではやっぱり拡大しないといけない。どこかで小さい部分はちょっと拡大するという部分がないと、夢もなくなっちゃいますからね。

その点、箱根本箱は今ちょっと拡大した。でもこれは、少しでも守りに入るとまたしぼんでしまいます。やっぱり拡大する部分は夢ですから、そこに再投資をしないと夢が広がっていかないと思うんですよね。

僕はよく「なぜいろいろなところで次々いろいろなことをやるの」と言われるんですよ。「守ればいいじゃん」と言われるんですけれど、守った時点で終わっちゃう。

人が夢を持てないと経済や社会は破綻していく

染谷:攻め続けないと、むしろどんどん下がっていくと。守りに入った瞬間にじりじりと……みたいな。

岩佐:やっぱり経済はそういうものです。なぜなら、経済は人間の夢を表しているものですから。人間の夢を表しているものが経済単位になってきますからね。

だから夢がないとだめなんです。この話は、「社会主義国がなんでダメだったのか」を考えたとき、そこに住んでいる国の人たちが、夢を持って取り組んでいたのかどうか、ということですよね。

その共産主義の話などに関しては、(店内を指しながら)このあたりやあのあたりにものすごく詳しい本がいっぱいありそうですから、あれですけれども。やっぱり人間が夢を持てば経済は広がっていくし、僕はその夢を持てないと経済や社会は破綻していくと思うんです。

共産主義が正しかったとか悪かったとか、資本主義が悪いんだとか正しいんだとか、そういう理論にどうしても行きがちだけど、僕が思うのは夢を持てる社会かどうかですね。

その夢を持てる社会が、今、例えば資本主義経済がどうのこうのという話があるとするならば、資本主義経済がダメなんだとするならば、それは資本主義経済に夢が持てなくなったからじゃないですか。

要は資本主義経済がダメなのではなく、資本主義経済を夢のある資本主義経済に変えればいいわけですよね。それは資本主義じゃない新しい概念なのかもしれないけれど。いずれにしても、僕はこの話をし始めると長いです(笑)。

(会場笑)

要は夢があるかどうかですよ。僕は夢がある経済活動が重要だと思っているので、その経済活動をきちんと持続させながらやるためには、夢の拡大・再生産をしっかりやっていかなきゃいけない。

資本主義に夢を持てるようにするための動き

染谷:今の資本主義に夢を持てなくなったところを、無理やり場づくりに繋げようとすると、関係人口を増やそうとか、弱いコミュニティの場所をたくさん作っていこうという動きがけっこうあるじゃないですか。

家族だけ・会社だけじゃなくて、サードプレイスで弱い繋がりがあるとか、自分がいろいろな顔を持てる場所を作るような。今はそういうところが大事になっているんじゃないかなと思っています。

資本主義に夢が持てなくなったから、パラレルに、別の関係や通貨などのお金じゃないやり取りをしていこう、という動きがけっこうある印象があります。そのあたりが場づくりのヒントというか、たぶんお二人が考えられているソーシャルデザインとか、海法さんが関わっているプロジェクトにも関わってくるんじゃないかなと思っています。

岩佐:ビールを飲む方(に注文を)聞かないとね。

(会場笑)

ビール飲みたい方いらっしゃいますか。

(会場挙手)

染谷:いたいた。ぜひ。お会計は最後にして、先に3本。

スタッフ:ありがとうございます。すぐにお持ちします。

岩佐:その他、ビール以外でなにか飲みたい方はいらっしゃいますか? 大丈夫ですか? じゃあ3本お願いします。

染谷:お願いします。こんな感じで、第2部に行きたいと思います。