弱さを思い出させてくれる「ゆるスポーツ」の仕組み

澤田智洋氏(以下、澤田):あとけっこう僕が大事だと思うのは、「気付きを忘れないこと」というか。

佐藤尚之氏(以下、佐藤):人間ってすぐ忘れるからね(笑)。

澤田:例えば、風邪をひくと「コンビニまで行くのもしんどいんだな」と思うけど、治った瞬間につらさを忘れるというか(笑)。

佐藤:そうそう(笑)。

澤田:今感じている弱さは、実は一生ものになる可能性がある。忘却しちゃうのはもったいないから、弱さを忘れない力もすごく大事なんじゃないかなと。

佐藤:ゆるスポーツはそこがすごく良くできていて、スポーツをすることで「そうだよね!」という共感と共に、スポーツをするたびに定期的に弱さを思い出せる仕組みやプラットフォームができているのがすばらしいなと。これは天才的というか、こういうふうにポジティブ転換した上で常に思い出せるプラットフォームになっていること自体がすばらしいなと思いますね。

澤田:「スポーツでイノベーションを起こそう」というと、スポーツができるアスリートに対してテクノロジーでどういうトレーニング法を提供するか、あるいはすでにあるスポーツに対して、お客さんがVRとかを使ってリッチな体験をそこで味わうか。やっぱり、マジョリティ発想でいくとめちゃくちゃ競合も多いというか(笑)。

佐藤:そうなんですよね。強い方向だとね。

澤田:そうなんです。そもそもオリンピックの3原則で「より速く・より高く・より強く」というのを掲げていて、すべてのスポーツビジネスもそれに沿っているんですよね。「売上を一刻も早く上げるんだ」みたいな。

だけど、僕は人間の魅力ってその3つだけじゃないとずっと思っていて。笑顔がすてきなのも魅力的で大切な一面だし、気配りができるのも素晴らしい一面だし。だけどそれはある種、既存のスポーツでは意味がないから“弱さ”なんですよね。

佐藤:意味がなくなっていますよね。

澤田:意味がなくなっています。

聴覚障害者だけの「デフリンピック」が、オリパラから独立している理由

佐藤:だけどカラダの障害の場合は、スポーツという分野ではパラリンピックがあっていいですよね。僕も「アニサキス・アレルギー」という分野でかけっこがあったら、勝てる気がするんだけど(笑)。

澤田:なるほど!

佐藤:パラリンピックを「マイノリティ」というくくりにしてほしいわ。

澤田:とってもいいですね。デフリンピックは聴覚に障害がある方の大会なんですけど、なんでパラリンピックと一緒になっていないかというと、「耳が聞こえないこと以外は健常者だから、別か、もしくはオリンピック側に寄せた方がいい」という意見があったらしくて。

佐藤:えー、だってマイノリティだよね?

澤田:はい。

佐藤:僕も、ハゲだったらハゲだけを集めて、ハゲの中で棒高跳びとかで争って勝ちたいんだけど(笑)。

澤田:それ、すごくおもしろい。「ツルリンピック」、いい!

佐藤:ツルリンピック(笑)。言葉を作るなあ(笑)。

澤田:(笑)。でも、デフリンピックもオリンピックの中に取り込まれちゃうんじゃなくて、独立したデフリンピックという大会を4年に1回開催することで、「そういう方がいらっしゃるのね」という、まさにイシューレイジング(顕在化していない課題を可視化していくこと)になっているので。海外では臓器移植した方のスポーツ大会もあるんですよ。

佐藤:あぁ! あるでしょうね。

澤田:その発想が僕は大好きで。

佐藤:うんうん。

澤田:スポーツってもともと楽しいものだから。あとスポーツはみんな体育とかで通ってきているので、自分ごと化されやすい。スポーツに情報を乗せると、伝播していく。僕は、スポーツ自体がメディアだと思っていて。なので、「臓器移植した方の大会です」というのをスポーツの文脈で見ると、スポーツの力を借りてニュースがすごく伝播していく。

佐藤:すばらしい! いいな。

ゆるスポーツを始めたら「それ儲かるの?」と聞かれた

澤田:でも、強者のスポーツビジネスではそういう価値ってあんまり生かされていない。社会課題、あるいは誰かの弱さにもう少し寄り添うためのスポーツということで、ゆるスポーツをやっていて。でも始めた時は「儲かるの?」という(笑)。

佐藤:マネタイズの話ね。

澤田:そうです(笑)。「それ、半期でどれくらい売上立てられる? どれぐらい売れそう?」「うーん」みたいな(笑)。

佐藤:なるほど。そこはどう突破したんですか?

