守る、避ける、見て見ぬふりをする、“早過ぎる意思決定”が多い

ーー社会の変化が速い今、「意思決定も早いほうがいい」という風潮があると感じています。一方で中村さんの著書のタイトルは『なぜ、「すぐに決めない」リーダーが結果を出し続けるのか? 』。この「すぐに決めない」ということを考えた背景や理由があれば教えていただけますか。

中村一浩氏(以下、中村):まさに「早ければ早いほうがいい」ということに対する、ある種のアンチテーゼです。早く決めることが悪いとも思ってはいないんですが、みんな早過ぎると思うんですね。

自分なりに冷静さを持った上で早く決めるならまだいいんですけど、どちらかと言うと、刺激に対して反応的に決めていることが多い気がしていて。

ーー本の中では「評価・判断しているつもりで反射・反応しているだけになっている」と書かれていましたよね。

中村:そうですね。例えば、落ち着いて考えたら「ノーかも、これは違うね」と気づけるのに、ぱっと見た瞬間に、経験則やある一面だけの情報で「イエス、行こう」と決めることが繰り返されるのは、結果として非効率かなという気がしています。

しかも多くの場合、「避けたい、見たくない、不安や恐れ」という世界からの「守る、避ける、見て見ぬふりをする」意思決定が多いと僕は思っています。

仮に速さを追求していくのであれば、反射・反応的にならないように一瞬で立ち止まって、一瞬で考えを巡らせて、一瞬で決めるんであればいいんですけど、それには練習が必要です。なので「一回立ち止まる」とか「振り返る」ということも、日常的には組み入れたほうがいいんじゃないかなと思います。

「怖い、嫌だ、違う」と避けたり否定するだけじゃなくて、「そういう意思決定もありなのかも」「そういう選択肢を取ってもいいのかも」という考え方の余地が広がると、意思決定の幅は広がる。そういう余白を持ちながら意思決定していけるといいなというのがもともとの背景ですね。

リモートワークに適しているのは、自律分散的な仕事と組織

ーー結局は非効率であるというお話がありましたが、「生産性を上げるには、意思決定のスピードを早めるほうがいい」という考え方もあると思います。

例えばリモートワークで生産性が低下したという会社では、メンバーの状況が把握できず、意思決定に必要な情報共有やコミュニケーションがとれずに、意思決定にかかる時間が長くなったからという理由が挙げられています。この意思決定と生産性の関係性に関して、中村さんはどうお考えですか?

中村:この本に通底している僕自身の考えは、「自律分散的に仕事をしましょう」ということです。誰か1人が決めるのではなく、個々人が自分の現場の中で自分にとってのベストを尽くす。もちろん「勝手にやれ」という意味じゃなくて、必要であればメンバーみんなに相談をしながらです。

リモートワークは、自律分散的な働き方の人にとっては非常に生産性が高いと思います。でも、組織のヒエラルキーがあって、いつも誰かが情報をすべて収集して、管理して、意思決定する形態であれば、非効率なことも多いと思います。

例えば、電気・水道・ガス等のインフラ系事業において、上から決めて「やれ」という号令で一斉にやる組織では、ちゃんと情報も行動も管理した上でやらせるのは大事だと思います。けれどそうじゃなくて、「現場で即時、自分で判断しながらよりよいものを創ってください」というところに関してはリモートワークと相性が合う。そういう違いだと思います。

掛け声だけで実態が変わっていない二重の拘束

ーー組織のかたち、業務形態に関わってくる。だから一概に「リモートワークがいい」というわけではないんですよね。

中村:僕自身は、組織に「ヒエラルキー型」と「自立分散型」があったとしたら、今はヒエラルキー型に寄り過ぎじゃないかなと思います。そこをより自律分散型にしようと。「ティール組織」とか「ホラクラシー」とかいろんな考え方が広がり、実践されてきているんだけど、結局は既存の組織形態が維持され、上位層の考え方は変わっていないので、掛け声だけになってしまっている。

「自律分散」って言っているのに、情報が共有されず、一方的に上から管理されるという、このダブルバインドが一番苦しい気がします。

ーー今までずっと指示命令型で動いてきた方々は、なかなかそのマインドを変えるのが難しいと思うんです。どうすればマインドは変えられるとお考えですか?

