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ベンチャー経営者が考える、働く人のための「制度」の在り方(全2記事)

経営判断のような仕事は、AIのほうが合理的に判断できる 人が本当にやりたい仕事をするための仕組みづくり

スタートアップは大企業に比べて十分な制度が整っていないというイメージがありますが、実は小規模ゆえの柔軟さや意思決定の早さを活かして、さまざまな独自の制度を作り上げている企業も存在します。福島県会津若松市で創業し、今では海外からもGeekが集う株式会社Eyes,JAPANは、創業当時から人を資本と捉え、さまざまな福利厚生制度を取り入れています。代表取締役社長の山寺純氏に、スタートアップにおける制度作りについてうかがいました。後半では、会社をイノベーションが起きる場にするための試みや、各種制度によって生まれた効果についてお話しいただきました。

社長の仕事は「おもしろいイノベーション」を起こす環境づくり

山寺純氏(以下、山寺):今は株式会社Eyes,JAPANは、フードテックやAI、サーバセキュリティ、ヘルスケアといった幅広い仕事をしているんですが、そういうものは結局どこかでつながっていて、1つのことだけやっていてもなかなかたどり着けない。わざと余白や無駄が多い設計にして、振れ幅を作るほうがいいと思っていますね。

イノベーションって水と同じで、液体の時も気体の時も安定しているんですけど、ちょうど100度くらいの液体なのか気体なのかわからないような、ぐつぐつしているところが、すごく位相が変わるタイミングなんです。

おもしろいイノベーションはそこでしか起こらないと思うんですけど、常に不安定な状態なので、なかなか続けられない。俺はそういう環境を意図的に起こすのが会社の仕事かなと思っていて、みんなに笑われるんですけど、自分にチーフ・カオス・オフィサーという名前を付けていて。従業員にしてみると逆にストレスかもしれないですけど(笑)。

自分ができるだけ仕事をしたくないというのもあって、こうなったらいいよねという仕組みはいろいろ作っていますね。

——以前の1日4時間しか自由時間がないくらい、仕事に打ち込まれていた頃とは違ってきているんですね。

山寺:例えば今の会社の経営判断みたいな仕事って、俺よりもAIのほうが正確に判断できるだろうし、体調にも左右されないから、よっぽど合理的な判断ができると思うんです。だから、取締役会なんかは、別に人がやる必要はないと思っていて。

だけどコードを書く人とかシェフとか、アーティスティックな仕事をする人は、絶対になくならないと思います。半分は自分のためでもありますけど、エンジニアに本当に好きなことをやってもらいたいし、そのための仕組みを考えていますね。

雪深い会津の通勤事情を考慮して、10年前からリモートワーク

山寺:リモートワークも、うちはもう10年以上前からやっています。会津は雪が降るので、大雪だと車を掘り出すのに1時間くらいかかることもあるんですね。そうやって時給1万円とか2万円の仕事が取れるエンジニアに出社してもらって、また会社の駐車場も雪が積もって入れないとなると無駄なので、リモートにしたんです。

エンジニアによっても違うんですけど、当時のスタッフは「ずっと家にいると仕事しすぎちゃうし、気持ちが切り替わらないから会社に行きたい」という子が多くて、リモートワークは1回なくなったんですよ。制度としてはあったんですけど、誰も使わない感じでした。

でもコロナになったり、違うメンバーになると、親の介護などもあるので「リモートがいいです」とか。そうなったら「じゃあリモートでいいよ」と言って、使ってもらったりしていますね。

あとは、プログラマは集中して仕事がしたいだろうと思って、あんまり雑音が入らないようにパーティションで囲ったオフィスも作ったことがあります。でも、その時いたエンジニアが「小さい会社は、何か思いついたら『ちょっとあれどうなの?』とか『これどうなの?』って話しかけられるのが利点だから、オープン系にしてほしい」と。それ早く言ってよ、と思ったんですけど(笑)。

絶対これじゃなくちゃいけないことは正直ほとんどないので、その時々の社会状況やメンバーに合わせて、できるだけ柔軟に変えたりはしていますね。

あとは、会社にバースペースを作ったり、アイスクリームブレイクというものもやっています。今日も暑いので「アイスクリームブレイクしよう」と言って、みんなで一緒にアイスを食べるんですけど、溶けるので5分くらいで食べるじゃないですか。

うちは7つくらいのプロジェクトが並行で動いていて、チームが違うとお互いに何をやっているかわからない子もいるんですね。そういうところでみんなが集まって、アイスを食べながら、最近熱いプログラム言語とか、最近出かけたところの話をしたり。

例えば、CGでお城の瓦のモデルを1個1個作って200〜300個並べなくちゃいけないという時に、別のメンバーが「それを並べるプログラムを書いてやるよ」と言って、1時間くらいで解決したり。知らない人と打ち解けるアイスブレイクにかけて、制度としてやっていますね。

真似や試行錯誤を重ねる中で生まれた、ユニークな制度

——がっちりいい制度を作るよりも、いかに環境やメンバーに合っているかという柔軟性が大事なんですね。

山寺:そうですね。以前は10パーセントルールとかもあったり、いろんないい制度を真似したんですけど、お金も人も少ないので最初はぜんぜんできなかったですね。それでも少しずつやっていくなかで増えてきました。たぶん若いスタッフは最初からあると思っているけど、創業から27年かけてできたのが今の仕組みですね。

あとは昼寝制度もけっこう評判がいいです。自分も最近は朝が早くて昼間は眠くなるので、ハンモックでがっつり寝たり。論文でも10〜15分休んだ方が効率的だとありますよね。

それから、フリービタミン制度。コンピュータサイエンスの大学生のアルバイトの子も多いので、朝飯を食ってこないんですよ。グリコの置き菓子とかもよくありますけど、健康的にどうかなというのもあって、たまたまスウェーデンでオレンジなどを配っているのを見て、いい制度だなと思って取り入れました。もう20年くらい、毎週果物屋さんに頼んでフルーツを持ってきてもらっています。

でも、週に1,000円くらいなので、1ヶ月でも4,000円くらいじゃないですか。だから、1回飲みに行ったと思ったら、ぜんぜん大した値段じゃない。フルーツをむいてみんなに配ると、集まって話すきっかけにもなるので、費用対効果で言うとめちゃくちゃ安いですよね。

インスタントコーヒーは禁止、あえて社食を出さない理由

——なるほど。もし、これから制度を作っていかなきゃと思っている経営者の方にアドバイスするとしたら、何から始めたらいいんでしょうか?