澤田:「そもそも、スポーツマイノリティが成人した日本人の45パーセントで、5,000万人ぐらいいて」と。

佐藤:そうか、規模感で行ったのね。

澤田:そうです(笑)。パレートの法則じゃないけど、そのうちの2割はきっかけさえあればスポーツをやるから。5,000万人中の2割だから、まずは1,000万人に対してアプローチをかけて、その人たちのライフタイムバリューがどうの……超適当ですけど(笑)。

佐藤:おもしろい。それはたしかに切り口になるね。

澤田:なると思います。

参加することで問題意識が芽生える「プラットフォーム」が必要

佐藤:おもしろいなぁ。いいなぁ。アニサキス・アレルギーになると、海の水を飲み込むと幼虫や卵がいる可能性があるから、海にも入れないんですよ。なので、アニサキス・アレルギーの人が集まってプールでサーフィンとか、なんかおもしろそう。ごめん、個人的な話に戻しちゃったけど。

澤田:でも「SDGsの課題を1個選んで」と言われるよりも、今のさとなおさんの話を聞いたほうが、“触手が動く”というと失礼かもしれないんですけど、「何か力になれないかな?」ってすぐ考え始めますね。

佐藤:個人個人がそういう意識を持つことが、結果的にSDGsになるんじゃないですかね。

澤田:なるほど。

佐藤:だって、こういうことで社会に関わるじゃない。僕は震災とかも「仕方ない」と思った部分があったけど、関わることによって急に公の意識ができたりした。そういうのがなかったら、自分の「自分ごと」になるのってなかなか難しいし、長続きしない。

ゆるスポーツにしても、一人ひとりが参加することで課題意識や問題意識が出てきて、その向こう側にSDGsがある、みたいなほうがいい。みんなの意識の底上げができるのが結局、一番の近道な気がするので、ゆるスポーツ的なプラットフォームってやっぱりすばらしい。そこに参加することで、課題意識や問題意識が自分の中にちょっと芽生える。そういうプラットフォームをもっともっと作らないといけませんよね。

澤田:そうですね。それはプラットフォームなんですけど、まずは本当に僕のために作っているというのが(笑)。

佐藤:それもすばらしい。自分のためだからこそ前に進むよね。しかもアイデアがある。デモで終わっていない。デモで例えば「権利を!」とシュプレヒコールするのもそれはそれですばらしいと思いますけど、そこにアイデアを足してプラットフォームまでいっているのが、やっぱり僕はすばらしいなと思いますね。

広告の仕事で求められていた「3つのS」を、全部変えた

澤田:もともと広告の仕事をやっていた時には、3つのSが常に求められていたんです。1つ目はやっぱり「speed」。早く納品して、早く売上を上げなさいと。次が「strong」。とにかく強い表現で一気に認知度を上げて、一気にコンバージョンをぶわーっと上げて、という。3つ目が「short」。自分が作ったエリアキャンペーンは短期間で広告効果を出すみたいな。

だけど、僕はそれに対してずっと疲れを覚えていたというか。「何のためにやっていたの?」という。

なので、ゆるスポーツを始める時に「S」を全部変えようと思っていたんですね。1つ目は「small」。とにかくちっちゃく始める。2つ目は「slow」。さっきおっしゃったとおり、人生が長いとすると、「焦らなくていいや」みたいな。ゆるスポーツは50年かけてゆっくりと、僕という人間と同じような成長スピードで育てばいい。3つ目が「sustainable」。やっぱり持続性のある何かを大事にしようと。

そう考えた時には絶対にプラットフォームにしなくちゃいけないし、マネタイズのスキームも必要だし。そういった方法論も『マイノリティデザイン』の中には書かせてもらったんですけど。

【4/15重版出来→以降、順次発送予定】マイノリティデザインー弱さを生かせる社会をつくろう(ライツ社)

