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コミュニケーションとしての英語 英語で日本人が当たり前にコミュニケーションすることを考える(全8記事)

アメリカ人に「タコツボ」をどう伝えるか? 日本トップレベルの同時通訳者の頭の中

日本人は必修科目として英語を勉強しているにも関わらず、英語への苦手意識を捨てられない方も少なくないのが現状です。本イベントでは、「異文化と協働-相手を納得させるコミュニケーションを考える」と題して、英語圏でビジネスをして、圧倒的な成果を上げているプロフェッショナルたちが一堂に介し、自身の英語学習の秘訣や日本の教育システムの課題について意見を交わしました。本パートでは、不登校を乗り越えて日本有数の同時通訳者として活躍している田中慶子氏が「通訳士の頭の中」について語ります。

不登校を乗り越えて日本トップクラスの同時通訳者へ

田中慶子氏(以下、田中):ありがとうございました。では、この準備をしている間にみなさん、英語でしゃべってください……とは言いませんから(笑)。

(会場笑)

そろそろ疲れてきたと思いますので、伸びでもしてみましょうか。深呼吸をして、酸素を取り入れてください。

安河内哲也氏(以下、安河内):That was a very interesting talk. Maybe 50 percent of what he was saying was the same as you said. But the…

岡田さんのお話はとても興味深い話でした。おそらく半分ぐらいはあなたが言ったことと同じだと言っていました。しかし)お話しされていることはすごく素晴らしいです。やっぱり、丁寧であることは大事だよね。

田中:では、よろしいでしょうか。みなさんこんばんは、田中慶子です。よろしくお願いします。すこしだけ自己紹介をさせていただきます。

田中慶子です、先ほども言いました(笑)。愛知県で生まれて、今は通訳とエグゼクティブコーチングという仕事もしているんですが、もともと英語ができたわけではありません。

むしろ高校生のときは、実は不登校だったんですね。ここにも書いてあるんですが、大学進学なんてとてもできる状態ではなかったので、まさにふらふらと渡米して、今もふらふら~っと生きています(笑)。

(会場笑)

本当に行き当たり「ばっちり」な人生です(笑)。

不登校になってから、どのように通訳になったのかということは、こちらの本に書きまして、2016年に出版しましたので、もしご興味があれば読んでみてください。今のは宣伝です。すいません(笑)。

不登校の女子高生が日本トップクラスの同時通訳者になれた理由 (単行本)

(会場笑)

まったく英語が話せないところから通訳者になるまで

そのあとでアメリカの大学に進学しました。これも本当に偶然といいますか、たまたまアイダホ州という、ほとんど人がいなくて……なんだろう、夜になると真っ暗でなにも見えないような所で出会った人に「大学はアメリカで行けばいいじゃなーい」とすごく無責任に言われまして。私は何でもすぐに信じてその気になるので「そっかー」などと言って(笑)。そのままアメリカで大学に進学してしまいました。

大学を卒業したあとは日本に帰ってきて、一般の日系企業で働き、そのあとは外資系の通信社で働きました。そして以降はNPO活動をしていたんですが、このNPOがある日突然、残念ながら財政難のため活動休止になってしまいました。そのあとはフリーランスの通訳になっています。

今は通訳、それからコーチの仕事をするかたわらで、慶応大学のシステムデザインマネジメントという研究科で英語学習についての研究をしています。そういいますのも、私も本当に、先ほどお話したように、まったく英語が話せないところから通訳という、英語で飯を食う……一応「プロ」と呼ばれるような仕事に就いていますので。

どのように英語を学んだらいいのかということを、どうすれば私の経験や、あとは通訳のノウハウを人がわかるかたちで、言葉で、あるいは目で見えるかたちで伝えられるかということを研究するために、今は大学院に行っています。本当に修論がつらくて、毎日泣いているんです(笑)。

(会場笑)

今日は、こんなに素晴らしい先生方がご登壇されている中で、私まで呼んでいただいて本当に申し訳ないような気がしています。私に一体何を話せるんだろう、ということをすこし考えたんですが。

「通訳」という、言葉を訳す、2つの言語の間に立つ人間として、英語、それから言語、そして違う言語を扱うということはどういうことなんだろうと、私が日々考えていることをお伝えできればと思います。

通訳者は「翻訳機」か「文化的な仲介者」か?

