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南場智子氏×入山章栄氏 顧問対談「スタートアップエコシステムにおけるスタートアップスタジオの意義 〜起業家 × 経営学者の両視点からみた現状とこれから〜」(全3記事)

1個でも起業で失敗すると“キャリア人生終了”の時代があった 入山章栄氏が語る、日本の「チャレンジしていい」機運の高まり

起業や新規事業創出へのハードルを下げ、挑戦すること自体に価値がある世界を目指して始動したスタートアップスタジオ協会。今回はその設立記念イベントより、顧問の入山章栄氏と南場智子氏の対談の模様をお届けします。日本でもスタートアップ市場は盛り上がっている一方で、世界と比較するとまだまだ課題も多いのが現状です。本セッションでは、起業家と経営学者という2つの視点から、日本のスタートアップエコシステムの現状の課題と今後の可能性について議論が行われました。本記事では、日本のスタートアップが世界を目指すためのポイントについて、起業の「失敗」に対する捉え方の変化について語られました。

日本のスタートアップ市場をグローバルに開く「多国籍軍」の提案

入山章栄氏(以下、入山):その(世界を目指す日本発のスタートアップを生む)ためにエコシステムとしてどうすればいいか、南場さんのお考えはありますか?

南場智子氏(以下、南場):エコシステムは完全に、グローバルに開かないとダメですね。例えば、なぜ日本のスタートアップが国内を目指してるかというと、(日本国内市場が)中途半端に大きいというのもあるんだけど、チームがみな日本人なんですよね。

よくシリコンバレーのスタートアップを1日10社ぐらいバーッと回ったりしていましたが、起業したばかりの5、6人のチームに、アメリカ生まれアメリカ育ちの人は1人いるかいないかなんですよね。自然に最初から多国籍軍を形成しているんです。

加えて、日本はそもそも海外市場にあまりイメージが湧かない人も多いんです。国外の市場の想像がつかないんですよね。あと英語の問題もあります。

起業家やエンジニアは、もっともっとアジアから来てもらうほうがいいと思います。どっちにしろ国内だけだとエンジニアは足りないので。

規制も、税制も、VISAも、人々も、起業家に対して非常にフレンドリーである環境を作って、経済合理性を作る。(海外の)起業家やエンジニアを、「ここで起業しなよ」と呼び込まないと。

世界一流の人材やVCや大学が、日本の起業家を世界試合へいざなう

南場:あと、VCも日本では相当増えてきてるし、素晴らしいVCがたくさんあるんですけれども、やはり今後このエコシステムを10倍に太らせていくことを考えた時には、世界のトップティアのVCの参画も格段に増やしたい。

例えば、専門分野特化型のVCとか、90パーセント以上失敗しても1個は100倍になればいいよと言うような、リスクアペタイトが異次元のVCなど、海外の先駆者VCを誘致したい。

あとはグローバル企業の世界展開拠点。アジア展開拠点が、今シンガポールとソウルに……。

入山:取られちゃってるんですよね。

南場:そうそう。せっかく(今までのアジア展開拠点地だった)香港とか深センとか上海から、外に出ようかなって流れになっているんだけど、シンガポールやソウルに取られちゃってるんですね。

あとはテック系の大学ですよね。グローバルランキングトップの大学が(日本に)来てくれるといいんだけどな。

入山:いいですね! すでにこのスタートアップスタジオ協会は、かなりの宿題を突きつけられた感じです。国内に閉じちゃって「ヒャッハー! マザーズ上場! バンザイ!」ってやるのも、まあそれはそれで大事なんですけど。

国内で閉じないで、もっとグローバルに見て、もうセコイア・キャピタルやクライナー・パーキンスのようなトップのVCを連れてこいとか、MIT(マサチューセッツ工科大学)連れてこいとか。

