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日本の食、海外でどう闘うか(全4記事)

TikTokをきっかけに、農村の飲食点に「外国人観光客」が殺到 ニーズが高まる一方で、日本食文化が抱える“弱点”

新型コロナウイルスによって国際観光がストップし、2019年には4.8兆円あった市場が消滅したことで、インバウンド業界は遭遇したことのない嵐の中にいます。今回のインバウンドサミットのテーマは「日本の底力」と題し、観光の枠に囚われない日本が持つ底力、可能性を多様なメンバーによって議論しました。本記事では「日本の食、海外でどう闘うか」のセッションをお届けします。日本食が世界的トレンドを目指すために、乗り越えるべき「課題」とは。

健康的な「日本食」、国内だけに留めるのはもったいない

手塚良則氏(以下、手塚):残り時間が約10分になったので、ぜひ「このセッションで伝えたいこと」をみなさんにもお願いしたいんですが、まず西井さんから。たぶん打ち合わせも含めて、何時間打ち合わせしたかわからないくらいしゃべっていますが(笑)。

(一同笑)

どんどんいろんなストーリーが膨らんで、「1時間で足りるのかな?」と思いながら、どうやってまとめるかが僕の今日の課題だったんです(笑)。

このセッションを聞いている方には、日本食関係者、もちろんインバウンドの方もいらっしゃると思うので、きっかけやヒントになるようなことをお話ししていただければいいんじゃないかなと思います。

西井孝明氏(以下、西井):わかりました。日本食も「文化」だということなんですが、いろんな観点で充実させなきゃいけない課題があるんです。味の素の社長を降りて、私の個人的な妄想のレベルで「構想の種」ぐらいにしたいんですが……。昨年の12月、東京でオリンピックのレガシーでニュートリションサミットが行われたんですよね。

西経子氏(以下、西):栄養サミット。

西井:栄養サミットですね。これがロンドン、リオ、東京、今度2024年にはパリに行くんです。この中で、日本栄養士会の中村丁次会長から「ジャパンニュートリション」、つまり食を通じて健康的な生活を送っていくためのさまざまな仕組みが紹介されました。

食品だけじゃなくて、栄養士さんたちが現場で食育をしっかりやる。先ほど学校給食の話も出ましたが、いわゆるシステムとして公開する。日本の食は健康的な食になってるんだという部分を、日本だけに閉じておくのは非常にもったいないなと思います。

日本の「潜在能力」を開花させるために必要なこと

西井:こういう仕組みによって日本人は健康を維持しているし、世界的にもWHOから評価されるようなシステムになってるんだということを、専門家だけじゃなくてみんなが使えるようなエビデンスに変えていく。業界を横断して、食品業界だけじゃなくて、アカデミアにちゃんと入っていただいたり。

今、国立栄養研が手を挙げてくれているんですね。エビデンス作りをしっかりやって、観光業のみなさん、それから外食産業のみなさん、食品メーカーもそういうデータを基にして、「だから私たちが提供している料理はみなさんの健康のためにすごく良いんですよ」と発信していくものを作っていきたいなと思っています。

必ずできるんじゃないかなと思っていて。できれば来年ぐらいまでの間にシンプルなモデルを作って、あとは西さんのところのお役所にがんばってもらわなきゃいけないんだけど(笑)。

(一同笑)

海外、例えばASEANの国でこういうサミットの場を設けて、現地で食に関わる産業のみなさんが交流をしてつながりを持って、最終的には付加価値に転換していくようなビジネスモデルにできないかなと思ってます。ちょっと妄想なんですが(笑)。

手塚:楽しみですね。

西井:ぜひやりたいと思ってます。

手塚:ありがとうございます。井澤先生はいかがですか?

