2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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手塚良則氏(以下、手塚):アウトバウンド・インバウンド含めてかもしれないですが、インバウンドも再開するであろう今後、どういうデータを基に、どう海外で闘うかという話をしていきたいと思います。
味の素さんは、「うま味」という言葉を作ったと言ったら変ですが、すごく強みのあるメッセージを出すことができたわけじゃないですか。今後、西井さん的には「海外で戦う上で必要なもの」はどういうことだと思いますか。
西井孝明氏(以下、西井):いろんなアプローチがあると思うんですが、うま味に関して言いますと、人間の舌にうま味素材を官能して通す細胞があることが見つかったのは2006年なんです。
私どもがうま味を発見したのは113年前なんですが、うま味の受容体があって、「ここを通る物質を人間の脳はうま味と感じるんだ」ということが科学的に証明されたのは、まだ10数年前なんですよね。
先ほどの西さんの話じゃないですが、「有用性」。今、アカデミアのみなさんと協力して研究開発を進めて、G20の国々に広げていこうと思ってます。
うま味を上手に使った料理を食べ続けると、10〜20パーセントぐらい食塩を減らしても健康的な生活がおいしく続けられるということが、日本ではわかってるんですね。これを今、G20に広げようとしてるんですよ。
こうなってくると、「5番目の味」という官能の評価だったうま味という概念が、有用性になって伝わっていきます。だから、出汁が持っているうま味を上手に使うと、健康的な料理にもなる。これが、日本食の底流になっているんだと思います。
あるいは日本人の場合、だいたい出汁は昆布や鰹節、あるいは魚介類から取りますが、例えば北欧のシェフは鹿の肉を鰹節と同じように処理した「鹿節」というのがあるんです。動物性ですから、グルタミン酸とイノシン酸がたくさんあるんだと思うんですが、こういったものが料理に使われ始めてるんですね。
インバウンドや観光業のみなさんも、多くの飲食店で料理人を抱えてらっしゃると思うんですが、「うま味が健康的な生活に欠かせないんだ」ということを、もっとエビデンスで証明していけるようになると、使っていただける情報になるんじゃないかなと思います。
手塚:日本食の新たな魅力を、わかりやすく世界の方に伝えることができるというのは、1つ大きな部分ですね。井澤先生、どうですか?
井澤裕司氏(以下、井澤):今、ちょうど北欧の話が出てきたんですが、私はノーマ系(「世界のベストレストラン50」で4度も世界一に輝いたデンマークのレストラン『noma』)のノルディック・フード・ラボがコペンハーゲン大学に移った時に、向こうへ行っていろいろ見てきたんです。
実は彼らが研究対象にしてるのはほとんど日本の食材なんですね。海藻とか、私が見たこともないような食材もあったりして(笑)。「これは何だ?」って聞いたら「日本から持ってきたものだ」と。
日本はうま味であったり、今は海藻とかが世界的に注目されてますが、日本の先進的な食技術をマネタイズして高付加価値化してるのは、実はノーマのDNAを持った北欧系の人たちだったり、フランスのシェフだったりするわけですよね。
結局この業界で足りないものは何かというと、残念ながらそこに日本の食関係者の人が関与できていないところです。
ニューヨークなんかでは少しやってるのかもしれませんが、せっかく日本がこれだけ潜在的な能力を持っていながら、付加価値をつけて世界に発信できる……まさにイノベーティブなアーティストというか、マネージャーでありシェフである人材を作っていくことが非常に大きな課題だし、もったいないと思いますね。それは、今のお話を聞いていても感じたところです。
手塚:日本食の魅力をきちんと伝えることも必要ですが、伝える人材ですよね。「人材」について、打ち合わせでもみなさん盛り上がってお話ししましたが、人材、それからどうやって高付加価値をつけるか、どうやってそれをきちんと伝えるか。その点、西さんはなにかありますか。
西経子氏(以下、西):まず人材の件は、確かに井澤先生がおっしゃったように、海外でレストランを経営している日本人がほとんどいなくて。「日本食ってこんなものがあるんだよ」って(海外の人が出す料理に対して)、「なんちゃって日本食はけしからん」と私も担当課長の時によく言われたんですが、実は私はそうは思っていなくて。
まずは「なんちゃって」でもやってみようとか、海外の方が日本食レストランを経営してみようと思うのは、それが儲かると思うからやっていただける。ということは(日本食に)魅力を感じてくださっている。
