「感謝しすぎる環境」だと、かえってストレスが増加する

伊達洋駆氏(以下、伊達):感謝を促すことのリスクについて考えてみます。最初に強調しておくと、正木さんの発表にあったとおり、感謝は基本的には有効なんですね。かつ、その効果は頑健です。

ただし、実はちょっと気をつけるべき側面もあるということが研究されています。少し考えさせられる結果なので、みなさんにもぜひ紹介できればと思っています。

先ほど、「感謝は支援を交換する文脈で発生するものなんですよ」と補助線を引きましたよね。支援されると感謝するし、支援すると感謝されるという関係性になっています。

この支援される・するをパターンに分けて考えてみたいと思います。例えば、支援される量と支援する量が釣り合っている場合、支援されるほうが少ない場合や、支援されるほうが多い場合の3つのパターンが考えられます。

当然、支援される・するが釣り合っていると問題は生じにくいんですが、「支援してもらってばっかりだな」「支援してばっかりだな」と、釣り合いがとれていない状況も起こりえます。

釣り合いがとれていないことって、ちょっと悪さをするんですね。特に「支援される」が「支援する」よりも多い場合、つまり支援をたくさん受けていると、感謝をいっぱいしなければならない。感謝されるよりも、感謝するほうが多い状況です。

たくさん「ありがとうございます」と言わないとダメなような状況ですと、抑うつ症状や身体症状が増加し、ストレスの反応が出てしまうことがわかっています。確かに感謝することは大事ではあるんですが、感謝しすぎる環境にいると、それはそれで問題が生じてくるわけです。

相手の「見返り」を察知すると、負債感が増えてしまう

伊達:正木さんの話と、今私が挙げた話を整理しましょう。まず、周囲から支援された時には「支援してくれて、ありがとうございます」というポジティブな感情が発生します。しかし、どうやらネガティブな感情も同時に発生する可能性があるんです。先ほどのとおり、ストレスの反応につながったりします。

支援されることが生み出すネガティブな感情の1つが、「負債感」と呼ばれるものです。負債感は、「支援してくれた人に対してお返しする義務があると感じること」です。

「お返しできていなくて申し訳ないな」と感じて、ストレス反応につながっていってしまうんですね。支援される一方だと、「申し訳ないな」という気持ちになってしまいますよね。

このあたりは実際に検証されているところでもあります。例えば、支援するよりも支援されるほうが多い場合、負債感が強いことが明らかになっています。他方で、支援されるより他者に対して支援するほうが多い場合は、負債感ではなく「負担感」が多くなります。

こう考えると、「支援する」と「支援される」はできるかぎり釣り合いがとれているほうが望ましいと言えます。

負債感の問題が深刻になる状況が実証されているので、紹介します。支援者が見返りを期待していそうだなと感じる時ほど、感謝が減って負債感が増えることが明らかになっています。

「見返りを期待していそうだな」と支援される側が感じると、感謝は減ります。一方で、負債感は高まるという結果になっています。

「ありがとう」と言う回数・言われる回数、どっちが多い?

伊達:負債感という観点をこのセミナーにおいて解説することで、どんな含意があるのでしょうか。「感謝の偏りが生じていないだろうか」ということを考えることができます。

みなさん、こんなことを考えてみてください。自分が「ありがとう」と言う回数と、「ありがとう」と言われる回数はどっちのほうが多いでしょうか? どっちかに偏っていると、負債感や負担感が発生している可能性があります。

さらには、感謝する側とされる側が固定化されていないだろうかという点も考えていくべきです。支援しやすい人もいれば、支援されやすい人もいます。例えば、仕事の知識をたくさん持っている人、支援することが好きな人、周囲の仕事が見えやすい人は、周囲に対して自然と支援を行いますよね。

一方で、仕事の知識をあまり持たない人、支援することがそんなに好きではない人、周囲の仕事が見えにくい人は、支援されることが多くなってしまうかもしれない。

支援されやすい人が支援できる環境を作り出していく必要があります。具体的には、支援されやすい人が支援しやすい人に対して、自分が貢献できるポイントを探っていくことが大事になります。

以上、私からは感謝を増やすにはどうしたらいいのかという観点と、負債感という新しい概念を導入して、感謝を考える上で別の角度から光を当ててみました。

近年増えている、部署横断で「感謝」を伝えるアプリケーション

伊達:では、正木さんにもう一度戻っていただいて、視聴者からのご質問などにお答えしていければと思います。質問を順番にいきましょう。

1個目は、感想ですね。「確かに、感謝を表明するようなアプリケーションが近年いろんな会社から出ているかと思います。部署を超えてお礼を出すことでコインが貯まり、コインを利用できるのですが、このアプリケーションをなかなか利用してもらえません」。

