ヤンデル氏の“診断力”を高めるための工夫

國松淳和氏(以下、國松):私が今、返す刀で聞きます。市原先生のフィールド(の話)でいいんですけど、診断力という属性が仮にあったとして、先生が診断力を高めるために何か努力していることってあるんですか? それが具体的に何か、知りたいなと思っています。

市原真氏(以下、市原):「圧倒的に複数の視点の考えを集める」という意味では、先生と近いです。ですから「こういう病気があったときに、この人はどういう診断をしている」「あの人はどうやって診断をしている」というのを、なるべく多く集める。その中から立ち上がってくる共通項があったら、それは覚える。共通項をつかんだ上で、「特殊だな」と思ったらそれを数多く揃えておく。実は、病理も臨床も一緒ですね。

國松:なるほど。

市原:それで、もう1つあります。僕の場合は「この人はおもしろいことを言っているな」と思ったら、その人が実際にしゃべっている講演とか学会の座長(をしているところ)を聞きにいって、声を覚えるんですね。

例えばどこそこ大学の何々教授がこの世界の診断の大家だと言ったら、その人がしゃべっているのを聞きに行って、ずっと聞いて、声を覚える。帰ってからその人が書いた文章を読むと、もう頭の中に声で入ってくる。

國松:なるほど、そうなんですね。音でね。

「心の師匠」は文字情報と声でインプット

市原:文字情報と音情報とで2倍になると、ほぼ取り込むことができる。

國松:なるほど! そうですよね。

市原:そうですね。最終的には「召喚魔法」ですね。

國松:その感覚、なんか本当に僕もうれしい。その召喚魔法で、「仮想師匠」みたいなやつを呼ぶんですよね?

市原:そう。そうそう! そうなんです。

國松:だから、FF(ファイナルファンタジー)Ⅶですよ。

市原:FFですよ、FF。本当にそう。

國松:FF。これは召喚魔法ですよね。

市原:本当にそうですね。見ている最中に「誰を召喚するか」という選択肢が少ないと、迷います。

國松:そうですね。

市原:ええ。だいたいね。

國松:「これはそうだ」っていうのを取っておくんですよね。強くしておく。

複数の視点を持つことで見えてくる真理

市原:「思考を」……。「視点を」、でもいいな。(思考・視点を)複数というのは、先生がさっき話していた、「全体像をなるべくその周辺とか辺縁のところ(から見始めて、そこ)に真理がある」みたいな感覚。「ここを掴みに行く」という思考や視点が1つしかないと、成し遂げられない。先ほどの先生のお話を聞いたときに、「ああ、似ているな」と思いました。……もうちょっと違う人同士で対談したほうが、おもしろかったかも。

國松:あはは(笑)。同じだもんね。

市原:同じですね。バチバチにならないですもんね。あとは……『仮病の見抜きかた』みたいな本を書いたメソッドについて、たとえばパート2なものは考えているんですか? しゃべれますか?

國松:それは天の邪鬼をこじらせて………一切、考えてないです。

(会場笑)

市原:ははは!(笑)。なるほど。いやあ、かっこいいタメだなあ。この、時間を制覇している感じ、腹立つなあ! 

國松:絶対に「第二弾」を期待されるだろうと思うんです。

市原:ええ。僕はとてつもなく期待します。

國松:じゃあ、やんないよ。

市原:腹立つわー!(笑)。

(会場笑)

國松:ははは(笑)。そこをかわして、違うスペースに行きたいわけですよ。

市原:あーおもしろいなあ。

國松:スペース。広いスペースを使いたいんですよ。

市原:サッカーで言うような?

國松:はい。賑やかなところはもう、「どうぞやってください」みたいな。

患者さんの病状を映像でイメージする

市原:今日、僕は聞いていてとてもおもしろかったです。俯瞰という言葉を、空間的な意味だけじゃなくて、ストーリー……時間を見るときにも使われている点が印象的ですね。

先生には仮想師匠がいっぱいいるかもしれないですけど、先生の哲学的なものや、あるいは「俯瞰」の仕方についての師匠みたいな人はいますか? 岩田(健太郎)先生はたぶんそういうことをなさってそうですが。

國松:そうですね。まず、要するに「日々の仕事をしなきゃいけない」というのがあるので、(イメージするのは)例えば膠原病診療のボスです。あとは、何と言うのかな……「責任・役職」というか、「その業務を教わるんだったらこの先生」っていうのは、やっぱり各専門でいるんですよね。精神科の薬とかも出すので「精神科の師匠はこの先生」とかね。

具体的にはやっぱり、ちゃんとすぐに出てくる召喚魔法を用意しておく。そこはもう、当たり前ですかね。要するに仕事で、プロなので、そこは当たり前。

市原:「漢方といったらこの人」とか……。

國松:そうですね。あとは本レベルのこともあるかな。「この本を読もう」というのはあると思います。哲学という言い方ではないかもしれないんですけど、見え方ですよね。

市原:見え方?