南場:そう。VCも、そういうところを入れたらおもしろい。起業家を世界試合にいざなってくれますし。あと東京が世界の一流の人材やVCや大学や、グローバル企業の集積地になると、自然とスタートアップのみんなも、世界に目を向けやすい環境になると思うんですよね。それをぜひやりたいです。

入山:いや、もう同感です。めちゃめちゃ賛成です。

起業する時に夫と交わした「個人保証だけはやるな」という約束

入山:もう一方で、今「課題」のお話もいただいたんですけど。日本でだんだんスタートアップの機運が高まってきていることも事実だと思うんですよね。今回、(イベント登壇にあたり、事前に)打ち合わせをさせてもらったんですけど、その時に南場さんが「けっこう日本でも失敗ができるようになってきた」というお話をされていました。

先ほど、投資も「9割失敗しても、1割当たればいいんだ」と。当然スタートアップを起こす時はほとんど失敗するわけじゃないですか。でもそのハードルがだんだん下がってきているとお感じですか?

南場:うん、そうなの。もうそれは格段に変わりました。以前は個人保証(※金融機関から融資を受ける際に、経営者個人が会社の連帯保証人になる制度)を求められたりして。

入山:ああ〜。ちなみに南場さんは起業する時に個人保証を求められたんですか?

南場:私がマッキンゼーを辞めて起業する時、全員が反対したんだけど、旦那だけが「好きなようにやれ」と。「だけど、個人保証だけはやるな」って言われて。

(会場笑)

南場:私は「個人保証って何色?」って感じで、まったくわかんなかったんだけど。とりあえず個人保証の話だけはそこから非常に警戒するようになりました。ベンチャーキャピタルとの契約もあの時はひどかった。他のスタートアップは「起業してから2年以内に上場しないと、起業家が株を投資家から買い取る」という条項が入ってるんですよ。

入山:めちゃくちゃですね。

南場:でも、私は旦那とのたった1個の約束だったので、契約書をしっかり見て、「これならいりません」とやっていました。今はだいぶいい環境になりましたね。

未だに残る、「失敗」をよしとしない日本の作法

入山:昔は本当に「2年で上場しなかったら株ぜんぶ引き取り」なんて、そんなむちゃくちゃな話があったんですね。

南場:これは「リスクマネー」とは呼ばないですよね。基本的に「融資」です。

入山:しかもたちの悪い融資ですよね(笑)。

南場:たちの悪い融資です。今も少しその残骸があるので、変えていかなければならないポイントだとは思うんですよね。たまに無責任な起業家もいるので、投資する側の防衛策も理解はできます。が、ベンチャー投資は、大半は失敗する覚悟で大山を当てに行くからリスク投資なわけで。

だけど日本って失敗しそうな時に、特に一部のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)がそうなんだけど......。

入山:「一部」のCVCが。

南場:一部。ぜんぶじゃないんだけど、なかなか失敗させてくれないところがあって。

入山:大企業CVCは特にね。

南場:「自分が担当の時に損を確定させたくない」というのがあるのかな。

入山:なるほど。

南場:だから「がんばれ」とか、「なんとか持ちこたえろ」とか、「ピボットしろ」とか言われるんだけど。

(会場笑)

大事なのは、「粘れ」ではなく「畳め」

南場:やっぱり本当にチャレンジをしたい人の「有限の時間」を考えた時には、パンッと終わらせて、次に行ったほうがいい時もあるんですよ。

入山:おっしゃるとおりですね。

南場:その循環が経済の、エコシステムのダイナミズムなんですね。それをよしとしない日本の作法っていうのが、一部のCVCから要求されることがある。

そういう意味でも私は、海外の一流のVCに混ざってもらって、この(日本の)エコシステムをグローバルにして、「世界の中で最も起業しやすいよね」という場所を一緒に作ってほしいなと思うんですよね。

入山:これもすごい思想ですよね。つまりエコシステムを考えた時に、「粘れ」って言うんじゃなくて、ある程度粘るのは大事なんだけど、「さすがにダメだな」と思ったら早く見切れと。「畳め」ということですよね。

