「感謝」の多さは、会社へのエンゲージメントに直結する

正木郁太郎氏(以下、正木):ここで、先ほどの感謝のお話に戻ってきます。先ほど私は感謝が人と人との対人関係をつなぎ直す、あるいは関係を密にする効果があるとお話ししました。

では、仮にダイバーシティが高くてチームが2つに分断されてしまった。例えば、男性と女性みたいに違うグループに分かれてしまった。あるいはお互いに価値観がバラバラでうまくまとまらないといった場合にも、バラバラになったチームを1つにつなぐために、ある種そこの接着剤みたいな役割ができるんじゃないかというものを想定して、感謝を少し取り入れて研究をしてみました。

もちろん感謝ですべてのダイバーシティ推進が進むわけではないですし、それとあわせて組織風土の調整や仕事の特徴の見直し、働き方改革などの組織変革も必要です。ただ、そういった会社ぐるみで進める大きなことよりは、職場の中で一人一人ができる工夫として、身近なところで何かないかなということで感謝を取り上げています。

2021年に私が書いていた論文の話ですが、組織サーベイをやった時の結果です。ある会社で働いている約2,000人の方を対象に「ふだんどれくらい感謝されているか」「会社に対するエンゲージメント・愛着はどれくらいか」、また部署単位でダイバーシティを計算するために性別や所属部署の情報を尋ねています。

それを使って、感謝し合う人が多く、お互いにつながっているであろう部署と薄い部署で、エンゲージメント(会社に対する愛着)に違いがあるのか・ないのかを分析してみました。縦軸がエンゲージメントの得点です。まず当たり前の話ではありますが、感謝が多い部署にいる方のほうが少ない部署にいる方よりも、組織に対する愛着が高い傾向が出ています。

なので、「私が感謝されている」ということに加えて、「みんなで感謝し合っている」という部署にいるということにも、組織にポジティブに愛着を持って働けるようになる効果が見込まれる、ということが1つ目のポイントです。

多様なメンバーがいる部署ほど「感謝」の影響は強くなる

正木:さらに、先ほどお話ししたダイバーシティが相対的に高く男女が入り交じっている部署と、男性か女性に偏っている部署や画一的でお互いに似たようなバックグラウンドの方々が働いているところで分けてみますと、メンバーが多様な部署のほうが感謝が多ければ愛着は高いし、感謝が少なければ愛着は低めになるし、この落差がかなり強く出てくる。

一方で、メンバーが画一的な場合は、そこによってそんなに差は出てこない。多様な人がいる部署のほうが特に感謝の有無によって結合する効果みたいなものが有効なんじゃないかな、というところが見えてきています。

これが男女固有の問題とはちょっと考えがたいので、その意味でいくとテレワークとか何かしらの違う理由によってチームが分断されている時にも、意図的に相手のことを思いやる、感謝する、わかりやすく示す、そういったものにつなぎ直すという効果が有効なんじゃないかなと思って、今研究を進めているところです。

ここから先はちょっと駆け足になってしまいますが、お話ししていきます。コミュニケーションを可視化するという意味で、感謝はどうしても対人関係の中で生じるポジティブなやりとりになりますので、その中で日々なんらかの情報のやり取りが行われ、かつポジティブな関係性ができているんじゃないかという推測もできます。

さらに話を進めていくと、感謝している・されているというつながりをアプリケーションやデータを使って可視化していけば、その人が社内で有用なネットワークをどれくらい持っているか、(有用なネットワークが)増えたか・減ったかが可視化できたり、どういう人とつながっている人がパフォーマンスを上げられていて、活躍できているのかも可視化できるんじゃないかという取り組みも進めています。

テレワークによって縮小した人脈

正木:これも私が最近やっている研究の1つです。昨今のコロナ禍でテレワークを始める前と始めた後で、「コミュニケーションが悪くなった」とよく言われています。この問題に対して、感謝を使ってその人にとっての有用な人脈の多さ・少なさを分析してみた結果もちょっとだけお見せします。

何をしたものかというと、ある企業で1年に1度行われていた感謝のメッセージを交わすというイベントです。客観的に年賀状のように積み上がっていくデータをたまたま共同研究をしている会社さんがお持ちだったので、そういったものを使いました。

コロナ前のテレワークを導入する前と、テレワークを導入した後でどういうつながりがそれぞれあったのか・なかったのか、本当に有用なつながりが減ったのか、あるいはどんな人が特にダメージを受けたのかという研究をしていました。

客観的なデータなので、アンケート調査より嘘をつきにくいデータです。2019年よりも2020年のほうが、感謝でつながるような、お互いに助け合える関係が少なくとも平均して2人くらいは失われている。やっぱり、テレワークによって人脈は縮小した。助けてもらえる人が減ったのは、どうやら事実らしいというところが1つ目です。

入社年数によって、テレワークによる“ダメージ”に差が出ている

正木:さらに、どんな人が強い影響を受けたのかも分析してみた結果をちょっとだけお見せします。2019年当時に3年目だった社員と、2020年当時に3年目だった人、あるいは2年目同士、1年目同士で、それぞれコロナ前とコロナ後にどうだったかを比較しています。

3年目同士で、社内である程度経験年数を積んだ方々は、コロナ禍を経てもそんなにダメージを受けていない状況にあります。一方で、新入社員や2年目であまりネットワークができていない方々を見ていくと、テレワークを経てすごくダメージを受けています。社内で助けてくれる相手を5〜6人くらい失っている。半減とは言わないまでも、3分の2くらい減っています。

特に、まだネットワークが作れていない方に対して悪影響が及んだんじゃないかということも、感謝を使って客観的にコミュニケーションを可視化することで見えてきた工夫の1つになっています。

