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鳥越俊太郎×山路徹トークショー(全2記事)

鳥越氏「メディア上層部は現政権に強く出られない」

2015年8月19日、鳥越俊太郎氏の最新刊『君は人生を戦い抜く覚悟ができているか?』(日本実業出版社)の刊行を記念して、ジャーナリストの山路徹氏をゲストに迎えたトークショーが行なわれました。このパートでは、和歌山ヒ素カレー事件での調査報道や、直感を大切にする姿勢、マスコミ上層部にある現政権への及び腰な空気などを話題に、コンプライアンスとジャーナリズムの対立構造について語られました。(この記事は日本実業出版社のサイトから転載しました)。

警察発表の青酸化合物を疑う

鳥越俊太郎氏(以下、鳥越):和歌山毒物カレー事件。夏祭りで出されたカレーに毒が入っていて中毒者、死者が出た事件ですが、みなさんもご記憶にあると思います。

この事件、当初の警察の発表は、青酸化合物が混入されているカレーを食べて中毒になったというものだった。僕は番組で、生本番でVTRを見てたんですが、その中で、その町の町会長さんが、バタバタ倒れている被害者を助けて、救急車に乗っけたあとに、発生から1時間ぐらいたってから病院に自分の足で歩いて入っていくのを、本番で見たんです。

そこであれっ、おかしいなと思って「青酸中毒にしては元気ですね」とコメントしたんです。その時はその程度しか言えなかったんだけど、「おかしい」という直感がはたらいた。

で、その後の番組反省会で、スタッフみんなに、これは絶対青酸化合物じゃないよ、ほかの毒だと思う、と。なぜなら、青酸化合物というのは僕の経験からいうと、呼吸中枢をやられて大体バタッと倒れてしまう。そんな1時間もたってね、歩いて病院に入っていくなんてありえないんです。でもみんな、警察が青酸化合物だって結論出してるんだから間違いないだろうっていう話だった。

だけど僕は、いやそんなわけない、と言って、山路君を呼んで、毒物を検査するときにはどういうふうにするのか調べてくれ、というやっかいなテーマを彼に投げたんです。

それから先は覚えてるでしょ?

毒物検査はどのように行なうのか

山路徹氏(以下、山路):そうですね、それで僕は昭和大学に飛んでって、青酸ていうのはどういうふうに検出されるのかを教えてもらって、大学の実験室でもいろいろ見せてもらったんですけど、青酸というのは例えば、空気中にも存在するし、タバコの中にも実は含まれている。あのカレー事件で検出されたのも、われわれの日常生活のなかに存在しうる程度の青酸が最初に出たもんだから、それで警察が「青酸だ!」って言って新聞もみんな青酸になっちゃった。

ところが僕がタバコ吸って検査すると、やっぱり青酸反応が出る。それを鳥越さんに言ったら「ほらやっぱりおれの言ったとおりだ!」となって。

鳥越:ちょっと補足しなきゃいけない。彼忘れてんだけど(笑)、「鳥越さん毒物の検査ってどうやるか知ってますか」って聞かれたんですよ。わからないけど、なんか薬を入れればわかるんだろ、反応で、と。そうしたら「違います」って言う。まず最初に、毒物の種類を仮定して、それ用の試薬を用いないと検査できないんですって。そう言ったんだよ、キミ。

山路:そう、そうでした(笑)。

鳥越:日本の警察では、毒物検査は1に青酸化合物、2にヒ素、3にトリカブト、と順番があって、それにしたがって検査していく。で、その時も最初に青酸化合物に反応する試薬を使って、現場で採ってきた土砂と吐しゃ物ですね、これを試薬に入れた。そしたら色が変わったらしい。それで警察は「あっ青酸だ」って飛びついたわけです。

彼が言うには、昭和大学でイタズラごころを出して、タバコの煙をビーカーの中に吹き込んでみたら、色が変わったんですよと。これで変わるっていうことは、おそらく、地面に落ちていたものの中に、なんらかの青酸を含むものが混じっていて、それを現場は誤認、早飲み込みして上にあげたから、警察は発表してしまったんじゃないか、という報告を受けた。その通りだったね。

いつの間にか「青酸」という字が消えた

山路:それの何が問題かというとね、現実にはヒ素だったわけですけど、ヒ素中毒の患者に、青酸の治療をすることはよくない、逆に患者を苦しめてしまうことになる。もしかしたら、最初にヒ素だということがわかっていたら、助かった命もあったのではないかということを、われわれはつかんだわけです。

あれ、いつの間にヒ素だということになったんですかね。

鳥越:1週間ぐらいたって、「ヒ素もありました」ってなったんですね。新聞には、「青酸・ヒ素カレー中毒事件」と並列に書かれるようになった。それが何日か続いて、最終的にはわかったんでしょうね、「青酸」という字が消えたんですよ。それでいまでは、世の中一般には「ヒ素カレー中毒事件」として記憶されています。