まず、通訳の仕事というのは何だろうということ。私、実はすごく飽きっぽくって、なにをやっても続かない。通訳をはじめる前は、小学校の6年間が一番長く続いたことだったんですね(笑)。

(会場笑)

それにもかかわらず、通訳だけはもう18年ぐらいやっています。それほど楽しい仕事なんです。でも18年もやっていても、今でも、「通訳の仕事というのは何なんだろう」と毎日悩むんです。やっぱり通訳というのは、例えば中立性が必要だということや、もちろん正確さというものも必要になってきます。

あとはよく「専門職」だと言われるんですが、人相手なので、私は「サービス業なんじゃないのかな?」という気持ちで働いています。通訳という仕事は「翻訳機」なのか、それとも「文化的な仲介者」であるべきなのか。これ、実は論文も出ていて研究がされているんですが、どっちなんだろうということをよく考えます。どうしてこんなに悩んでしまうのかというと、日々これが私の悩みとして、まさに現実としてのしかかってくるからなんですね。

「どっちなんだろう」と考えているわけですが。通訳の頭の中というものは、こんな感じになっています。(スライドを指して)よくみなさんが思われているのは、通訳というのは聞いて、訳す。聞いて話す仕事だと思われているのですが。

実際に起こっているのは、こんなことです。まず、聞きます。その内容を理解して、では「この内容を話している人は誰?」「どういう立場?」「今この場はどういう場なの?」、そして「誰が聞いているの?」ということを考えて、言葉を選ぶんですね。それを訳して、なんとなく反応を見て「あっ、今ので通じた」ということをドキドキしながらやっているわけです。

「タコツボ」の意味をアメリカ人にどう伝えるか

例えで言いますと、これは実話なんですが……まさにHR、人事のカンファレンスか何かで、パネルディスカッションのときにスピーカーがこんなことをおっしゃったんです。「タコツボの中でぬくぬくしていちゃダメなんですよね」と。すごくよくわかりますよね、この言葉。たしかに、ぬくぬくしていちゃダメですよ。でも「タコツボ……?」と思うわけですよ、私は(笑)。

(会場笑)

同時通訳のブースの中で「タコツボかぁ……なんて訳そう」と(笑)、これはもう一瞬の間に起こっているんですが。このとき、私の頭の中で何が起こっていたか。まず「タコツボ」。「タコツボでぬくぬくしていちゃいけないんですよね」と、これ文脈・意味で考えると、おそらく本当にタコの話をしているわけではないと思うんです。

どちらかというと、イメージはこっち(こたつ)だと思うんですよね。だけど聞いてるのは、アメリカ人です。だから「こたつの中に入って」と言っても、おそらく通じないと思います。先ほどの図でもう一度説明しますと、「タコツボ」と聞きました。「タコツボ? えっ、こっち? こたつ?」というような、そんな感じになります。

この文脈で「タコツボ」が意味するものは、「居心地がいい所」。でもそこにとどまっていては成長はできないよ、ということです。そうすると、おそらく「タコ」ではない。そしてそれを聞いているのはアメリカ人。つまり「こたつ」でもない。「こたつ」と言っても通じない。

そうすると、「どうしたら通じるんだろう、うーん」と考えてなんとかひねり出したのが、そのときは「cocoon」ですね。繭玉、というものをなんとか(笑)、瞬間的に。瞬間芸なので、通訳というものは。ひねり出しました。

ですから、それを「cocoon」と言って、そのときアメリカ人の方が聞いていたんですが。通訳ブースからこうやって、だいたい通訳ブースは一番後ろにあるんですが、こうやって見て。みなさんが「うんうん、そうだよね」と言っているのを見て「ひゅぅ~……」というような(笑)。

(会場笑)

そんな感じで通訳をしていました。

ですから「タコツボ」というからといって「octopus pot」などと言っても、絶対にダメなんです。話が混乱するだけなんですね。これはたしかに直訳できないという例なんですが、これはまだ簡単なほうです。

100%か120%でないと「絶対」とは言わない日本人

例えば先ほど岡田さんが「1年2ヶ月、まったく売上が立ちませんでした」というようなお話をされていましたが。みなさんも例えば会社で働いていて、いろいろな新規ビジネスの契約を取っていきたいと考えているとき。上司に契約が取れるかどうかということを報告するとき、何パーセントぐらい確実だったら「絶対できます!」と言いますか?