中村:その人たちに何かしらの「うまくいった体験」がないと行動は変えられないと思っています。現場に権限委譲して成功した、というような自律分散の方向に流れていく事例が出てくると、「自分が全部背負わなくてもいいんだ」という成功体験になっていく。

自分が任せた範囲の中で、自分が思っている通りか、それ以上の変化が起きる体験が生まれればなと思います。1回でも小さな成功体験をすれば、「変わってもいいのかも」と思えるようになるんじゃないかなと思っています。

最初の一歩を踏み出せない限り、ずっと同じ問題が降りかかってくる

ーー書籍の「はじめに」で、管理職の方々が背負い過ぎている、リーダーが自分でやろうとし過ぎているとありました。それが成功体験がなかなか生まれにくい原因であり、手放すという作業が必要なんですね。

『なぜ、「すぐに決めない」リーダーが結果を出し続けるのか? 勝手に稼ぐチームをつくるシンプルな3原則』(日本実業出版社)

中村:まさに。「信頼する」は「手放す」という行為に近い構造なんですけど、最初の一歩を踏み出せない限り、ずっと同じ問題が降りかかってくる。怖くて一歩が踏み出せないから、また自分がやることになる、という構造です。

自分の意思で一歩を踏み出せる人もいれば、上から指示されて踏み出せる人や、環境によってやらざるを得ない状況もある。一義的な答えはないんですけど、そのサイクルから一歩抜け出すことが必要です。僕はそこができるといいなと思って、ずっと仕事をしていますね。

ーー結局、組織を変えるにはまず自分が一歩踏み出すことが大事なんですね。

中村:そうですね。

表現を変えるだけで伝わり方も変わる

中村:例えば、これを「マインドフルネス」という言い方にして、要は「自分のことを客観的に見よう」と伝えることでうまくいく人もいます。

一方で、僕はある企業の研修では「マネジメントの手法を変えましょう」「『させるマネジメント』から『するマネジメント』に変えましょう」と言っているんです。「マインドフルネス」という言葉を嫌がる人は、「マネジメント」って言われるとけっこう乗ってくるんですね。言い方ひとつで、伝わり方が違うんです。僕は同じことを言っているんですけど、「表現を変えるだけで変わるな」っていつも思いますね。

ーー「マインドフルネス」は心の持ちようや自分と向き合うとか、イメージは内心のほうに近いのかなと。「マネジメント手法を変えましょう」と言うと、ロジカルな考え方の印象がありますね。感情からアプローチしていくか、理論でアプローチしていくかの違いなのかなと感じました。

中村:そうですね。左脳・右脳という言い方もできるし、認知行動心理学でいくと認知と行動みたいな。行動から認知を変える、認知から行動を変える。いろんな区分けの仕方ができるかもしれないですね。

ーーそれぞれの組織や人に合ったやり方がありますよね。

すぐに決めずにイライラされるのは「無自覚に立ち止まる人」

ーー中村さんの「すぐに決めない」が大切なのも分かる一方で、上司がなかなか決めてくれなくて、メンバーが「早く決めてくれればいいのに」という不満を持ってしまうケースがあると思うんです。こういう事態になるのを防ぐには、どうすればよいのでしょうか。

中村:そうですね。先ほどお話した「自覚的に立ち止まる人」と、「無自覚に立ち止まってしまう人」がいると思っています。その無自覚に立ち止まるほう、言い方を変えれば、進めなくて・考えられなくて立ち止まるほうは、部下だったら確かにイライラするなと思いました。

例えば、(無自覚に立ち止まってしまう理由として)そもそも現実・現状が把握できてないという話があります。一応現状を見ているんだけど、そのことが自分なりに整理・構造化できていない。あるいは整理も構造化もできているんだけど、解決策が見当たらない、行動の指針がわからない。

