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日本の食、海外でどう闘うか(全4記事)

16万軒ある「日本食レストラン」で、日本人が経営に関わる店は10%以下 世界の食市場から見る、日本食の「マネタイズ」の課題

新型コロナウイルスによって国際観光がストップし、2019年には4.8兆円あった市場が消滅したことで、インバウンド業界は遭遇したことのない嵐の中にいます。今回のインバウンドサミットのテーマは「日本の底力」と題し、観光の枠に囚われない日本が持つ底力、可能性を多様なメンバーによって議論しました。本記事では「日本の食、海外でどう闘うか」のセッションをお届けします。海外の食市場から見た日本食の課題について語られました。

日本食が世界に広まったきっかけ

司会者:「日本の食、海外でどう闘うか」のセッションを行ってまいります。それでは、ご登壇のみなさまをお呼びさせていただきます。

味の素株式会社特別顧問、西井孝明さま。農林水産省畜産局総務課長、西経子さま。立命館大学食マネジメント学部教授、井澤裕司さま。そして最後に、モデレーターを務めていただきますのは、大森海岸松乃鮨四代目、手塚良則さまです。

以上の4名のみなさまに、「日本の食、海外でどう闘うか」というテーマでセッションを行っていただきたいと思います。それでは手塚さま、モデレーターをお願いいたします。

手塚良則氏(以下、手塚):「日本食、海外でどう闘うか」というセッションを始めたいと思います。本日モデレーターを務めさせていただきます、大森海岸松乃鮨四代目の手塚と申します。

今日は学問の専門の方、企業の専門の方、そして官庁の専門の方をお招きして、日本食について語っていきたいと思います。まずは登壇者の自己紹介を始めたいと思います。では、西井さんよろしくお願いします。

西井孝明氏(以下、西井):はい。それでは今日のたたき台として、6点ご紹介をしたいと思います。まず最初に、日本食がどのように、どの程度海外に広がってきたのか? ということから始めたいと思います。

簡単に私の言葉で言うと、黎明期、移民のみなさんから手なりで自然発生的に広がっているんですね。ただその中で、戦後の1970年代にエポックなことがありました。1977年にアメリカで、米国人の食生活改善のための調査に基づく「マクガバン・レポート」というレポートで、「日本食は健康に良い」と(発表されました)。

今でも「肉より魚」「野菜、米を摂りましょう」と言われてると思いますが、それはこのレポートから出ています。伝統的な日本食のすすめがここで発信されて、生き残ってるわけですね。

1990年代に開始された、日本食の戦略的なアプローチ

西井:それから転機がありました。1990年代、ご承知のように日本は長期のデフレに入るわけですが、それとともに長期の日本の人口減少の危機感が見えてきました。この時に、日本の和食の料理人のみなさんが戦略的なアプローチを開始をしたということです。

2050年には人口が8,000万人になるんじゃないかということで、非常に危機感があって。2004年に「日本料理アカデミー」というものを設立されて、50年語を見据えて、日本の食をどうしたらいいのか? ということでアクションを開始されました。

特筆すべきは、料理人さんだけじゃなくて、300人のメンバーの中に100人のアカデミアのみなさんが参画をされたところが非常にユニークだと思います。

それから、1990年代の世界の料理のトレンドになった「モレキュラー・ガストロミー」。日本語では「分子料理学」とも言いますが、いわゆる料理、芸術、それから味覚の研究の専門家、分析や生理学の先生方が融合して、おいしさや健康にどういう影響を与えるのかという追求が進んだわけですね。この潮流を日本料理アカデミーがつかまえたということです。

日本人が発見した「うま味」を科学的に立証

西井:2点目は、日本食を未来につなぐ戦略。簡単に整理をいたしますと、日本料理アカデミーと、味覚を科学するサイエンティストの視点からのアプローチです。日本料理アカデミーの目標は、「日本料理を世界の料理にする」と「日本酒を世界のお酒にする」です。同時に、日本の一次生産品を輸出して農水産業の生産を守ることが目的で設立されました。

戦略ストーリーとしては、日本料理の真髄は「うま味」であって、食材本来の味を引き立てることを中心に据えてこの戦略を展開しました。

それから、世界のトップシェフとアカデミアやメディアが集う「マドリッド・フュージョン」、あるいはサン・セバスチャンの「ガストロノミカ」の中で日本料理をプレゼンテーションすること。

