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効率を求めすぎる危険。「働かないアリ」的組織経営とは(全5記事)

「常識に従って、その延長線でものを考えることはつまらない」 進化生物学者が語る「脳みそが柔らかい」ことの重要性

リベルタ学舎主催の「自由人博覧会2022」より、『働かないアリに意義がある』著者で進化生物学者の長谷川英祐氏が登壇したセッションの模様をお届けします。さまざまな生物の自由な生き方から、組織のダイバーシティ・マネジメントのヒントを探します。

当事者にならないと「多様性」への疑問は抱けない

川本まい氏(以下、川本):長谷川先生が多角的に物事を見るようになった、最初のきっかけってあるんですか? もともとかもしれないんですが、小3の時に悟ったと(おっしゃってましたよね)。

長谷川英祐氏(以下、長谷川):「先生ってのは、ひでえ連中なんだ」ということを身に染みてわかったからですね。

川本:(笑)。

長谷川:権威というのは、まともなことを言ってるかどうか、ちゃんと自分で判断して決めようと思ったからです。

川本:教えられること、教えられたことへの疑問。

長谷川:言われた言葉をそのまま信じるんじゃなくて、それについて考えてみたからじゃないですか。

川本:今の教育の流れとして、「教えられてることが本当のこと」という感じがしていて。なかなか疑問にたどり着かなかったりすることが多いかな、と思うんですけど。

長谷川:そうです。僕のところに来る学生も、農学部の中では変な学生なんだろうけど、それでもやっぱり言われたことをそのまま信じますよね。「お前、自分で考えろよ」って、しょっちゅう言いますよ。

川本:なるほど。(自分で考える)癖づけというか、多様性と言われるけれども、その当事者にならないとなかなか疑問を抱けないというか。

長谷川:「多様性があることに何の意味があるのか」ということがわかってないからですよ。バイオダイバーシティは大事だと言ってるけど、あんなの現状を保全しようとしてるだけでしょう。中で進化は勝手に起こっちゃうから、現状保全なんかできないんです。

じゃあ、40億年生きてきた生物がなんで多様性を持ってるのか。自然選択は、より効率なものが生き残るというか、むしろ種数を減らすように働くはずですよね。でも、世界はそうではないじゃないですか。だから、理論と実際が食い違ってる時は、絶対に理論が間違ってるんですよ。

それを正しく説明できる理論を我々は見つけてないってことだから、要するに最初っからひねくれ者だったんですよね。

川本:(笑)。なるほど。

長谷川:僕はすごく楽しかったし、それを楽しめる職業に就いたけど、普通の企業でこういう考えをしていたら、絶対にはぶかれて追い出し部屋行きですよね。

川本:(笑)。

長谷川:その点では、僕はとても幸せだったと思っています。准教授にまでしかいかなかったけど、教授になるとくだらない雑用が格段に増えるので、僕はそんなことやりたくないのでこれでよかったと思ってますよ。

常識に従って、その延長線でものを考えることはつまらない

長谷川:うちのユニットに昆虫体系学という研究室があって、そこの今のトップが准教授の人なんですが、彼も「僕は絶対に教授にならない」って言ってますね。

(一同笑)

長谷川:「うちで教授の公募があったとしても、絶対に出さない」って言ってますよ。准教授って、研究するために一番いいポジションなんです。

大福聡平氏(以下、大福):そもそも「研究者になりたい」っていうのはあったんですか?

