「業務」=「やりたいこと」にするために必要なこと

岩元貴久氏(以下、岩元):企業の中でも、取引とかがケアリングですよね。相手の価値観と自分の価値観を満たした時に物事が成立し、契約を結ぶ。セールスなども、すべてにおいて同じことです。上司と部下の関係でもそうです。経営者と社員という中でもそうです。相手の価値観を満たしながら自分の価値観を満たすという発想、意識を持つことで、どんどん会社のコミュニケーションが変わってくるはずです。

坂東孝浩氏(以下、坂東):これはめちゃくちゃ大きいポイントだと思うんですけど、ぜんぜん一般的な企業のパラダイムにないですよね。

武井浩三氏(以下、武井):(笑)。

岩元:ないと思いますね。

坂東:何から手を付けていけばいいんでしょうね。

岩元:僕はリモートワークによってそれ(ケアリング)が起こりつつあると思っています。リモートワークになって一番まずいのは信頼しないことです。「あいつはこの時間サボっているんじゃないか?」と。だから上司は管理しようとするんですよ。信頼していないから管理しようとする。

信頼していないのはさっき言ったように、相手のことを知らないからです。もちろん社員の価値観と、社員に与えられている業務の価値観がリンクしていないと、社員はサボり始めます。だって、自分の価値観はもっと他のところにあるから。

ここで大事なことは、価値観のリンクです。つまり、社員が、自分の任されている業務が自分の価値観にメリットを与えてくれると感じること。業務が自分の価値観にいろんな恩恵を与えたり、役立つということになると、業務が社員にとってやりたいことに変わるんです。人はやりたいことをやりますからね。だから管理が不要になってくるんですよ。業務に対しての価値観のリンクがないと、管理しなければいけなくなってしまうんです。

坂東:本当ですね。

岩元:『奇跡の経営』を読んで感じたのはそこだったんですよ。社員がセムコ社で働きたいと思っているのをすごく感じたんです。だから管理しなくてよくなった。「管理しない経営」じゃなくて、「管理しなくてよくなった組織」ということです。

坂東:なるほど。

岩元:他のところに行ったらコントロールされたり、いろいろと制約があるけど、セムコ社はそうじゃない。自分のやりたいことができる。自分が参加したい会議に出られる。自分が発言できる。自分の距離を自分で決められる。そんなところは、ここしかないわけですよ。

だったら、ここの仕事がずっと続くようにしたいし、また自分がここに貢献したいと思うじゃないですか。だからリカルドとしては、「何にも自分は管理しなくてもいいよ」みたいな。みんなのやる気を感じたんだよね。

なぜ母親は、子どものことをよく理解しているのか?

坂東:それはすごいですよね。でも、今私たち、手放す経営ラボラトリーのコミュニティは120人ぐらいですけど、そこもみんな会費を払って来てくれているんです。私もタケちゃんもそうですけど、払ってくれているんですよ。だから管理しなくていいんですよね。自分で主体的に来てくれているからです。

岩元:自分がやりたいことと手放すラボでやることが一致しているんですよね。

坂東:そうですね。重なりがあるということですね。会社組織、事業を運営しながらそれを成り立たせていくのはけっこう難易度が高くないですか?

岩元:だからこそ、社員に好奇心を持って、社員の価値観をまず明らかにすることがすごく大事だと思います。そして社員には、できるからとか、得意だからとか、センスとかでやるのではなく、「この人がやりたいこととこの業務は一致しているかどうか」で業務をアサインすることが大事だと思います。

そして伝える時も「これをやってくれ」ではなくて、その人の価値観を確認しながら、「その価値観とこの業務は関係するね」という伝え方をする。だって、人は「意義」を求めていますよね。「自分にとってこれはどういうことなの?」という意義がわかった時、人はすごくやる気が出てくると思いません?

坂東:本当ですね。

岩元:だから業務を与えるのではなくて、「これをやるとあなたのやりたいことが実現できるよ」と業務をアサインするべきだし、それを伝えることが必要だと思うんです。純粋に社員のことをまず知ろうよと。「どんなことをふだん話しているんだろう」「どんなことにお金を費やしているんだろう」「持ち物とか、どんなものを持っているの?」。

例えば、女性は家で家事をして、お父さんが働いているという昔の環境があったとして。家の中、子どものことを一番わかっているのはやっぱり母親じゃないですか。なぜ母親が子どものことをよくわかっているかと言うと、母親は子どもの部屋を掃除するからです。

坂東:なるほど。

岩元:子どもの部屋に行くと、その時子どもが一番関心のあるマンガ本が並んでいるんです。

坂東:確かに。

岩元:飽きた本はどこかに散らばっているわけです。

坂東:そうですね。

岩元:人は、価値あるものを自分のところに置きたがるんですよね。アイドルのポスターだって変わっていくと思いますよ。今はポスターなんか使わないかもしれないけど。だから、子どもが一番関心があるものは部屋に行くことによってわかるんです。