料理人の世界では一子相伝が当たり前で、自分のノウハウを外に出すのはタブーだったわけですね。これを覆して「NOBU」の松下信幸さんや、嵐山吉兆の徳岡邦夫さんたちが、「日本食・日本料理はこんなにすばらしいんだ」と自分のプレゼンテーションでPRをされた。これが現在につながっています。

それから科学者の支援という観点では、うま味素材の実在を立証するために、舌や胃や消化器官の中にうま味を受容する細胞が発見されたのは、大きなエポックです。

この時に、日本人が発見したうま味素材、グルタミン酸やイノシン酸、それからグアニル酸といった素材を脳が認識することによって、体にさまざまな影響を与えると。つまり、アミノ酸であるグルタミン酸は、「おいしいタンパク質がこれから体の中に入ってくるんだ」というサインとして脳に送られる。このあたりを、科学者が証明したわけです。

これらを受けて、現在でもうま味素材はカロリーがゼロで、しかも人間の健康に非常に有用に使われていると言われております。

それから料理の世界では、懐石料理はデザートの前まででおおむね1,000(キロ)カロリーぐらいで、65種類の食材を食べます。ところがフランス料理は、デザートの前までですでに2,500キロカロリーに達してしまうと発表されております。

これらを受けた成果としては、2000年から2006年の7年間に海外の和食レストラン数が2.3倍。これは2021年度のデータですが、16万8,000軒の日本食レストランが海外にあるということにつながってきています。

味の素社が闘い続けてきた風評被害

西井:4点目は、私ども味の素と世界のUMAMI産業界の闘いです。「うま味」という言葉は、私どもの創業者の1人、池田菊苗博士が1908年にこんぶのだしからグルタミン酸を抽出したものに「うま味」と名付けて、製造法を確立したことから始まっております。

残念ながら、1960年代にアメリカで発生した風評被害によって、日本で言われる化学調味料無添加、あるいはアメリカではMSG(Monosodium Glutamate:グルタミン酸ナトリウム)不使用が大きな風評になって広がった。我々は、これとの闘いだったんです。

料理界のみなさんと、それからアカデミア、科学者との間で、安全性を証明し、有用性を世界に広げるという闘いを我々はしてきました。先ほどの日本料理アカデミーのみなさんとの協業が、1990年代から始まってきたということです。

5点目は「産学官の協働」というテーマです。2011年から2013年にかけて、日本料理、和食をユネスコの世界無形文化遺産に登録するための活動を、西さんはじめ官学のみなさんと一緒に進めてきました。

これによって、芸能や伝統工芸技術など形のない文化であっても、土地の歴史や生活風習などと密接に関わっている無形文化・無形資産を登録することができたのは、非常に大きな成果であったと思います。

6つの「日本食の現在の課題」

西井:最後に6点目は、日本食の現在の課題をお伝えしたいと思います。世界で闘うために解決しなければいけない課題は山積みしております。

1つ目は、伝統的な食文化である無形価値を、ちゃんと継承できているのかどうか? という観点では、かなり心もとなくなってきております。それから2つ目は、日本食の海外普及は加速いたしましたが、日本の農水産物・食品需要は伸びておりません。

3つ目は、日本、日本食、あるいは日本人の食の健康軸での評価はまったく定まっておりません。これは、地中海料理とは根本的に違うところです。具体的に申し上げますと、WHO(世界保健機関)は地球環境インパクトの関係でもって、健康・栄養バランスを軸として、洋食を「理想的な食事」と非常に高く評価をしております。

一方で、日本の食品を評価するオランダのATNI(Access to Nutrition Initiative)という機関は、主に加工食品を評価しておりますが、日本の食品産業の製品を調査した体系では、G20の中で下から数えて3番目が日本の評価です。

そして4つ目。サステナビリティの観点では、食料の輸入比率の高い日本の食生活は、外部不経済が極めて高いと言われておりますが、現在ではまだ測定方法についても確立している段階にはありません。

そして5つ目がESGの観点です。特に人権に関しては、海外からの技能実習生が日本にとっての大きな問題になっております。食産業についてもその対象と言われておりまして、非常に大きな、乗り越えなければいけない課題だなと思っております。私から、たたき台として6点をご紹介しました。

海外のブランド力は強いけれども、日本人によるマネタイズが弱い

手塚:ありがとうございます。実際に聞いていくと、いろんなことが浮かび上がってくるのですが、井澤先生は今のお話を聞いていかがでしょうか?

