2024.12.19
システムの穴を運用でカバーしようとしてミス多発… バグが大量発生、決算が合わない状態から業務効率化を実現するまで
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大福聡平氏(以下、大福):まずは、もう少し研究の内容も深堀りできたらと思います。僕は文系の人間なので、先ほどのグラフを完全に理解できたかというと、ちょっと怪しいんですけれども。要は「反応閾値」というのが、非常にキーになっているのかなという気がしました。
仕事に対して「やらなあかん」っていうアリと、「ま、それは別にいいんじゃないの」と言って、まだ巣の中にいるアリ。反応するポイントがぜんぜん違って、違うからこそ、いろんな仕事に対する処理の仕方にバリエーションが出るということでした。
みんなが一斉に働いていけば、仕事の処理がより効率よくされることがわかったんだけれども、コロニーの存続や群れの存続など、もう少し長い目で考えた時には、絶滅しないように閾値が違っていて、それぞれの反応で仕事を処理する。だからこそ、常に動いてるやつと、たまにしか出動しないやつがいる。
たまに出動するやつが力を蓄えていて、いざとなった時に出てきて、巣の存続を助けるという構図になっているのかなと、話を聞いていました。
すごくおもしろいのが、自然界では、効率よく仕組みを作っていったものたちが種を存続してきたのかなと思ったら、意外にそうでもなかったところが意外だなというか。効率だけじゃなくて、存続であるとか、それこそ多様性が担保されながら生き残ってきたんだなというところが、わかってきたのかなと思いました。
長谷川先生は「ダーウィンを超えるんだ」みたいなことも語ってらっしゃいましたが、進化論の視点で話すと、アリのこともすごく象徴的だと思います。
他の種に関しても、効率に限らないものをうまく仕組みとして残しているのかなと思ったんですが、いかがでしょうか。アリ以外の話でも、そういったことが見られたりするものなんでしょうか?
長谷川英祐氏(以下、長谷川):まずアリについてですが、実際のアリは反応閾値の分散をコロニーの中に持ってるんですね。その分布があるから、こういうことができるわけです。
ダーウィニズム、自然選択説で言うと、効率がいいものが進化するはずなのに、なぜこんな非効率なシステムを彼らが持ってるのか? というのが、もともとこれをやってみようと思った原点だったんですね。
長谷川:もっと最初は「働かないアリなんて本当にいるのか?」ということがおもしろくて。マスターの学生さんが「(実験を)やりたい」と言ったので、「じゃあ、お前これやるか?」と言ったら「やる」と言ったんです。
実際に彼はアリ(の研究)でマスターの論文を書いてます。これはすごく簡単そうな研究に見えますけど、こっちはアリを1ヶ月ぐらいアリを観察してるんですよ。彼は朝から学校に来て、夜8時ぐらいまで毎日観察してるんですね。1週間にいっぺんだけ休みをとって、あとは全部やってたんですよ。
1週間にいっぺんの休みがないと、彼自身が疲れてしまって来なくなるので。人間のほうがそうやって(休みを取りながらやって)たんですが、結局彼は最後血尿を出して。
大福:えぇ~。
長谷川:点滴を打ちながらデータをとってくれて。本が売れた時に「ほとんど俺のデータじゃないですか」と文句を言ってきたので、ちゃんとおいしいものをおごってあげました。
大福:(笑)。いやいや、そうですよね。
長谷川:効率だけが優先されるはずの生物の世界で、なぜこんな非効率なシステムを彼らが持っているのか。実際に観察させたら、人間も具合が悪くなっちゃったわけで、「疲れる」ということは避けられない宿命。だから、どれだけ効率が良くても、滅びてしまったら終わりなんですよ。
大福:なるほど。
長谷川:確かに、生物は効率を高めることもやっているけど、むしろそれによって「滅びないこと」が大事なんじゃないかと思ったわけですね。そこも後で少しお話ししたいと思いますが、みなさんがこの研究でどういうことを感じられたのかをお聞きできればと思います。
大福:ぜひコメントもお願いします。いいですね。そのマスターの学生、よくがんばりましたね。それと、アリは個体によって閾値が違うということは、個体それぞれを見てると思うんですけど。
長谷川:個体にいろんな色の点を3つ打ちまして、10色使うと1,000匹まで判別できるので、個体識別してデータを取っています。
大福:実際、1つのコロニーに何匹ぐらいいるものなんですか?
