マスクは約140年前からレベルアップしていない?

ハンク・グリーン氏:1878年、内科医のA.J.ジェサップ(A. J. Jessup)は、感染症の拡大を防ぐため、医療従事者に対して木綿のマスクを装着して鼻と口を覆うように提言しました。

今日でも、マスクはCOVID-19をはじめとする感染症の拡大防止に重要な役割を担っています。しかし、現在使われているマスクは、ジェサップが当時使っていたものとほぼ同じレベルのものです。また、現在の最高性能を誇るマスクであっても、正しく装着することは難しく、再利用できないものが大半です。

そこで世界中の科学者たちは、「壊れないマスク」や「自浄作用付きマスク」などといった、次世代型の感染症予防マスクの開発に乗り出しています。

布マスクにもさまざまな利点がありますが、N95マスクほどのウィルス侵入防止効果はありません。N95マスクは、ウイルスや細菌が含まれる細かな飛沫を、その名のとおり95パーセント遮断する一方で、空気は通します。つまり、装着すると高い性能で飛沫をカットしつつ、呼吸も可能なのです。

問題は、この95パーセントという高性能を発揮するには、顔にぴったりと密着して装着する必要があることです。また、殺菌処理が難しいため基本的に使い捨てです。

N95マスクは、微細な繊維が層を成し、電荷を帯びることによって、飛沫や飛沫核を捕集します。洗剤、漂白剤やエタノールなどの消毒剤、高温消毒などを使用すると、繊維の働きを損なう恐れがあります。つまり、通常の殺菌方法ではN95の性能が失われてしまうため、再利用することはできません。これは、N95マスクの品薄が続く原因にもなっています。

耐熱マスクに撥水マスク……研究者たちの奮闘

この問題を解決するため、マサチューセッツ工科大学(MIT)と ブリガム・アンド・ウィメンズ病院(BWH)の研究チームが、「アイマスクシステム(iMASC system)」と名付けたシリコン製のマスクを開発しました。

みなさんの自宅にも、弾力のあるシリコン製の耐熱容器がありませんか。シリコンは、焼いたり煮たり、揚げたりしても壊れません。なんと、iMASCでもそれは同様です。iMASCは、漂白剤に浸すことも、オーブンで焼くこともできます。あらゆる手段で何度でも消毒が可能なのです。

1つネックになるのは、正面のスロット(溝)にN95の素地を装着する必要があることです。この素地は、使用するたびに取り換えなくてはいけません。とはいえ、iMASCは従来のN95マスクと比較すると、使用される素地の消費は半分以下で済みます。現在数量が限られているN95マスクの素材の消費速度を抑える効果が期待できます。

しかし、iMASCを市場に出すためにはもう少し試験検査をする必要があります。また、「使い捨てマスク」よりは「耐熱マスク」の方が一段上ではありますが、消毒する手間がかかります。

「自浄作用付きマスク」を開発中の研究者たちもいます。セントラルフロリダ大学の研究者たちは、マスクなどの防具向けにナノフィルムのコーティングを開発しています。ナノフィルムコーティングは原子レベルのとても薄い層で、極めて高い除菌性能を持っており、その機能は2段階で働きます。

研究グループの説明によりますと、まず、酸素を含有したナノ粒子層が微生物を死滅させます。この層は日光のエネルギーを吸収し、付着した特定の物質に対して紫外線を放出します。つまり、マスクに飛沫が付着すると、殺菌作用を持つ微細な紫外線光が照射されるのです。

さらに、特定のウイルスを確実に殺傷する能力を持たせるため、ウイルスの外膜に結合して感染性病原体を捕集する粒子層をコーティングに加えようと研究グループは考えています。現行のパンデミックにおいては、COVID-19ウイルスをターゲットとして、これを確実に死滅させるコーティングとなるでしょう。

そもそも、ウイルスが付着できない素材のマスクが最適なのではないかと考える研究者たちもいます。この研究者たちは、驚異的な撥水性を持つ「超撥水素材」を開発しています。

ウイルスは、飛沫に乗って感染を拡げます。そのため、飛沫のマスク付着を防げば、おのずとウイルスの侵入も防ぐことができます。

そこで、香港理工大学の研究者たちは、「グラフェン」のコーティング膜を研究してきました。グラフェンとは、炭素の形態の1つです。これをふだん使いのマスクに使用すれば、「濡れ性(wettability:固体表面に対する液体の付着のしやすさ)」が高まり、ウイルスを弾くことができます。

ほとんどの素材は、液体が表面に付着するとその水滴は潰れて広がってしまいます。つまりこれが「濡れる」という状態になります。

超撥水素材は、付着した水滴を丸く保ったまま流れ落ち易くします。

実は、普通の手術用マスクにも撥水性はあります。しかし、グラフェンでさらにコーティングすることにより、中に含まれたウイルスもろとも飛沫が弾き落とされてしまうのです。

さらに、グラフェンの利点は日光を吸収することです。弾かれずに付着した飛沫は、グラフェンコートマスクごと日光に数分さらすだけで加熱されて、中のウイルスは死滅します。

次世代のマスクは、飛沫を”吸い込むもの”?

しかし実は、これらの超撥水素材はベストの選択とは言えないかもしれません。これとはまったく逆のアプローチから「自浄作用付きマスク」を開発する研究者たちもいるからです。彼らが注目するのは、「超親水素材」という、非常に水に濡れやすい素材です。

2020年8月号の『Physics of Fluids(流体力学学術誌)』に掲載された論文によりますと、超親水素材に付着した飛沫は、すぐにしみ込んで乾くことが数理モデルによって提示されました。飛沫がすぐに乾燥すれば、中のウイルスも速やかに死滅します。

このように、次世代のマスクは飛沫を弾くのではなく、吸い込むものなのかもしれません。もしくは、漂白や煮沸などの殺菌に耐えうる、シンプルで頑丈なものかもしれません。

とはいえ、これらのハイテク素材のマスクが試験検査を通るまで、私たちは今ある物を活用する他ありません。ありがたいことに、従来型のマスクにも十分にウィルスを防ぐ効果があります。私などは、マスクがある方が快適になってきましたよ。顔全体を露出しているとむしろ違和感を覚えるようになってしまいましたし、マスクがある方が快適になってきました。