山寺:俺は中途半端はやめたほうがいいと思いますね。実はうちはインスタントコーヒーは禁止にしているんですけど。最高のものに囲まれていたら、自分の仕事も最高になるからというので、ハンドドリップでコーヒーを淹れています。タリーズ創業時のバリスタに会社まで来てもらって、講習会もしました。

コーヒー1杯を淹れるのも15分くらいかかるから、最初は「無駄じゃないですか?」とか「エスプレッソマシーンに戻してくれ」と言われたんですけれど、「その15分ぶん残業つけてもいいから」と言うと、みんな淹れるようになりましたね。

だから、一見無駄に見えることでも、やってみるといいかなと思うんですよね。逆に100円とか無料だけどぜんぜんおいしくないというものは、やる意味あるのかなって。

あとは、大きな会社は社食があったり、地域のコミュニティの関わりがないところも多いと思うんですけど、うちみたいな小さい会社は、自分たちがなぜ会津若松にいるのかというところも追求していきたいので、できるだけ地元のお店に行っています。

よく食事も会社で出したらどうかと言われますし、やれない金額ではないんですけど、まったくやる気がないんですね。それより、会社の周りのレストランに行こうよという感じです。

あとは、たまに「おなかま会(同じ釜の飯を食べる会)」と言って、みんなでご飯を食べる会をやっています。それもうちのスタッフの親で地元で農家をやっているところがあるので、そこで買うようにしていますね。

スタートアップに向いているのは、ある程度自分で意思決定できる人

——最後に、転職ギャップを減らすにはスタートアップと働く人にとって何が大切だと思いますか?

山寺:日本ではどうしても集団心理や同調圧力がありますけど、やっぱりある程度、自分で意思決定ができる人がいいかなと思います。例えば優秀なプログラマは仕事が終わっても、自分で好きで書いている人がほとんどです。すごい天才でなければ、普通の人と同じ努力をしていても特別にはなれないと思うんですよね。

たぶん今は狭間のところで、自分でがんばりたいという若い子がいても、会社としてはそんなに無理をさせられなかったりもします。もちろん、従業員の健康を害してまでやらなくちゃならない仕事は存在しないと思います。

今のスタートアップの定義は、ハードワークというよりは、意思決定が早いとか、若くてもある程度責任を任せてもらえることだと思います。責任感が強い人はいると思いますけど、「残って絶対にやれ」というようないわゆるブラックな会社は、今は周りでもほとんど聞いたことがないですね。むしろ大企業のほうが、余計な仕事や紙、社内調整に時間を取られたりして長時間労働になっている気もします。

あとは、ある程度流動性があったほうがいいかなと思っています。たぶん今は、大企業からベンチャーにはめちゃくちゃ行きやすいと思います。採りたがりますし。でも、逆のパスがあまりない。スタートアップから大企業に行くことはそこまで多くはないですよね。

失敗の経験を活かしたり、次にチャレンジできる社会が理想の環境

山寺:大企業の新規事業部の人ともよく話すんですけど、結局人材を社内で育てようと思っても、失敗しても会社のお金だし、左遷されるくらいはあるかもしれないけど、たいした失敗じゃないと思うんです。

でも、スタートアップで失敗を経験した人たちが、新規事業の責任者になるなら、めちゃくちゃリアルに失敗も知っているし、たぶん2回目、3回目は絶対に失敗しないと思うんですよ。失敗はなかなか買えないので、そういうパスができるようになれば、学生も何回も挑戦できる。

シリコンバレーに1,000人を連れていくよりも、失敗した人でも、2回目、3回目のチャンスがある社会にしたほうがいい。成功した人の本はたくさんありますが、成功者バイアスでしかないので、そこにたどり着く前に死んでいる人はいっぱいいると思うんです。

昔は小学校とかでいじめに遭うと、学校が世界のすべてだからもう全部終わりだと思っちゃうと思いますけど、大人になると、転校したり周りの環境を変えればいいじゃんと普通に思うと思うんです。それは、起業や会社においても同じなんじゃないかなと思います。

いい失敗、悪い失敗はあると思うんですけど、ちゃんとがんばって失敗した人が、2回目、3回目にチャレンジしたいと思えるような社会が理想だと思いますね。

あとは、自分より優秀な子は、俺より給料も権限も多くてもぜんぜんなんとも思わないです。俺はただ、なんとなく新しくおもしろそうなことを誰よりも早くやって、そういう人を集めてお金を持ってきて、環境を作るのが得意なだけなので。本当にプログラムが書ける子はめちゃくちゃすごいですし、尊敬しています。スタッフに伝わっているかどうかわからないですけど(笑)。

自分が社長だから偉いわけじゃなくて、たまたま得意なことをやっているだけ。お互い自分の専門をやっているだけだということを忘れなければ、いい環境を作ることはできると思うんですけどね。

——創業当初からのいろいろな実体験やスタッフの方々への敬意が根底にあることで、人に合わせた柔軟な制度作りができているんだなと思いました。ありがとうございました。

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