これがかなり難しいところで、日本人は100パーセント、120パーセントでないとなかなか「絶対」とは言えないんですよね。でも言葉の使い方という意味で、例えばほぼほぼ確定しているにも関わらず「これ、取れると思います。でも何があるかわかりませんからね。でも大丈夫だと思います、おそらく」というような言い方をするんですよ。

それ、そのまま訳しちゃうと、「I think we can get it, but maybe.」というようなことを言うと相手(外国人)は「maybeだぁ?」というような感じになります(笑)。

これが非日本人、日本人ではない人だと、おそらく……私が話を聞いてて7割ぐらい、もしかして6割、5割ぐらいでも「Definitely, I can.」と。「絶対できます!」などと、「マジですかい……」というようなことを平気で言うんですね。

でも、それは別に外国人がいい加減で日本人が保守的ということではなく……まあ、そういう部分もありますが、でも言葉の使い方なので。そういうことはみなさん、頭の中では理解はしているんですが。でもやっぱり自分の成績、とくにプレッシャーがあるとき、1年2ヶ月契約が取れていないとき、外国人の上司に報告するというのは、すごくドキドキしますよね。緊張します。

緊張しているときに何が起こるかというと、ふだんの話し方が出るんです。だから、いかに「アメリカ人、外国人に対しては強気で言わなきゃ」ということはわかっていても、やっぱり「おそらく大丈夫だと思います」。本当にほとんど大丈夫なのに「確実なことは言えませんが……」などと言っちゃうんです。

それは話し方の文化的背景なので、致し方ないんですね。ただ両方の文化を知っていて、両方の言語の橋渡しをしている私としては「ではそのときにどうやって言えばいいの?」ということを、毎日悩んでいます。ですから、やっぱりここに戻ってくるんですよね。「通訳の仕事というのは何なんだろう」ということに戻ってきます。

そのまま訳したらケンカになるとわかっているとき、どう訳す?

実はこれにけっこう真剣に悩みはじめたのが、最近……すこし前ですね。私の知り合いが、その人のお友達で通訳の方がいらっしゃるんですが、その人に「そのまま訳したらケンカになるとわかっているときに、どうやって訳す?」と聞いてみたら、「そのまま訳してケンカさせます」と即答したらしいんですね。「すごい、立派な通訳さんだね」というお話をしていました。

私はすごくそれを聞いて複雑な気持ちになってしまったんです。というのは、まず私がそれを質問されたら、即答は絶対にできない。それはもちろん、ケンカをさせたほうがいいこともあるかもしれませんが、やっぱり状況によるし、私は少なくとも即答はできない。

でも、その「即答する」ことが、イコール「中立で、すごく正確で、立派な通訳」だと思われているということは、やっぱり今日本では通訳の仕事というのは、(スライドを指して)この左側の翻訳マシーンのように思われているんだ……ということから、かなりショックでした。

ですから先ほどお話したように、どっちなのか。文化的仲介者がいいのか、翻訳機に徹するべきなのかということについては、本当に毎日毎日悩みます。

ちなみにこの図を取ってきた論文には、その答えが書いてあります。論文はですね、稲生(衣代)さんと染谷(泰正)先生という、すごく私も尊敬している大先輩の通訳の方が、実際の現場の経験にもとづいて書かれているんですが。

答えは、「プロの通訳というのは、翻訳機と文化的仲介者の間を、その場のニーズに応じて行ったり来たりして、適正な所で自分のポジションをとれる人だ」というように書いてありました。ですから、私たちの悩みはずっと続くということですね(笑)。

なんだか今日は私の愚痴ばかり話しちゃったような……(笑)。

(会場笑)

ベテランの通訳でも、すべての英単語を覚えることはできない

一つだけみなさんに、通訳のテクニックをお伝えしたいと思います。これはすごく簡単で、そしておそらくみなさんにも、すぐ使えるものだと思います。先ほど先生も「みなさんしゃべって、自己紹介をして」と言っておられました。自己紹介ができるということは、おそらく、みなさんには非常に、ベースとなる英語力があるんだと思うんです。

私は通訳として世界中の人と仕事をしていますが、先ほど岡田さんがおっしゃっていたように、やっぱり日本人の英語力はそんなに低くはないと思うんですね。日本人よりも英語がしゃべれない人なんて、いくらでもいますので。

ですからみなさんも、おそらく英語力のベースはあると思うので、それをいかにもっと使っていくのかということを、ぜひ試してみてほしいと思いますので、一つお伝えしたいことがあります。