長谷川:僕のコロニーは最初は150匹で作って、そのあと30匹まで減らしたのかな。だから、150匹いる時によく働いていたやつだけにする場合と、働いてなかったやつだけにした場合を観察するんですね。
結局、よく働いてたやつばっかりのコロニーと、働かなかったやつばっかりのコロニーでも、同じように一部は働かなくなって一部は働く。元に戻っちゃうんです。
大福:ちょうどチャットで来ている質問と、今の話がすごく関連するのかなと思うんですが。よく「8:2の法則」と言われるように、20パーセントの戦士が80パーセントの敵を倒していると。20パーセントの優秀な選手だけを集めると、またその中の20パーセントだけが成果を上げると言われていますよね。
長谷川:それは、社会の中ではまことしやかに「パレートの法則」と言われてますよね。実際にそうなんだと思います。昔、ノーベル賞学者のイリヤ・プリゴジンいう化学者の人が、アリがそうなんだという話を日本で講演したことがあって。だけど本当にそうなのかっていうことは、論文を調べたらどこにもなかったんですよね。
マスターで来た学生にそれをやってみたら、本当にそうでした。『Journal of Ethology』という別の雑誌にも載ってますし、たぶん人間の社会でもまことしやかに言われているんですが、きっと実際にそうなんだと思いますね。
大福:まさにそれを観察して、明らかにしたということですね。
長谷川:僕は大学院に来る前に一般企業に5年間勤めてたんですが、見ていると、人間が成果を出すためにはモチベーションがとても大事なんですよ。モチベーションがあれば、人間は能力いっぱいまで成果を出すことができるんです。
昔、みなさんが絶対に知ってるような大企業の重役や副社長とかが、20人ぐらい来たところでしゃべらされたことがあるんです。その時に「みなさんが若い頃、まだペーペーの社員だった頃に、嫌な上司のために働く気って起こりましたか?」って聞いたんですよ。
名前を言えば誰もが知ってるような企業の専務だったと思いますが、「いや、そんなことなかったね」「足を引っ張ってやろうかと思ったよ」って言ったんですね。
でも、きっとみなさんもそうじゃないですか。だから企業をうまく動かすためのコツは、中間管理職が非常に大事なんです。自分の部下の能力の適正とか、その人が何が好きかをわかっていて、そういう仕事を振ってやると彼らはやりがいを感じて能力を出します。
だけど、その人に向いてない仕事をやらせると、能力の半分も発揮してくれないです。企業でそういう差配をするのは中間管理職だから、中間管理職が大事なんです。
じゃあ、実際にそういう人事がなされているかというと……嫌な上司なんかいるはずないですよね。だから実際には、中間管理職を選ぶ時に、人事に対して日本は非常に非効率なやり方をしてると思うんです。例えば自分が気に入ってるかどうかとか、おべっかを使うかどうかとか、そういうことで決まっちゃうでしょ。
大福、川本まい氏(以下、川本):(笑)。
長谷川:組織の生産効率が、世界の先進国で日本が一番低いというのがわかりますよね。だってお二人でも、きっと会社の中では「こいつのためにはがんばりたくないな」ということがあるんじゃないでしょうか。
川本:(笑)。
大福:(笑)。関係性というんですかね。上司もそうですし、同僚もそうですが、関係性が崩れていくと、モチベーションや仕事に向かうエネルギーもすごく削がれていくのかなとは思います。
長谷川:そうですね。優秀な人は辞めてっちゃったりしますよね。
大福:そうですよね。また違うところを求めていくという意味では、そうかなと思います。ちょっと思ったんですが、アリにモチベーションってあるんですか?
長谷川:アリにもモチベーションはあるとは思いますが、突然敵が来た時なんかには「やべえ」と思って逃げちゃうやつとかもいます。
大福、川本:(笑)。
長谷川:普通の仕事に対してはモチベーションの差はなくて、閾値の反応だけでやるか・やらないかが決まっている。閾値の反応に分散があるということは、もう1つすごく重要な意味があって。
アリって、課長とか部長みたいな司令塔の人はいないわけですよね。なのに、仕事が現れると閾値の低いやつがまずはそれをやっちゃう。その時に別の仕事があると、残っている中で次に閾値の低いやつがやる。
要するに、自動的に適切なオンデマンドに人員を動かせるシステムになってるんです。それが、閾値反応システムを持っているもう1つの非常に重要な理由だと思ってるんですが、今回はそれ以外にも、コロニーを滅ぼさないためのメカニズムにもなっていることが新しくわかったところですね。
大福:なるほど。
川本:アリの中では、閾値のばらつきって「個性」とはまた違うんですかね?