南場:私は大事だと思う。本人たちの意向もあるし、「成功するまでやってりゃ、成功するんだ」っていう人もいるから。いろんな流派があるんだけど、でも経済全体としては見切りは大事だと思います。

だから、アクハイヤー(優秀な人材の獲得を目的とした企業買収)はすごく良い仕組みです。アメリカってけっこうアクハイヤーが多いんですよね。要するに、大企業がちょっと苦戦している優秀なチームを買い取って、債権処理をバンッとやってあげて。苦しい敗戦のプロセスを、超短く、サッとやるんです。

入山:債権者がガーッと集まってね。

南場:そうそう。そこだけを大企業が引き受けて、「その代わりうちの会社で一定期間、この事業でがんばってくれ」と。アクハイヤーも、いろんな意味で大企業としてはおもしろいですよね。

入山:なるほどね、それおもしろいですね。

起業な盛んな国は「撤退コストをいかに低くできるか」を考える

南場:「トランスフォーメーションだ」ってよく言うじゃないですか。「GX(グリーントランスフォーメーション)」「DX(デジタルトランスフォーメーション)」って言うわりにはさ、同じ顔ぶれでやろうしてる大企業が多いから。そういうのを幹部に入れてね。

入山:めっちゃわかります。そうなんですよ、経営幹部にしちゃえばいいんですよ。考えなくても。

南場:厚遇しろと。そういうことなんですよね。

入山:僕、実は学者なので、ちょっとだけ学者っぽいことを言おうと思ってるんですけど。経営学の世界では、実はもうそういった研究がアメリカではあって。どういう国が起業が盛んになるかというと、実は「撤退コストをいかに低くできるか」なんですよね。

1つの研究が「倒産法」です。倒産法がきつい、要するにそれこそ個人保証とか身ぐるみ剥がせみたいになると、そもそも撤退できない。ベンチャーなんて不確実性が高いわけだから、100回に数える程しか成功しないわけです。それで失敗して身ぐるみ剥がされるって言われたら、(起業なんて)やらないわけですよ。

だけど倒産法が緩いと、比較的みんな「チャレンジしていいんだ」「失敗しても大丈夫だ」って思うから起業する。そういう研究結果が既にあるんですよね。

日本の課題は、起業に失敗に伴う「キャリアの倒産」だった

入山:日本の倒産法はどうかというと、実はそんなに厳しくない。意外と緩いんですよ。僕はその時に、昔書いたエッセイで「日本の場合、課題なのは倒産法じゃなくて、キャリアの倒産なんじゃないか」って言ったんですね。

もう南場さんの世界だと都市伝説だと思うんですけど、それこそ昔の日本の大手企業は、1個でも起業で失敗すると、人生の落伍者みたいにキャリアはもうおしまいという時代が、少なくとも僕が若い頃はありました。

それがだんだん緩くなってきているんじゃないかと思っています。それこそ、今日初対面で僭越なんですけど、僕がDeNAの大きな貢献だと思ってるのが、スタートアップで失敗した人たちでも、DeNAさんはじめとしたメガベンチャーは雇ってくれるじゃないですか。

南場:うんうん。

入山:それで、「ああ、なんだ。失敗しても食いぶちはあるんだな」と思える。そんな時代の流れがちょっと出てきてますよね。

日本でも、挑戦できる機運が高まっている

南場:そうそう。メガベンチャーって本当に、前例にとらわれず自分たちの頭で考えて経営してるところが多いから、そうやってると思うんです。他の大企業も新しいことにもっと挑戦してほしい。

でも、経団連企業とよく「出戻り歓迎」とかの話をする機会があるんですが、みんな変わってきてますよね。

入山:だんだん機運は変わってきてるということですね。

南場:変わってきています。その変化を10倍速でやらないと、と思っています。

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