それぞれが理由として起こり得るとは思うんですけど、そのどれもができていなければ、そりゃあ「何してんねん、上司」と思われてしまいますよね。

僕が言っている「すぐに決めない」は、状況や指針がわかった上で「でもすぐに決めないで、もう少し見てみよう」とか、「今一度、確認してみよう」というスタンスのことです。そのことすらできていない「決めない」と、できていてわかっているんだけどあえて「決めない」という、その違いがあるんだろうなと思います。

ーー「決められない」という言葉のほうがふさわしいかもしれないですね。

変化が激しいこの現状を、一人で背負うのは難しすぎる

ーー現状把握や問題の構造化が難しいのでしょうか。中村さんが日頃意識してしている現状把握のコツってありますか?

中村:あとがきにも書いたんですけど、すべてのベースに「対話」があるんですね。対話というのは、ふんわりお互いの身の上話をして、気持ち良く受け取ろうみたいな話のことではないんです。

1つには、知らないことやわからないことがたくさんある中で、違う視点からの声を聞くこと。さっき「現状を見る」と言いましたけど、自分一人ではできないことがたくさんあるので、必然的に人に聞くことになるじゃないですか。その過程の中で問題を多面的に見られますよね。

それを見た上で話をする中で、「それは確かにそういう理由があるかもね」「これはこうつながるかもね」「自分でもこう思うんだけどどう?」という整理がされていく。

整理された中であらためて「どうする?」と考えて決める。これがまさに意思決定ですよね。僕はこの話し合い、関わり合いが大事だと思っています。

でも、特に管理職の方はついつい「自分でやらなきゃ」「自分がやろう」「自分の思考力の問題だ」「自分のスキルの問題だ」となっちゃうんです。でもそんな簡単なものじゃない。変化が激しいこの現状を、一人で背負うって難しすぎませんか(笑)。

ーー確かにそうですね。正解がない時代なので、一人で考えて答えを出そうとするのは負担が大きすぎる気がします。

リーダーに大切なのは「自覚的であること」

ーー書籍に紹介されていた「すぐに決めないリーダーの3原則」の3つ目に、「リーダーは自然体でいること」とありました。今の「背負いすぎない」と通じるところでもあるのかなと思います。

というのも、組織をまとめるリーダーは、メンバーにネガティブな側面を見せてはいけない、常にポジティブであるべきだという考えもあると思うんです。今のお話から言うと、悩んでいる姿をメンバーに見せてもよい、むしろ悩んでいる姿を見せない方が良くない、ということですか?

中村:僕はそう思うし、特に自律分散型組織においては、よくないと思うんです。要は、お互いに「一人の人としてやっている」という信頼があるからこそ、メンバーも、ちょっとした悩みとか現場の問題を出しやすくなるし、それによって対処もしやすくなる。

ただ、きちんとした指示命令系統で、「なめられないようにする」「相手が納得しなくてもやらせる」という組織形態を作っているところには、相性が悪いですよね。

自分自身に対しても組織に対しても、自覚的であること。「あえてそうしているよ」と言えるかどうかだと思います。自覚的になれば「このプロジェクトは、この案件は、この場面においてはもっと自由にやろう」ってできるはずなんですけど、なんとなく全部において、すぐ決めるか決めないかの二択、というふうになってしまう。

だから僕は自律分散型の組織も完全にいいとは思ってなくて、場合によっては非効率なんですよ。みんながそれぞれ勝手にやって、力が分散しちゃうっていう。

ーーそうかもしれないですね。

中村:ちゃんと自分たちがわかった上で「今はそうしているんだね」という、まさに納得感がないと、不満ばかり溜まって非効率になっていく。そのために立ち止まって考えたり、自覚的に話したりすることが、この本の趣旨かなという気がしていますね。

ーー「自覚する」ことが大事ですね。

「対話」がない限りは、意思決定の方法だけを問うてもナンセンス

ーー納得感の話で、決める方法の1つに「多数決」があると思うんですが、これについてはどう思いますか?

