2024.10.10
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デジタルハリウッド大学特別講義 アカデミー賞受賞映画「ドライブ・マイ・カー」 エグゼクティブプロデューサーが語る『日本映画におけるクリエイティブとビジネス』(全4記事)
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久保田修氏(以下、久保田):ちょっと抽象的なお話なんですけれど、本当に「どうやったらプロデューサーになれるか」という方程式はないんですね。そうそう、技術職と違って監督とかプロデューサーは本当に簡単に言うと手に職がない集団で。
カメラマンは当然カメラを回せてなんぼだし、編集マンはね、当然Avidなり何なりを扱えてなんぼだしという、ある種やることが一般の方にもわかりやすいわけですけれども、プロデューサーとか監督は簡単に言うと口だけの人たちなので。
だけど監督はね、もっと具体的に俳優さんにお芝居をつけたりというのでイメージしやすいと思うんですけど、プロデューサーって特に、一般の方からすると「あの人たち、何をやっているんだろうね」となるとは思うんですけども。
確かにそういった側面もあって、別にプロデューサーがいなくても、映画というのは進んでいく側面もあるので、実際そうなんですけれども。そういった手に職ない集団であるプロデューサーというのもある種魅力的な仕事でもあります。
どの職種に就くにしても、そこにやっぱりそういった原始的な喜び、物語を紡いでいく喜びだったり、映像を切り取るっていう喜びだったりというのがないと難しいと思うんですけれども。なので、そこをぜひぜひ信じていってもらえればなと思います。
次(のスライド)へ行っていただいて。今日のお題は「日本映画におけるクリエイティブとビジネス」ですけれども、一応僕の肩書きの枕ことばとして『ドライブ・マイ・カー』が付いているので、それについてお話しさせていただければと思います。
大前提として、『ドライブ・マイ・カー』のプロデューサーは僕ではありません。その当時うちにいた山本晃久がプロデューサーです。この映画に関しては、僕はあくまでも立場的には「エグゼクティブプロデューサー」で、この映画の制作プロダクションの代表をやっている立場です。
ちなみに、『ドライブ・マイ・カー』をご覧になった方、いらっしゃいます?
(会場挙手)
お、見ていますね。長かったでしょう(笑)。お疲れさまでした。ありがとうございます。見ていない方もいらっしゃると思うので、予告編を出しますね。
予告編だけ見てもなかなかあれですけれども。『ドライブ・マイ・カー』について何をしゃべればいいかな。たぶんみなさんが一番疑問に思っているのは、「なんでこんなに海外でいっぱい賞を獲ったの?」ということかなと思います。
そこをちょっとご説明するというか、賞はもらおうと思ってもらえるものではないので解説はできないんですけれども、なんでこうなったかという流れをご説明します。
こういったものは一朝一夕になることではないんですね。濱口竜介というなかなか稀有な才能の監督がいて、彼が何年か前に『ハッピーアワー』という(映画を作って)、これがまた5時間を超す映画で(笑)。どうなってんだという感じですけど。
この映画は、ロカルノ国際映画祭というところで脚本賞と最優秀女優賞と3〜4冠くらい賞を獲っているんですね。それで世界的に濱口竜介という監督が認知される、という段階がまずあります。
もともと彼は藝大出身の監督なので、その前にももちろん藝大時代の卒業制作だったりとか(他の映画を)いろいろ作っているんですけれども。僕が一番最初に見たのは『PASSION』という映画で、これも非常に素晴らしい映画でした。『PASSION』も確かどこか海外で賞を獲っていたかな(※サン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品)。要は海外の評価がベースにあった人という前提があって。
次の段階に、『寝ても覚めても』という映画があります。これはうちのC&Iで作らせていただきました。別の意味でいろいろ話題になってしまったんですが、いつの映画だったかな。3年か4年前ですね(※2018年)。
是枝裕和さんの『万引き家族』という映画がパルム・ドールを獲った時のカンヌ国際映画祭で、『寝ても覚めても』もコンペティションに選ばれているんです。カンヌのコンペに初挑戦で選ばれるのはかなり珍しいケースですね。まずロカルノで評価されて、『寝ても覚めても』も非常に優秀な映画でカンヌでコンペに選ばれて、というのがまず前段としてありました。
