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哲学・思想なきイノベーションはありえない!起業家がめざすべき思想とは?(全5記事)

サム・アルトマンやイーロン・マスクが資本主義の限界を再考する理由 経営学者・入山章栄氏が語る、“AI依存社会”と思想の重要性

「Cross the Boundaries」を旗印に、日本最大級のスタートアップカンファレンスIVS(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット)が2024年も昨年に続いて京都で開催されました。今回のセッション「哲学・思想なきイノベーションはありえない!起業家がめざすべき思想とは?」には、京都市長の松井孝治氏やソラコムCEOの玉川憲氏、taliki代表の中村多伽氏、そして京都哲学研究所の野村将揮氏が登壇。早稲田大学大学院教授の入山章栄氏がモデレートし、AI時代における思想の重要性が語られました。

思想・哲学・宗教の時代へ

入山章栄氏(以下、入山):早稲田大学の入山です。このセッションに参加いただきありがとうございます。本来は数十人規模の小さなサイドイベントとして開催する予定だったのですが、どこかでIVSさんの良い感じの忖度が働いたようで、急遽初日の最終セッションとしてこの大きな会場で開催することになりました。

実はこれ、1、2週間前に決まったばかりで、ちょっと驚いています。最終セッションということで、会場は広いですが、内容はかなり濃いものにできればと思っています。まずはじめに、このセッションがどのようにして実現したのかについて、5〜10分ほど解説させていただきます。

このセッションは京都市役所が企画しています。私が数年前から京都市の経営戦略アドバイザーを務めている縁もあり、IVSが京都で開催されることになったので、これを機に京都市のセッションを企画しようということで、2023年から実施することになりました。今年2024年は第2回目のセッションです。

今日のテーマは、一言で言うと「思想・哲学・宗教」です。僕は経営学者として、ビジネスのさまざまな分野に関わってきましたが、これからはまさに思想・哲学・宗教の時代だと感じています。

ひとつ宣伝させていただきたいのですが、7月19日に4年ぶりに本を出版します。2019年に『世界標準の経営理論』を出版し、幸いにも多くの方に読んでいただきましたが、今年は池上彰さんとの共著で『宗教を学べば経営がわかる』という本を出します。興味があれば、ぜひAmazonでチェックしていただけるとうれしいです。

僕は宗教の専門家ではありませんが、今、非常に大きな問題意識を持っています。それは、これからの時代が明らかに宗教・思想・哲学に大きく依存することになるということです。

今日ここにいるみなさんは非常に感度が高いので、おそらくご理解いただけると思いますが、現在、社会は非常に不確実な時代に突入しています。特にAIの進化により、これからの社会はAIに多くを依存する可能性があるのです。

不安定な時代に人間が求める心の拠り所

入山:僕は今51歳ですが、若い世代、例えば20代のみなさんは、もしかすると寿命が130年になるかもしれません。これは技術革新のたびに人類の寿命が延びてきたという歴史的な事実に基づいています。産業革命、コンピューターの登場、インターネットの普及など、これらの技術革新が人類の寿命を大きく伸ばしてきました。

今日のセッションが終わったら、ぜひYouTubeで見てほしいのが、「AlphaFold」というものです。知っている人もいるかもしれませんが、これを見たらびっくりすると思います。

AlphaFoldは、Googleがディープマインドの技術を使って行っているタンパク質の三次元構造解析の予測モデルです。これまで人間が行っていた作業が、ディープマインドのAIのおかげで、異常な速度で正確にタンパク質の構造を予測できるようになっているんです。

人間の体は約6割が水で、残りのほぼすべてがタンパク質です。つまり、人間は「タンパク質人間」と言えるわけですが、これからAIの進化でこの分野が強烈に改善されるでしょう。その結果、たぶん癌はなくなり、ここにいる若いみなさんは、あと100年は生きることになるかもしれません。でも、「それって暇じゃない?」という話にもなるわけです。

世の中がこれほど不安定であるにもかかわらず、やたら長く生きなければならない時代が来ている。非常に不安定な時代だからこそ、人間には心の拠り所が必要で、これからの社会も大きく変わってくる可能性があると僕は思っています。

シリコンバレーの起業家が資本主義の限界を再考する理由

入山:もう1つだけ言わせてください。みなさん、ムスタファ・シュリーマンって知っていますか? ディープマインドを作った人です。みなさん、ディープマインドやAlphaGoのことは知っていると思いますが、AlphaGoが囲碁の棋士を打ち負かしたことで「AIすごいぞ」という時代が始まりましたよね。2023年、僕はそのディープマインドの創業者であるムスタファ・シュリーマンと対談しました。

オンラインで「対談しませんか?」と声をかけられ、シリコンバレーのムスタファ・シュリーマンと東京・杉並区にいる僕とでZoomをつないで対談しました。彼は新しいインフレクションAIというサービスを作っていて、非常に注目されているのですが、すでに少し苦戦しているようです。それでもリード・ホフマンと組んで8,000億円をいきなり集めています。

