COVID-19以前の社会・経済に戻ることは「破滅の道」

松島倫明氏(以下、松島):本日はよろしくお願いいたします。まずは、1つ目の問い「経済成長と地球の持続性の両立という目標を達成するために設定すべき『発展』に変わる価値観とは何か?」について議論できたらと思います。今年はCOVID-19によって世界経済が停滞した一方で、環境汚染の状況が大きく改善されました。どのように経済を再開すれば成長と地球の持続可能性を両立できるのか、世界中で議論が行われています。斎藤先生はどのような再開に可能性があるとお考えでしょうか。

斎藤幸平氏(以下、斎藤):日本では元の社会・経済に戻ろうと考える人も非常に多いですが、持続可能性の観点からすれば元通りとは「破滅の道」に戻ることだと思っています。気候変動の観点では2050年までに二酸化炭素排出量をゼロにしなければいけないと言われているなかで元の状態に戻っても、経済成長と持続可能性の両立とはかけ離れた社会になってしまう。

そのため今ヨーロッパでは、両立のために「グリーンリカバリー」という成長のあり方が議論されていて、持続可能な再生エネルギーや新しい移動手段の開発へ投資を進めようとしている。日本にはあまりそういった流れが生まれていないですよね。

松島:山崎さんがいらっしゃるポートランド市はグリーンシティとも言われますし、COVID-19以前から持続可能な都市の可能性を追求していたように思います。山崎さんは成長と持続可能性の両立についていかがお考えですか?

山崎満広氏(以下、山崎):そうですね、ポートランドでは2010年ごろからグリーンリカバリーのような持続可能性に特化した開発が進められていました。それは企業単位だけではなく都市計画のレベルから行われる包括的なもので、2013年からは「We Build Green Cities」といって計画や開発の技法の輸出も進められています。こうした考え方が、2020年になってようやく広く受け入れてもらえるようになったように思います。

松島:日本でも2017年ごろからポートランドが紹介される機会が増えていましたが、日本にポートランドの考え方が広がっているような手応えはありますか?

山崎:正直に言えば、僕が関わっている範囲ではあまり感じられません。ただ、小さな変化を感じる機会は増えています。例えば大都市の一極集中に限界を感じて地方都市へ移住する人々が増えているように、トップダウンというより個人が動き始めているのは頼もしいですね。

持続可能性と発展は両立できるはず

松島:江村さんは今回の問いについてどのようにお考えでしょうか。

江村克己氏(以下、江村)これまでの未来創造会議でも人と社会と環境と未来をどうバランスさせるか議論していましたが、コロナ禍を経てより逼迫感が高まったように思います。ただ、お二人の言うとおり日本は遅れているかもしれません。ヨーロッパではグレタ・トゥーンベリさんの活動から大きなムーブメントが生まれていますが、日本では大きな動きも生まれていませんから。

今回テーマにしている両立を考えると、地球の持続可能性は絶対に担保しなければいけないものですが、同時に経済成長も必要だと思っています。ただ、これまでは経済成長とCO2の排出がカップリングしていて、成長することが地球を壊すことになってしまっていた。この関係性を壊すためのアクションをいかに起こしていくかが重要です。

松島:「成長」という言葉については、斎藤さんが「脱成長コミュニズム」という考え方を提唱されていますよね。

斎藤:経済成長と持続可能性は両立しえないと私は思っているんです。江村さんがおっしゃったように、二酸化炭素の排出と経済成長のデカップリングは重要なのですが、資本主義がつねに拡大を目指さざるをえない以上、どこかで経済成長自体を意識的にスローダウンさせなければ気候変動のような問題は解決が難しい。これまでのように「成長」を繁栄の基準とするのではなく、「発展」を考えたほうがよい。家で家族とゆっくり過ごす時間だったり、楽しい体験をシェアできることだったり、GDPには反映されない生活の質を高めてもいいはずです。発展と持続可能性は両立するはずですから。

松島:一方で、山崎さんはこれまでの経済の論理を維持しつつ、持続可能性を担保する道を探られているように思います。

山崎:一般的に「経済」というと資本主義やお金まわりの話になってしまいますが、実際の生活圏のなかで生じている小さな「経済」に注目したほうがいいと思っています。斎藤さんがおっしゃったような生活の質の向上を数値化できれば、経済成長を制御しながらも新たな価値を得ていくような仕組みをつくれるはずです。それこそが、新しい経済成長の形なのかなと思いますね。僕らはつねに新しい市場を開発して利益を生み出すような経済の形を学んできましたが、新しい土地や空間なしでも新たな価値は生み出せるはずです。

ライフラインやエッセンシャルワークを「公共財」にしていくべき

江村:これまでとは違う視点から経済を回していくうえで、フランスの思想家ジャック・アタリが提唱している「Economy of Life(命の経済)」が重要だと思っています。この概念は、エッセンシャルワーカーと呼ばれるような方々が従事する医療や物流に加え、教育や文化など命を守るための産業から経済を考えるもの。1つの企業だけでなく社会全体でこうした経済をどう回していくか考えていくべきですし、その変化は斎藤さんのおっしゃる「コミュニズム」とも合致するように思います。今回のコロナ禍でもヨーロッパでは医療従事者へのリスペクトが高まっていましたが、日本ではあまり大きなムーブメントは起きなかったように思います。その意識も含めて、みんなで社会をデザインしていくことが重要ですよね。