最後は現在挑戦中の話になるので、すぐに終わってしまいます。どうやら感謝は人のさらなる行動を促す。特に「自分が感謝されたから同じ行動を返してあげたい」ということが起きてくる。

そうすると、社内の経営理念やパーパスに沿った行動に感謝を表明する。あるいは、それに対して褒めることが習慣付けできれば、褒められたほう・人参がぶらさがっているほうに「もっとがんばろう」と促される結果として、理念の浸透とかも進んでいくんじゃないか。

あるいは、そもそも会社の人は何に感謝を示しているのか。こういったものをテキストデータとかで分析していけば、「今のうちの会社ってどういうカルチャーや規範、文化を持っているんだろう」というのを可視化することもできるんじゃないか。今、こういったデータをお持ちの企業でアプリケーション開発をしているところと協力して進めているところではあります。

ただ、こちらは現在準備中なので、最前線で今こんなことをやっていますというご紹介でした。

分断された状況をつなぎとめることが「感謝」の機能

正木:ちょっと長くなってしまいましたが、本日は3点のお話を進めてきました。

1つ目が感謝の研究の歴史で、長いようで短いというお話。2つ目のところで感謝が促す行動ないし心理は何があるかというと、1つ目が誰かのために主体的に行動する。2つ目がポジティブな心理・態度。最後が対人関係で、これは一般でも組織でも生じうるとお話ししました。

最後にそれをマネジメントに応用というところで、特にダイバーシティ推進とチームワークの文脈や、コミュニケーションのつながりを可視化したり、それを使ってパーパスの浸透につなげていくことも可能なんじゃないかというのを、少し長くなってしまいましたがお話させていただきました。

かなり時間をオーバーしてしまったんですが、ご清聴いただきありがとうございました。今、まさにこういった研究を私でも進めているところで、研究にご協力いただける方や組織の方を常に募集しているところではありますので、もしご関心がありましたら伊達さんか私までご連絡いただければ大変ありがたく思います。お時間をいただきまして、ありがとうございました。

伊達洋駆氏(以下、伊達):正木さん、ありがとうございました。バラバラに分断されている状況、すなわちダイバーシティの高い状況において、感謝がある種のつなぎとめになっているという観点は、おもしろいなと思いました。組織行動論の研究をしてきた立場からすると、似たような効果がリーダーシップとかで言われたりするんですね。

「分散してしまっているものをつなぎとめる効果として、リーダーシップが重要ですよ」という議論がされるんですが、感謝も有効なんだなと感じながら話を聞いていました。

「感謝」をもっと増やしていくためには?

伊達:では、私のお話に移ります。私の話はシンプルでして、2点だけお話できればと思います。「感謝が重要なんだ」というお話を正木さんからしていただいたので、1つは感謝を増やしていくにはどうしたらいいのかを軽めにお話しします。2点目では、感謝について少し別の観点をご紹介します。

最初に「感謝を増やすには」というところですが、正木さんのお話で感謝は重要ということがわかりました。できれば、職場で感謝を増やしていきたいですよね。

感謝を増やすことを考えた時に、大きく分けて「感謝することを増やす場合」と「感謝されることを増やす場合」の2つに分けることができます。

ここで補助線として一つの考え方を導入します。感謝は「支援交換」の文脈で生じるという考え方です。お互いに助け合いが生じるような文脈で感謝は生まれてくるんですよ、と言われているんですね。

例えば、正木さんから「恩恵」という言葉も出てきたと思うんですが、自分が支援される場合は「ありがとうございます」と感謝しますよね。逆に、自分が他者に対して支援する文脈では「ありがとうございます」と感謝されます。支援される場合は感謝して、支援する場合は感謝されるという関係性があります。

まず、感謝することを増やす方法を考えたいと思いますが、支援されていると感謝できます。そのため、支援されていることを自覚する必要があるわけです。例えば感謝の日記をつけると、「自分はどんなことを支援されたかな」と振り返ることになります。これが「自覚」ということです。

また、より直接的には、支援されたことに対して「ありがとう」と感謝の言葉を述べることもできます。このように、自分がどんな支援を受けているのかを発見してそれを承認するのが、感謝することを増やしていくために必要です。

「ありがた迷惑」にならないために、注意すべきこと

伊達:ただ、ちょっと厄介なのは、サポートしてもらうことは最初はありがたいのですが、多く支援されていると、いつの間にかそれが当たり前になってしまいます。本当は支援されているにもかかわらず、そのことに気づきにくくなってしまうことが日常的には発生してきます。

そこで、感謝することを増やしていくためには、支援されていることを再発見していく必要があります。具体的には「自分はどんな支援を得ているんだろうか」をあらためて振り返って、「こういうことで自分は助けてもらっているんだな」と列挙してみるとよいでしょう。

2つ目に、感謝されることを増やすにはどうすればよいのでしょうか。他者に対してサポートを提供した時に、他者から「ありがとうございます」と感謝されるわけです。では、感謝されることを増やしていこうとすると、他者に対する支援を増やしていかなければなりません。

他者に対する支援はいろんな種類があるんですが、例えば困っている人がいたらそれを解消しようとするように、マイナスをゼロにするように支援していく仕方もあるでしょう。うれしいことを行っていくという、よりプラスにしていく支援の仕方もあると思います。

ところが、支援が本当に有効なものになっているかが注意が必要です。現実を踏まえた上で支援を行わないと、「そんな支援はいらなかった」ということが起こってしまう可能性もあります。「ありがた迷惑」という言葉もあったりします。現状を把握した上で支援を行いましょう。

さて、感謝を増やしていくためにはどうすればいいのかを、「感謝する」を増やす場合と「感謝される」を増やす場合の2つに分けて説明しました。