対談の前半は、彼が開発したAI「Pi」について話しました。「Piすごいじゃん」という感じで進んでいましたが、途中から資本主義や民主主義のあり方、人類の思想についてどう変えていかなければならないかという話をムスタファが次々とし始めたんです。たぶんまだネットにその動画が残っていると思うので、「ムスタファ、入山」と検索すれば出てくるかもしれません。

「なんでこんな話をするんだろう?」と思って、彼に「ふだんからこういう話をしているの?」と聞いたら、「うん、ふだんからこういう話をしている」と答えました。つまり、世界の生成系AIのトップである彼や、他にもサム・アルトマンやイーロン・マスクのような人たちは、AIの登場によって資本主義や民主主義が根本的に変わるだろうと考えているわけです。そして、その変化に対する責任があると感じているのです。

そういう時代になってきているんですよね。実は、今世界で一番思想や資本主義のあり方を考えているのは、シリコンバレーの中心にいる人たちだと思います。

京都が新しい思想の中心地となり世界を変える

入山:僕たち日本人も、そうした思想について考えていく必要があると感じています。僕は京都市のアドバイザーを務めているので、京都市の方々とも以前から話をしてきました。京都は思想や宗教、哲学の場所であり、そういったものを世界に発信することが重要だと考えています。

今日、この後お話ししていただく野村さんも、まさにそういったアクションを起こされている方です。野村さんは現在、ハーバード大学で博士号を取得しようとしており、その活動を松井市長が全力でバックアップしています。京都はこれから、世界が考えるべき思想の中心地となるべきだと思っています。

思想が先にあるんです。明治維新も、まず松下村塾や藤田東湖が尊王攘夷という思想を打ち立て、それが山口の萩や薩摩の人を動かし、日本を変えてしまったわけです。同じように、どこかから新しい思想が生まれて世界を変えると思います。

僕はその場所が京都である可能性が非常に高いと考えています。だからこそ、今日松井市長と野村さんに来ていただいているのは、京都を再び世界の思想の中心地にするための一歩だと感じています。

ということで、お二人に来てもらったのですが、もともとは4、50人規模の小さなイベントを予定していたんです。ところが、IVSの計らいで急に大きな会場になってしまい、困ったなと思って、ついでに集客力のある方をお呼びしようと考えました。

そこで、今みなさんが最も話を聞きたいであろう、つい最近上場したIoTプラットフォーマーであり、日本のスタートアップ界の星であるソラコムの玉川さんにお越しいただきました。そして、今日初めてお会いしますが、中村多伽さんにも来ていただいています。中村さんは今回のIVSで6〜7回登壇されている引っ張りだこの人です。

こうして上場した成功起業家、ハーバードの哲学者、京都市長、そしてインパクト投資の専門家という異色のメンバーが揃いました。

これからのスタートアップの世界では、思想が不可欠だと思います。思想のないスタートアップは、存在価値を失っていくでしょう。こうしたディープな議論をするセッションはなかなかないと思いますが、ぜひ一緒に考えていければと思っています。

M&Aも上場も経験した稀有な起業家

入山:僕の話はこれくらいにして、それぞれの方に1分ほどで自己紹介をお願いしたいと思います。僕だけがたくさん話して、みなさんは1分だけなの?と思われるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

それでは、今日のテーマ「哲学・思想なきイノベーションはありえない! 起業家がめざすべき思想とは?」について、みなさんと議論をしていきたいと思います。僕の紹介は割愛させていただきますので、次に玉川さん、1〜2分で自己紹介をお願いできますか。知らない人はいないと思いますが、お願いします。

玉川憲氏(以下、玉川):みなさん、よろしくお願いします。さっき入山先生が言ったように、あと80年は生きられるなと思いながら聞いていました(笑)。玉川と申します。もともとこのIVSには古くから参加していて、ソラコムを立ち上げる前はAmazonのAWSを日本市場で立ち上げることに携わっていました。スタートアップが主なお客さまでした。

その後、自分で起業し、2017年にKDDIに買収され、今年の3月に上場しました。M&Aも上場も経験した起業家という意味では、日本では僕だけかもしれません。

入山:まさに玉川さんだけですよね。いわゆるスイングバイIPOですよね。

玉川:そうですね。なので、もし起業家の方がいたら、何でも相談してください。実際、今回も「スイングバイをやりたいんですけど」といった相談が多く寄せられています。

哲学に関してはあまり詳しくないんですが、スタートアップの考え方という意味では、2010年頃からこの15年間を見てきて、スタートアップの思想も変わってきたと感じます。リーン・スタートアップからブリッツ・スケーリング、そして最近のプロフィタブル・グロースまで、世の中の変化に応じて変わってきたと思います。そのあたりについてお話しできればと思います。