中村:これもさっきお話ししたように、決めるには3つのプロセスがあります。現状を見ること、整理・構造化をすること、そして、決めること。最後の決めるところだけ多数決をしても、声が拾えないんですね。どう世界を見ているのか、それをどうつながりとして考えているのか、その部分の声がちゃん拾えていれば、結果として、多数決も機能すると思います。

ーーなるほど。逆にその前段がなければ、多数決はあまり機能しない。

中村:パワーゲームですね。何かしらの政治なり権威なり立場のパワーゲームで決められていくだけなので、形だけですよね。民主主義でも対話が重要だと言いますが、まさに世界をどう見ていて、今起こっていることがどのようにつながっていると見るか、その「対話」がない限りは、意思決定の方法だけを問うてもナンセンスだと思いますね。

ーー「意思決定」というテーマでは、どうしても「どうやったら決まるか」という話になるんですけど、その前の対話が大切なんですね。

非効率に思える「対話」は、「意思決定」と違う方向のものではない

中村:僕はこの本をあえて「対話」という言葉を使わずに書きました。4年前には「対話」はあまり響かなかったんですよね。でも4年経って随分と世の中が変わっちゃって(笑)、むしろ対話ブームになっていますよね。

ーーそうですね。最近すごく対話の重要性をおっしゃる方が増えた印象があります。ただ、まだまだその重要性が理解しづらいところがありますよね。

中村:そういう意味では、この「意思決定」という文脈から、対話の重要性が伝わるといいなと思っています。どうしても「対話」って意思決定を長引かせたり面倒なイメージがあって、「意思決定は早く」という話と、違う方向の引っ張り合いになっている感じがありますよね。

ーーそうですね。

中村:僕は「いや、対話してるから早く決まるんだよ」と思ってるんです。白・黒じゃなくて、対話と意思決定は一緒なんだとうまく伝わるといいなという思いがあります。

よりよい意思決定が生まれた「対話」の事例

中村:1個だけ事例を出すと、僕は今、大手エネルギー企業の1つの部門で2年間、組織開発の仕事をしています。そこで管理職層に「対話をしていこう」と話すんですが、実は当初はいろんな上長の方から反対が出たんです(笑)。

「無駄じゃないか」とか「話すだけで何になるんだ」とか「何も決まっていないじゃないか」とか「目的は何なんだ」とか。とにかくそういう否定的な声があったんですよね。ただ不思議なもので、2年間やってみると、その管理職層の皆さんが「あいつはすごく柔らかくなった」「風通しがよくなった」と言うんです。「話を聞いてくれるし、すごく会議が楽なんだ」とか。

管理職同士でも「なんで対話なんだ」と言っていたのが、「やっぱり何でもない話ができるって大事ですね」って言い始めたりとか。

急に違う部門のリーダーが「あのチームの後輩はどうなっているの」って気にし始めたり、部門間連携が難しかったところが「最近一緒に勉強会をしているんですよね」って、その上司が喜んでいたり。でもこれは、極端な言い方をすれば、今まではお互い、ちゃんと話してなかったんですね。

「それはそっちの問題でしょ」と言っていたのが、話してみたら「一緒の問題だね」とか「ここは一緒にできるんじゃないの」とか「どうしている?」という対話が生まれるんです。

そうなってくると上の仕事も減るので、より純粋に「じゃあこれからどうしよう」と考えられるし、何かあったとしても横で議論をしたり話もできるようになってくるので、違う部門での話し合いも、よりいい意思決定ができるようになる。

それって、最初すぐにはわからないんです。どうしても、対話をするって非効率なイメージがあるので。「この忙しい時に対話なんて」と言われちゃうんですけど(笑)、2年経って、やっとみなさんがそれを、ちょっとずつ実感し始めてくれているんだなと思うと、やっぱりうれしいなと思います。