離婚なんて「バンド解散」みたいなもの?
80年代型の息苦しいコミュニティ感から脱却するには

トークイベント 「多様性豊かな渋谷で育つ・生まれる共同体」 #1/3

2019年1月19日、渋谷男女平等・ダイバーシティセンター <アイリス> にて「しぶやフォーラム2018『ちがいをチカラに、そしてカタチに2.0』」が開催されました。男女平等と多様性社会の実現をめざして、一人ひとりを尊重する社会作りへの思いをカタチとして表現していくこのイベント。本年度のパネルトークとして、佐々木俊尚氏、アーヤ藍氏、高田佳岳氏を招いてのトークセッションが実施されました。本記事では、冒頭に行われた佐々木氏、アーヤ氏の自己紹介パートをお送りします。

提供:渋谷区

佐々木俊尚氏の著書『広く弱くつながって生きる』への共感

タカハシケンジ氏(以下、タカハシ):今日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。

いろいろとゆっくりお話をしたいので、一人ひとりお話をうかがえればと思います。まずは佐々木さん、はじめまして。恵比寿新聞のタカハシです。

佐々木俊尚氏(以下、佐々木):はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。

タカハシ:先週ディアス実和子さんから『広く弱くつながって生きる』という(佐々木氏が書いた)本をお借りいたしまして、読ませていただきました。僕も今、恵比寿新聞というメディアをやらせていただいていて、地域の方とのつながりをかなり密に取らせていただくのですが、非常にわかりやすい(本でした)。

狭いから、深いからすごく揉めることなどを非常に柔らかく「広く弱くつながっていく」という表現で書かれていて、僕らにとっても非常に勇気の出るような本でした。ありがとうございます。

佐々木:ありがとうございます。

タカハシ:佐々木さんは、もともと新聞記者だったって(お聞きしました)。毎日新聞ですよね? どれくらいお勤めになられていたんですか?

佐々木:12年くらいです。ほとんど警察担当ですね。

タカハシ:え! ということは事件取材とか。

佐々木:オウム真理教事件とか、そういうのを。あのころ警視庁の担当だったので、そういうのばかりやっていました。

タカハシ:警察に行って情報をもらったり、足繁く取材に行ったりする、いわゆるそういった新聞記者から、次(の職場)は「アスキー」ですよね。

佐々木:そうです。2年半くらい出版社にいて。そのあと辞めてフリーになって、もう16年くらいですかね。

コミュニティが息苦しいものであった時代

タカハシ:本に書かれている「コミュニティ」というところに着目しだしたのは、いつごろなんですか? 

佐々木:「コミュニティ」というものに対する受け止め方が、時代ごとにすごく変わってきたというのを感じているんですよね。どういうことなのかと言うと、僕は1960年代生まれで80年代に青春時代を過ごしたという感じです。そのころの日本社会は、同調圧力がすごく強くて。

会社に勤めていたら、全員が「終身雇用」「年功序列」ですごく息苦しい。田舎に帰ると、田舎は田舎のコミュニティがあって、それも息苦しいよねと。どこへ行っても息苦しいコミュニティがあるという時代が、たぶん長く続いたと思うんです。戦後ずっとそうだったんじゃないかな。

これが2000年代、21世紀になるくらいからすごい勢いで変わってきました。一番大きな変化としては、終身雇用みたいなものがだんだん崩壊してきて、今や非正規雇用が労働人口の4割まで増えてしまった。そうすると、会社に属しているということが、そのまま共同体に飲み込まれているという感じじゃなくなって、わりとみんなが不安になってきているんですよ。

昔はどっちかと言うと共同体みたいな息苦しいものから逃れたいというマインドのほうが強かった。だから、例えば歌とかも、「遠くへ行きたい」とかね(笑)。そういう(ものが流行った)。

タカハシ:(歌いながら)知~らな~い~街~。

佐々木:そうそうそう(笑)。脱出したい願望が強かった。これは車なんかもそうで、今の若い人って車に興味がないじゃないですか。でも、以前の世代だったら「車に乗る」ということ自体が、「息苦しいところから逃れてどこか遠くに行ける1つの装置」というようなところがあったんじゃないかな、という(気がします)。

より良い転職の情報は、弱いつながりから得られる

佐々木:今は逆に、共同体を求めている人がすごく増えているというところがあると思うんですよ。ただ、そこで問題になってくるのは、だからと言って昔の共同体を知っている自分からしてみると、「もう1回あの息苦しいところに戻るのは嫌だよね」という(気持ちがあって)ね。

