就職したタイミングで転職サービスに登録する新入社員

前川孝雄氏:さて、2つ目のプログラムにいきたいと思います。「上司が抱きがちな部下に対するイメージ」ということで、上司力®研修の中で一番最初に聞くのが、マネジメントのご苦労が多いと思うんですが、「部下に対してどんなことを課題感として感じていらっしゃいますか」ということです。

だいだい代表的な声に集約されていくんですね。その内訳は「若手」とか「共働きしている女性の部下」とか、「ベテランの方が部下になる」とか、だいたいこういうことに関する悩みですね。

若手に対して「指示待ち」とか「積極性がない」という声が必ず出るんです。でも一方で、僕は青山学院大学でキャリアデザインの授業を正規課程で持って、早いもので12年目なんですね。なので、教え子たちがいろんな企業に就職して、その子たちの声もずっと聞いて触れ合っているんですと、やっぱり変わってきていると思うんですよね。

若い人たちって、本当は貢献心とか好奇心も強くて学習意欲もあるんです。僕なんかバブル世代であまり勉強しなかったですけど、やっぱり(今の人は)勉強するなぁと思うんですよね。

ところが、入社前後のギャップが大きくて、諦めてしまうことがけっこうあるなと思います。これもさもあらんと思ったんですけど、今や新入社員が就職したタイミングで転職サービスに登録する人たちが、なんと10年前の26倍に激増しているというデータがあって。びっくりすると思うんですけど、就活が終わってやっと就職したのに、そのタイミングで転職を考えているということなんです。

「会社の中での評価」よりも「転職マーケットでの評価」を見ている

でも、これは別にすぐ転職したいと思っているわけじゃないなと思っています。実は終身雇用は信じられなくなってきていますし、世の中の厳しさをなんとなく肌身に染みているので、「早く成長したい、プロになりたい」という意識が大きくて、「会社の中での評価」よりも、転職マーケットでどう評価される人材なのか、常にウォッチしておきたいという意識になってきているんだと思うんですよね。

これがプロパー(新卒入社)でずっとその企業で管理職をやっている方たちの意識下になって、「会社の中での積極性がない」というギャップになるんだろうと。

みなさん、ボーダレス・ジャパンという会社をご存知ですか? 僕は最近応援しているんですけど、大学で授業をしていると、昔と就職を希望する業種とか企業がちょっと変わってきたなと思ってて。

最近SDGsって流行り言葉みたいになっていますけど、ちょっと前から社会問題解決に興味がある学生がけっこう増えてきたなと思っていて、その象徴がこの会社だったと思うんです。

ボーダレス・ジャパンという会社は、社会問題解決しか扱わない会社なんですね。ビジネスモデルをうまく活用しながら社会問題を解決しようという会社です。

例えば障がい者の就労の問題だったりとか、環境の問題だったり、エネルギーの話とか、アジアの貧困の問題だとか。それぞれグループとして会社を立ち上げて、問題解決をビジネスモデルとしてやっていこうという会社なんです。

ここに、若い子たちが希望して入っているんですね。この仕組みがすごいなと。僕は田口さんの考え方をもっと広めたほうがいいと思って、PHP研究所で『9割の社会問題はビジネスで解決できる』とうい本を去年出して、ベストセラーになっています。この出版には僕も少し協力しまして、タイトルには僕の意見も反映されているんです。

会社のポストや報酬では動かない、「出世」の定義の変化

あとはみなさんの会社もそうかもしれませんが、大企業も平成の30年間苦しみ続けて、人の問題だけじゃなくて、もうビジネスモデルとか事業そのものを変わらなければいけないという危機感が、非常に増えてきています。

それを担うのは人だからということで、このボーダレス・ジャパンに大企業が若手を出向させるという「ゼロイチ出向」という仕組みを始めています。

こんな変化が起こっている。こういうことを希望する学生が増えてきている。そういう意味で、また上司力®研修の話に戻ると、若者に「上昇志向が低い」とか「出世欲がない」という言葉に出てくるんですが、僕は、実は彼らは出世したくないわけじゃなくて、出世の定義が変わっているんだと思うんですね。

会社の中で職位が上がっていく。課長になる、部長になるという話よりも、世の中でどう評価されるとプロになれるのか。出世って「世に出ていく」ということですね。そういうことに興味関心が移っているんだと思う。だから会社の中のポストや報酬だけでは、強く動機づけされなくなってきている。

どうやって彼らを動機付けしてマネジメントしていくのかって、非常に難しいですね。実際にリクルートキャリアの調査でも、就職先を確定する際の決め手のトップは、「自らの成長が期待できる」ということになっているんですね。

噛み合っていない、上司と部下の「働く理由」

これは実際僕たちが支援している銀行さんで(あった話です)。銀行とか金融機関は、昔はそこまで早期離職で悩まなかった業種です。非常に難関と言われたんだけど、それがメガバンクでも大手の地方銀行でも、離職が起こり始めている。

何が起こっているのか僕は薄々わかっていたんですけど、ファクトをつかもうということで、研修のプログラム開発をしているメンバーが、実際に銀行を辞めて転職・退職した若手にインタビューしてきたんです。