これは、我々通訳者が作る単語帳です。お見せするのも恥ずかしいんですが(笑)。これはビル・ゲイツさんの通訳をさせていただいたときの単語帳で、本当に恥ずかしいんですが……こういうもの(英単語が書き込まれているExcelのシート)を毎回作ります。

私は18年間通訳の仕事をしていますが、すべての英単語を覚えるなんていうことはムリです。ですから、毎回新しい言葉を覚えていますし、このように単語帳というものを作るんですね。でも、それでもやっぱり完璧にはなりません。

よく「通訳の方は、現場でわからない言葉が出てくることはないの?」と聞かれるんですが、あります。ほぼ毎日あります。そういうときにどうしているのかというと、例えば、この人は誰だかわかりますか?(スライドを指して)……知らない?

参加者:西郷さん。

田中:あっ、西郷隆盛さんですね。よかった(笑)。

(会場笑)

「西郷隆盛」をど忘れしても、うまく切り抜ける方法

はい、西郷隆盛さんです。でも、「これ誰だっけ……?」となってしまうことがあります。先ほどの単語帳にも、実は私、知っている言葉も書いてあるんですね。なぜなら、やっぱり緊張して、同時通訳のスピードでやっていると一瞬わからなくなることがあります。ですから、先ほどはすこし心配したんですが、西郷隆盛さんをど忘れすることもありますよね、おそらく。

そこで、「西郷隆盛」という名前がわからないと思ったときに、だけど「幕末に活躍した人」だと思って「坂本龍馬」だというと、間違いです。それは誤訳だから、絶対にやっちゃいけないことですね。そうしたときにどうするのかというと、「幕末の英雄」などと言っちゃうわけですね(笑)。「西郷隆盛」ではないけれども、間違ってはいませんよね。

でも「いつの時代の人だっけ……」、これすらわからないとき。「歴史上の人物」だという(笑)。

(会場笑)

さらに、「えっ、待って。もしかしてこの人まだ生きてる?」などと、わからなくなるとします。そしたら「日本人」。

それすらもわからない、「そもそも誰よこれ?」。もうこうなったら「人間」。

(会場笑)

こんなふうに、抽象度をどんどん上げていくんですね。そうすると「西郷隆盛」という正解ではないが、間違いでもない。日本語でもみなさん、ありませんか? しゃべっていて「あれは何だっけ」、「この人の名前は何だっけ」と思いながら、とりあえずごまかしながらしゃべっていたら思い出して「あ、そうそう」となることがありますよね。だから英語でもそうやって、抽象度をどんどん上げるようにしていけばいいんです。

知らない単語は自分の知っている言葉に置き換えればいい

そしてもう1つの、姑息な方法。こんなふうにヨコ・ナナメから説明していきます。つまり、自分の知っている言葉でこの人をあらわす方法を考えればいいんです。例えば「上野公園に銅像がある人」。犬を連れた銅像がありますよね。これ、間違いではない。かなり怪しいけれども間違いではない(笑)。

「幕末に活躍した体が大きい人」、「鹿児島出身の英雄」。あと「大河ドラマの主役のモデル」になったりもしていました。もう一番下、「ナントカさんが尊敬している人」。ここまでいくと相当個人的なこじつけ。苦しいけれども、間違いではない。通訳はやっぱり、止まってはいけませんから。なんとかこのように、姑息な手段を使って言葉をひねり出していくんですね。

でも先ほどATSUさんがお話をされていて、私は本当にそのとおりだと思うんですが、日本人は大学受験を目指して勉強してきていますから。英語は「正解しなくちゃいけないもの」だと思ってしまうんですよ。

だけど通訳、「訳す」という英語と日本語の真ん中で毎日仕事をしている者としては、「訳す」ということはそんなに簡単なものではないんですよね。一つの正解があって、あとはダメというような、そんな単純なものではないんです。

ですからこれ、通訳になる人や通訳学校に行く人は必ずさせられるトレーニングで、「リフレージング」と言います。知らない単語は自分の知っている言葉で置き換えて表す。これは何をやっているのかというと、つまりはリサイクルですね。ですから自分の持っているもの、もうみなさんがすでに、自分の中に必要な英語力というものはあるので。それをどんどんリサイクルして使って、そして表現の幅を広げていってください。

とにかく使うこと。先ほど安河内先生もおっしゃっておられましたが、とにかく使うこと。アウトプットということが大事だと思います。以上です、ありがとうございました。

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