長谷川:それはありましたね。虫が大好きだったので、昆虫学者になりたかったです。

大福:昆虫学者。

長谷川:しかも、虫を好きな人ってよく標本を作るけど、僕は標本は作れなかったんですよ。ナフタリンを変えることができなくて、すぐ標本をだめにしちゃうんです。あと、動いてる生き物を見るのが好きだったから、生態学者になりたかったですね。

大福:なるほど。かなり小さい頃から、昆虫学者や研究者の道を志しておられたと。

長谷川:物心つかない頃から、お母さんが作ってくれた虫網を持って、父親が住んでいた社宅の庭に行っていて。網を振って覗いても、大した虫なんか入らないから、蛾とかガガンボを見て、またぱっと網を振ってたらしいですね。

大福:本当に好きだったんですね。研究者の世界って、今まで積み上げられたものの上で考えないといけない、すごく論理的に考える部分。いわゆる常識とされている部分と(がある一方で)、長谷川先生は斜めに、すごくクリエイティブに物事を見ていますが、そもそも積み上げてみたものが違うんちゃうかって。この視点はどうやって生まれるんだろうな? というか。

長谷川:常識に従って、その延長線でものを考えることはつまらないと思ってるからです。今でも好きですが、子どもの頃はSFがすごく好きだったんですよ。突拍子もない考えや存在に対して、違和感がないんです。

あと、ぜんぜん違うところでメインになってるアイデアを自分の領域に持ってきた時に、どんなことが考えられるだろうか? と、考えるようにしていて。

例えば宇宙論みたいな、僕らから見たらわけがわからない「無の揺らぎからビッグバンが起こって、宇宙ができた」みたいな考えを、生物の世界に持ち込めないかって考えたんですね。僕は自分が思いつきの人だと思っていて、突拍子もないことと生物の関係を見つけるのがけっこう得意なほうなんです。

大福:いろんな分野から学んだことや気づいたことを、生物学にどんどん入れ込んでいく。

長谷川:違う思考体系を持ってる人たちの思考を、自分のところに持ってくると、どういうふうに考えられるんだろうと。

大福:めちゃくちゃ柔軟ですよね。でも、それをやろうと思ってもなかなかできないところだなとは思うんですけどね。

長谷川:脳みそが柔らかいってことは、とっても大事だと思いますね。

SFの世界で考える「生き物」の姿

大福:(バーチャル)背景にもあるように、いろんな創作に触れられているのは、そういう意味があったりするんですか?

長谷川:そうです。例えば『ゲド戦記』の原作者で有名なアーシュラ・K・ル=グウィン。核相交代と世代交代って、簡単な話だと、我々だと精子は単相で人間自体は2nじゃないですか。

大福:……ん? ちょっと今のわかりましたか、川本さん。

長谷川:配偶子はnで、人間の場合は染色体は2n。ほとんどがそうなんですが、植物だとnの体のほうがメインであることがあるんですよ。シダがそうなんですが、葉っぱのつく大きなやつはnで、2nの世代は胞子を作ってまくだけで、葉っぱの下でできちゃうんですよ。

その世代交代の「核相交代」と言うんですが、アーシュラ・K・ル=グウィンは、そういう生活感を持っている知的生物を考えていて。『闇の左手』という名前の作品なんだけど、そういう世代交代を行ってる知的生物が現れた時に、人間とどういう関係になるかっていうSFを書いてるんですよ。

有名ですけど、ポーランドのSF作家のスタニスワフ・レムという人が、人間とまったく違う知的な生命体と人間が出会う作品を3つ書いていて。1つが、映画になっている『ソラリス』というやつです。

ソラリスは海ばっかりの惑星なんですが、海が1つの「生き物」で知的生物なんですよ。知的生物だということはわかるんだけど、コミュニケーションがとれないんですね。惑星ソラリスを観測するための人工衛星を作って、軌道上を回るステーションを作って、そこにいる3人の科学者とソラリスの間で何が起こるかというSFです。

これ(『惑星ソラリス』)は、ソビエトの(アンドレイ・)タルコフスキーというすごく有名なSF映画監督が作った作品なんですが、3時間近くあって、普通の人は絶対に寝るっていう作品なんですが、SF映画の2大傑作の1つですね。あと、もう1つの傑作は『2001年宇宙の旅』ですね。

大福:あぁ~。名作。

長谷川:これも2時間20分あって、普通の人は絶対寝ますけど。

(一同笑)

長谷川:大傑作です。

ダーウィンが自然選択を発見した時に、進化生態学は終わった?

