毎日毎晩、悩みました

記者:NHKです。一から出直したいということでした。その理由は?

宮崎謙介氏(以下、宮崎):先ほども申しましたとおり、国会議員として、言ったこととやっていることが一致しないというのは、政治家としての最も大事な原則から外れてしまったということであり、国民の皆さまに対して深い政治不信を与えてしまった。党にも関係団体にも多くの皆さまにご迷惑をおかけした。その意味を最大限表すとしたら、やはり議員辞職が一番そのけじめになるのかと思った次第でございます。

当初、多くの方から「踏ん張れ」と言われました。支援者の方、私の個人のことを心から応援してくださっている方々がそのようなことをおっしゃってくれていたこともあり、本当に最後まで毎日、毎晩、悩み、二転三転しました。しかし、そういった方々に対しても期待に応えることができなかった未熟さ。しっかりとお詫びし、皆さんの思いもいつの日か実現できるように、大きくなって帰ってくることができればという思いです

記者:TBSのカトウと申します。奥さまの金子議員とはどういう話をされたのか。父として、夫として、これからどのように接していくのか教えてください。

宮崎:妻と話をしましのは、2月6日の夜だったと記憶しています。病室で妻の顔を見て、息子の顔を見て、罪悪感、後悔の念、一気に溢れてきて、話しにくいことも含めて話しました。夫として、まずは妻に対して一生涯をかけて償っていこうと思っております。

父としていうことにつきましては、もしも許されるのであれば最後に申し上げたいと思います。よろしいでしょうか。

記者:男性の議員が育休を取るという画期的なことに水をさすことになった。どう責任をとっていくのか。

宮崎:今回の育児休業取得宣言、国会議員という立場で申し上げたわけでございますが、原理原則からすると、法的側面を含めると国会議員が育児休業をとることはなじまないという反対意見もありました。

そのなかで、時代は変わっている。現実、子育て世代は切実な思いでやっている。子育て支援に向き合っているなかで、やはり女性にだけ「働け、産め、育てろ」と押し付けるのは難しところがある。それを阻んでいるのは 社会の重たい空気であり、それをなんとかルールを変えて、実践することで、空気を変えてほしい。そういう強い思いを受けていました。今、私はそんなことを言える立場の人間ではないですけども、これからは一個人として育児に向き合っていきたいと思います。

ほかの女性とも関係があったのか?

記者:週刊文春です。最初にこの件について聞かれたときに、「知らない」と答えたのはなぜだったのですか。今回の女性以外にもほかの女性と関係があったりとか、2人で食事をしたりとかはあったんですか。最後に奥さんとの結婚記念日について教えてください。

宮崎:1つ目、「知らない」と申し上げたことにつきまして、人として動揺してしまって、とっさに嘘をついてしまったことを恥じています。あの時、失礼な態度をとったことについてお詫びを申し上げたいと思います。

さらに言いますと、私はそのときに「どうにかしてごまかせないものだろうか」と考えてしまいました。正直なところです。「お互いが黙っていれば大丈夫だから」と考えました。恥ずべき思考であり、行動だったと思います。

そのほかの女性のことでございますが、これまで私も35年間生きてきたなかで、本当に恥ずかしい限りですが、いろいろな方々を傷つけてきたことはあったと思います。本当にそういった皆さまに対しても、お詫びを申し上げたいと思います。

記者:結婚してからということですか?

女性ということであれば、否定はできないところであります。結婚記念日につきましてはどうか我々夫婦の間のことでございますので、ご容赦いただけるようにお願いできますでしょうか。覚えてはいるのですが、どうか2人の大切なプライベートなこととご理解いただけると幸いです。

国への思いは持ち続けたい

記者:TBSのカノウと申します。先ほどの質問で出たんですけれども、金子恵美さんはこの件に関してどのような言葉をおっしゃったのかということと。

あと、今、結婚後にも女性を傷つけたことがあるとおっしゃいましたけれど。そのような方が育児休業宣言をして、今後また議員になることをおしゃって。そうしたいとおっしゃっていましたけれど、なかなか納得できない有権者の方が多いと思うんです。それでも、また国会議員を目指すという思いというのはどうして?