井澤裕司氏(以下、井澤):今日の基調講演で森岡(毅)さんがおっしゃってましたが、私が大学に籍を置いてるということもあるので、最終的には「人」だと思いますね。

もう何度も言ってますが、日本食の潜在能力はものすごくあるわけです。あとはきちっとイノベーションを起こして、アントレプレナーシップを持って、世界で日本食をビジネスとして展開すると。単にビジネスだけではなくて、アートとしても、それからいろんな健康の問題も含めて、1ステップ、2ステップ上げられる潜在能力もあるわけです。

TikTokをきっかけに、地方の小さな蕎麦屋に観光客が殺到

井澤:どれだけこの業界が、それをできる人材を吸引できるか。もちろん大学としては「どう人材を作れるか」もありますが、そういったことが社会全体としてできあがっていくという「人材育成」ですね。

だって、日本でこれからを考えた時に一番有望な分野は「食」なんですから、日本で一番優秀な人間がここに集まってこいよと。そして、みんなが「なるほど」と思えるようなシステムを作りたいなと、食マネジメント学部を作った人間としては思っています(笑)。

手塚:だって、日本初の学部ですもんね。

井澤:というふうに、自負しております(笑)。

手塚:これから日本食が世界で闘うための人材が育てられる、ということになりますよね。西さんはなにかありますか?

西:インバウンドのみなさんに「日本に行って何をしたいですか?」と聞くと、一番多くの回答は「日本食を食べること」。それからアジアの方々に聞いてみると、「地域に行って、地域の郷土食を食べたい」という答えが多いというアンケート結果があります。

今日のテーマが「日本食、海外でどう闘うか」なので、またインバウンドのみなさんが戻ってこられたら、いろんな地域に行っていただきたいです。

初めて日本に来られる方は、まずは東京、大阪、京都を中心に行かれるわけですが、リピーターになればなるほど、農山漁村、特に中国の方だと私たち日本人も行ったことがないところに行かれて、SNSで発信されています。

とある農山漁村のすごくちっちゃいお蕎麦屋さんに、とっても中国人の方がいらっしゃって。それはもう全部「TikTokで見ました」というお話があったりするぐらいです。ですので、そういうふうに地域に行って食を楽しんでいただきたい。

日本食に足りないのは、健康を証明する「エビデンス」

西:地域の食を多言語化するとか、いろんな国の方に好んでもらえるようなストーリーを発信するといった「資源の磨き上げ」をまずはやっていくことが、「海外でどう闘うか」というところでは大事です。

これについては、すでに観光庁さん、経産省さんのクールジャパン、内閣府さんやいろんなところと連携して、予算も使いながら磨き上げ、地域での食を外国の方に楽しんでもらっています。地域レベルでやっていただくことを、国が支援すると。

一方で、国として何をやるか。4年近く食文化を担当する課長としてやってきて、やはり一番困ったのはエビデンスです。科学に基づいて、共通言語で、みんながどこに行っても伝えることができるものがなかったわけですね。感情や文化を英語に直して発信することはできますが、「健康に良いんです」とは言えても、そのエビデンスがない。

だから(カギを握るのは)文化を科学する、食べることを科学することだと思うんです。私がこれからどこのポジションに就くか、というのはあるんですが、できる限り科学に基づいたエビデンスを積み重ねていくのが課題だなと、今回のセッションを通じてあらためて強く感じました。

エビデンスが出てくれば、料理人のみなさん、それから地域のみなさんもエビデンスを使って、さらに付加価値をつけていくところに活用できるんじゃないかなと思います。私も西井さんのジャパンニュートリションの話をうかがって、これは本当にやってみたいなと思っています。

ユネスコに和食文化が登録されたのは2013年で、来年2023年で10周年なんです。私も食文化から離れていたのであまり考えてなかったんですが、今朝ふと「そうだ、来年は10周年だ」と思いまして。それに向けて、また産学官連携してやっていけたらいいなと思います。