井澤裕司氏(以下、井澤):私はもともと食の専門家ではないので。ただ、食の学部を作る時にいろいろと経験したことから思い起こして、今の西井さんの話を繰り返していました。

今日は「日本の食、海外でどう闘うか」というテーマで、私がよくいろんなところでしゃべっているんですが、日本食の現状を一言で言えば「日本食は非常に強いけど、弱い」に尽きるんだと思います。

「強い」とはどういうことかと言うと、これは日本だけじゃなくて世界でも思ってるんですが、日本食ってすごく人気があるんですよ。ブランド力があると言っていいもいいんですが、日本食は非常に人気があります。

例えばヨーロッパやアメリカで「何食が好きですか?」とアンケートをとっても、場合によっては日本食がトップかベスト3には入ってくるわけです。ところが問題なのは、その日本食はちゃんと日本人によってマネタイズされているか? ということなんだと思います。

16万軒ある海外の「日本食レストラン」で、日本人が経営に関わる店は10%以下

井澤:これには2つ問題があって。これはもうずっと長年の課題なんですが、1つは、特に外食産業とか、農業も含めてもいいかもしれませんが、国内の非常に労働生産性が低いこと。付加価値がちゃんと生産されていないという問題があります。

それから海外に目を向けた時に、これもいろんな計算の仕方があるんですが、いわゆる「日本食レストラン」と呼ばれているものは海外にはだいたい15万軒から16万軒あると言われているんです。

西経子氏(以下、西):16万軒ですね。

井澤:その中で、日本人がちゃんと経営に関わっているところは10パーセントにも満たない。下手すれば、5パーセントより低いかもしれないと。

私も海外でいろいろ経験してるんですが、立ち上げは日本人がやるんだけれども、半年ぐらいすると、看板は同じでも中身を見ると日本人がいなくなっていて、経営者も含めてみんな外国の人がやっていると。

つまり、きちっと継続的にサステナブルにマネジメントできないと、日本人によってマネタイズできないところがあるんだと思います。

「じゃあどうするか?」ということが問題なんですが、実は最大の問題は、「じゃあどうするか?」を考える、マーケティング戦略を立てるための基本的なインフラストラクチャ、データベースがまったく欠けているところが問題なんだと思います。

日本食のマーケティング戦略が弱い理由

井澤:いくつか指摘させていただきたいんですが、「日本食は人気がある」というのは、確かに日本人の自尊心をくすぐるし心地いいんですが、「じゃあ、なんで日本食は人気があるの?」「どこを評価されているの?」という、もう1歩立ち入った調査はほとんどないんですね。だから、なんとなく「褒められてる、うれしい」で終わってしまっている。

手塚:そうですね。

井澤:それからマーケティング戦略として必要なのは、日本食を評価している人のデータではなくて。本当は「日本食が嫌いだ」「苦手だ」という人も実はたくさんいるんですね。

その人たちはなぜ日本食が嫌いなんだろう? 苦手なんだろう? といった調査もちゃんと行われてないので、ビジネス、あるいはマーケティングのちゃんとした戦略の立てようがないんじゃないかと思われます。だから、そういったデータをこれからどう作っていくかが課題です。

さらに進んで考えると、そもそも海外でアンケート調査の対象になっている日本食は何なのか。彼らが日本食をどういうものだと思って答えてるのかについての理解も、本当は十分ではないんじゃないかと思います。

私は大学にいますので、もちろんアカデミックな研究も含めてなんですが、基本的なインフラストラクチャ、データが整っていないところが最大の問題であると思います。

手塚:そうですね。さっき西井さんもおっしゃったように、日本食にはエビデンスやデータが少ないですし、「日本食」と一言で言ってもどういう食事なのか(がはっきりと定義されていない)。

私は寿司屋ですが、寿司といっても、普通に江戸前寿司のにぎり寿司もあれば、日本の中でも大阪寿司もあり、カリフォルニアだったらカリフォルニアロール、ブラジルでしたらイチゴを巻いたものもお寿司と呼ばれてます。「寿司とは何か?」といっても難しいですし、ましてや「日本食は何か?」といったら、より難しくなると思いますね。

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