じゃあ、もうちょっと息苦しくなくて、でも安心感というか……「人とつながっている」「自分が社会の中でどの位置にいるのか」ということを実感できるような関係性は、どうやったら作れるだろうか、ということをたぶん考えなきゃいけないよねと。

昔のような「絆」とか「強いつながり」と言っていると、どうしても息苦しくなってしまいます。さっきご紹介いただいた『広く弱くつながって生きる』という本は、そうではなくて、「もう少しゆるくつながる関係性をたくさん持っていたほうが、気楽に共同体感覚を維持できるんじゃないの?」という話なんですね。

タカハシ:本の中に「ウィーク・タイズ理論」という(ものがご紹介されていました)……。

佐々木:アメリカの(マーク・)グラノヴェッターという社会学者が1970年代に発見した法則です。アメリカで転職するときに、転職情報をどこから仕入れるのか、というような人間関係(に着目した理論)で。

調べてみたら、人間関係には強いつながりと弱いつながりがありますよね。「同じ会社」「家族」「親戚」は強いつながりです。こういう場所で「ちょっと会って立ち話をした」「名刺交換をしました」とか、「たまに飲み屋で会う人」というのは弱いつながり。それを英語で「ウィーク・タイズ」「ストロング・タイズ」と言います。

普通は、当然親しい人のほうが自分に優しくしてくれるから、我々は強いつながりのほうがいろんな情報を得られると思っています。グラノヴェッターが見つけて、みんながあっと驚いたのが、弱いつながり……たまにしか会わない人のほうが、転職や独立のときにいい情報を持ってきてくれる人が多いということです。

身の回りにある強いつながりと弱いつながり

これは、一見するとすごく不思議に感じるんですけど、冷静に考えれば当たり前で。だって会社に勤めている人を考えてください。毎日同じ会社に行って、ずっと顔を突き合わせていると、しゃべる話題がだんだんなくなってくるじゃないですか。人事の話題しかなくなっちゃう、というような(笑)。

そんなことよりも、自分とぜんぜん違う業界の人に会って……さっきも楽屋で高田さんから離島の話を聞いて、「すげぇ、そんな話があるんだ」って感動したりする。

そういう知らない世界の話を聞くほうがおもしろい。例えば農業の人とITの人が会ったら「農業にこういうITの人が欲しいんですよ」というような話があったり、あるいはITの業界でも農業分野に進出したいと思っていたり。そういう人に出会ったほうが、新しい仕事は生まれやすいですよね。

タカハシ:確かに。本当にそう思います。

佐々木:「弱いつながりのほうが転職とか独立には有利に働くよね」というのが70年代の理論。これは今の日本にもたぶん当てはまるようになってきているんじゃないのかな、ということなんですね。

タカハシ:本を読んでいるとすんなりと入ってくるんですね。ちなみに、みなさんは「強いつながり」というものがどういうものか、ご想像がつきますか? 実和子さん、みなさんに聞いてみませんか。

ディアス実和子氏(以下、ディアス):そうですね。会場のみなさんに聞いてみたいと思います。どうですか?

参加者1:「家族」とかですか?

タカハシ:「家族」。そうですね。拍手~。ほかは? 強いつながり。

参加者2:今(ご説明にも)ありましたけど、僕の中では「会社」というのは1つの強いつながりですね。

タカハシ:確かに会社もありますね。そのほかに、強いつながりはあるんですかね? 

参加者3:「友だち」? 

佐々木:「親友」とかはそうですよね。

タカハシ:うんうん。じゃあ逆に弱いつながりには、どういうものがあるんですかね? 弱いというか「広く弱いつながり」って、みなさん(思い当たるものが)あるかな? 僕だと、最近は畑を一緒にやる友達とかは「広くて弱いつながり」なんですけど。みなさんは?

ディアス:聞いてみましょうか。よかったら?

参加者4:こんなことを言うのもなんだけど、例えば「ジムへ行っていて体を鍛えます」というときに、ジムの会員とかだったら顔に馴染みはあっても、「そこまで強いか」と言ったら強くはないと思います。同じ目的には向かっていても。そういう気がします。

タカハシ:あぁ、確かに。ジム仲間もそうですね。ほか、なにかありますか?

ディアス:いかがですか?

