2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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木下達夫氏(以下、木下):OKRの設定をする時に重要なのは「OKRは中長期と短期をどういうふうに整理するのか」を説明することです。メルカリでは中長期でロードマップを作成しており、そこには「ドリーム枠」などもあります。
また社員からよく聞かれる質問として、経営上の予算や事業計画で設定した数値目標があるので、それをOKRに使うべきではないかと言うものがあります。
でも、OKRはすぐには達成不可能なムーンショット(月に行く)となる目標を掲げるものなので。要は「置きに行かないでください」という話をします。本来ならこのラインだけど、OKRを立てる時はそこからストレッチして、それを上回るようなわくわくする目標を考えようと。
四半期ごとに向かう方向性やわくわくするものを目標に掲げて、それが結果的には実績につながったという考え方ですね。Key Resultsは、その期間に対してのストレッチゴールみたいな。
それも状況によって違うから、1つの目安で、「100パーセント絶対に守れ」という言い方はしていないんです。Key Resultは、週次でAll Hands(全社会議)で共有しています。
グリーン・イエロー・レッドで達成度を判定するんですけど、もともとがストレッチな目標を立てているので、目安として満点が1.0だとして0.7ならグリーン、0.4〜0.7の間ぐらいがイエローで、0.4を下回ったらレッドといった運用をしています。
ただ、例えばコンプライアンスやセキュリティ関連のOKRの場合、達成度100パーセントが望ましいなど、性質によっても違うので、あくまでも1つの目安にしながら運用しています。
木下:もう1個のポイントは、さっきのOKRと同じで達成してたらいい評価なんですかというところですね。グリーンで着地すると、一見よく見えるじゃないですか。
でももし、ある事業がオールグリーンだったら、間違いなく経営から「ちょっと目線が低かったんじゃないの」。あとは、「もしかしたら、本来の事業ポテンシャルを低く見積もりすぎていたのでは?」と。目標が保守的すぎるということで、グリーン評価が多いと、逆に問題視されます。
坪谷邦生氏(以下、坪谷):なるほど。
木下:一般的なMBOではないので、達成が難しいかなという目標を設定するのがOKRです。だから、レッドがあってもぜんぜんいいんですよ。評価がレッド=経営陣が「はい、評価×」ではないのです。大胆な挑戦をして、ちゃんと次につながるような打ち手ができてたら、レッドでも評価は高くなる。
このさじ加減が簡単ではないのが、OKRの運用の難しいところなのかなと思いますし、今日お伝えしたい大事なポイントですね。OKRのフォーマット自体はすごくシンプルです。
あと、個人のDevelopmentを、個人のOKRに入れてもらうことはわりとあります。グループ全体としては自分が見ているチームや部門単位ですが、ある分野において業界の中でも卓越的な専門性を身につけるというObjectiveを個人OKRに追加するなど。例えばグローバルコミュニケーションができるようになるために、英語力を個人の目標に入れているケースもあります。
Objective 1があって、その下にKey ResultやObjectを追加します。Objectiveは多くてだいたい3個ぐらいで、Key Resultも1〜3個ぐらいですかね。Resultを入れてActionを入れる。例えばResultは「採用目標数が100人」、Action Planが「100人を採るための打ち手」とか。
Key Resultは、定量的である必要があるので、「50人のマネージャーへの研修を今四半期中に実施します」と書いたら、ActionPlanとしては、そのマネージャー研修は3種類あって、それぞれ1〜3で具体的に書いてある感じですね。
坪谷:一度決めたものを変更することはあるんですか?
