上手いから偉くなるのか、偉いから上手くなるのか

澤円氏(以下、澤):ではせっかくなので、会場からも質問などを受けてみましょうか。なにか聞きたいことがありますでしょうか。

例えば、谷本さんはいろんなインタビューをされて来ていますが、それに関して聞きたいことなど、もしなにかありましたら、会場のほうから質問をお寄せください。

質問者1:プレゼンテーションと言うのは確かにすごく大事だと思うのですが。いろんな偉い方や有名な方と対談されてきて、プレゼンテーションが上手だから偉いのか、偉くなったからプレゼンテーションが結果的に上手になっているのか。たまごが先かひよこが先かではありませんが、どちらがより重要でしょうか?

:なるほど。プレゼンが上手いから偉くなったのか、偉くなったからプレゼンするようになったのか……でも、どちらもたぶんありますよね?

谷本有香氏(以下、谷本):私は、プレゼンが上手いからだと思います。プレゼンというのは、1対マスのプレゼンだけではないと思うからです。1対1でも全部がプレゼンなわけじゃないですか。

かなり長い間いろんな人を定点観測していると気付くのですが、本当に人の懐に入るのが上手いとか、かわいがられ、結果的に大成するといったケースがトップリーダーの中にも多いんですよね。

つまり、あれも全部プレゼンテーションなんですよ。自分の魅力を表現して、上の人に引っ張ってもらう・自分のやりたいことを聞いてもらい、しかも応援してもらえるようになる。これもプレゼンなんです。

能力がある人たちはごまんといますので、その中でいかにたった1人でもいいから「この人なら応援したい」と思わせられるか。例えば「後継者候補の中の1人にしたい」「右腕にしたい」「次も一緒にチームを組みたい」」「自分の大切にしていたメソッドをこの人だから教えよう」と思わせるというのは、プレゼンの上手さなのです。

なにも、パワポを使ってみんなの前でマイクを握ってしゃべることだけがプレゼンじゃないんです。どれだけ自身が信頼に値するか、というプレゼンなんです。そう考えると人生は日々プレゼンの連続なわけです。ですから、回答としては、「プレゼンが先」だと思います。

質問者1:ありがとうございます。

:やっぱりあれですよね。偉くなるためには、相手の共感を得なければいけないところもあるので。その共感を得るためには、当然、少人数であったり、狭い人数の中でのプレゼンテーションというのは、結局コミュニケーションなのですよね。それがうまくいかないことには、そこから先にいけない。

プレゼンをする人も、聴衆も、すべて人間である

:この本にも書いたのではないかと思うのですが、いわゆる太古の昔からだいたい偉い人がいて、その人が何万という軍勢を率いていたりする。その当時はメディアなんてないわけです。

マイクロソフト伝説マネジャーの 世界№1プレゼン術

ということは、声が届く範囲の人に対してすごい熱量を持ってちゃんと伝えていって、それがずっと伝播していくからこそ巨大な軍勢が動いたり、国が動いたり、なにか革命的なことが起こせたり、そういうことができるのですね。

結果的には、スモールスタートなのですが、そのプレゼンテーションが身近な人たちに伝わらないと、何事もうまくいくことはないと思います。

有香さんは、チャーミングであることが大事だとおっしゃいましたよね。

例えば、子どもであっても女性であってもおじさんであっても同じで、チャーミングであることはすごく大事です。これは、かわいげのないかわいさ。ただ、チャーミングな表情というのはすごく大事だと。そのへんは意識しながら話していますね。

谷本:やっぱり組織も社会もそうですが、人間の集まりじゃないですか。つまり、人間という個々の感情体から組成されているわけです。であるからこそ、自分のことを信頼してもらうのも、応援してもらうのも、YESと言ってもらうのもすべて人なんです。

つまりは、なにか自身がものを成すために、人の感情を動かすということが重要になるんです。だから、論理や合理も大切ですが、意外にチャーミングさや人たらし力が必要だったりするのです。

プレゼンは「ファンを獲得するための時間」

谷本:例えば人に会う時、必ずまずは握手をされる有名経営者さんがいらっしゃいます。それ、まさにさっきのFBIのプロファイリングです。

日本人は触ったりするとセクハラだパワハラだと言いますが、そうじゃない。本当に尊敬や敬意を持って触ったら、人というのは絶対にパワハラなどそういうことだとは思わない。好意を持って必ずワンタッチするといったことを、必ずやっていらっしゃる。それが、「あの人の下で働きたい」「感じがいい人だ」というような信頼を醸成するんです。

あとは、澤さんも同じですが、自分のために名刺交換をしたいと何百人も並ぶ。そんなときに、普通の人や社長さんはとりあえずこなすことに注力してしまったり、その時間がもったいないと名刺を持っていないということにさえしちゃうんです。

けれど、澤さんのように一人ひとり丁寧に向き合ったりすることで、さらに目の前の人達を大ファンにしていく。そういう一つひとつの言動が、結局、自分の伝えたいことが伝わるということにもつながっていくのです。

:プレゼンテーションというのは、これもよく言っている話なのですが、「ファンを作るための時間」という言い方をします。

例えばアーティストだったら、歌を歌ったり、ファンと一緒に盛り上がることによって、そのパフォーマンスでファンを作るのですが。ビジネスパーソンであれば、これはもうプレゼンテーションであったり、コミュニケーションによってファンを作っていく。

ファンというのは無条件なのですね。ファンというのは、その人のために時間を作るし、お金を使うし、会いに行く距離も気にしない。

ファンになると……ちょっとこれは語弊があるかもしれませんが、すべてが自動化していくのです。これは楽をするということではなくて、より多くのものを効率よく提供できるようになるのです。だから、ファンになってもらうことはすごく大事だなと思います。