参加者5:SNSとかは弱いつながりかもしれない。

タカハシ:あぁ、確かに。

ディアス:そうですね。1回会ったことがあってSNSではつながっているけど、そんなに会ったことがないという方は、今増えてきていますよね。

「仲良くしなきゃいけない」と言うからいじめが生まれる

タカハシ:佐々木さん、こんな感じで「弱いつながり」というのは、みなさんの身近にけっこうあるのかなと思います。

佐々木:そうなんですよね。僕らってどうしても、生きていると「強いつながり」が1個あれば安心だと思いがちじゃないですか。「会社に勤めている」「終身雇用」だとか。でもそう言いながら、この「失われた30年」と言われている平成の間に、「寄らば大樹(の陰)」と思っていた会社が潰れたりしたことが、けっこうあるわけでしょ。

そうすると薄い弱いつながりでも、「弱いつながりが複数あるほうが実は安心なんじゃないか」という発想の転換みたいなものが起きてきているんじゃないかな、とすごく思うんですよね。

タカハシ:なるほど。でも本当にその広くて弱い……シゲ先生(注:鈴木茂義氏)は(勤務地が)学校じゃないですか。けっこう学校の時間が長い?

鈴木茂義氏(以下、鈴木):そうですね。私のように学校の先生として職場で勤務しているという場合でも、同僚の凝集性みたいなものをやっぱり強く求められています。

それは頼りになるという部分もあるんだけれども、その凝集性の強さから「こうあるべき」「こうあらねば」というようなものを教員として求められるのが強かったです。

また、自分が担任を受け持っているときは、子どもたちに対しても「みんな仲良く」という言葉で「みんなが強くつながることこそ良いことだ」というふうに指導していて。「自分も辛かったけど、子どもも辛かっただろうな」というのを、今聞きながら思い出したんです。

佐々木:「仲良くしなきゃいけない」って言うから、いじめが生まれると僕は思うんですよ。

タカハシ:お~!

鈴木:だって、僕もそうやって教わってきたんですもん~(笑)。

タカハシ:僕も教わったなぁ。「みんな仲良く」だったなぁ。

佐々木:「仲良くしなきゃいけない」って言うから、「先生、佐々木くんが仲良くしないので、いけない子だと思います」って追求されるんですよ。

鈴木:そうなんですよ。僕自身はゲイなんですけれども、自分がゲイであるということをカミングアウトして別のコミュニティに入ったり、今まで知らない世界に入ったことによって、新たなコミュニティがあるということにも気づいたし。

自分がギュッと結んでいた「コミュニティはこうあらねば」というネクタイをちょっとゆるめたら、「こんなに楽になって楽しくなるんだ」ということを今実感する毎日です。

タカハシ:「ちょっとゆるめる」って、すごくいい表現だなぁと思って。佐々木さん、ありがとうございます。

シリアでもらった「奇跡」を意味する名前

タカハシ:それではおとなりにいらっしゃるアーヤさん、自己紹介をお願いいたします。

アーヤ藍氏(以下、アーヤ):アーヤと申します。簡単にパワポを用意してきたので、それもお見せしながらお話ししたいなと思います。

タカハシ:アーヤさん、ご出身は?

アーヤ:長野県です。長野市、上田市、佐久市と移り住んできました。私はたぶん、人生で15回くらいは引越しをしていて(笑)。移動しながら生きてきたという感じです。

「アーヤ藍」って(名前を聞くと)、みなさん「ハーフなのかな?」と思われると思うんですけれども。いわゆる純ジャパで、日本で生まれ育ってきました。「アーヤ」というのは、シリアという中東の国でもらった名前でして。(スライドを指して)こんなにきれいな場所なんですね。

「シリア」と聞くと、みなさんは紛争地帯というイメージがけっこう強いかなと思うのですが、私が訪れた当時は平和な街で。今まで生きてきた中で、ここにいたときが一番平和を感じました。

そんなシリアにいたときに、日本語の名前はアラビア語では発音しにくいので、ニックネームをもらったんですね。それが「アーヤ」という(ニックネームで)、アラビア語で「奇跡」という意味です。

自分で「奇跡ちゃん」と言っているみたいで恥ずかしいのですが(笑)。4年くらいこの名前で仕事をしたり人生を送ってきています。

家族しかコミュニティが無いなかで突然起こった「家族解散」

(スライドを指して)こういう長野の山の中の幼稚園に通って、「泥んこにまみれながら泥団子を作るのが一番好き」というような感じで育ってきました。母親がもともと離婚家庭で育って、自分がつくる家族は本当に大事にしたいという思いが強く、私は母から「家族第一」と言われて育ってきたんですね。