坂東:そうだわ。

武井:すごい。

人の「価値観」は表に出ている

岩元:お父さんは部屋に入らないので知らないんですよ。

坂東:知らないですね。

岩元:ということは、人の価値観は表に全部あらわれているわけです。

坂東:なるほど。そんなに難しくないということですね。

岩元:ぜんぜん難しくないですよ。社員の洋服を見る、プライベートの服装を見るだけで価値観がわかります。だって、ロックが好きな人はちょっと革ジャンを着ていたりとかね(笑)。見た目でわかるじゃないですか。僕らもふだんわかると思いますよ。

坂東:タオルを掛けていたり。

岩元:「ああ、この人はこういうものが好きだな」みたいな。

武井:タオルは永ちゃんじゃないですか?

坂東:永ちゃん、永ちゃん。

(一同笑)

岩元:バッグに何を付けているかとか、携帯の待ち受け画面とか。待ち受け画面は、今の時点で一番自分が関心を持つものにしていると思うんですよ。嫌いなものを待ち受け画面にしないですよね。

坂東:確かに。タケちゃんの後ろのギターとかね。

岩元:そうそう。「ああ、音楽をやっているんだろうな。音楽が好きなんだろうな」とわかるじゃないですか。話さなくてもいいんですよ。見るだけでいいんです。

武井:見えてくるものがぜんぜん違う。

岩元:一緒にランチに行って話す時も、人は持っている情報のことしか話せないじゃないですか。情報を持っているということは、ふだんその情報にアクセスしているんですよ。

坂東:そうですね。

岩元:だからそのことに対して饒舌になる。「このテーマについてはこの人めちゃくちゃ物知りだな」「なるほど。こういうことに関心を持っているんだ」とわかる。だから、本当に観察するだけで、その人が何に関心を持っているかが見えてきますね。

相手に関する情報量が増えると「嫌」がなくなる理由

武井:僕らは今、「手放す“じぶん”ラボラトリー」という経営者向けの変容経営塾みたいなものを立ち上げているところですけど、先々週ぐらいに、まさにただ「見る」ことをしたんですよ。

坂東:そう。

武井:いや、今の話は完璧にリンクしてましたね。

坂東:いや、本当に。さっき岩元さんが「その人のことがわかると好きになる」と言ったじゃないですか。それをまさに体験したんですよ。タケちゃんがナビゲーターで、朝7時からやったんですけど。身の回りにあるものを何でもいいから3分間じっくり観察してみようって言って、瞑想の後にそれをやったんです。

私は外にいたので、目の前に……。岩元さん、「ガガンボ」ってわかります?

岩元:食べ物ですか?

坂東:いや、虫です。羽アリのでっかいやつ。それが目の前にいて。目の前にいたからそれを見ていたんですよ。ふだん気持ち悪いと思っていたやつで、手がめちゃくちゃ長くてね。3分ずっと見ることはなかったんだけど、ずっと見ていたら造形のきれいさとか、足のしなやかな曲がり方とか。色は茶色で汚いと思っていたんですけど、「これ補色だわ」とか「よく見ると目もすごく大きくてけっこう丸いな」とか。

そういうのを見ているうちに、蛾に対して嫌という感情が消えてきたんですよ。タケちゃんが、終わった後に同じことを言ったんですよ。「情報量が増えると嫌がなくなるんだよね」って。「本当にそうだな」と思って。

岩元:その通りです。

武井:相手の文脈。なぜ相手がそうなったかに想い、イマジネーションを向けられるようになるので。

坂東:そうですね、イマジネーションね。

武井:そうすると相手に対する批判よりも、同調みたいな感覚になって。これが愛なんでしょうね。

岩元:そうですね。マザー・テレサも日本で講演した時にね、「愛の反対は何ですか?」と言われて「無関心」と答えたと言われていますよね。

坂東:いや、あれはすごいわ。

退職しようと思うほど、嫌いだった上司の態度が「好転」

岩元:僕のコーチングの中で、あるクライアントさんから、「タカさん。会社を辞めたい」という話があったんですね。僕は「うん、いいと思うよ。どうして?」と言ったら「上司が尊敬できないから」と。

「ん? ちょっと待って。仕事はどうなの?」「いや、好きです。やりたいことです。だからこの会社に入っているし、仕事自体はぜんぜん問題ないんですけれども、上司がとにかく嫌なんですよ。ぜんぜん尊敬できない。人間としてちょっとおかしいと思う」と。否定したいぐらいノーだったんですよね。