もちろんファンができると言うことは、すごく責任を伴うことにもなるので裏切るわけにはいかないのですね。ファンとは、逆にいうと期待値が高いということを意味するので、基本的には味方ではあるのですが期待に添えない場合の落胆も大きくなります。

谷本:コンテンツももちろん重要なのですが、コンテンツ以外も含めた総合です。その人本人の力を見られているんです。

文字なしのスライドで最高のライヴパフォーマンスを

:そうですね。あと1つぐらい質問を受けられるかな。なにかもし質問とか「これを聞いてみたい」ということがある方がいらっしゃったら、会場のほうから聞きたいと思います。

なにかありますか? ほかになにか? だいたいでも日本人はこういったときに……お、ありがとうございます。

質問者2:プレゼンテーションと言うのは一種のライブパフォーマンスだと思っています。プレゼンすることを内容として書いてあるという手法もあると思いますが。

僕はしゃべることというのは、その場の空気によって変えないといけないと思っています。だからキーワードだけ、スライドの1ページ1ページに書いているのですが。澤さんはどのぐらいの頻度でしゃべることを決めているのか、ちょっと聞いてみたいのです。

:ありがとうございます。実はですね、僕のプレゼンテーションを聞いたことがある方はよくご存じだと思いますが、スライドにほとんど文字がないのですね。写真1枚で1センテンスがあるかないかぐらい。

あとはしゃべってしまうという。ライブパフォーマンスそのものですから、まさにその場にいる人じゃないとわからない。よく言われるのが「資料だけください」です。「あげてもいいけど、絶対にわからないと思いますよ」とお答えしています。

うちのチームのメンバーもそうで、僕のプレゼンテーションを変えながらやらないといけないから、とりあえず僕のプレゼンテーションの資料をダウンロードしたら、澤さんの写真だけをポーンと貼って、スクリプトがなにもない。「この人はプレゼンでなにをしゃべってるの?」と。それぐらいわけがわからない。

その代わり、そこの中で説明する内容は、オーディエンスの反応や理解度によって柔軟に柔軟に変えることができます。ですから、そのスライドの中で使う言葉は極限まで磨き上げます。

ただ、これはシチュエーションによると思います。あとで配ることを目的にしていたり、それをそのまま参考にしてなにかこう、例えば設計する、なにか作るといったことをやるのであれば、あとで読んでいただける形で残したほうがいいかもしれません。ふだんの僕のプレゼンスライドに関していうと、僕はほとんど文字は必要ないのではないか、一応そうした考えでやっています。

もっというと、それこそあれですね、有香さんがインタビューされたものでは、スライドなんか使わない人がいますよね。そういう人のレベルになると、もうその場にいるだけでコンテンツになるので、そうなると、その時間というのを完全に支配することができるのではないかなと。

でも、実際のところ、スライドにすごく依存しないのは、やっぱりそういったトップ・オブ・トップな人たちは、全員ありますよね。

谷本:アドリブ力、やっぱり重要ですよね。

:あとはオーディエンスの人たちの反応や、そういったところでコンテンツを変えていくことができる。柔軟に変えていくことができる。

一期一会を意識して最後まで出し惜しみせず

:あと2分ぐらいなので、もうそろそろクロージングにしたいと思いますが。実際に大学などで、有香さん自身が講演することもいっぱいあると思いますが、最後に一番心がけていることを教えてもらえますか。

谷本:もう、オーディエンスの方にとっては、これが最初で最後の出会いになるかもしれない。一期一会だと思って、全部を出すようにしています。私の知識や経験、私の思いを全部提供しています。

:出し惜しみをしない。これはなにに書いてあったかな。僕も実はまったく同じポリシーです。

TEDというものがあるじゃないですか。プレゼンテーションの。ステージに上がって。あのTEDの中で、ベンジャミン・ザンダーという指揮者の方が登壇した時の、一番クロージングのところでおっしゃったエピソードがあって。

アウシュビッツで生き残ったおばあちゃんの話なのですね。アウシュビッツで生き残ったおばあちゃんに会って話を聞いたら、7歳下の弟さんと一緒にアウシュビッツへ行く電車に乗っていたのですって。

そうしたら、その弟さんが電車の中で片足の靴がなくなったと。それをお姉さんだからやっぱり叱るわけですね。「なんであなたはいつもそうなの? なんで靴がないの? 本当にダメな子ね!」と言ったら、それが最後の言葉になってしまったと。

結局アウシュビッツで生き別れてしまって、弟さんは生き延びることができなかった。結局、その後ずっと後悔をしながら、おばあさんになる歳まで悩んできた。

だから「『これが最後の言葉になるかもしれない』と思いながら、言葉を発するようにしている」というのがその人がおっしゃていたプレゼンなのです。最後に紹介をされていて。僕、すっごくそれを大事に思っています。

プレゼンテーションにおいても、「これが最後の言葉かもしれない」「これが最後の話になるかもしれない」と思いながらやる。とくにプレゼンテーションの一番最後のクロージングのところは、「絶対に最高のものをプレゼントするぞ」というマインドになります。

本当にそうすることによって、「あ、いいお話を聞いた。明日からがんばろう」と思うかもしれないし、そういったモチベーションが起きる。

そろそろお時間となっておりますが、。有香さんこんな感じでよろしかったでしょうか。

谷本:ええ、楽しかったです。ありがとうございます。

:ということで、谷本有香さんでした。みなさん、大きな拍手をお願いします。ありがとうございました。

谷本:ありがとうございました。

(会場拍手)