現代アートや演劇を東京に見に行くとか、社会派の映画をよく見るとか、長野の中では「ちょっと変わった親だったな」って今となっては思いますが、同世代の人たちとちょっと違うものに触れていて、逆に、流行っているアニメとかドラマの話とかはぜんぜんわからないので、仲良くなる友達もほとんどいませんでした。長野で暮らしていけば暮らしていくほど、歳を重ねていけばいくほど、私は家族しかコミュニティがない状態になっていきました。

そんな感じで大学に進学をして関東に出てきた数ヶ月後に、突然母親から「パパとママは離婚をすることに決めました」っていう電話がかかってきたんですね。「家族第一」と言われてきて、親が不仲とか思ったことがなかったので、まったく理解できないまま、突然の家族解散みたいな状況になったんです。

日本において「家族が一番大事」と言われることが多いなと思っていて。だから家族を守れなかった私が家族じゃない人なんて守れないし、「社会のためになにかをする」なんて言ってはいけないっていうのを大学4年間くらいはずっと思ってきて。そんな葛藤を抱きながら過ごしてきたんですけど、いろんな出会いがあって支えられて、今は元気に暮らしています、という感じです。

私は、帰る場所を探している人

でも、いまだに自分のアイデンティティについて迷うことはけっこう多くて。ちょうど2年くらい前に、初めて会った人から「アーヤ藍って何者なの?」って聞かれて。すぐに出てきた私の答えというのは「帰る場所を探している人」だったんですね。

今はもう家族はみんなバラバラに住んでいるし、母親と姉とは4年か5年くらい連絡を取っていなくて、父親とだけ唯一連絡を取っています。帰る実家みたいなものもないので、じゃあどこに自分は帰ったらいいんだろう、と模索しながら、ここ5年くらい生きている感じです。

(スライドを指して)これは、この5年くらいに私が暮らしてきた家のリストです。シェアハウスだったりルームシェアで友達と家を共有したり。血縁も地縁もないけど40人で一緒に暮らそうっていう「拡張家族」をコンセプトにした家で暮らしたり。あるいはご夫婦と一緒にワンルームで居候生活をさせてもらったり(笑)。そういう暮らしをしてきました。

自分自身のもともとの家族とは違う「家族」「パートナーシップ」という在り方を、もうちょっと知りたいなと思って過ごしてきたんです。

(スライドを指して)これは私が初めて暮らしたシェアハウスで、2年くらい一緒に暮らしていました。ここは、家族が解散してから初めて見つけた居場所っていう感じでした。コタツをみんなで一緒に囲んだり、ピクニックをしに行ったり、そういう疑似家族みたいなことをやりながら、「血がつながっていないけど、家族みたいな存在になれるのかもしれない」と初めて感じられた場所でした。

もう1個、渋谷にある「Cift」という拡張家族のコミュニティにもいたんですけれども、そこは40人いて、みんな本当に多様なんですよ。弁護士もいれば、デザイナーをやっている人、美容師もいれば、はたまた農業をやっている人や、放浪生活をしていた人もいたり(笑)。

みんな育ってきた環境も違うしバックグラウンドも違うから、合わない人とか、なんなら普通に会ったら絶対に仲良くならなかったと思う人もいて(笑)。

イライラすることもたくさんあったけど、家族として一緒に過ごさないといけないから、向き合っていく中で、私が思い込んでいたその人の姿とは違う面が見えたり、幸せそうに見える人だけど私が思いもしなかったような悩みを持っていたり。長くつながっていく中で、そういったことを見つけていくというのが、ここにいて学んだことでした。

自分が経験した親子関係以外に、どんな可能性があるのか

一方で、ここに住んでる人はみんなオリジナルの家族も持っているんですね。お正月のときに衝撃だったのは、みんな帰る場所があったんですよ。私だけ帰れなかったっていうのはけっこう衝撃で。家族っぽくなろうとはしているけど、別に家族ではない。近いようで遠いし、遠いようで近い距離感っていうのが、ここで過ごしていた時間でした。