入山:よろしくお願いします。

玉川:よろしくお願いします。

京都市長・松井孝治氏が登壇

入山:では、次は松井さんですね。つい最近、選挙を無事に勝ち抜かれました。もともといろいろな活動をされていて、SFCの教授も務められ、そして2024年から京都市長として活躍されています。では、お願いします。

松井孝治氏(以下、松井):私は哲学にはあまり縁がなく、スタートアップについても、通商産業省にいた頃に少し議論した程度です。その後、中央省庁の再編や官邸機能強化に携わり、官僚の世界と政治の世界、永田町と霞ヶ関の接点で活動してきました。その結果、2期12年間、評判の良い民主党で参議院議員を務めました。今のところは笑うところですよ。ここで笑わないと他に笑うところはありません(笑)。

その時に民主党政権の鳩山(由紀夫)内閣を支えようとしましたが、結果的には潰れてしまいました。その後は政治や選挙からきっぱりと手を引こうと思っていたところ、SFCから誘いがあり、10年間教員として勤めました。こういう雰囲気には慣れているんですよ。

定年が近くなったので、京都で大学の教員生活にシフトしようかなと考えていました。ちょうどその時、親が残した家を建て替えたところで(選挙に出ろと周りに)捕まって。これが人生の最後の……いや、今の入山さんの話だと、これが人生最後とも限らないですね。

入山:いや、限らないですよ、ぜんぜん。

松井:もしかすると、あと40年くらい生きるかもしれませんね。

入山:10期くらいやるかもしれません。

松井:いやいや、それはやりませんよ。人生の最後は、自分の生まれ育った町に恩返しをしろと言われて、外堀を二重三重に埋められて、今日ここに至っているんです。これまで霞が関や永田町で活動し、最近まで大学で若い人たちと仕事をしてきました。そして、今後この社会をどうするか、特に京都市という特別な自治体の中で、どういう町づくりをしていくかが問われていると感じています。

入山:なるほど、ありがとうございます。ちなみに趣味は居酒屋や喫茶店、バー巡りだと伺っています。

松井:そうですね。一番好きなのは落語です。でも、京都では能や狂言もあるので、あまり落語の話はしないんですが、実は落語が好きです。あと、クラシック音楽も好きで、やはり居酒屋や喫茶店、バー巡りも楽しんでいます。

特に京都の場が素晴らしいんです。お気に入りの喫茶店やバー、居酒屋に行くと、必ず知り合いの知り合いがいるんですよ。これは東京ではなかなかないことです。人生の半分を東京で過ごしてきましたが、京都の場というのをどう維持して、そしてその場が集積した町としての京都をどう作っていくかが、僕の1つのテーマです。

入山:なるほど、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

社会課題の解決にも必要な思想

入山:次は多伽さん、お願いします。

中村多伽氏(以下、中村):ありがとうございます。talikiの中村と申します。talikiは7年前に私が京都で立ち上げた会社で、社会課題を解決する起業家の育成や投資を行っています。7年前にIVSにボランティアスタッフとして参加したことがきっかけでファンドレイズする機会を得たのですが、その恩を返すかのように、今回6つのステージで登壇することになりました。

引っ張りだこというわけではないんですけど(笑)、社会課題に対する関心が世の中で高まっていると感じています。社会課題の解決には、強い思想が必要です。ふんわりとした優しいイメージを持たれるかもしれませんが、実際には「こうあるべきだ」という強い思想がなければ、事業として推進することはできません。だからこそ、今日の話は非常に楽しみにしています。よろしくお願いします。

入山:よろしくお願いします。では最後に野村さん、簡単に自己紹介をお願いします。

野村将揮氏(以下、野村):みなさんこんにちは、野村です。先月半ばに日本に戻ってきて、今はアメリカと京都を行ったり来たりしているのですが、この1ヶ月弱で6キロ増えました(笑)。よろしくお願いします。

現在、アメリカのハーバード大学で、日本の哲学を世界にどう伝え、社会課題の解決、政策、経営などに応用できるかを研究しています。一応5月に、ハーバードのケネディスクール、ケネディ行政大学院で行政学修士を取得し、現在一時帰国中です。

入山:もともとは経済産業省にいらっしゃったんですよね?

野村:はい、経済産業省に5年間勤めた後、医療AIのベンチャー企業アイリスに参加しました。このアイリスは、2023年のスタートアップワールドカップで優勝するなど活躍しています。

入山:そして今は、京都と言えば任天堂ですが、その任天堂の山内家が運営するヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィスのアドバイザーも務めていらっしゃると。

野村:はい、任天堂創業家の山内家だけでなく、一般社団法人京都哲学研究所でも長期戦略や世界戦略を担当しています。これについては後ほどアイスブレイクでお話しします。

入山:なので、松井市長とはすでに京都での哲学・思想について深く話し合っています。ただの哲学者ではなく、スタートアップ的な哲学者としてご理解いただければと思います。

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