文化として関心があるのか、金儲けになるから関心があるのかは(どちらも)あると思うんですが(笑)。でも、関心を持っていただいてるということは、好きこそ物の上手なれで、ものすごく強みだと思っていて。
当時も、海外の日本食レストランの経営者や、日本食だけじゃなくてイタリアン、フレンチ、中華とか、いろんな都市に行ってシェフを集めて。政府のお金で日本から日本食料理人の方を派遣をして、「この食材はこういうふうに調理します」と、出汁の取り方、ゆで方、焼き方、蒸し方とかをお見せしました。
そうすると、日本食のシェフの方だったら真似して、日本で研修を受けてなくても日本食の技術力が上がるとか。フレンチやイタリアンの方だと、さっきのノーマの話に近いと思うんですが、「日本のゆで方や蒸し方の技術って、自分の料理に使ったら新しいレストランのメニューが作れるんじゃないか?」というふうに使っていただいたりして。
その時は日本の食材も持っていくので、日本の輸出額は昨年初めて1兆円を突破しました。2012年の段階では4,400億円ぐらいだったものが昨年は1兆円を超えて、日本の食材の輸出額も伸びています。
それは、そうした方々が日本の食材の魅力を感じてくださっているということで、まず海外での人材育成をやっていくことも、日本の食文化を広めていく上で大事なのかなと思います。そこで知ったものを「日本に行って食べてみたい」「実際に本物を見てみたい」と思っていただけるのは、すごく大事なのかなと感じています。
西:他方で、言葉も文化もいろんなものがあります。違う人に、同じように日本の食の良さを知っていただくという意味では、科学的なデータや数字は強くて。世界共通ですので、数字は言葉を超えると思います(笑)。そういう意味で、科学的にいろんなものを調べていくことが大事なんだろうなと思っています。
数字では表れない文化も大事にしつつ、文化をできるだけ科学にしていくことが非常に大事なんじゃないかなと感じています。文化や味覚はエモーション、感情で感じるものだと思うんですが、「エモーションベースド」だったものを「エビデンスベースド」にしていく必要があるなと非常に強く感じました。
手塚:見える化ですよね。それはやっぱり、マーケティングにも使えることだと思うんですね。数値によってどれだけ日本食が優位に立てるかとか、魅力的だということをわかりやすく伝えられるということを、先ほど西井さんがおっしゃってましたもんね。
西井:栄養の話に触れましたが、例えば世界から来られる観光客のみなさま、あるいは我々が海外に出て行ってビジネスをやる上で見逃せない潮流は、サステナビリティ、それからESGに関わる情報です。
つまり、栄養の裏付けがあるエビデンスのためのデータも必要だし、この食材がどういう作られ方をしてきたのか、そこに人権も含めたさまざまな反社会的な動きが関与してないかどうかとか、このあたりの情報も必要な情報になってきているんですよね。
そういったことを全部クリアしているから、日本食はよりおいしい、栄養価がある、そしてエシカル、サステナビリティなんだ。こういうふうになると、もっと付加価値を乗せても買っていただけたりすると思います。
手塚:現場の人間からすると(エビデンスがあると)説明しやすいので、正直「売りやすい」というのもあります(笑)。
西井:情報も合わせて料理を提供されているお店は、本当にごく一部ですよね。手塚さんのお寿司屋さんの認証はすばらしいなと思います。本当の意味で、日本食が海外のお客さまに対して必要とされる情報を具備して提供されているかどうかは、まだまだポテンシャルがあるんじゃないかと思います。
手塚:僕も日本でやっていて、海外のお誘いもあったんですが、「日本食レストラン」と一概に言っても、海外でビジネスとしてやらなきゃいけないぶん、高付加価値をつけるにはトリュフを削ったりキャビアを乗せたりと、わかりやすくしなきゃいけないんですよ。
ただそれ以上に、「なんで日本食がこれだけ良いのか」をもっとわかりやすく伝えるのはすごく重要だと思うんですね。健康的なことで言ったら、先ほど打ち合わせの時にバンクーバーの玄米のお寿司のことを話してくださいましたが。
井澤:これは正式なデータとかではないので(笑)、私の経験で言うと、みなさんあんまりご存知ないんですが、確かバンクーバーは人口あたりの寿司屋の比率が世界1位です。個人的にはっきり断定できるのは、私はUBC(ブリティッシュコロンビア大学)にいたんですが、UBCの中にも寿司屋が6〜7軒かあります。これは間違いありません。
世界中探しても、こんな大学は日本にもないですし、私の勤めている立命館の中には……確か同志社には1軒ありますが(笑)。立命館の中にはまったく寿司屋はないわけですから、これぐらい寿司が普及している場所はないわけです。