現場の支店長さんは「最近の若手はストレス耐性が弱いんじゃないか。上司がちょっと叱ったら辞めてしまうな」と悩んでいた。実際辞めたAさんは「資金繰りに困っている企業に融資できなくて、金余りで困っていない企業に無理やり融資営業をする毎日に、自分は何のために働いているのかわからなくなった」と言って辞めたわけです。

地域を元気にしたいという理念に共感して入ったんだけど、どうしても現場は数字とか業績という話になるし、資金繰りに困っている企業に融資すると焦げ付きリスクが出るので、審査にはねられるわけですね。となると、困っていないところに融資して数字を稼ぐようになると、「それって仕事なんですか?」というジレンマに陥る。

あと女性のBさんは「窓口で仕事をしていて、地元に貢献したくて大手地方銀行に就職したのに、クレジットとか投資信託とか、大好きなおじいちゃんおばあちゃんに必要のない商品を売り込みしているんじゃないかと思って辞めた」とかね。

Cさんは、頭取賞も取った優秀な営業パーソンだったんですけど、何で辞めたかというと、「もっと金融サービスに限らずお客さま支援をしたいと思って、コンサルティング会社に転職を決めたんだけど、人事からの引き止めは『30代からでも支店長に昇進できる。若くて早く抜擢できる人事制度を検討しているから、もうちょっと考え直して待ちなさい。我慢しなさい』と言われた」と。

彼は「ぜんぜん噛み合っていないな」と思って、余計に辞める決意を固くしたわけです。誰も偉くなりたいと言っているわけじゃなくて、「もっとお客さんのために仕事したい」と言っているわけですね。このへんのギャップが強くなってきていると思うんです。

「ワーキングマザー=家庭最優先」という過剰な気遣い

さて、育児と介護の両立の話も本当にたくさんやってきましたけど、まだまだ払拭されていないですね。国をあげて女性活躍と言ったんだけど、結局数字も達成できていないですし、なかなか厳しい状況で、現場はあまり変わっていない。

ワーキングマザーに対する、特にベテランの男性の上司の方々の悩みって、「ワーキングマザーは配慮してあげないといけないから、家庭最優先で仕事の割り振り考えてあげよう」となるわけですけど。

でも仕事と家庭の優先度は人によるし、人によっては過剰な気遣いで仕事や役割を取り上げられると、逆にモチベーションが下がることも起こるわけですよね。ステレオタイプ的にとらえてしまうことがあったりする。

今や共働き世帯が当たり前の時代です。上司力®研修を始めた15年前は、受講されている40代、50代くらいの管理職の方々は、圧倒的に専業主婦世帯の方とか、妻がパートタイムとか補助的なお仕事されている方の比率が多かったんですけど、今はもう共働きが普通です。

男性も女性もワークとライフをうまくマネジメントしながら働く時代に入ってきている。このギャップが、(上司と部下)お互いにうまくコミュニケーションを取れるかという問題(のネックになっている)。

「管理職になりたい」と思う人の割合は、アジアで日本が最下位

(女性社員が)「管理職になりたくない」というのも、散々ずっと言われてきていますね。女性の管理職比率を上げなければいけない。法律の対応もしないといけないねということになるわけですけど、当の女性自身が「なりたくない」と言うわけなんですね。

ところが実際これは「なりたくない」というよりも、「なる自信がなかなか持てない」とか、「組織の構造が変わらない中でやれる自信がない」ということなんだと思います。

実際、働き続ける女性が増えていますけど、それは実態として正社員と非正規雇用の人たちの比率を見れば明らかで、M字カーブの30代の就業率は女性が上がってきたと言うけれども、正社員で見ると20代後半がピークで、あと下がり続けているわけですね。

結局、正社員で管理職になったり、負荷の多い仕事をするよりも、柔軟で自由に働ける非正規にどんどんシフトしてしまっているというのが実態なわけですね。

最近僕が思っているのが、冒頭の「上司を元気にしたい」という話もそうなんですけど、女性だけの話じゃないですよね。最近、多くの若手の人たちが「できれば管理職だけはご勘弁」となってきている。

これはパーソル総合研究所の2019年のデータです。アジア14ヶ国地域で管理職になりたいと思っている人の割合を調べたところ、日本はなんと最下位で、21.4パーセントしかいない。インド、ベトナム、フィリピンとかは、8割以上の人たちが「なりたい」と思っているわけです。これはけっこう深刻だと思うんですよね。

働いている人たちが「あまりリーダーになりたくない」と言っている組織とか社会って、発展性がないんじゃないかと思うわけですよね。管理職自身がもっと働きがいのある、誰でもなれる仕事にしないといけないし、イキイキ働く上司が増えないといけないなと、あらためて強く思いました。

「年上の部下」がマネジメントしづらい理由

さて、年上の部下の話ではけっこう悩みが共通していて、ベテランの上司の元先輩だとか、元管理職だった方々って、自分のやり方にこだわって、年下の上司が指示しても反抗的だとか、マネジメントをするにも扱いづらいみたいな話が出ているわけです。