長谷川:個性と言ってもいいものです。でも、英語では「individuality」と言うんですが、それを使ったらレフェリー(査読者)に「『個性』と言うな」ってすごく文句を言われて。だから外しました。
川本:そうなんですね。「個性」というのを科学の世界で使ってはいけないというか、何か(決まり)があるんですか。
長谷川:なんかね。わかんないんですけどね。
川本:(笑)。
長谷川:さっきの論文は「lazy worker」というのを使っていて、「lazy」は怠け者という意味なんですが、「彼らは怠けてるわけじゃないんだから『lazy』という言葉を使うな」ってすごく言われたんです。だけど、この言葉を使わないと意味が伝わらないから無理やり使いました。
科学って、人間の価値観を含んだ言葉を使うのをすごく嫌がるんですよ。だから「『lazy worker』じゃなくて『inactivity(不活性)』を使え」って言われたんだけど、それじゃあおもしろさが伝わらないから、この名前を使わせていただきました。
川本:なるほど。
大福:「lazy」を使わないとか、なんかおもしろいですね。あと、さっきハッとしたのが「アリって疲れないもんやと思われてた」みたいな。研究の世界では、すごく機械的に生物を見られているというか。川本さんがおっしゃったように、1匹1匹を見た時に個性が表れてくるようなこの研究自体が、すごくおもしろいなと思いました。
長谷川:不思議なんですが、犬とか、もっと高等と言われている人間に近い生き物に対しては、感情だってあるだろうし、当然疲れるということもわかってるんですが、人間は虫だとそう思わないんですよ。
大福:確かに。
長谷川:そういうのを「認知バイアス」って言うんです。ほら、人間って「自分は死なない」とか思ってるじゃないですか。地震があっても津波が来ても、すぐ逃げないとかね。それを「安全バイアス」と言います。
人間の脳は「自分に近い生き物は、自分たちと同じようなんだ」と思ってるんですが、昆虫みたいに自分から非常に遠くて、なんだかわからない生き物は「疲れもしないし、ぜんぜん違うルールに従ってる」と、初めから思ってるんですよね。
科学者といえども、ほとんどの人がそう思ってるので、今までは「アリはいっぺんに働いたほうが有利なんだ」って言ってたわけです。筋肉で動いてる生理的メカニズムを考えたら、当然同じはずなんだけど、科学者といえども合理的にものを見てないんです。
大福:そうですよね。事前の打ち合わせでもすごくキーワードだなと思ったのは、「常識にとらわれると、見えるものも見えなくなってしまう」とおっしゃっていて。まさにそういうバイアスや思い込みで、事実にフィルターがかかって見えなくなってしまうというのが、生物学の世界や研究者の世界でもあるのかなと。
長谷川:それは人間誰しも持っています。僕は小学生の頃に教師に非常にいじめられたんですね。今だったら絶対に教師が退職になっているなってこと、いろいろやられました。
昔からこういう性格で、権威というものに対して「本当にそうなのか?」って感じるタイプの子どもだったので、教師から見たらすごく扱いにくい子だったんですよ。普通は同調圧力に負けて潰されちゃうんですが、僕は3年生ぐらいの時に「これは先生と付き合わないってことが一番楽なんだ」って思ったんですね。
大福:小学3年生で。
長谷川:先生って言うのは、80点の点数が取れていて、問題行動を起こさなければ何も言わないから。そうやって、僕はもう大学でも先生とは付き合わなかったな。教師と付き合うことをやらないで生きてきたんです。
それが、学者になってからはとてもいいことでした。つまり、教科書に書いてあることを本当だとは信じないんですよ。教科書というのは科学の常識が集められてるわけですが、「何か抜け穴があるんじゃないか?」「常識じゃないものの見方をしたらどうなるんだろう?」って考えるようになったんですね。
長谷川:だから、教科書とは「何が書かれていないか」を読むための書物であって、書かれていることはもうわかっていることじゃないですか。書かれていないことって、そこがわかってないということですよね。だから、それをやれば新しいこと見つけられるんだということが、学者になってからわかりました。
学生たちによくそのことを言うんですが、彼らは「先生の言ってることは教科書に書いてありません」って言うんですよね。当たり前です、教科書に書いてない研究をやっているんですから。まったく新しい考えというのは、常識とまったく違うから、実は研究者としては不利なことです。
科学の雑誌にはレフェリーの制度があって、何人かのレフェリーの人たちがOKになると通るんですが、その人たちは常識に従って研究をしてるから、まったく新しい考えを必ず否定するんですよ。
人間に男と女がいるということは、進化生物学に残された最大の謎だったんですけど、それを完全に解いて『Nature』に投稿したんですが、常識しか知らない人たちがレフェリーをやるから、4ヶ月かかって結局「だめだ」ということになって。
彼らは彼らでグループを作っていて、自分たちの間で論文を書いて、その人たちだけが審査して通すんですよね。だからよそ者にそういう真理を見抜かれちゃうと、なんとしても拒否するんですよ。
川本:なるほど。
長谷川:レフェリーのコメントを見たら、もうこいつらバカなんじゃないかって思うコメントしかしてこなかったけど、やっぱりエキスパートの意見には逆らえないからリジェクトさせてもらうってことになって、だめだったんです。
大福:残念。
長谷川:でも、科学なんてそういうもんですよ。だから、新しいことをやってるほど論文が通りにくくなるので、若い人はますます常識的な研究しかしなくなっちゃうんですよね。
大福:それは日本に限らずのお話ですか?
