立ち上げ当初のAmazon入社試験で、ジェフ・ベゾスがした質問

柴田雄一郎氏:ビジネスに新しい価値を生みだす創造性が必要な時代になってきたということなんですよね。こういった背景から「創造性って何だろう」と言うと、通称ダボス会議と呼ばれる世界経済フォーラム(World Economic Forum)が毎年、世界が求めるビジネススキルトップ10を出してるんですね。

2015年と2022年で、必要とされるビジネススキルトップ10の中で大きく変わったのがここなんです。2015年は創造性は10位だったんですけど、2022年になった時に、突然3位まで上がってきました。生産性の時代から創造性の時代に大きく変わってきたんですね。

逆に今度は、複雑な課題解決や解答を求めるようなもの。2015年は1位だったんですけど、ビジネススキルという意味では6番目に落っこちてきました。つまり創造性が必要とされてきて、複雑な課題解決をする能力がAIに移行していくのが、このスキルの重要性に現れていると思います。

そして、日本でもSociety 5.0(日本が提唱する未来社会のコンセプト)という概念の中で、先ほどお話ししましたイマジネーションとクリエイティブ、クリエーションの2つの融合によって新しい社会を作っていきましょう、と謳っています。

Amazonの創設者であるジェフ・ベゾスさんは「ビジネスに創造性が必要だよ」ということを言ったんですが、立ち上げ当時のAmazonの入社試験の面接で、「あなたの発明したモノは何ですか?」と直接全員の人に聞いたと言われているんですね。

これはどういうことかと言うと、創業当時から創造的な人材を集めていると。ここがやはり、スタートラインで大きく違っているところなんですよね。それぐらい創造性、クリエイティビティがこれから重要になってくる時代だと言えると思います。

とはいえ、創造的な人材を集めたAmazonも、実は7年間1円も利益が出なかった。新規事業ってそれだけやっぱり難しいんですよね。ここまでまとめると、新規事業とかイノベーションを生み出す創造的な「アート思考」とか「デザイン思考」が、ビジネススキルとして今まで以上に求められてきています。

消費者が欲しいものを深掘りする「デザイン思考」

アンケートの中にもあったように、これから創業したい方が当然多いと思うんですが。その中でいろんな仕事があると思うんですけど、例えばコンサルティングって「こうしたらいいですよ」みたいな比較的正解を提案するのが仕事だと思うんです。

その正解を今までどおりにやったら、今までどおりの正解しか出てこないんですよね。これは言ってる意味がわかりますかね。要はみんなが正解をやっちゃったら、競合しかなくなっちゃうんです。そうすると今までの正解を答えるというかたちじゃなくて、「新しい正解」を作っていかなきゃいけない時代になってきちゃったんですよね。

ここで必要とされるスキルの1つ、「デザイン思考」についてお話ししますね。一般的に「デザイン」と言うと、ポスターやパッケージのデザインとかを指してる場合がすごく多いと思うんですけども。「デザイン思考」について話す前に「デザインとは何か」を考えると、美しさとか使いやすさを実現するために創意工夫する、見た目とか機能のあり方を「デザイン」と言ってます。

じゃあ「デザイン思考」は何かと言うと、ここが重要なんですが、前例のないテーマに対してユーザー目線で課題を明瞭化する。そして、ユーザーの共感を得られるプロダクトの設計や本質的な課題を解決するために使う思考法です。

IDEOというすごく有名なコンサル会社代表のティム・ブラウンさんが書いた『デザイン思考が世界を変える』という本の中で、エンパシー、共感を起点に他者の目を通して世界を観察し、他者の景観を通して世界を理解し、他者の感情を通して世界を感じ取る努力がデザイン思考には重要だと言ってるんですね。

このユーザーを中心とした問題解決。「こんなの作っちゃったんだけど」といった、消費者に欲しいと思わせて買わせることではなくて、消費者が欲しいと思うものを深掘りして、発見していくことが「デザイン思考」の基本的な考え方です。

営業利益の約3分の1を研究に費やす「花王石鹸」

まず最初にユーザー視点で共感して発想して、本質的なニーズを把握してたくさんアイデアを出して、とにかく作ってみてテストと改善を繰り返す。これはハッソ・プラットナー教授が提唱する「デザイン思考の5段階」って言われてるんですけど、基本的にユーザーの視点で発想するところがスタートラインになっていますね。

さっきのティム・ブラウンさんの本の中に、IDEOという会社の「デザイン思考」の事例が書いてあるんですけど。例えば列車の椅子のデザインを発注すると、(普通は)機能や美しさとか使いやすさといった形のデザインが出てくるんですよね。一方でIDEOに列車の椅子のデザインを発注すると、(担当者が)他の乗客に混じって何度も電車に乗り続けたりするらしいんです。

乗降客が時刻表を見て家を出て、車をパーキングに停めて、改札を抜けて、駅で待って、電車に乗って、やっとここで椅子に座ったあと、電車を降りていく。つまり何を見てるかと言うと、家を出てから電車を下車するまでのカスタマージャーニーなんですね。

要は、お客さんがどういう行動を取っているかを読み取って、そこから初めてデザインをしていくのが「デザイン思考」の1つの事例なんですね。

他にもすごくわかりやすい例で言うと、花王石鹸ってありますよね。この写真を見てわかるように、普通のお母さんが家事をやってる動画を撮影しますと。そして会社の中でずっとそれを見続けながら、その人の行動の中で何か困ったことがないかなとか、何か引っかかっていないかなというところを映像から抽出して商品化していく。