木下:以前はシステム上では1回提出すると変更できなかったんですけど、期中の変更はやっぱりあり得るんですよ。市場環境もどんどん変わるので、当初予定していなかったものの優先順位を上げることもあります。
最初に挙げていなかったObjectiveで、緊急度が高く全社で取り組むべき事項を追加することもあります。差し込んだ場合は、他のKRを調整する必要がありますが、けっこう臨機応変にやってますね。
坪谷:その変更も、マネージャーが了承したらOKになると。
木下:そうですね。週次でマネージャーと1on1をしているので、その中で話しながら決めていく感じです。
坪谷:あぁ、よくある目標管理制度との違いが、だいぶわかってきた気がします。日々のすり合わせやオフサイトの中で、チームが状況をちゃんと分かち合っていることがすごく大事ですね。
木下:そうです。進捗共有は週次でやっています。OKRトラッキングフォームに「何をもってグリーンと評価するか」という目安を書いておいて、「今の自分たちはこうだね」と確認できるようになっていますね。
木下:それから、ピアレビューについては、「完璧な人はいないので、Go Bold、All for One、Be a Proを参考に、率直なフィードバックを送りましょう」という感じでやっています。だから、すごく簡単なフォーマットで、誰がフィードバックを送ったかも実名で見えます。
どうしても本人には伝えられないけど、マネージャーにだけ知ってほしいということがたまにあるので、一応その欄も用意してるんですけど、ほとんど使われてないです。記入は5パーセントぐらいで、20人に1人ぐらいがたまに書いてくれます。
例えば、「今働きすぎてストレスをためてるようで。マネージャーもたぶんご存じだと思うけど、同僚として心配してます」というコメントがあったり。「キャリアにけっこう悩んでるみたいで、自分も相談を受けました。ちょっとリテンションのリスクがあると思います」とか書いてあったりしますね。
坪谷:実名でのレビューはとてもいいですね! フィードバックの責任感が持てるというか。
木下:そうそう。しかも、書いてあることがけっこう細かい。一緒に仕事をしているとやっぱり生々しい意見があって、もらったからにはちゃんとあげるというふうに、お互いにやり取りしています。
仕事仲間同士でちゃんと「ここはすごく良かった。ここは改善したらいいよ」という意味での「アドバイス」。だめな点とは言ってないので、決して足を引っ張り合うわけじゃないよと(笑)。もっと良くなる点は絶対あるから、お互いの成長を促すためにちゃんと書こうねと言ってます。
坪谷:大事にされていることと仕組みのバランスが非常によくわかった気がします。
木下:改善が必要なところは、まず期待値調整です。レベルに合わせた難易度の調整は、やっぱりちょっとアートな部分があるじゃないですか。マネージャーによってうまい人もいるけど、みんながみんなそうではないんですよね。
坪谷:そもそもエンジニアの方は、マネージャーになりたがらない性質もあるので、やっぱりマネージャーの育成が大変だという会社さんが多い気もします。
木下:そうですね。わくわくするような、アウトプットやパフォーマンスにつながるOKRをいかにうまく設定するかは、マネージャーの力量がけっこう試されるところなので、そこはマネージャー向けのOKR研修をやっています(笑)。
研修では今の内容のおさらいと、お互いにOKRを持ち寄ってフィードバックし合ったり、決め方のプロセスもアドバイスしています。オフサイトとかディスカッションをしながらなので、マネージャーが1人で決めて「はい、みんなこれに従ってね」じゃないんですよ。
慣れてる人はスムーズにできるんですけど、慣れていないとどうやっていいかわからない。そこのフローをみんなでおさらいして、ロールプレイでシミュレーションしている感じです。
坪谷:非常によくわかりました。最後に、これからOKRを入れようと思っていらっしゃる企業の人事責任者の方へのアドバイスがあれば、ぜひお願いします。
木下:もし今がMBOだと、いきなり全社でやるのはけっこう難度が高いかもしれません。運用方法がかなり異なるので、いきなりガンと変えるのは難しいんじゃないかなと思っています。
私も前職ではMBOでしたので、ずいぶん違うなと思いました。新規事業を手掛ける部門とか、HRの中だけで試してみるのが良いのではないかと思います。そこからOKRの味付けというか(笑)、アートな部分の理解が進むと思うので。「なんか良さそうだから」と言っても、なかなか難しいんじゃないかなと思います。
坪谷:わかります。MBOからいきなりドカンと、流行ってるからOKRに切り替えると、だいたい炎上してらっしゃる会社さんが……。
木下:(笑)。OKRは一人ひとりのイノベーションをすごく大事にするし、もともと予測できないところがあると思うので、新規事業のほうがOKRには向いてるかなと思います。
