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職場における感謝の科学:新しい職場開発のアプローチを探求する(全4記事)

感謝する・される人を「目撃」するだけでも、プラスの作用がある チームワーク向上にもつながる「感謝」の科学的な機能

学術研究の世界では、近年「感謝」の重要性が指摘されるようになっています。感謝には多くの効果があることが分かっており、その効果は偶然現れるものではなく、再現しやすいという長所もあります。組織で働くうえでも、またダイバーシティ推進などの職場開発でも重要である可能性が、組織サーベイや介入実験、客観的な行動データの分析で示されています。そこで今回は、ビジネスリサーチラボ 代表取締役の伊達洋駆氏とテクニカルフェローの正木郁太郎氏が感謝をめぐる最新の研究知見について解説します。

「感謝」がもたらす3つの効果

正木郁太郎氏(以下、正木):今、かなり具体的な例をお話しをさせていただきました。ここからはそれを整理して、最終的にどういった効果があるのかという話をまとめつつ、先に進んでいきます。先行研究をもとに整理していきますと、最終的には感謝は主に3つの効果があるんじゃないかと区分けされて研究が進んでいます。

1つ目は、先ほどの自発的・主体的な行動も含めて、自分のためというよりは誰かのために積極的・主体的に行動することにつながるということが、さまざまな研究で言われているポイントです。2つ目のポイントは、そういった行動に関する影響のほかに、ストレス軽減や会社へのエンゲージメントの向上という心理的な影響もあるらしい。

最後は他者とのつながりですね。実験のところではお話ししなかったのですが、誰かから感謝されることによって、相手と自分の関係をちょっと近く感じるようになるとか、信頼関係が芽生えやすくなるとか、そういった他者とのつながりにも効くことが言われています。

これらはそれぞれ背後に対応する「なんで」という理論がある程度定まっていまして、概ねこういった理由(スライド参照)が感謝の機能にあるからと言われています。

1つ目は、誰かのためを思う行動をなんで感謝が促すのか。なぜなら感謝は人の道徳性を強化するものだから、人がもともと持っている道徳的な感情ないしそういった反応を強化する。感謝することによって、そういった道徳心が評価される。あるいは感謝されることによって、「そうか、もっと良いことをしよう」という気持ちになる。そういった道徳性という観点が1つです。

2つ目のところは、単純に感謝する・されることによって気分が良くなる。ポジティブな情報に注目しやすくなるといった観点もシンプルにあったりします。それに加えて、やっぱり感謝は主に人と人の間で生じるものなので、それが2者間であり3者間であり、人同士の関係をギュッと密にして親密にする効果もある。

道徳性なのか、ポジティブな情報への注目として認知的な特徴を流すのか、それとも対人関係を円滑にするのか。先行研究は、こういった3つの効果をもとにしてだいたい整理されています。

感謝は「する側」と「される側」双方に効果がある

正木:その中で、特に感謝に関して注目するべきポイントは2つあるということで、特徴的なところだけご紹介しておきます。シンプルな話になりますが、先ほど「感謝する実験」と「感謝される実験」をどちらもご紹介しました。これは「どっちかだけに効果があるというよりは、双方にとって良いことがある」と、これまでの研究でも言われています。

なので、誰かが誰かに対して何かをしてあげた。それに対して感謝を表明した。そのことによって2人とも良いことがあったというように、かなり一挙両得なことがあると言われています。

さらに言うと、心理学の研究にしてはめずらしくという言い方もあれですが、効果が頑健に出やすいことも言われています。例えば、先行研究の中ではポジティブ心理学的な介入や人の幸福度ないし助け合いみたいなものを強める方法の「Gold standard treatment」、いわゆる王道の方法であるという書き方をしている論文もあったりします。

それ以外に、過去のさまざまな論文を見た時に効果がどれくらい強く出るのか・弱く出るのかを調べた研究でも、効果が強いのか・弱いのかという議論はあるにしても、ないという議論はそんなにないので、やっぱり感謝の効果はある程度しっかり出やすい。

心理学の研究は、研究対象の違いや、介入の細かい条件、状況などによってどうしても結果がブレやすく、それが問題視もされています。しかし感謝に関しては「そのブレが比較的小さい」「一貫して効果が出やすい」「しっかりした方法である」とも言われることが多いように思います。

ストレス軽減や行動促進など、感謝によって起きる変化

正木:ここまでのお話をまとめた上で、最後にマネジメントに関するところに入っていこうと思います。話を絵にして整理してみました。感謝する・されるに関しては、2人くらい人が存在しています。AさんがBさんに感謝した場合を想定して考えてみますと、まず感謝を感じて表明したAさんに対してプラスの影響があります。

誰かに何かをしてもらった。ありがたく感じた。そのことによって「自分も誰かに何かしてやろう」と行動が促されたり、感謝を表明することによって自分のストレス低減など良いほうに目がいくようになる。あるいは、単純にBさんとの関係が改善されるといった効果が、感謝を感じた側、感謝を表明する側にあります。

同じく視点を変えて、感謝を表明されたBさんに立場を移してみても、「もっと何かしてあげよう」という誰かのための行動につながったり、先ほどと同じくストレスに関する対人関係が改善されるのもありますし、先ほどご紹介したテレアポをする・しないの話に近いところで、自分の価値や自己効力感、自分がどれくらい社会的に意義のあることができているかといった認識が高まる。