その上で、いよいよ『ドライブ・マイ・カー』を我々が作るということになりました。その段階では、当たり前ですけれども「なんとかカンヌのコンペには入りたいね」と、もうその時点では考えていました。『寝ても覚めても』は、「カンヌのコンペは厳しいかもしれないけど、『監督週間』(※カンヌ国際映画祭の独自のセレクションで、新人監督の登竜門)に入れればいいかな」とか、そういう考えでした。
カンヌは1つの部門だけではないんですね。いくつかのセレクションに分かれているんですけれども、その中で(『寝ても覚めても』は)残念ながら賞は獲れなかったんですけれども、本選のコンペに入ればいいかなとか思っていたら、無事に入れたんです。
なので『ドライブ・マイ・カー』に関してはいよいよ、「じゃあこれはもうカンヌのコンペを狙っていこうよ」という意気込みで作っていました。
結果としてはおかげさまでコンペにも入れ、かつ脚本賞をいただくというかたちになりました。ここまではある程度想定していたということではないんですけれども、「そうなったらいいな」という展開ではありました。
ただ、この後の展開は制作側としてはまったく想定していませんでした。当然監督である濱口さんもぜんぜんそんなことは考えてなかったと思うんですけれども、アメリカでいろいろ賞をいただく状態になりました。いろんな州の批評家賞をいただくようなことがどんどんどんどん続いていって、ついにはゴールデングローブ賞までいただいてしまうことになって。
想像もしていなかったんですけれども、「ゴールデングローブ賞をもらえるということは、いよいよもしかしてアカデミー?」という流れになっていきました。結果としては、先ほど吉村さんからご説明していただきましたけれども、監督賞と作品賞と脚本賞と国際長編の、4つにノミネートされました。
特に作品賞ですよね。作品賞にノミネートされるのは、要は全世界で5〜6本しかないので、そこに英語映画でもない映画がノミネートされるのは非常に珍しいケースです。最近の有名なところで言うと韓国の『パラサイト』という映画がノミネートされて、かつ賞までもらう大快挙を成し遂げたわけですけれども、そのくらい珍しいパターンです。
残念ながら『ドライブ・マイ・カー』はノミネートで終わってしまいました。ノミネートだけでも実は本当にすごいことですけれども。国際長編映画賞はいただきました。
なぜあんなに『ドライブ・マイ・カー』が海外、特にアメリカで評価していただけたのか。これは本当に謎です。シンプルにこうだからという理由付けなんかできないんですけれども、1つ、大きくは「時代とのマッチング」があったと思います。
やっぱりトランプ政権の時代だったりコロナということで、ある種すごく社会が傷ついてしまっていた時期でした。本当に多くの人を失ったり、分断があったり、自分たちが住んでいる社会の限界を感じていたアメリカの知識層の人に、この『ドライブ・マイ・カー』はある種のセラピー効果というか、癒やしの効果があったんだったんだろうなと僕は分析しています。
ちらっとお話が出ましたけど、(『ドライブ・マイ・カー』は)西島秀俊さんが演じるのは妻を亡くした夫で、実は妻が大きな秘密を抱えていて、その秘密を含めて妻の死から再生していくかというのが、ストーリーの大きな流れですけれども。
その再生していく過程で、人と人と本当に触れ合うことだったり、人と見つめ合うことだったり、人の話をちゃんと聞くことだったりを確認していくのが、丁寧に丁寧に積み重なっていく。そこに「治癒力」があって、今のアメリカの知識層が必要としている映画になったんだろうなという気がします。それで結果的にたくさんの評価をいただくことになったのではないかなと。
今は映画のモチーフというかテーマ的なお話をしたんですけど、濱口さんが優れているのはそれだけじゃなくて映画として何が優れているかと言うと、ご覧になっている方はわかると思うんですけど、流れる独特な「時間」が、映画の中にあるということですよね。
映画は実は音楽と一緒で、表現自体が「時間軸」を持っているメディアだと思うんです。今はポーズボタンはありますけど、映画館へ行けば止められないので、とどめることができずに常に流れていく。その意味で「時間軸」を内包しているメディアだと思うんです。
そういった意味で、彼は独特の映画的な感覚を持っていて、彼の映画は編集だったりとか、本当にセリフも音楽的にですよね。ちょっと難しい言い方かもしれないんですけど、実はセリフもすごく音楽的なものなんです。
特に小津安二郎の映画とかを見ていただくとわかるんですけれども、実はセリフもリズムで成立している側面が大きいんです。濱口さんの映画はすごく音楽的な映画であって、そこに身を委ねること自体が、たゆたうような、ほぐされるような感覚になるんです。