実は、年下の上司が気に入らなくて反抗しているわけじゃなくて、当然人間って自分の経験則があって、よかれと思ってやっているんです。それがうまく噛み合わないと、どうしても上司と部下の関係性が悪化してしまうということが起こってしまう。

ただ、これはどんどん増えていくと思うんですよ。みなさまもご存知のように、高年齢者雇用安定法が2021年再改正されましたよね。もともと65歳までの雇用義務が企業に課せられていましたが、だいたい多くの会社が60歳の定年以降、65歳まで雇用延長というパターンを選んでいます。それが努力義務ですが、70歳まで引き上げられました。

それは想定内だったと思うんですけど、もう1つ大きな変化がありました。選択肢として「創業支援等措置(雇用以外の措置)」が追加されたんですね。60代になってこれまでの経験値をもとに、個人事業主として業務委託で働くという選択肢も含まれてくるということです。

ミドル・シニアの方々の働き方の選択肢がどんどん広くなってきている。上司の立場からすると、雇用形態が違う個人事業主の方をマネジメントするとなると、さらに難度が上がっている。こういう事例が、どんどん広がっていくはずなんですよね。

年上の部下が見失っている「自分のキャリアの目標」

もう1つ出てくるのが、「モチベーションを失くしている」という話。けっこう出てきますよ。もうシニアの部下の方々って、モチベーションも低いし、なかなか変わってもらうのは難しいかなという話になるわけです。

ただ僕が思っているのは、もしかして「自分のキャリアの目標を見失っている」ということなんじゃないかなと思うんです。それはそうですよね。今の若い人たちと逆で、一生懸命会社の中で働いてきて、会社の辞令に沿って異動したりとか、昇進・昇格も会社の都合に沿ってやってきた。上り坂だったキャリアが、今度下り坂に入ってしまうと、何を目標にしてがんばったらいいんだろうという話になっていく。

一方で「人生100年」とか言われて、働く年数がどんどん伸びるようになると、働く悩みが深くなっていくということなんじゃないかなと思うんですね。

厚生労働省のデータでもありますけど、40代以降、年次が10年ごと上がっていく中で、就業希望理由は変わっていくんです。40代は当然「経済上の理由、自分と家族の生活維持」が理由になるわけですけど、50、60、70代になっていくと、「生きがい、社会参加」が理由として上がっていくわけです。

僕は本当にそう思いますけど、特に一生懸命働いてきて、仕事以外になかなか趣味がないとか、地域のつながりがない方は、働いたほうがいいんじゃないかなと思っています。働くってすごく社会との接点につながって、自分の存在意義を感じられることなので、その意味合いを経済上の理由からシフトしていくことが求められていくんじゃないかなと思うんですね。

これを年下の上司側が、上からマネジメントするというよりも、どうやって一緒に伴走していくか。これが求められているんだと思います。

課題の真の原因は「相互理解」が進んでいないから

これはずっと使っているスライドなんですが、本当に今まさにぴったりになってきたなと思うんです。画一性の雄ライオンの年功序列のピラミッドから、多様性の時代に変わってきていると思うんですね。

雄ライオンのピラミッドの時代に通用したマネジメントの筋肉だけでは、完全に通用しなくなってきているから、右側のダイバーシティを意識したマネジメントの筋肉を鍛え直す必要があるんだと思います。

さて、ここまでのところで、またあらためてみなさんにいくつか質問してみたいんですけど、管理職層が抱える課題の真の原因はなんだと思いますか。

話をちょっと進めましょうか。これはネタですけど、結局今、上司と部下のギャップの話をちょっと先にしました。考え方・価値観が違ってきているので、表面的に見えているものと実態が違うよねということを、上司の方々に理解してもらうために、こういう絵を見せるんです。

これは『まどからのおくりもの』という、子ども向けの絵本です。サンタクロースの窓の中に白いものが見えていますが「これ何ですか?」と聞くんです。「恐竜か」とか「何かの怖い怪獣の口か」となるわけですけど、家の中を見るとかわいいうさぎちゃんだったという話なんです(笑)。

結局、コロナでコミュニケーションも疎遠になって、昔の飲みにケーションもできない。毎日忙しくて、業務効率を考えて、仕事上のやり取りだけになってきているので、お互いの真の部分の相互理解が進んでいない。それが原因で難しい問題になってきているな、なんて思うわけですね。

上司と部下のギャップは「自分の思い込み」のせいで生まれていないか?

あとこれも有名な話ですね。「群盲象を評す」という話をご存じの方も多いと思いますけど、それぞれが触っている部分が違っていると、受け止め方が違うんです。上司の正義も部下の正義もそれぞれがあるんだけど、これがうまく噛み合わないということが職場で起こりがちなんですね。

最近流行りの言葉でいうと「アンコンシャス・バイアス」となるんでしょうか。僕たちは上司力®研修をやっていて、こんな言葉がなかった10年以上前から、「固定観念の罠には気を付けましょう」と言ってたんですけど、最近は「アンコンシャス・バイアス」とよく言われるんですね。

悪気はないんだけど、自分の思い込みのせいで、上司と部下のギャップを生んでしまいます。それを埋めていくことを考えましょうということです。