佐藤:僕が今やっているファンベースは、まったくそこですよね。「small」「slow」「sustainable」なんですよ。もう中長期じゃないと。だって、刹那的にちょっと話題になってもすぐにみんな忘れていくし、消費されていく消耗感といったらないので。ファンの感情を扱うので、やっぱり「slow」なんですよね。

澤田:なるほど。

佐藤:例えば一目惚れしやすくて火がつきやすいタイプの人もいるけど、3年かかってようやく恋に至る人もいますよね。人それぞれなんだけど、それらすべての感情とつきあっていくとなると、やっぱり「slow」なんですよね。長続きしないと。ファンとのお付き合いはこっちがやめるわけにはいかないので。考え方はまったく一緒です。

「囲い込み・刈り取り」という言葉は、マーケティングの一番強くて悪い部分

澤田:ごめんなさい。今日は『ファンベース』の話をもっと聞きたかったのを忘れてしまっていました(笑)。

ファンベース (ちくま新書)

佐藤:今日は『マイノリティデザイン』の話です。

澤田:いえいえ。『ファンベース』で僕が一番いいなと思ったのが、「大切」という言葉がめちゃくちゃ本に出てきていたんですよね。「ファンを大切にする」という。だけど一般的なビジネス書を読むと、まさに「囲い込む」といった表現をする。

佐藤:「囲い込む・刈り取る」って僕の前で言ったら、その時点でもう絶交になるくらい嫌いな言葉ですね(笑)。

澤田:あはは(笑)。そうですよね。

佐藤:人を囲い込む・刈り取るというのは、マーケティングが一番強くて悪い部分で。感情がある人間を「上から目線でコントロールしてやろう」とするものでそういう言葉を使っている時点でその方の考え方は全部透けて見えちゃうので、一番嫌いです(笑)。すみません。

澤田:刈り取るとか囲い込むって、その生活者に対してすごく距離がある。だけど、「大切」ってすごく……。

佐藤:そうですね。大切・誠実・丁寧というのを、照れずに使っていこうと思って。きれいごとだと言われても、お花畑だと言われてもいいから。でも、結局そこにしか幸せはない気がしていて。

いろんなことをコントロールして動かして、「ちょっと儲かった」「ちょっと話題になった」というのは、本当にどうでもいい話だなぁと。あ、どうでもいいと言っちゃうとやばいけど(笑)。

澤田:いや、どうでもいいと思います(笑)。

佐藤:どうでもいいよね。なので「誠実に向き合う」ということを、もう照れずに言う。言えるようになるまでに、30年くらいかかりましたけど(笑)。

「広告」の対義語は「大切」かもしれない

澤田:僕は『ファンベース』を読んで調べたんですけど、「大切」には語源がいろいろある。1つは「大いに迫る」という語源があって。例えばジャイアンツのファンの方がいるとして、ジャイアンツや読売新聞社は存在していたけど、たぶんファンのほうにはそんなに近寄ってないというか。

だけど「ファンを大切にする」というのは、ジャイアンツや読売新聞がファンに大いに迫っていく行為だと思っていて。実は僕らって、特に大切な人にほど「大いに迫る」ってぜんぜんやっていない。僕も家族がいますけど、どれくらい大いに迫られているのかは改めて考えたし。

佐藤:広告って、距離が遠い言葉だからなるべく遠くに届かせようとするじゃないですか。でもそれって、足元を超えちゃうんですよね。だから、一番近くの人に言葉が届かなかったりする。ある人にそう言われて、最近すごくそう思います。「一番身近な人に届く言葉」という方向への発想転換を一生懸命しているところです。

澤田:おもしろい。広告の対義語って「大切」かもしれないですね。広く告げるじゃなくて、大いに迫るという行為は、ぜんぜんベクトルが違うし。だからさとなおさんが広告会社から“大切会社”に移られたのはめちゃくちゃ納得がいくというか。

佐藤:ありがとうございます。「ありがとうございます」っておかしいけど(笑)。

澤田:ちょっと待ってください。これ、80時間くらい話を聞きたくなっちゃうんですけど。

佐藤:もう終わりですよね、やばい。

澤田:たぶん質問がこれから……。

工藤眞平氏(以下、工藤):すみません、盛り上がっているところ(笑)。

佐藤:ごめんなさい。

澤田:すみません(笑)。