もちろん緊張するところもあるんですけれども、不自然に流れが滞ることなく、きれいに流れていく3時間の時間軸を作ることができるのが、彼の、ちょっと昨今の監督の中で特に秀でているポイントではなかろうかな。だいたい優秀な監督は、みんな時間の支配が非常に上手な人が多いです。
今ご説明したところで、成立の経緯も半分説明してしまっているんですけれども、このへんからはビジネスというか、映画作りの構造の話も含めてお話しさせていただければと思います。ちなみに、これからお話しするのはあくまでも日本映画の場合です。世界での映画作りの仕組みとはちょっと違うことになります。
ここにも書いてあるんですけれども、日本での映画作りの場合は、よくクレジットでみなさんも「製作委員会」をご覧になると思います。基本的にはこの「製作委員会」がお金を集めて映画を作るという主体になります。著作権的に言うとここが著作権者、映画の権利を持っているところになると。
それで現場を含めて実際の制作業務、そういったことをやっていくのは当社のような、C&Iのような制作プロダクションというかたちになります。製作委員会の代表会社のことを、さっきから何度か言っている「幹事会社」、もしくは「製作幹事」と言います。
基本的に製作委員会と制作プロダクションがないと、日本では劇場映画は作れない。この2つがそろってはじめて映画は作られていると思っていただいていいと思います。自主制作映画の場合とかは違ってくるので、それはちょっと置いておいて。
「じゃあ製作委員会と制作プロダクション、どっちが企画元なの?」と言うと、これは実はいろんなケースがあります。『ドライブ・マイ・カー』の場合はあくまでも制作プロダクション、うちの企画です。うちのほうで「この映画を作りたい」とまず思い立つわけですね。「濱口さんの次回作は『ドライブ・マイ・カー』にしよう」と、具体的に言うと山本というプロデューサーが発案して、それで動き出す。
具体的には言えないんですけど、これを作る制作費をC&Iが全額出せるかと言うと、できないわけです。会社の規模とかいろんな問題でできない時に、製作委員会を作らないといけない。なので製作委員会を作る時に一番最初にしないといけないのは、その製作委員会の代表会社である製作幹事、幹事会社を見つけないといけない。
ということで、簡単に言うと「幹事会社営業」という言い方をするんですけれども、制作プロダクションが幹事会社探しを行う。そこで今回の場合は、カルチュア・エンタテインメントという基本はビデオ等を扱っている会社でうちの親会社と、ビターズ・エンドさんという配給会社が幹事会社をやってくれるということになりました。
その2社だけでお金を全部出しているわけではなくて、その2社が中心になって他の会社にも声掛けをして、最終的に全部で5社か6社ぐらいだったと思います。例えば出版元である文藝春秋さんだったりとか。うちの会社もちょっとだけ出資しているんですけども、そういったところがお金を出し合って「『ドライブ・マイ・カー』製作委員会」が出来上がる。
そこからのお金で、我々は制作プロダクションとしてこの映画を作っていく、という流れになります。基本的な商業映画の映画の作られ方はそういったパターンです。
今回の場合はあくまでもうち(C&I)が『ドライブ・マイ・カー』という映画を作ろうとした発端といいますか、きっかけを作っているんですけれども、製作委員会、要は幹事会社が発端を作る場合もあります。
先ほど僕のフィルモグラフィーでご説明させていただいた、例えば『NANA』という映画であれば、TBS映画部が発端で、そのTBSの映画部のプロデューサーから「『NANA』という映画を作りたいんだけども、久保田、やってくれないか」とうちにお話があって、うちが制作プロダクションとして参加するというかたちでした。
本当にまちまちですね。『スワロウテイル』は岩井俊二さんの会社のロックウェルアイズがプロダクションですけど、そういった意味ではプロダクション発の企画ですね。『ジョゼ虎』の場合で言うと、うちが発案して、幹事会社はアスミック・エースさんでした。『メゾン・ド・ヒミコ』もそうですね。『のぼうの城』もうちです。
どっちがいい・悪いという話ではまったくないんですけれども、企画の成立の過程としては、幹事会社から発案されて成立する場合もあれば、制作プロダクションから発案されて成立する場合もあるということは覚えておいてください。
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