國松:そうですね(笑)。字ばかり書いているかのように思われて、(みなさんは國松のことを)字の人なんじゃないかって思われているかもしれないんですけど、実は僕、映像の人なんですよ。しかも立体で、かつ、動いているんですよね。浮かぶんですよ。例えば患者さんだったら、「バン!」とここに立体画像が浮かびます。YouTubeの短い画像があるじゃないですか。あれが何度もリピート再生している感じなんですよね。

だから心臓の動きとかはシュカンッ、シュカンッ、シュカンッっていって、こうバッバッていくじゃないですか。それを何度もリピート再生して見ている感じ。画像を見ていても、何なら患者さんがバッと目の前に現れて、「きっとこんな動きで心臓が動いているんだろうな」とか、「どうせこっちのほうに肺があるんだろうな」みたいな感じで立体視している感じ。

それを回す時間軸と俯瞰というのは今、最初に言ったじゃないですか。それを両方、両立させているんですよね。立体だけだとつまんないというか届かないので、時間でも流して動かさないといけない。

市原:時間軸! おもしろい!

細かいことが苦手だからこそ、俯瞰する視点を持つ

國松:心臓のこっち側からも見て、かつ、動かすという感じ。その再生ボタンを押すという感じ。だから(俯瞰と違って)けっこう細かいことに弱いんですよ。すごく適当です。だから……。

市原:細かいことに弱い? 今僕はあなたの見ている世界に感動していたので弱点まで思いつかなかったんですけど、そうなんですか?

國松:細かいことは、本当に弱いですよ。だから、「俯瞰でこういうことじゃん!」という視点でやっていますね。いろんな選択肢を、たくさん考えるというふうに役立てます。そういう思考。

市原:ここでも「いろんな選択肢」というキーワードが出るんですね。いやー、そうか。

國松:CT(エックス線を使って身体の断面を撮影する検査)とかは、立体がリアルに浮かぶのですごく助かりますね。

市原:再構成的なイメージを作りやすいんですよね。

國松:そうなんですよ。非常に役立ちます。

市原:あとは……本当にマニアックすぎる質問で、会場はガン無視して僕だけのために聞きたいんですけど、検査データを見たときはどうですか。

國松:動きます。動かします。

市原:やっぱり! そうなんだ! なるほどなー。

國松:それで、(やりとりしてて)噛み合わない医者がたくさんいます。その日のデータのことだけわんさか言うんだけど、(私としては)「えー……。このデータとこの間、動いてんじゃん!」みたいになります。だからそれを、(頭の中で)シューって動かんですよ。圧と勢いを感じるんですね。このCRPも、例えば2分に至るまでにものすごい時が凝縮しているイメージなんですよね。

市原:すさまじい(笑)。

國松:「おそらくその次の瞬間、(その検査値が)スパーっとあがっているはずだ!」みたいなのを、そのデータを見なくても感じられる。だから動かすんですよ。

市原:はあー。

クニマツ氏が本を書くときのイメージ

國松:再生、繰り返し、再生、繰り返し。(それで)「んー……。たぶん、こうかな?」みたいな感じです。だから、患者さんからもよく「先生このデータは大丈夫ですか?」って聞かれるんですけど、「それは大丈夫だから!」みたいな感じですよね(笑)。「そのうちよくなるから!」みたいな感じです。わかってくれない人もいるけれども、やっぱりデータも動くんですよ。時間で動かすんですね。リピート再生という感じです。

市原:それを文章でもやろうとされていましたね?

國松:そうなんですよね。文章。これは最近よく聞かれますが、わからないんですよね。イメージ的には、指に脳がある感じ(笑)。

市原:げー!

國松:勝手に書いている感じがあります。

市原:タコじゃん!(注:タコは手足の先にも脳がある)

(会場笑)

國松:どっちかと言うと「書くことを迷う」というよりかは、「もう映像だけで完結しているのを、どうやったらみなさま、あるいは編集者Nにわかっていただけるか」という……。

市原:Nにね。『仮病の見抜きかた』を金原から出して芥川賞を逃したNに。

國松:それで、書くと「これは、よくわかりません」とかって返ってくるわけですよね。「書いているんだけどなあ……」みたいな齟齬というか、そういうものが出てくることがあるんです。

市原:彼とのコンビは素晴らしいですね。

國松:ありがとうございます。めちゃくちゃ助かっています。

みんな「大丈夫」という言葉を待っている

市原:序文でしたっけ? 「編集者さんとのやり取りで」という話がありましたけど……。

國松:最初のほうですね。

市原:あ、最初か。『仮病の見抜きかた』を仕掛けた人はスゲェなと思いました。

國松:すごいです。助かりました。

市原:でもこれが『文藝春秋』だったらなあ……。10回に渡って連載しておけばなあ……。

(会場笑)