あの時警察は、近くのメッキ工場だとか工業高校だとかを家宅捜索して、青酸カリとか青酸ナトリウムとかを全部押収してますから。それぐらい警察は、青酸にこだわっていた。だけど僕の直感、ひらめきでは、これは青酸ではない、というのがあった。スタッフは誰もそれをわからない。何が違ったかというと、結局は経験値なんですね。

コンピューターも、データをいっぱい入れるとマッチングしやすいじゃないですか。人間の脳も、経験というデータを入れておくと、ひらめきが出るわけです、パッと。これ違うとか当たってる、とか。これがすごく、僕は人間が生きていくうえで大事だと思うんで、これを今日は、皆さんに知っていただければそれでもういい、OKかなと。

山路:それがこの本に書かれているわけですね(笑)。

大企業の危機管理とジャーナリズムは対局にある

山路:ただね、桶川の事件でもカレー事件でもそうですけど、難しいことですよ、実際は。みんながそう思っていない時に声をあげるっていうのは大変なことです。そういった意味ではね、僕は鳥越さんの近くで仕事させていただいてね、先ほどあまのじゃくとおっしゃったけれども、大変なもんだなと、正直。あまのじゃくが世の中を変えるというのを、目の前で見せてもらったわけですから。

大変なのは、われわれテレビメディアで仕事してますけど、テレビ局っていうのは大組織ですからね、そうすると、突きつめていけば、ジャーナリズムのような社会正義と、いわば大企業として存立するための危機管理というのは、対極にあるんですよね。テレビ朝日側も、鳥越さんを前に言うのもあれですけど、相当大変だったと思いますよ(笑)。

鳥越:わかってるわかってる(笑)。

山路:僕はちょうど中間にいるわけですよ。独立系プロダクションですから。鳥越さんの思いと、企業の危機管理というか、最近コンプライアンスとかいろいろいわれるけど、その真ん中にいて、これ本当に大丈夫かな、いいかげん鳥越さんも少しは折れたほうがいいんじゃないかなとか、そう思う局面はいままで結構あったんですよ。ところが取材で一緒にくっついて歩いていくと、どんどん現実の方が変わっていくというのがあって。

いま、テレビの取材の現場ってやりづらくなっているんですよね。僕らの仕事ってコンプライアンスの対極にあるような部分があるんです。つまり、ルールのなかで仕事をやっていて、本当に伝えなきゃいけないことが伝えられるのか、取材できるのか。ルールのなかで力を持った人間が何かを隠そうとしているときに、それを暴くことができるのか。

鳥越さんというキャスターの立場でそれをやるというのは本当に大変なことで。僕らのようなディレクターとかレポーターだったら、使いにくければ局側も単純に切ればいい話だけど、キャスターはなかなか切れないですから。だからテレ朝も大変だったろうな、と思うんですよ。現に、鳥越さんがいない時に幹部が集まって、鳥越さんのことを「どうしようどうしよう」って、言ってるようなときが多かったんです。このままいったら大変なことになるよなあ、って。

報道の結果、埼玉県警で3人が懲戒免職に

山路:例えば、われわれの報道によって、埼玉県警の本部長のクビがとんだんですよ。担当の警察官も書類送検されて。

鳥越:3人クビですよ、3人懲戒免職。

山路:それこそがスクープで、放っておいたら闇に葬られるところを、掘り下げることができた。いつか時間の経過によって明らかになることは僕はスクープだと思ってないんですよ。誰かが取材して伝えたから、何かが変わった、それがスクープだと思う。

鳥越:桶川の事件では、ストーカー行為を仕掛けてきた男は、近所でスピーカーで夜中に大声で叫んだりビラを配ったりして、名誉棄損行為をやっていて、一家が管轄の上尾警察署に名誉棄損で告訴したんですよね。それを上尾警察は受け取りたくなかったんだけど、受け取っちゃったんですね。

告訴状は受理すると、告訴を受けて捜査したらこういう結果が出ましたと、検察庁と県警本部に報告しなきゃいけない義務がある。で、警察としては、あとで忙しいとかいろいろ理由付けてたけど、それを受理しなかったことにしたくて、一家に対して、告訴状を取り下げてください、とまで言っていた。

もちろん一家はそれを拒否したんですけど、警察は内々で処理して、告訴状を改ざんして、告訴自体をないものにしたんです。そういうことがわれわれが取材していくなかで明らかになって、それが引き金で県警本部長のクビがとび、3人の警察官が懲戒免職。重たいですよねクビですから。退職金も何ももらえない。その他10人以上処分されました。告訴状の改ざんは犯罪行為ですから。警察がそれに手を染めたんです。