もう非常に日常に根差したところでアイデアを生み出すんですね。ユーザーの言葉とか行動とか、もっと深いところからその本質的なニーズを探り当てるために、わざわざビデオに撮っていると。

この会社がすごいのは、営業利益が1,435億円に対して、研究開発費が590億円、約3分の1を研究に費やして、特許がこれだけ(17,356件)あるんですね。これだけのアイデアを生み出している。それだけ時間をかけて労力を使ってユーザーのニーズを探っていっています。

イノベーションや新規事業に本当に求められているもの

ただ一方で、ユーザーのニーズに応えていくと、こんなものが生まれてきちゃうんですね。例えばこれはアーミーナイフなんですけど、もともとナイフだけだったものが「いや、私は山に行った時にハサミも使いたいわ」とか「いやいや、ちょっと爪も切りたいな」とか「虫メガネで動物や昆虫も見たいな」とか。これをやっていくと「本当に必要ですか」ってものになるんですよね。

要はお客さんのニーズに応えるのが限界に来ちゃうと、本当に必要かどうかわかんなくなってきちゃうということが起きます。お客さんのニーズに応えると単純に、簡単で便利ですぐどこでも安く手に入るモノになってくるんですけど、さっきみたいなオールインワンが出尽くしてしまう。

さらに100円ショップでけっこう何でも手に入ってしまって、お客さんはもうとにかく新しいものを買うより、リユースですよね。古着でも何でも、それからメルカリでシェアリングエコノミーみたいなのが当たり前になっています。それからサブスクリプション。所有しなくても、権利だけ持っていればいくらでも見放題になる。DVDもCDも買わなくなると。

つまり、みんなが欲しがるものはもうほぼ存在してしまっていて、モノの飽和が起きたと。価値が低下して、所有するよりもシェアするような社会、経済になってしまうと、かなり限界に来ちゃうんですよね。

例えば馬が交通手段だった時にユーザーに「どんな馬が欲しいですか?」って聞いてみると、「速く走る馬が欲しい」とか「病気にならない馬が欲しい」とか「餌を食べない馬が欲しい」って言ってくるわけですよね。

解決策は馬の品種改良をすればいいってことなんですけど、問題は、馬が交通手段だった時にお客さんに聞いても、新しい回答は出てこないことです。これはFord(Ford Motor Company)という会社の創業者、ヘンリー・フォードの名言ですが、つまり車がない時代に顧客は車を欲しがらないってことなんですね。

こういうことがいわゆるイノベーションとか新規事業に本当に求められているところです。すべてのものが飽和してみんな持っているところで「何が欲しいですか?」と聞いても、新しいものはお客さんから出てこないんですね。

一見ビジネスと対極に見える「アート思考」

今までにないものを生み出していかなきゃいけないけど、それはお客さんの言葉からなかなか出にくくなってくるという状況です。そこで「アート思考」が出てきますと。「アート思考」というのは、2018年頃にちょっとザワザワっと盛り上がってきたんですけども。一番右側にある『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』という本がビジネス書大賞を取りました。

これは山口周さんという人が書いた本なんですけども、山口さんはこの本で「Business as Art」って言っているんですね。「アートのようにビジネスを」と言ってるんですけど、こういったことをいきなり言われると、ビジネスパーソンはびっくりしちゃうんですね。「アートなんてぜんぜん知らないし、わからんし、ビジネスと対極にあるようなものじゃないか」ってみんな思ってたわけなんです。

いろいろアート思考の本が出てきたんですけど『アート・イン・ビジネス』という本では電通さんのいろんな事例を書いていたりとか。『ハウ・トゥ・アート・シンキング』の若宮(和男)さんは比較的私に近い感覚の人ですね。『アート思考』を書いた秋元(雄史)さんはベネッセの人なんですけど、アートの島になった瀬戸内国際芸術祭の直島を作ってきた人ですね。

『13歳からのアート思考』が一番売れている本なんですけど、実はこれはビジネスの参考というよりも、どちらかというと趣味とかアートを理解する啓蒙みたいな意味ではすごくいい本です。

ビジネスにはなかなか結びつかないんですけども、そういう意味では「アートをするようにビジネスをしよう」というところから、アートの鑑賞の仕方みたいなところまで、すごく幅広くアート思考を捉えられるようになったんですね。

モノが飽和している時代に、いかに違いを生み出せるか

ここで私が言っているものは、もう完全に「ビジネスにアート思考」という視点の考え方なんですけど。先ほどの山口周さんの本の中には「『論理と理性』に軸足を置いて経営すれば、必ず他者と同じ結論に至る」と。

当たり前の客観的事実に基づいてやったら、当たり前の正解が出てくるんです。当たり前の正解は、だいたいみんな同じことになるわけですよね。そうするとそこに必要なのは「直感」とか「感性」「美意識」だと言っています。

それから『アート・シンキング』という本を書いたエイミー・ウィテカーさんは「既知のA地点から既知のB地点に移動するのでなく、未知のB地点に移動するんだ」と言っています。『ハウ・トゥ・アート・シンキング』の若宮さんは、「もはや『おなじ』ものを作り続けても価値になりません」と。

先ほどお話ししたみたいに、同じものをたくさん作っていったら技術的にもいくらでもできちゃって、ほぼほぼ満たされていると。重要なのは「いかに『ちがい』を生かして新しい価値を作るか」ということなんですね。これをまとめると、「直感」に従って発想を飛躍させて違いを生み出していかないと、ほぼほぼみんな同じものにしかならないという話です。