「お2人のお話をうかがって、感謝が何かをした対価と捉えられて、ハードルが上がっているのではと思いました」ということです。これについて正木さん、もしコメントがありましたらお願いします。

正木郁太郎氏(以下、正木):承知しました。たぶん、解釈が大きく2つに分かれるのかなと思っています。1つ目が、そもそも存在を知らないというところで、新しいアプリケーションやサービスがまったく周知されていなくて、普及していない。

また、感謝と違う観点のところで、新しいもの好きか、新しいものに対して抵抗感があるか。どちらかというと抵抗感があって、「けっ」と思われてしまっている可能性も別のところであるのかなと思います。

それ以外のところでは、この手のアプリケーションの時、僕が実際に分析していていつも悩むところではあるんですが、対価があって、今回のではコインが貯まるという仕組みがあることによって、気軽に使いづらい、重いということで利用がなかなか広がらない。

なので、それこそ「ありがとう」のシンプルな話とか、道端で久しぶりに自分と違う部署の同期にすれ違ったから「今度飲みに行こう」という感覚でも使っていいとか、ある程度軽く使えるようなものなんだよというところがうまく周知できていくと、ちょっとしたところでやりとりがどんどん貯まっていく。

もちろん、それによってコインの利用が促されるのもあるものの、やっぱり多くの人がつながることが一番大事というのがあるので、まずは本当にどうでもいい瑣末なことでもいいので、ちょっとでも使ってみてもらうのが一番重要だと思います。

重みがあるものになっているがゆえに、もちろんいいところもあるんだと思いつつ、なかなか利用が広がらないとか、使い勝手がよくないところもあるのかなとは思いました。

伊達:利得にもとづく交換関係の側面が強くなってしまうと、感謝を言ったりできなくなるかもしれませんね。

感謝を「可視化」してしまうと、人間関係はギクシャクする?

伊達:他にも質問が来ています。「感謝のリスクについて質問があります。組織を対象に感謝のメッセージを送り合った時、感謝される人が感謝されること、見返りを期待したが感謝されなかったことによって、人間関係がギクシャクしたり、感謝されない人が出てきたりするといったリスクが出てきそうなのですが、このような問題に対してはどう対処すればいいんでしょうか?」

「ご発表からは、支援交換のバランスが重要だと思いました。また、そのような研究があれば知りたいです」。

おもしろい観点だなと思ったのが、例えばアプリケーションを利用することで感謝が可視化されます。すると、「自分ばっかり感謝しているじゃないか」「自分ばっかり感謝されているじゃないか」ということも可視化される可能性があります。正木さん、このあたり、いかがでしょうか?

正木:ありがとうございます。まさに開始前に少しお話ししていたところではあるんですが、アンケート調査とかで、「あなたはふだんどれくらい感謝していますか?」「どれくらいされていますか?」と聞いてみると、やっぱり自分が感謝していると思う頻度のほうがされると思う頻度よりもちょっと多い。

逆に言えば質問でいただいているみたいに、自分が他の人に対してありがたいと思っているほど、周りの人は自分に対してありがたいと思ってくれていないというバイアスや、ズレみたいなものが体系的には出てくるんだろうなとは思います。

「期待したが、お返しがされなかった」という心理にどう対処するか

正木:一方で、アプリケーションとか客観的な指標を使って分析してみると、自分が送った件数と受け取っている件数の差をとったら、だいたいの人がゼロやプラスマイナス2件くらいで、ほぼ真ん中に寄ってくる。すごく偏ってプラスの人と偏ってマイナスの人ってほとんどいない。

まだリリースできていない結果にはなるんですが、実際に分析しているとそのような結果が出ていたりはします。そういう意味でいくと、もちろん客観的に件数がどうかもあるとは思いつつ、まさに「期待したが、お返しがされなかった」という心理的な問題なのかなとも、個人的には思っていますね。

それに対してどういう対処ができそうかというお話でいくと、1つは先ほどのコメントの話とも重なるんですが、重みを持って使うといろんな問題が発生してくるので、その意味では最初は1個1個の重みをそんなに気にせずに、とにかく些細なことでもどんどんやりとりをしてもらうようにする。