長谷川:レムはもう2つ考えて、1つは日本では『砂漠の惑星』というタイトルで出ているSFがあるんですが、その砂漠の惑星に行くと、地面の上にちっちゃい三つ叉の金属がいっぱい転がってるんですよ。

それ自体はぴょんぴょん跳ぶようなことしかできないんだけど、60度間隔の三つ叉になってるので、ハニカム構造をとることができて無限に大きくなれるんですね。

そいつらは、つながって大きくなると知能を持って人間を攻撃するんですよ。人間が脳の中の電気信号で動いてることを察知して、取り囲む。オウム(真理教)の何かで、ヘルメットみたいなのがありましたよね。あんな感じで、人間の電気信号の伝達を狂わせて廃人にしちゃうことができる。

大福:怖いな(笑)。

長谷川:ロボットがダーウィニズムで進化した結果、最強のロボットとしてそういうものが生き残ったってことなんですよ。そのSFの原題は『無敵』。敵がいないっていうタイトルなんですね。

他のみんなが「あれをどうしようか」って相談してる時に、最後に主人公がロケットの中で「あれと関わることは意味のないことなんだ。だから我々は今すぐここを脱出して、ただ逃げればいいんだ」と。それがわかることが、人間が無敵だということの証明なんだという考えに達するんですよね。あれ、感動しましたね。

もう1つは、世代交代と核相交代するような知的生物と人間が出会う話です。3つ(の作品)とも、人間とはまったく異質な生命体に出会った時に、人間はどう考えるかということを考えてるSFで、すごくおもしろかったんですよね。だからすごく突飛なものが出てきても、すぐには「嘘だ」と言い切れないはずだと。

「自然選択以外に何かあるだろうか?」っていうのはずっと昔から考えてたんだけど、20年ぐらい前に、某旧帝国大学の生態学の教授に「ダーウィンが自然選択を発見した時に、進化生態学は終わったんだよ」と言われたんですよ。

すっごく頭に来て、「絶対にそうじゃないって、いつか証明してやる」と思っていて。やっとできたので、僕は満足してますけどね。

大福:すばらしい。長谷川先生としては、生物学に関してはもう真理を見たという感じなんですかね。

長谷川:まだわからないこともあるかもしれないですね。物理学者は偉いと思うんです。アインシュタインの相対性理論ができてもう数十年は経ちますが、彼らはいまだに相対性理論が正しいかどうかを実証し続けているし、それを超えるものがあるんじゃないかと探してますよ。たぶん、相対性理論以上のものはないと僕は思うけど、ないかどうかはわからないですからね。

大福:その可能性をずっと探っていると。

分類するのは「人間は複雑なものを複雑なままに理解することはできない」から

長谷川:だけど、生物学者は「自然選択説が出た時に進化生物学が終わった」って言っちゃうわけでしょ。

大福:はい。その違いは何なんですかね?

長谷川:やっぱり、生物学者はバカなんだと思いますよ。

大福:(笑)。

長谷川:目の前に生物がいるから、それ以外のものが見えなくなっちゃうんですよ。「すごく狭い視野の中で研究することは別にかまわない」と思っちゃう。あるいは「それが正しいことなんだ」って思うじゃないですか。

もう退官しちゃいましたけど、17年周期ゼミの研究をしていた吉村仁さんという方がいるんですが、非常に物がわかっていて。彼と非常に仲が良かったんですが、彼も変なことばっかり考えるんです。彼に「英祐さんはロジックのことしか考えてないよね」って言われて。もっと言うと、実はあんまり生き物が好きじゃないのかもしれないです。

大福:ロジックのことを考えるのが好きなんですか?