國松:あはは(笑)。そうですよね。

市原:昨日今日と記者会見して、僕が盛り上がってなあ……。

國松:確かに。

市原: 1階を取れたのに。

國松:確かに!(同じ日時に1階でイベントを開催していた吉本ばなな氏に)「どいてください!」って……。

市原:さて、時間は、たぶんまだ2分ぐらいある。

國松:たっぷりありますね。

市原:2分くらいですね。あなたの2分が長いのはよくわかりました(笑)。1つ、これは(対談記事の)編集的には中に入れてもらいたいくらいなんですけど、さっき検査データのお話をしたときに、手下に対して「大丈夫」って言ったそうじゃないですか。僕は「大丈夫」って言える医者はかっこいいと思います。「大丈夫」的ワードセレクション論。この話、どうですか?

國松:すごく恥ずかしいんですけど、「大丈夫」はかなり使います。「大丈夫」って、患者さんにまず一番使います。

市原:いいですねー。

國松:最近はもうインフレで、「大丈夫」を言い過ぎ!

市原:医療の世界では「大丈夫の哲学」って、あると思うんですよ。でもあなた、小説には書かないでしょ? 腹立つわー。

(会場笑)

國松:「大丈夫の哲学」ね。確かに。でも大丈夫って言葉を本当に乱用するけれども、やっぱり「ここぞ」ってときに大切に使っていて、大切だから多用しているというところです。

市原:一人1回。

國松:やっぱり、みんな「大丈夫」という言葉を待っているんだなって瞬間的にわかるんですよ。

市原:ぐあー! いいなあ! いい話だなあ!

「患者さんが言ってほしいことを言いなさい」

國松:僕が心療内科の大家に教わったことなんですけど「患者さんが言ってほしいことを言いなさい」っていうんですよ。

市原:あー、素晴らしい。

國松:「言ってほしいことをその診療で探せ」っていうことなんですよ。それで、僕は探しまくっています。

市原:……「女子高生の話」。

國松:仮病(『仮病の見抜きかた』)のね。

市原:『仮病』の。あれ、好きだなあ。

國松:言ってほしいことを探す。先生、本当に読んでいますね。

市原:当たり前でしょう?(笑)

國松:すぐわかりましたね。(著者であるはずの自分が)逆に何の話かと思いました(笑)。

市原:めちゃくちゃ読んでいますよ。すっげえ好きなんだもん。

國松:だから、「言ってほしいことを言ってあげる」というのが成功なんだと思いました。発展して、診療で結果的に……。

市原:診療ですね。「療」。

國松:そうです。(患者に対し、言ってほしいことを言ってあげるのは)結果的にすぐによくならなくても、成功だろうと思います。成功のための布石というか、そのために(言います)。その患者さんが、外来にまた来てくれればいいわけですよ。

「また来たくなる外来」というのを目指そうかなと思っていまして、(2020年)4月に『また来たくなる外来』という本を……。

市原:あっ、今のは……?

(会場笑)

國松:出します(笑)。

市原:告知か……?(笑)。

國松:これ、実はオープンの情報でして……あそこですね。

市原:いつのまにかポスターを掲げているね(笑)。

4月に出版された新著『また来たくなる外来』

國松:はい。『また来たくなる外来』というタイトルの本を……「書きました」でいいんですかね? 書きました。

市原:だってあなた、まだゲラは……。

國松:ゲラは見てないです(笑)。

市原:4月なのに(笑)。

國松:だって営業も「出ます」ってさっき断言したんですよ。

市原:したよね。

國松:「この人たちは何なんだ!?  自分はまだゲラすらみてないのに……」って思いながら。

市原:どこから出すんですか?

國松:金原出版(笑)。だから、言えるんですよ。

市原:いい話だなあ(笑)。

國松:他社だったらさすがに言えなくないですか?

市原:ありがとうございます(笑)。では、これで時間もちょうどいいですね。丸善の僕の本(『Dr.ヤンデルの病院選び』)の話はしませんでしたけど(笑)、他の本の話はしました。もうね、本当にいい本ですよ。いい本なんです。

(会場笑)

國松:あはは(笑)。本当にいい本。

市原:またね、この本に関するエピソードで1個、すごく熱いのがあって……(演者によるカット)。

國松:そうなんですか?

市原:その時のツイートの右往左往の仕方がね(笑)。この間そこそこ……時間ですね。

(会場笑)

司会者:どうも、ありがとうございました(笑)。

國松:私ここで、大丈夫ですね。

司会者:本当に楽しいお話を1時間、ありがとうございました。ここで一旦、お開きとさせていただきます。みなさん、大きな拍手をお願いいたします。ありがとうございました。

(会場拍手)