「件数が釣り合っていないと……」というのを、あんまり気にすることがなくなる状況を作っていくのが、まずはあるのかなとは思います。たぶんそこですかね。

伊達:支援交換は2つの次元から考えられるかもしれないと感じました。1個目の次元が個人間の話で、Aさんと自分の間で感謝が釣り合っているかどうかというものです。

もう1個はもう少し集団の次元で、全体として適切な支援交換がなされていればよいという話です。後者の次元は重要なんだと思います。

個人間で感謝が釣り合っているかどうかばかり考えると窮屈になってしまいます。誰かから支援してもらったら今度は別の人に感謝を返すのでも構わないのでしょう。

褒めるのが苦手な人が、相手にどうやって「感謝」を伝えるか

伊達:次は「サンクスポイントの取り組みの中で、感謝を強要される感覚を感じてしまい億劫になります。こういう場合の対処はどんな手法が想定されるでしょうか」という質問です。これは「あるある」の話だと思いました。

正木:ここに関しては、ちょうど次の質問とその次の質問が重なってくるので、そちらも簡単に読み上げてしまいます。2つ目は「リモートワークの中で付き合いが離れてしまって、感謝すること・されることに興味がなくなったこともあるし、自分1人で完結してしまったという人をどう巻き込むか」というコメントです。

3つ目は「褒める文化に近いような話で、褒めるのが苦手な人は感謝するのも苦手そう。共通点があるか? あるいは、どうすればいいか?」で、このあたりはまったく相反する2つの解決策があると思っています。

1つ目が、感謝にまつわる取り組みがいったいどういう価値を持っているのかを、ある種淡々と合理的に訴えていくというやり方です。それこそ感謝すること・されることによって、今日はお話ししなかったんですが、自分の強みがどこか気づくなどもありえます。

あるいは職場の中でお互いにコミュニケーションのきっかけや強化になるし、つながりができる。そこを通じて、仕事がちょっとやりやすくなるという可能性もあります。「合理的に自分の利益になるからやってみましょう」というアプローチにつなげるやり方です。

もう1つは、それとはまったく反対のアプローチで、「とりあえず楽しいからやってみよう」に持っていくという手もあります。感謝されたり誰かから褒められて悪い気持ちになる人はそんなにいないと思うので、まずは感謝されてみる。褒められてみる。

それで「ああ、よかったな」という気持ちになってもらって、自分がそれだけもらったんだからちょっとくらいはお返しというか、今度はあなたが他の人に対してもあたたかい気持ちにできるような介入ができるようにというところで、心情に訴えるというやり方があります。

先ほどのより合理性に訴えるという部分も、どちらのアプローチの方法もしたことがありますし、どちらも有効な会社とそうじゃない会社が分かれる感じです。ドライな会社か、ウェットな会社かによって、けっこう違うところは出ています。

丸く収めるための「ありがとう」は、個人にとってもダメージ大

伊達:なるほど。重要な論点がいくつも含まれていて、これだけで1個のセミナーになるほどですが、1個だけ論点を出します。

組織市民行動という概念があります。これは、組織の役に立つような自発的な役割外行動のことを指します。組織市民行動は他者のためになる行動なのですが、興味深いことに、それが強要されている場合もあるのではないかという問題が検討されています。社会的な圧力を受けて組織市民行動をとっているんじゃないのかということです。

圧力を受けながら組織市民行動をとると、本人にとってマイナスなんですよね。ストレス負荷が高まったり、離職の意思が高まったりします。このことを考慮すると、感謝についても強制されたり圧力を受けながら(感謝を)言う状況だと、本人にとってはネガティブな影響があるんだろうなと感じました。

他方で、そんなことを考えながらも、人間関係って難しいなと思ったのが、それでも「ありがとう」と言ったほうがいい時もあるじゃないですか。とりあえず言葉にしてみることによって、実は集団がうまくいく可能性があるんですよね。

ここは今後研究が進められていくとおもしろそうだと思うんですけど、集団としては効果があるんだけれども、個人はダメージを受けているという状況も発生するかもしれません。本当は「ありがとう」とは思っていないけど、とりあえず丸くおさめるために「ありがとう」と言っておく。集団としてはうまくいくけど、個人はどうなのかなと思います。

今回は「感謝」というテーマだったので、みなさんはどんな感じで視聴されるのかなと思っていたんですが、興味深い問いが出てきましたね。

このテーマはまた掘り下げていければと思います。では、本日のセミナーは以上で締めさせていただきます。ご参加いただきありがとうございました。正木さんもありがとうございました。

正木:ありがとうございました。