鳥越:最初そんなことは誰もわからなかった。それは僕の直感で、山路君と一緒に取材をしていくなかでわかったことだったんです。

直感やひらめきを大事にして欲しい

鳥越:みなさんも生活の中でひらめきとか、直感とかあるでしょ? それを大事にしていただきたいなと思います。

たとえば料理人の世界では、彼らが味付けをするとき、調味料なんかは目分量です。いちいち量ったりしない。それでいて一定の味が保たれる。それはまさに、直感、ひらめきの世界です。

金属を微細に削る旋盤工の世界も、最後は手触りだそうですね。これも直感の世界です。1+1=2という論理の世界じゃない。そういうものは皆さんの生活や仕事のなかにも多いと思うんです。それを大事にするにはどうすればいいかということですよね。

人間は学校で、努力しなさいとか、筋道を追って考えなさいとか、そういう教育されてんですよ。ぼくは努力もしなかったし、筋道とか、考えなかったですよ。努力するの嫌いだったから。

山路:そうですねえ努力しない、いやあの(笑)、筋道がね。

鳥越:筋道考えるの、もう面倒くさい。だけどなぜか、僕の頭の中に筋道を全部とばして、ポンッと、こうじゃないかっていうひらめきが飛び出してくる。これを大事にしようと思って僕は仕事をしてきました。

山路:だからその、ひらめいたときは周りが大変なんですよね(笑)。「おお、鳥越さんひらめいちゃったよ!」ってなって。

大手メディアの上層部がつくる壁

司会:時間もなくなってきました。その大変だったお話を最後にぜひ。

山路:桶川の事件もそうですけど、警察担当なんかがね、「鳥越さんなにやってんのかな、なに考えてんだろうな」って探りに来るわけですよ。警察から言われるから。「『ザ・スクープ』は次どんな放送するんだ、これ以上やられたら警察はもたない!」って。そういう記者のメモがわれわれのところに上がってくるわけですよ。鳥越さんそれを見て目を輝かして「よーし、もうひと押しだ!」って、また報道するわけ。

でもそういうのってね、普通のサラリーマン的発想ではできないと思いますよ。いまの時代、コンプライアンス、コンプライアンスって言われて身動きが取れないような状況の中で、ひらめきを大切にするというのは至難の技だと思いますけどね。

鳥越:いまの社会でいえば、コンプライアンスだけじゃなくて、なんというか、大手メディアの上層部には現政権にたてつくようなことはやめとけ、という空気がある。

古賀茂明さんという人が「報道ステーション」で揉めましたね。あれもそういう空気と無関係じゃない。

メディアはそんな状況なんだけど、一方で世の中はどうなっているかというと、安倍さんの支持率は下がってる。安保法制も60%が反対。でもメディアは、政権に対し強く出られない。現場は違いますよ、現場はやりたいんです。だけど、上の方がうんと言ってくれない。

こういうことが、山路君の言うコンプライアンスというものと微妙に混じりあって、なんとなくここから先は踏み込めない、ここまでだな、というのがいまの世の中にある。それが僕は気に食わない。

だけど僕はもうどこの番組にも出してもらえないんです。こういう人間ですから。

警察の持っている力は大変なもの

山路:そうですよねえ、いま(笑)。いや、笑い話でも冗談でもなく、鳥越さんのような存在って、僕も30年ぐらいテレビの世界で仕事してますけど、まあ、ありえないって話ですよね。

安倍さんの話だけじゃなくて、警察なんかにもメディアって弱いというか神経質になりますからね。警察の持っている力って大変なもんですから。そこをヘタ踏んだら、ホントに潰されるっていう状況がある。

桶川の時も、どこまで鳥越さん闘っていくのかなって近くで見てましたけど、結局勝ったから良かったけど、中途半端に負けたらそこで「終わって」ましたもんね。

鳥越:僕ら車で桶川とか上尾まで行ってたんですよね。僕が運転することも彼が運転することもあったけど、埼玉県内でだけは絶対に事故は起こさない(笑)、スピード違反もやらないって思ってた。捕まったら最後、僕ら何されるかわからない、という気持ちがありましたね。

それ以降も、埼玉県警管内を走る時は非常に用心しながら走ってます(笑)。

山路:まあ、いろんなことやりましたからね。実際僕、警察に尾行されたことありましたから……。「スクープ」の取材で……。

鳥越:残念ながら放送できていない取材もある。

でも、あきらめたわけじゃない。いずれやりたいんだけど、さっき言ったようにどこも呼んでくれないからね(笑)、その後やるチャンスがないまま、いまに至ってるということです。

司会:それはどんな取材でしょう?

山路:それを話すと何が起きるかわからないから(笑)、ここから先はオフレコで。

司会:では、ここで終了ということにさせていただきます!

(会場拍手)

鳥越俊太郎 仕事の美学 君は人生を戦い抜く覚悟ができているか?

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