坪谷:HR、人事の部門では「普通の目標管理もそもそもやりにくい」という声をよく聞くのですが、OKRはしっくりくる感じなんですか。
木下:そうですね。これも「まずタスクリストにしないようにしよう」とよく言っています。HR部門は、ある程度はオペレーション業務をやっていますよね。よくあるのが、「この四半期も給与の支払いが無事に終わりますように」はチームとしてやらなきゃいけない大事なタスクだけど、OKRにはしていないです。
木下:例えばPayrollの方にとってのOKRは、もっと余裕ができて、より付加価値の高いところに時間を使えるようになることを目指して、今の業務をそのままやっていたら工数がかかって属人的で非効率なので、自動化を進めるなどがOKRに盛り込まれます。
例えばObjectiveとして「Payroll業務の自動化」を掲げて、業界最先端の仕事のやり方にするとか、「挑戦したいな」とチームのみんなが思えることを掲げる。そして、ふだんの業務をしながら「これとこれはやろうぜ」と、みんなで役割分担しながら進捗を追いかけるのが、OKRの正しい使い方なんですね。
採用なら採用で「何人採ります」だけじゃなくて、採用力を強化するために、新しい会社としてのブランドイメージを確立したり、多様性のある会社というブランドを掲げたり。あとは、メルカリの採用プロセスに入ってくる方がメルカリのファンになってくれるような体験を作ることをObjectiveに掲げてもいい。
そのために何をしたらいいのかを落とし込んでいくのが大事です。言われてやるのではなく、メンバーがみんなで「自分たちは何をやりたくてこの会社にいるんだっけ。この仕事をしてるんだっけ」という、まさにジョブ・クラフティングの議論をする。最後に優先順位を決めて合意してやっていくことが大事です。
坪谷:なるほど。今のお話を聞いてると、確かにアートの領域ですよね。ベタに考えちゃうと目標が出てこない。
木下:けっこうな対話が必要だから、やっぱりコミュニケーションもセットじゃないと、仕組みだけ入れても機能しないと思います。
坪谷:ある会社さんがOKRを入れたいと思った時は、その意欲を持ってらっしゃる方が、自部門などで小さくやってみて、みんなを巻き込みながらチャレンジングでわくわくする目標を描いてみる。「大変だけど、ここはおもしろいね。こうしたらやれるよね」という感覚を持って、広げていく。
木下:それがいいと思いますね。社内に成功事例を作っておくのはすごく有意義だと思います。例えば去年にエンジニア採用を強化した際には、人事部門全体のOKRで「オールフォーハイヤリング(All for Hiring)」というObjectiveを掲げていました。
採用チームだけが採用するのではなくて、人事の各チームが総出で採用力を強化することを徹底しました。評価報酬チームでは採用評価の基準をより解像度を上げたり、オファーする報酬のレンジを見直したり、研修チームでは面接官の研修を強化したりなどです。
人事部門のいろんなチームからアイデアがどんどん出てきて、部門一丸となって取り組むので、すごくドライブがかかるんですよね。そういうお祭りをみんなで作るところには、OKRが向いてると思います。
坪谷:その一員だったら、たぶん楽しいだろうなと思います。自分も「これができそうだ」となりますものね。
木下:納得感のない目標が上から降ってきて、MBOの負のサイクルに陥るケースがありますが、そういう負のサイクルとはぜんぜん違う、OKRの良さがあると思っています。
坪谷:人格的な、人間力によって担保されているところもあるんだなと思いました。推進していく人のわくわく感とか、それこそマネージャー自身がわくわくを作ろうという姿勢というか。そこを醸成するのは、本当に永遠の課題かもしれないですね。
木下:本当にそのとおりです。マネージャーは偉い人だとか、上から言われたことを下ろす人になってしまうと、わくわくするOKRは作れないと思います。だから、「マネージャーは役割にすぎなくて、学級委員長みたいなものだ」と言っているんです。学級委員長という役割はあっても、生徒の1人でもある。
みんなの力をうまく引き出すことが求められているので、ある意味ファシリテーターになってもらう。納得感のある、本当に腹落ちするような目標をうまく取りまとめることをマネージャーに期待しますよと。
もし今までがヒエラルキー的なカルチャーがある会社だったら、OKRを機能させるには、「上が決めたからやっとけ」ではないというカルチャーシフトが必要かなと思います。
坪谷:本当に大変革というか、OKRは、むしろそういったスタンスを変えるためのツールのような気もしてきますね。
木下:ああ、それもありますね。
坪谷:非常に勉強になる1時間でした。ありがとうございました。
木下:いえいえ、ありがとうございました。
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