井澤:ただし、もちろん私が食べてもおいしい寿司もあるんですが、一番びっくりするのは向こうの寿司は玄米が標準なんですね。これはおそらく、彼らの健康志向の裏返しであると思います。
私は玄米の寿司は好きではないんです。とてもおいしいとは思えない(笑)。ロールぐらいだったらいいんですが、あれで握られても「なんでこれで寿司なんだろう」って思ってしまうんですけど(笑)。ただ、カナダ人はあれが寿司だと思っているんです。
カナダの知り合いが日本へ来た時にも、寿司はものすごく好きなんですが、日本ではほとんど食べないんですね。なぜかといったら、日本で玄米の寿司を出してるところは非常に少なくて。だから「日本では寿司を食わないよ」と。これって、インバウンド戦略の1つの象徴的な事例だと思うんですよね。
玄米の寿司であったり、それからバンクーバーなんかで作られているベジタリアンの寿司は、見たところも味もすばらしくて非常にレベルの高いものなんです。
例えば、カナダ人が日本で寿司をたくさん食べるためには、そういったものがちゃんと日本で提供できる体制が整っていなければいけない。他方、それを日本人が食べるかというと、それはまた別の話なんですね。
「世界でどう闘うか」というのは、結局、常にそういうせめぎあいをやらないといけないんです。だから今の話で言うと、日本人がおいしいと思うお米と、世界で売れるお米は違うかもしれない。
それは農水省も含めてなんですが、我々がきちっと戦略を考えていかないと、「日本人がおいしいと思うものを世界に売るんだ」というやり方をひたすら続けていくのは、いずれどこかで行き詰まると思います。
手塚:あと、「食のシリコンバレー」のことも。
井澤:「いろんなデータがない」とか言いながらですが、私の直感から言って、やっぱり日本食はすばらしいし、ものすごくブランド力もある。一般の旅行客が日本食を評価してるだけではなくて、さっきから何度も出ているトップシェフもやっぱり日本食をすごく評価してるわけですね。
食のイノベーションを起こせる、つまり非常に高付加価値な食を日本食から作っていける可能性が非常に高いのに、なぜかそれがコペンハーゲンやパリ、リヨンで行われているという状況がおかしいと思います。なぜそれが日本でできないのか、ということですよね。
手塚:すみません、がんばります(笑)。
井澤:そういった、インフラストラクチャーが欠けているんだと思います。大学を含めた高等教育研究機関の問題もあるかもしれませんし、企業の問題もあるのかもしれませんが、潜在能力があると思っているので。ちょっと陳腐な言い方ですが(笑)、そういった意味での「食のシリコンバレー」を。
いつまでもコペンハーゲンやアムステルダム、パリやリヨンに任せているんじゃなくて、それを日本に作るべきでしょうということです。可能性は非常に高いし、それができるためのインフラストラクチャーやデータベースも含めて、まさに国家戦略としてこれから考えていかなければいけないと思いますね。
というのは、気候問題やサステナビリティであったり、それからロボティクスやITといった最先端技術の最先端領域が、実は「食」なんですね。
ロボットもITも3Dプリンターも、ちょっと今は古いですが分子ガストロノミーも、そういった最先端技術の領域が「食」で、しかもそれをちゃんと展開できる潜在能力が日本にあるにも関わらず、形になる気配もまったくないところが非常に大きな問題なんじゃないかな思います。
西:国連の食料システムサミットは、西井さんのお話のSDGsの関係ですね。今はプラネタリー・バウンダリーと言って、人間が生活することでどんどん環境に悪影響を与えていって、サステナビリティが失われていると。
サステナブルな地球環境を作っていくためには、食がどのように作られ、加工され、食べられ、廃棄されるかまで全部を見て、それぞれがサステナブルになっていくことで地球環境に良い影響を与えることができると。だから「何をどう食べるか」も影響してくるということを、食に関わる人みんなで広く議論しようというのが食料システムの考え方です。
井澤先生の「日本で食のシリコンバレーを」という話は、学際的に初めての食のマネジメント学部ということで、ぜひ立命館大学さんで(笑)。
農業、加工業があり、料理人さんが出てきて、食べる場面があります。そういうふうに分かれちゃっているところをサステナブルにするには、経営の観点もありますし、今や人権や環境という観点も入ってきています。
食べ物のことだけわかっていればいいとか、農業者にしてみれば農業のことだけ、土のことだけわかってればいい時代じゃなくなってきたので、まさに学際的なことが食には当てはまるんだろうなと感じていて。全部を学際的に見ていけることと、それをどう政策的にやっていくのかが1つの大きな課題だと思います。
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