長谷川:論理が好きなんですよ。だから、生物学者として非常に異質なんじゃないですかね。

大福:やっぱり生物学者は、生き物が好きでなる方が多い。

長谷川:そうそう。若い頃に「EVOLVE」という進化学のメーリングリストで、「種なんてない」っていう話をしたから、分類学者には総スカンで嫌われてますよね。

大福:(笑)。

長谷川:「分類なんか人間の便宜のためにやってることで、むしろ人文科学だ」って言っちゃったから。人間は複雑なものを複雑なままに理解することはできないので、形の似たものを種にして分けないと、認識ができないんですよね。だからああいうことをやるんです。

だって、北海道にいるクロヤマアリと九州にいるクロヤマアリが、同じ遺伝子プールのはずがないじゃないですか。個体の行き来なんか絶対にないんだから。でも「種」って言うと、なんか同じようなものに聞こえちゃうでしょ。それは、進化生物学者にとってはとても危険なことですよね。

「はみ出た部分」に本質があるかもしれない

長谷川:群集生態学者は、種を単位に動態マトリックスを回すから、何も正しいことを成せない学問だと思ってます。

種の中にあるバリアンス(相違・不一致)こそが進化の源だし、それで進化は起こるから、種の形質はそうやって変わってくんです。種間関係なんて言っても、代表的にはそういう値だと言えるかもしれないけど、個体によって実際相互作用する個体はぜんぜん違うバリアンスを持っているはずですよね。

群集モデルのシミュレーションって、すっごく計算時間がかかってめんどくさいけど、個体レベルの相互作用で計算させているんです。

大福:「種」という単位のくくり方で、見えなくなっているものがたくさんあるっていうことですよね。

長谷川:そう。種を設定すること、逆に言うと概念をまとめるということは、はみ出る分は切っちゃうってことなんですよ。でも、はみ出た部分に本質があったら、絶対に正しいことにたどり着けないじゃないですか。

大福:本当にそうですね。

長谷川:だから、複雑なものでも複雑なままに理解しようとしないとだめなんですね。そういうことを言ってる人はいるけど、生物学者は目の前に見える現象があるから、それができなくなっちゃうと思うんです。

あるいは、それが好きだから来たっていう人が多くて。僕も生き物が好きだったというか、生き物が動いているのを見るのが好きだった。クワガタとかすごく好きですよ。2匹が戦うじゃないですか。

大福:男の子はみんな大好きですね。

長谷川:普通、オスが二形になっているやつって、小さいほうは負けるから絶対に戦わないんですよ。でもノコギリクワガタは、小さいやつが大きいやつと会った時でも戦うので、他のカブトムシの仲間とぜんぜん違うんです。じゃあ、なんでそうなるんだろう? ということを、今研究してるから。

大福:研究中なんですね。

長谷川:研究室でクワガタムシをケンカさせて、それが仕事になってるわけです。

大福:(笑)。

長谷川:幸せな商売だなと思いますね。

クワガタには「やる気」がある

大福:最高ですね。世の昆虫好きの少年たちに、ぜひ長谷川先生の話を聞かせたいなと思ったりします。

長谷川:わかっていることは、クワガタにはやる気っていうのがあって、やる気が高いほうが強いから勝ちやすいことがわかってます。

大福:おもしろいなぁ。

長谷川:思うんだけど、たぶんノコギリクワガタは交尾しちゃうとやる気が一気に落ちるんじゃないかと思ってるんです。まだ実験してないんだけど、そう思ってるんです。本当だったらおもしろいですよね。

大福:おもしろいですね。僕も少年時代にカブトムシを飼っていて、3匹のオスと2匹のメスがいたんですよ。1匹だけ交尾できなかったオスのカブトムシがいて、その子が一番長生きしてたんですよね。

長谷川:そう。交尾するとすぐ死んじゃうことがわかってますよ。

大福:やっぱりそうなんですね。「(子孫を)残さないといけない」っていうモチベーションが……。

長谷川:そう。下がる。

大福:おもしろいですね(笑)。

長谷川:たぶん悟りってやつですよね。

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