だから僕は彼に「オッケー。じゃあ会社を辞めるのは3ヶ月後に辞めるって決めようよ。その間やってほしいことがある。上司の顔をセッションごとに教えてほしい。眉毛の形、鼻毛が出ているなら出ている。ほくろの位置、数。全部教えて」と言ったのね。そうしたらどうなったかと言うと、1ヶ月半ぐらい経った頃ですかね、「タカさん、辞めなくてもいいと思います」と言ってきた。

坂東:(笑)。けっこう早いな。

岩元:「なんで?」「いや、上司が変わったんですよ」と。

坂東:なるほど。「上司が変わった」と言ったんですね。

岩元:「なんで?」と言ったら、「いや、前はあんまり僕のことを褒めたりもしなかったのに褒めるようになった。この前は飲みにも誘われて」という状況になったと言うんです。「ほうほう。どういうことが起こったかわかる?」と聞いたら、「いや、わからない。なんで上司が変わったのかな?」と。

これには秘密があって、彼は僕に上司の顔を教えるために、上司の顔を見るようになったんです。それまでは、嫌いだから、上司が何か言うと絶対目線を合わせないんですよ。もう僕でもイメージできましたもの。「この子、絶対こうやって下を向いているな」とか「うんうん」とか言っているだろうなと。

坂東:拒否反応ですね。

岩元:でも、上司の顔を見るようになった。つまり、「眉毛の形はどうだろう」「このへんで毛が1本出ていないかな」とか「ほくろは?」と顔を見ていると、上の空で聞いているとわかっていた上司が、自分の顔を見られると「あ、聞いてくれている」と思うんですよ。聞いてくれていると思ったら、聞いてもらいたい話をするようになるんですよ。

坂東:なるほどね。

岩元:だからその人を褒めるようになるし、その人にわかるように伝えるようにもなる。関心を向けられると、関心を維持しようとする。上司側も今度は興味を持つわけですよ。この子は何を知りたいか、何を言ったら聞いてくれるだろうか。だから気の交流が始まったんです。

坂東:なるほど。気の交流がね。

岩元:これだけで人間関係ががらっとかわっていきます。

坂東:そうか。相手の顔を見るという行動を通じて気が出ているわけですね。そして、それが相手に届くと。

岩元:そうです。

人間が「嫉妬」する原因

岩元:僕は、実は人前で話すことや講演がすごく苦手です。基本恥ずかしがり屋なので。

坂東:へえ。

岩元:緊張するし、それがずっと僕のイシューだったんだけど、それを改善できたのは「気」を知ってからです。講演の時に、前列にいる人たちの顔をずっと見るようにしたんです。「こんな顔をしているんだ」と。

見ると、気が出るんですよね。「どんな顔をしているんだろう」と気が出る。それまでなんで緊張していたかと言うと、自分を見ていたんですよ。「よく思われたい」「いい話をしたい」「間違わないように」と、全部気が自分のほうを向いていたんですね。だから緊張していたんです。

でも、好奇心を持って気を前に出すようになると、自信を持って言えるようになって、緊張しなくなりました。基本的に、自分らしくあるようになる、ということです。

坂東:チャットで質問が来ているんですけど。「知り過ぎて嫌いになってしまうことはないですか?」。

武井:(笑)。

岩元:もちろんその人の嫌な面だけを見れば、あるでしょうね。そこで大事なことは、まず第一前提として、自分で自分の価値観を知り、自分の価値観に生きているということ。そうすれば、知り過ぎて嫌いになるということはなくなります。

坂東:ほう。

岩元:だって自分の価値観に生きられている時、人は満たされているから。満たされている時は包容力が高まる。そして価値観通りに生きることが、どんなにいいことかが自分でわかるので、相手も価値観通り生きることを認めるようになれるんですよ。「あいつ、自分勝手だな」と批判するのは、自分が価値観通り生きられていない時なんです。嫉妬が起こるのもそれですね。

坂東:そうだわ。

岩元:自分がちゃんと自分の価値観に生きられていると、相手の価値観もぜんぜんオッケーです。自分がそうなりたいことを、他人がやっているから嫉妬するんです。本当は自分がそうなりたい。それをできてない自分がいるという認識です。だからまずこの「自分で自分の価値観を知り、自分の価値観に生きる」が第一です。

坂東:なるほど。

岩元:次に、相手を知っていき、自分の価値観と合わないところがあって、それを毛嫌いするようになるということがある。ここはちょっとディマティーニ・メソッド(人間行動学者ジョン・F・ディマティーニの考案した自己変容メソッド)みたいな発想ですけどね(笑)。

すべてのことにはいい面と悪い面が必ずあります。「これは自分の価値観に反するネガティブなもの」と認識するのは、デメリットの部分しか見ていないからです。