どうやら双方にとって良いことがあるというのが、これまでの研究の成果としてわかっているところです。

仕事に対するエンゲージメント向上にも効果がある

正木:その上で、少し駆け足になりますが、最後に応用の研究のお話しに進んでいきたいと思います。こちらは先ほどお話しした3つの効果です。

誰かのためを思う行動や助け合いをしたい姿勢、それ以外に心理的な影響と対人的なつながりというお話がありました。これを念頭に置いて、さらにマネジメントの現場に落とすとどんな効果になるのか。この3点の中身をより細かく見ていきますと、こんなかたちの効果が期待されていますし、実際にここ5年、10年くらいで研究がかなり進んでいます。

例えば組織において、自分の役割として「それは仕事だからやりなさい」というよりは、組織市民行動と言われる、「お金になるわけじゃないけれど、やったらうれしい」「やってくれたら助かる」といった行動、あるいは日常の仕事の中での主体性・自発性にもつながるという研究もあります。

あとはさまざまなエンゲージメントですね。仕事に対するワーク・エンゲージメントもそうですし、組織に対する愛着もあります。これも先ほどのウェルビーイングの促進と同じようなメカニズムで、やっぱり心理的にもプラスの効果があることが推測できる結果があります。

さらに信頼やチームワークに対する影響として、関係性の強化みたいなものにも少しずつつながってくるという研究もパラパラとあったりします。

先ほどのところから一歩踏み込んでこうなったので、さらにもう一歩踏み込むとどうなるか。その果てで最近行われているさらに応用的な研究は、だんだんここ数年の研究になってきます。2019年くらいの話です。

感謝が「密」なグループと「疎」なグループを比較した実験

正木:感謝に関してはもともと、感謝する・されることによって利他的な行動を促す2者間の関係があるのは先ほどもお見せしましたが、それに加えて、どうも傍にいる第三者に対してもプラスの影響があるらしいという研究が最近されています。

どういう話かというと、誰かが誰かのことを助けてあげた。それに対してきちんと感謝を表明していた様子を見た第三者からすると、「この人たちは相手のことをきちんと思って行動できる人だ」「ということは、自分もその人たちと関わりを持って大丈夫なんだ」という気持ちになって、この2人に対して好意的になる。この3者間の関係も強化される。そんな研究も最近出ています。

目撃者の第三者に関係する効果なので、文字どおり「目撃効果(witnessing effect)」と言われたりします。研究としての本数はまだ少ないのですが、2者間だけじゃなくて、それを3者や集団まで広げていってもいろんな効果があるらしいという研究がされています。

「集団」と少し口走ったのですが、さらに言うと、集団の中での感謝の効果についても、最近では私を含めて何人かの研究者がやっています。4人からなる集団が2つあって、(スライド)右側のように4人の中で感謝を交わしているところが1組だけというケースと、左側のようにさまざまな関係性同士で感謝が行き交っているケースがある。

感謝が「密」なグループと、感謝が「疎」なグループをそれぞれ比較します。日常の仕事上のコミュニケーションがどうかは別に、特別に感謝をしているかどうかによって分析してみますと、どうやら感謝が「密」なグループのほうが集団として関係性が強くなって、その中で働いている人たちのエンゲージメントやチームワークも高まった。

集合性の効果と言われたりもしますが、1対1で良いことがあるよりは、職場全体でお互いにいろんな関係同士で行き交うことによって、全体がキュッと1つにまとまる効果もあるらしいというのが、最近期待できるものとして言われています。

以上の話をまとめますと、こういったところが組織において期待できる効果だと最近言われているものです。行動に対する主体性を含めて、自分が感謝する・されることによって、「誰かのために何かをしてあげよう」という気持ちになる。加えて、単純にネガティブよりはポジティブな面に目がいきやすくなることによって、エンゲージメントが高まる。

最後は対人的なもので、職場の中で交わすものであるところを踏まえて、信頼やチームワークに影響すると言われています。

ダイバーシティ推進の肝

正木:その上でここから話を先に進めて、最前線で私が今やっているお話を最後にご紹介させていただいて、以上にしたいと思います。

私が今何をやっているのかと言いますと、特に3点目(信頼、チームワーク)のお話をもとにしています。ここでダイバーシティの研究者の私がなんで感謝の話をやり始めたのかにつながってきます。

これがダイバーシティ推進の1つの決め手になるんじゃないか、あるいはテレワーク下でチームワークを改善するのにもつながるんじゃないかと最近思いついて、ちょこちょこといろいろなデータを使って研究しているところです。ということで、最前線で私が何をやっているかというお話を最後にさせていただきます。

1つ目はダイバーシティ推進などへの応用、2つ目は感謝に限らずコミュニケーションを可視化するという観点での応用方法。最後は組織の中での理念浸透やカルチャーの可視化の観点にも使えうるというところで、少しおまけの話になります。

まず、ダイバーシティ推進(ダイバーシティ&インクルージョン)に対する応用のお話をしていきます。いろんな価値観や属性が違う人たち、お互いに理解するのがなかなか難しい人たちが一緒にチームを組んで同じ職場で働くことになると苦労も多く、うまくいかないことも多いです。うまくいかないチームの仲をどううまく運営していくかが、いわゆるダイバーシティ推進の肝になります。

ダイバーシティが高く、いろんな特徴がある人で構成されるチームはなんで難しいのかというと、お互いに理解が困難で、ある種お互いに分断されるために協働が難しいことが一番の問題の肝であると、社会心理学の研究で言われています。

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