和食料理人の仕事は「SDGs」を体現している

手塚:ありがとうございます。僕は現場の人間なので、日本だけじゃなくて海外でもお寿司を握ることがすごく多いんですね。海外の方をお迎えして日本で握ることも多いですし、海外に行って握ることも多いです。なので現場から言わせていただくと、日本食は可能性しかないと思ってるんですよ。

可能性しかないなと思った時に、今回のセッションで3名の方からいろんなお話を聞いて、さらに可能性しかないなと。「どうしようこの未来、明るすぎる」と思ってしまいました(笑)。僕は4代目なので、技術的にも提供しているものも、父のやっていたこととほぼ同じなんです。じゃあ何が違うかというと、ストーリーを伝えてるんです。

「誰が獲ったよ」「どういう漁師さんだよ」「日本はこういう獲り方なんだよ」「日本の魚はこんなにすばらしいんだよ」「この包丁は伝統工芸品だよ」「こういうお皿に乗っけてるんだよ」「こういうふうに季節感を出してるんだよ」と、文化背景の違う海外の方にも伝えることによって、それすら魅力に感じてくださるんですよね。

ふだん私たちがやっていることを言葉にして伝えるだけで、価値がドンと上がるんです。これに、さっき西井さんがおっしゃったようなエビデンス、数値化、全世界の方がわかるようなパッと見てわかる価値を伝えることができたら、さらに高付加価値化、もしくは日本食の魅力を海外に伝えることができるなと思います。

「ここ4~5年は日本がブームだからとりあえず行こう」「日本食がブームだからこれを出そう」だけではなく、永続的に日本食を世界の中でポジショニングできるんじゃないかなと感じさせていただいたセッションでした。

実際に私たち職人がやっておることって、今言われてるSDGsと同じなんです。和食で言うと、ツマは大根を薄く切るんですが、大根の皮も小さく刻んできんぴらにしましょうとか、ニンジンの皮も刻んでゴミをできるだけ減らそうとか。もしくは漁師さんも、自分の子どもが漁師をする時に魚がいなくならないように、獲りすぎないようにしようとか。

僕らが当たり前にやってることに、今、ようやく世界が追いついてきたと感じています。そこに、今日お三方がおっしゃっていたことを加えることによって、日本食がこれから世界で闘うのに優位性しかないなと思いました。

「匠の技」を「仕組み」に変えていく

手塚:最後に、いろんなきっかけや情報をいただいた西井さんにお願いをして、締めていただきたいと思います。よろしくお願いします。

西井:今日は本当に貴重な時間をありがとうございました。立命館の食マネジメント学部を日本で初めて作られた井澤先生と、日本食のユネスコ登録に尽力され、そのあとの普及をされていた農水省の西さん、それから世界で食品産業として闘ってきた私の3名がこの場に同席したというのは、非常に意味があると思っています。

アカデミアの協力なくして、エビデンスなくして、科学的なデータの裏付けなくして、世界では闘えません。しかしながら一言で言うと、手塚さんが今おっしゃったとおりで、日本の料理人のみなさん、それから観光業のみなさんも実践されておられると思うんです。

つまり「匠の技」を、どういうふうに「仕組み」に変えるか。仕組みに変える時に、データや説明をできるように、外国人にもわかるように伝える。

さっきみたいに「大根の皮をきんぴらにして出してる」なんて言ったら、ほとんどの外国人が感動するはずなんですね。これを伝えきれてないところに、日本人の奥ゆかしさとともに、海外で闘うノウハウがまだできてないところがあると思うんです。

したがって、ぜひこういう座組の中で一緒に闘っていく。その中で、森岡さんがおっしゃったように、大きなジャパンブランドがあって、それぞれの中に地域の特性を持って、自分たちの旅館やレストランの特徴で訴えかけていく。そういう枠組みができるようにしたらいいなと思います。

歴史と伝統だけじゃなくて、京都が食文化のガストロノミーの発信拠点になるとすばらしいなと思います。ありがとうございます。

手塚:どうもありがとうございました。

(会場拍手)

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