宮崎:ありがとうございます。

おっしゃるとおりで、皆様の不信感をそう簡単に拭えるものであるとは思っておりません。また、今回議員辞職をするということは議員の仕事をして、皆様方に対し、その罪を帳消しにすることすらもできなくなるわけであります。

一般人となって再起を狙うというのは本当に難しいことだと思ってますが、再起の道が描けてないなかでも、この思いは引き続き持ち続けたいと。それすらも許されない人間であることは重々理解をしているつもりであります。

けれども、止めるにも止められない、とても語れる立場でないのは重々承知しておりますが、この国への思い、社会への思いというものも、一方で持ってることも事実でございます。

妻・金子恵美議員の反応は

妻からは、というお話しでありますが、私が今回の話をするまでは良好な回復傾向でありましたけれども、なかなか今の状況は厳しいものがあります。そして、それをやはり子供というのは敏感に察知されるんでしょうか。保育器に出たり入ったりを繰り返してます。

子供のことは最後に申し上げますが、そのことを考えても、しばらくは政治のことを口にせずに、まずは妻と子供に対して謝罪をし続ける、尽くしていくというのが政治家である前に人の道なのではないかと考えております。

記者:金子さんはなんとおっしゃったんでしょうか?

宮崎:妻は大変厳しく、私に対して「政治家としての自覚が足りない」。主にそういった趣旨のことを言いました。

記者:議員辞職をしたほうがいいんじゃないかということも金子さんがおっしゃったんでしょうか。

宮崎:妻は言っておりません。

決断は実はこの会場に来るまで、最後の最後まで私は迷っていました。党の幹部の皆様にもご相談を申し上げましたところ、大変寛大なご沙汰をだしていただき、最後は私に任せるとおっしゃってくださいました。最後の最後まで迷いました。

ですので、今回の決断は私、宮崎謙介としての決断と受け止めていただければと思います。

宮崎氏の政治家としての理想とは

記者:ラジオ日本のイトウと申します。2つおたずねします。先ほど宮崎さんのなかで、政治家、国政を目指すときに、高い志と言いました。「高い志」とはなんなのか。「政治家として理想」と言いました。この2点について宮崎さんの考えを教えて下さい。

宮崎:高い志というのは閉塞感のある、この日本。課題先進国である、この日本。多くの問題がありますが、それを地道に1つ1つ解決をして、日本に希望をもたらしたい。それが私の志でした。

とくに、私は仕事をするなかで、若い未来のある若者の将来と向き合う仕事をしてきました。その彼らが当時なかなか日本の未来に希望が見いだせない、夢が持てない、そういうことを言っていたことが私が政治家を志したきっかけになりました。

若者が希望を持てる社会を実現していきたい。生まれてきた子供たちが借金を背負ってるような状況ではなくて、生まれた瞬間から本当のスタートが始まって、第一歩を踏み出して夢を追っていける、そういう社会にしたいという理想を持っておりました。

記者:もう1点いいですか、次の選挙いつになるかわかりませんけれども、次の選挙を目指すんですか? それとも離党はしないんでしょうか? 自民党は離党しますか?

宮崎:私としては、まず議員辞職はしたいと思ってます。私はやはり政党で考えますと、国のなかで政治をするのだったら、思想としても自民党でございます。もしも、党が自民党を離党しろとおっしゃるのであれば、とうに党から出ることを辞さないわけでありますが、できることであれば自民党のなかで理想を実現していきたいと思います。

記者:辞職ですけれども、いつ付で辞職というふうに?

宮崎:申し訳ありません。それに関しましてはよくルールがわかっておりませんので、なるべく早く、地元の皆様に対してもしっかりと説明をしたいと思ってますが、なるべく早くけりをつけたいと思っております。

記者:今日、辞表を持っていくことは?

宮崎:まだ、ここの場所に来るまで決めておりませんでしたし、私を当選させてくださいました皆様に対してもしっかりとお話はしたいと思いますので、その最低限のプロセス、そんなに長く時間は取りません。その後に出したいと思います。

記者:今月中には持ってくるとかもわかりませんか?

宮崎:国会のプロセスというものがどういうものかわかっていないので、なんとも申し上げられませんが、然るべき手続きを踏んでやっていきたいと思います。その言葉に嘘偽りはございません。