長谷川:日本に限らず。だって、就職するためには業績が必要だから。小保方(晴子)さんの話じゃないですけど、ああやって捏造してまで論文を通そうということまで起こりますね。
大福:なるほどね。
長谷川:だってこの頃は、東大やいろんなところで、いっぱいお金を取って最先端の研究をしてるところほど、ああいう捏造問題が起きますよね。論文を書かないと次の(研究の)お金が取れないから、科学的な道義に反することをやっても論文が必要だからです。
大福:なるほど。事前の打ち合わせでも、特に日本は権威に従わないと生きていけない社会でもあるのかな、みたいな話が出てたと思います。
長谷川:大学の先生は、わりとそういう制約は少ないです。僕は農学部の人間なんだけど、農業に関係する仕事はまったくやってなくて、科学ばっかりやってるから冷遇されてるんですけど。
大福:(もともとの専攻は)農業なんですね。
長谷川:たぶん農学部の中で、個人の業績としては僕が一番あるはずです。
大福:なるほど。
長谷川:論文だけで数十本あるし、インパクトファクターも10とかあるような雑誌に載せている。だからほっとかれてるんですけどね。さすがに学部長になる人は、ある程度の見識がある人だから、「長谷川さんの研究はすばらしい」って言ってくれますね。
長谷川:「あいつは研究させといたほうが農学部にとって役に立つ」と思ってるみたいだから、余計な事務仕事もほとんど来ないんです。教授になれば必ず来るんですけど、僕は准教授なので来ないので、ここは理想的な環境ですね。
大福:すばらしい。そういう意味では、うまく差配がなされていると。
長谷川:上の人がちゃんとした人だと、組織はうまくいくんですね。上にちゃんとした人をつけるための工夫はすごく大事で、上の人や社長としての的確性があるかどうかを、下の人が投票で決めたらいいんじゃないですかね。
課長以下がみんな社長の信任投票をやって、不信任になった場合も別に辞めさせる必要はないけど、「こういう理由で不信任になりましたよ」ということを考えてもらえば、だいぶ組織って風通しが良くなるんじゃないですかね。
大福:なるほど。最近トヨタの社長も変わりましたけど、基本的には上で決められたものが下に転がってくる。
長谷川:トップダウンになってくるんですよ。
大福:組織ってトップダウンですよね。
長谷川:だから、逆に向かってのルートがぜんぜんないんですよね。
大福:下からの方向性もうまく仕組みとして設計できると、より風通しのいい組織になったり、今までにないコミュニケーションもより生まれたりもするのかなと思います。
長谷川:あと、下の人のモチベーションを上げることがすごく大事なんです。表彰システムみたいなものを会社が作ると、大抵はすごく仕事をしたトップクラスの人を表彰しちゃうじゃないですか。
大福:社内表彰みたいな。
長谷川:そうすると、一般の社員は「俺たちはあんなことできるわけねえよ」「評価なんかされないじゃん」と思っちゃうじゃない。だから、例えば表彰のクラスを能力別に10段階とかに分けて、一番下の人でも少しがんばれば給料が上がったり、表彰をもらえるようなシステムにする。
審査の点ですごくめんどくさくなるし、手間はかかりますが、誰もがチャンスがあると思えれば、下の人たちも努力をして「少しでも良くしよう」「自分の能力を上げて評価してもらおう」と、満たされるじゃないですか。
トヨタはそのへんをうまくやっています。改善システムというものがあって、現場の人たちが「ここがこうだから」と話し合って上に上げて、上の人が「じゃあそうしましょう」というふうにするシステムを持ってるんです。ああいうのは、すごく重要なことなんだと思います。
大福:現場の声を吸い上げる。
長谷川:相手の声を認められると、どの能力の人たちのグループでも「自分たちがちゃんと会社に貢献したんだ」という達成感が得られるじゃないですか。だからトヨタって、やっぱりうまくやってるなと思いますよね。
大福:なるほど。
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