日本と西洋の「思想」の大きな分岐点
入山章栄氏(以下、入山):では、野村さんに少し話をうかがいましょう。非常に気合の入った資料を準備してくださいましたので、問題意識を共有いただけますか?
野村将揮氏(以下、野村):はい、よろしくお願いいたします。いきなり哲学や思想と聞いても、みなさんにはあまり馴染みがないかもしれませんので、導入として僕の半生とライフワークをお話しします。とはいえ、私自身の話をするというよりは、どんなことを考えているかのイメージをつかんでいただけるように資料を準備しました。
僕は京都で生まれましたが、保育園から高校まで富山県で過ごしました。田んぼに囲まれた生活で、7歳から剣道を始め、今でも続けています。ボストン、ハーバードでも続けており、今年で28年目になります。
ここにいくつかのロゴが並んでいますが、東大を卒業し、経産省に入り、京大に入り、ダボス会議の若手組織のメンバーにもなり、といろいろあって、現在はハーバード大学で研究を進めながら、一般社団法人京都哲学研究所で世界戦略を担当するなど活動をしています。このあたりについては後ほどご説明します。
僕自身の経験に基づく話を3点ほどご紹介します。原体験という言葉はチープなのであまり使いたくないのですが、みなさんが想像しやすいと思われる点です。 まず、田舎の地縁共同体、つまりローカルなコミュニティでの体験です。町内会やPTAなどがそうですね。こうした共同体は、一般に、と言っても哲学的にはすべてのものが特殊であり一般化すべきではないのですが、先ほどの松井市長のお話にもあったように、さまざまな境界が曖昧で、そのあわいが非常に大きいと感じます。
例えば、いわゆる西洋の契約社会では、個人の所有物や権利が明確に分けられる傾向がありますが、日本の文化圏や思想圏は、それとはいわば対極にあると言えるかと思います。
入山:僕の理解が浅いかもしれませんが、キリスト教では人間は神の所有物と考えられているため、物と人間を分離する思想が強いですよね。
野村:おっしゃる通りです。僕もキリスト教を専門に研究しているわけではないのですが、絶対的な神や何かしらの絶対的な存在があるという考え自体が、人類史で見れば普遍的ではないのだと思います。
例えば、日本では仏教や神道などさまざまな宗教や思想が混ざり合っています。ある特定の絶対的な存在を想定するかどうかが、実は大きな分岐点になるのではないでしょうか。デカルト以降、人間が自然や神を客体化したといったような議論もありますが、それはまた追々お話しできればと思います。
西洋的「要素還元主義」や「二元論」の限界
野村:次に、京都の自然について。日常的に目にする鴨川や北山の雄大な景色を見ていると、人智を超えた存在に対する畏敬の念が自然と湧いてきます。
最後に、剣道についてです。僕は先月、ボストンで61歳の女性に剣道でボロ負けました。本当に本気でやっていたのに(笑)。呼吸や間合いなど、いわゆる東洋的な思想が体現された結果だと思います。これは、能や歌舞伎、その他の伝統工芸にも通じる思想でしょう。
次のスライドから一気に抽象度を上げたいと思います。入山先生が先ほどご指摘されたように、「何かを部分に分けていく」という思想があります。1つ目のポイントの3行目に「要素還元主義的」や「二元論的」と書いていますが、これは、主体と客体、自己と他者、つまり自分と他人、心と身体、人間と自然といったものを分離して考えていく思想のことです
この数百年のトレンドを踏まえると、人類はこうした区別を厳密にし、さらに具体的で小さな部分に還元しようとしてきました。たとえば、水を水分子、さらには原子、そして素粒子のレベルまで分けて理解しようとするのが、この数百年の趨勢であったわけです。
入山:すみません、口を挟んで僭越ですが、僕の理解では、現代の科学はまさに要素還元主義に基づいています。実は経営学もそうです。世の中のメカニズムをすべて分解し、細かい部分を理解すれば、全体がわかるという前提です。
ただ、分解して理解しても、それを足し合わせて動かすことができるかというと、実際にはそうはいかない。素粒子のメカニズムがわかっても、それを足し合わせて宇宙を説明することはできないわけです。今、まさにその限界に直面しているという理解でよろしいですか?