暮らしとは違うんですけれども、いろんな夫婦と一緒に過ごす時間とか、いろんな家族にお邪魔する時間というのを私は意識的に作っていて。やっぱり自分の親とか自分が味わった親子関係しか、だいたい味わったことがないじゃないですか。それ以外の夫婦像とかをほとんど見たことがない。だから「別の可能性ってないのかな」というのを模索しながら過ごしていたりします。

実の母親から「あなたを産まなければ違う人生があったのに」と言われたことがあったので、「子どもをもつのが怖い。もたないほうがいいんじゃないか」という感覚が私はすごく強いんです。「子どもを持つってどういう感覚なんだろう」「自分が味わったのではない子育ての仕方ってどんなものがあるんだろう」というような疑問への答えも、今はいろんな親御さんとかを見ながら見つけだそうとしています。

あと海外に行くとだいたい友だちの家とか、友だちの友だちの家に押しかけているんですけど(笑)。日本ではありえないくらい、みんな家に入れてくれて、泊めてくれて、ご飯を作ってくれて。なんなら私の髪をドライヤーで乾かしてくれたお母さんとかもいたり(笑)。海外の方は家族を開いてくれることが多いなぁという感じもします。

日本に限らず、いろんな家族像というのを模索して、いろんな選択肢に触れたうえで、この先自分がどういう家族を……今は独身でシェアハウスで暮らしていますが、これからどんな選択をしていくか考えたいなぁと思っています。

距離感が近くなればなるほど、関係の維持は難しくなる

私もさっきの佐々木さんがおっしゃっていた弱いつながりみたいなものにけっこう囲まれてこの数年間過ごしてきたんですけど、1年前くらいに私の元シェアメイトからこんなことを言われて。「誰かのためになにかできるのは、自分を本当に大切にできる人だと思います。そうじゃないと自分の弱さを満たしてくれるものを人とか社会に求めてしまう」。

これを言ってくれたシェアメイトは、そのあとシェアハウスを出て自分のパートナーと同棲をし始めているんですね。その人から「自分のパートナーとこれから家族を作らないといけないから、もうシェアハウスのみんなのことは家族と呼べません」と言われて。強いつながりと弱いつながりのがどちらがいいのかは、私は正直今はわからない状態なんですね。

弱いつながりも大事だけど、強いつながりをつくれた経験がないと弱いつながりもうまく作れないのかなぁというようなことも最近は思っていて。そのあたりを今日はぜひみなさんと一緒に考えられたらうれしいなぁって思っております。そんな自己紹介でした。

タカハシ:すばらしい! 流れるような自己紹介。アーヤさんにとっての弱いつながり、強いつながりってどうなんだろう?

アーヤ:自分が苦しんでいるときに相談できる相手というのは、強いつながりなんだろうなというのは思うんですけど。私の場合はそんなに多くはないですね(笑)。

それこそ去年居候させてもらったお家があって、私にとっては本当に家族みたいになっていたんですけど。最終的にいろんなことがあって仲違いして。再び家族解散みたいなことがあって(笑)。

距離感が近くなればなるほど難しさってやっぱりあるなぁと思っているので。強さと弱さの二極でもない。強いときもあれば弱いときもあるみたいなのを、同じ人とでもやれたほうがいいのかなぁ、というのも思いますね。

離婚再婚を繰り返していけば、やがて世界中が家族になるのかも

タカハシ:僕の同級生が中学校のときに親が離婚したんですね。そのときに親から言われたのが「バンド解散」だったんです。

(会場笑)

その言葉でものすごく気が楽になったっていう。強い関係性の愛し合っている2人が別れるっていう、子どもにとってはものすごくショックなことを、表現として「バンド解散」というふうに言われたときに、すごく楽になったと言っていて。また再結成するかもしれないよ、というような。

アーヤ:そうですよね。まだ自分の家族が壊れるよりも前に、カナダでホームステイしたことがあって。そのときのホストファミリーが50代くらいだったのかな。お互いに再婚という人で、その娘さんが結婚している旦那さんも再婚だったんですよ。

その旦那さんの元奥さんとの子どもも一緒に私とご飯を食べる、というようなこともあって(笑)。もはやぜんぜん血縁関係はない子なんですけど。離婚再婚を繰り返すと家族が増えるのかなぁというのを、カナダに行ったときに私はふっと思って。

これ、意外と平和なんじゃないかって思ったんですよね。離婚再婚をものすごい繰り返していったら、もはや世界中が家族になるのかなとか思ったときはありました(笑)。

タカハシ:なるほど、なるほど。アーヤさんありがとうございます。

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