斎藤:江村さんがおっしゃるようにエッセンシャルな仕事が本当の意味での経済を回しているのに、実際は金融市場が巨大化して私たちは振り回されてしまっています。今回のコロナショックによって、結果的にそれまで見失ってきたものを見つけなおせたようにも思います。

これからはエッセンシャルな――私たちの生活に必要なものを、自分たちの手で管理していくことが重要になると思っています。ライフラインを公共財に、「コモン」にしていくべきでは、と。コモンに基づいた社会という意味で、コミュニズムになっていく。そのなかでは経済活動も単に経済成長を目指していくものではなく、やりがいや地域への貢献を重視するようになっていくはずです。

松島:なるほど、公共財として設計していく、と。

斎藤:そのうえで、こうしたエッセンシャルワークをもっと高く評価しようじゃないか、と。いわゆる企業も残っていくと思いますが、そういう方々を支援したり、もっと自由な働き方を進めて人々の自己決定権を増やしていけばいい。企業が独占するのではなく、オープンソースのものを増やしたりシェアの文化を広げていくことで、NEC未来創造会議が提唱している意志共鳴社会も実現できるように思います。

「開かれたプラットフォーム」を作っていく重要性

江村:コモンをつくるうえで気になるのは、スケールの問題です。ある程度小さなコミュニティならつくりやすいと思うんですが、東京のように大きな都市でそれが実現できるのか。スケールが大きくなると一人ひとりの意見が反映されづらくなり、結果として議会制民主主義のようなシステムに頼らざるをえなくなる気もしていて。私たちとしては、NECを実験場としてその問題について考えたいと思っているんです。NECは国内に2万人超、グローバルを含めればのべ11万人ほどの社員がいるので、まずはその規模感でどんなコミュニティをつくれるかにチャレンジできたらと。斎藤さんには、どんなところに実践の糸口を見出していけばよいかお聞きしたいんです。

斎藤:パリの水道の再公営化がわかりやすい例ですね。パリではかつて水道が民営化されたことで値上がりしたうえに水質そのものも下がってしまって。その後市民運動を経て数年前に再公営化されたんですが、こうした動きを経て、公有財産であるからこそ自分たちの意見を反映する余地が残っていることに人々が気づいていきました。

松島:なるほど、コモンを取り戻していくなかで気づいていくのだと。

斎藤:別にすべての市民が参加するわけではなく、興味をもっている市民がきちんと情報を得て議論できる状況が重要なのだと思います。まずはコモンになりうる領域が広がっていることを知るのが大事ですね。新しいコモンの領域はいろいろなところに広がっていて、例えば近年のプラットフォームサービスを考えてみても、今は1つの企業がプラットフォームを独占してユーザーから多額の手数料を巻き上げている。

でもコモンとしてのプラットフォームができれば、仮に1つの企業の収益は減ったとしてもユーザーが増えて別の成長が生まれるかもしれないし、私たちの社会全体は豊かになるかもしれない。ユーザーが参加できるような、開かれたプラットフォームを増やしていくことで、コミュニズムにもつながっていくのだと思います。

人を中心にした上で、企業はどんなアクションを取りうるのか

松島:おもしろいですね。『WIRED』でも「ニュー・エコノミー」の特集をつくった際にプラットフォーム・コーポラティヴィズムを取り上げています。企業にも協同組合のような枠組みを導入することで、斎藤さんのおっしゃる開かれたプラットフォームへと企業が変わっていける可能性もありそうです。ポートランドでもコーポラティヴィズムのような意識が発達している気がするのですが、実際にプラットフォームを共有するような動きは生まれているのでしょうか?

山崎:たくさん出てきていますね。僕らは農家と集団で直接的に契約し、「コミュニティ・サポート・アグリカルチャー(CSA)」と呼ばれる取り組みを進めています。農家が中間業者を介して市場に出すのではなく、欲しい人たちがそれぞれ買い付けられるようなプラットフォームをつくっている。

契約した農場でつくられたものは、どんなときにどんなものが来ても買うことになっているんです。だからシーズンのはじめはポロポロと送られてくるくらいですが、夏になると箱いっぱいの野菜がたくさん送られてくるし、たくさん届いたときは同僚におすそ分けするようなこともありました。こうした仕組みはどんどん進んでいるように思います。

松島:生産量が不安定になっても、購買している人たちが直接農家の方々を支援することで収入を保証されるわけですね。お互いがメリットを生む関係性を築ける。

江村:企業の視点からすると、需要をきちんと把握して生産や流通を最適化することで利益をあげようとしてしまうんですが、CSAは逆の発想ですよね。効率をどんどん上げていこうとすると資本主義の論理が、ビジネスのデザインにも影響を及ぼしているのだなと気づかされました。ただ、重要なのはあくまでも人を中心にして考えることだなと。そのうえで、企業がどんなアクションをとりうるのか考えていかなければいけないと思います。