野村:おっしゃる通りです。まさに入山先生のお話は、「複雑系」などの概念で説明されるものです。例えば、みなさんが自分自身について考えてみても、今この瞬間、隣の方が吸って吐いたCO2が僕らの体内にもあるはずです。
つまり、自分の体組成が、と言っても科学的な定義からは少し外れるかもしれませんが、必ずしも自分に由来するものだけではないということです。細胞や原子といったレベルで、僕たちは他者とつながりながら、曖昧な境界の中で生きています。
この考え方は、たとえば「動的平衡」という概念で福岡伸一先生などが説明されたことと通じています。僕たちは本当は、自分の身体の輪郭すら曖昧な中で生きているわけです。
野村氏がハーバード・ケネディスクールに留学した理由
野村:よく「隣の人のCO2を吸っていると言っても、それは詭弁だろう」と言われます。しかしながら、この重要性が顕在化したのがCOVID-19、いわゆる新型コロナウイルスの流行でした。隣の人の健康状態や、隣の国、文化圏の流行状況が自分たちの日常生活に直結している。しかし、人類はまだこういった分離や区分を完全に乗り越えられていないのが現状です。
下に書いてある「サステナビリティ」「ダイバーシティ」「ソーシャル・アントレプレナー」といったカタカナ語や英単語を再検討することも重要です。「サステナビリティ」というのは、自然を客体化し、人間を主体とする思想です。しかし、いわゆる日本的な考え方では、自然と共にあるという思想が根付いていてきたはずです。また、これは日本に限らず、アフリカや他の地域にも見い出し得る考え方かと思います。
僕はこうした観点を、グローバルなルールメイキングや社会の仕組みに応用できるのではないかと考え、研究を進めています。
入山:今の世界は基本的に西洋の思想、特にキリスト教的な二元論に基づいている。天国と地獄、主体と客体、人と物などが分かれているという考え方ですが、これが限界に達しているのではないかと。むしろ東洋、特に日本の思想がその逆で、これからの世界にとって重要になるということを世界に訴えていきたい、という理解でよろしいですか?
野村:おっしゃるとおりです。ただ、僕も研究者の端くれなので、西洋と東洋という分け方自体が二元論的だという指摘もあり得るため、慎重であらねばと思っています。
入山:そうだね(笑)。
野村:とはいえ、入山先生のご指摘の通り、価値そのものが多層的であり、重層的で相互につながっています。西洋は東洋の影響を受け、東洋も西洋の影響を受けている。東洋・西洋という区分は便宜上のものに過ぎず、私たちは相互につながりながら生きているということを、いろいろな次元でグローバルに発信していきたいと考えています。そのために、例のハーバードのケネディスクールに留学しました。
IKEAなど成功するグローバル企業が持つ思想やカルチャーとは?
入山:多伽さん、ここまでの話を聞いてどう思われますか?
中村多伽氏(以下、中村):社会課題を解決する際に、関係がある人とない人を分けると、途端に進まなくなるんです。例えば、気候変動について、私が小学生の頃は「北極の白熊がかわいそうだからエアコンの温度を上げましょう」といったレベルの話でした。
でも今では、7月3日で本来ならもっと涼しいはずが38度にもなるような状況です。そうなると、途端に自分ごととして受け止めざるを得ない。本来なら、もっと早くからそれがつながっているという事実を認識すべきだったと感じます。その意味で、今回のお話はとても通じるものがあると感じました。
入山:玉川さんはいかがですか?
玉川憲氏(以下、玉川):僕はスタートアップをやっていて、日本からグローバルに展開しています。売上の3分の1が海外なので、日本発のグローバル企業です。
入山:ソラコムはまさにそうですね。
玉川:そういう観点で見た時に、もともとAmazonにいたこともあり、アメリカ発のグローバル企業の視点から、分けること自体が良くないのではないかと思うようになりました。ただ、成功している企業には思想があって、それが何らかのかたちでグローバルの全チームメンバーに浸透しています。
例えば、IKEAがありますよね。IKEAは日本にもありますが、若干ローカライズされているものの、店舗に行くとスウェーデンの雰囲気を感じることができます。その雰囲気を伝えつつ、ローカライズもしていくということをやりきっている。今のお話を聞きながら、企業のカルチャーが相互に作用しながらも、不可分なものとして存在しているのだと感じました。
世界展開を進めるソラコムの思想
入山:ちなみに、ソラコムがこれからもっと世界展開を進めるにあたって、ソラコムの思想を言語化すると、どういうことになりますか?
玉川:我々の思想には3つの重要なポイントがあります。まずビジョンは「世界中のヒトとモノをつなげ共鳴する社会へ」というものです。ミッションは「テクノロジーの民主化」です。
最後に、カルチャーとして15個の考え方、例えば「顧客至上主義」といったものを設定していて、それを海外展開している全メンバーに、ある意味で押し付けています。どの国でも考え方や宗教などは異なりますが、この3つの要素は変えませんと。
もちろん、スタートアップの世界もこの15年で大きく変わってきていて、例えばダイバーシティなんて昔はほとんどなかったんですよ。スタートアップはガレージで始まり、トイレが一つしかない状況で、女性のことをまったく考えていなかった。それが今ではスタートアップのスタンダードが変わってきているので、我々もどんどん変えていかなければならないと思っています。
入山:スタートアップ界の思想もどんどん変わってきているということですね。
玉川:そうですね、どんどん変わってきています。