アート界隈の問題点をディスカッション

司会者:ご登壇者のみなさまを紹介させていただきます。ステージ上手から、彫刻家の名和晃平様。建築家、田根剛様。東京大学准教授、加治屋健司様。アートコレクター、岩崎かおり様。京都大学大学院、柴山桂太様。そしてモデレーターは東京大学名誉教授、山梨県立美術館館長、前文化庁長官、青柳正規様です。よろしくお願いいたします。

(会場拍手)

青柳正規氏(以下、青柳):まずは、それぞれ3分くらいお話をいただけますでしょうか。岩崎さんからでいいですか? よろしくお願いします。

岩崎かおり氏(以下、岩崎):はじめまして。アートコレクターの岩崎と申します。まず私は日本の評価を高めるためには、国内のアートコレクターをもっと増やすべきだと思っています。とくに女性(コレクター)です。

先ほどのグラフで世界の流通総額が出たと思います。日本は約3パーセントと富裕層が多いにもかかわらず、アートが買われていない状況なんです。それとイコールで、日本人の作品は母国の日本人には買われておらず、すばらしい作品は日本ではなく海外にすべていっている状況です。

今後の未来を考えると、日本にはいい作品がなにも残らず、海外に行かなければ見られない、資産として残らないという状況になっておりますので、まずは買えるコレクターをどんどん増やしていくべきだと思っています。

コレクターが少ないことには3つの理由があるかと思っているんですが、ちょっと長くなりますので簡単に。よろしくお願いいたします。

美術館・アーカイブ・言説の三要素が重要になる

加治屋健司氏(以下、加治屋):私は現代美術の研究者でして、正直に言いますとふだん芸術資産の評価をどう高めていくかはそんなに考えていなくて、むしろ自分がいいと思っている作品、作家がもっとよく議論されればいい、もっと多くいろいろな美術館が買えばいい、もっと見る機会が増えてほしいとは思っているんです。そういう意味では価値を高めることも考えの中に入っております。

それには美術館が大きな役割を果たしますし、市場も重要であると思います。また今日、柴山先生のスライドにもありましたように、やはり大学等の研究も非常に重要な役割を果たしています。

研究のほうから見ますと、今は作品だけで議論することが非常に難しくなっているんですね。作品に関するアーカイブ資料が研究をするうえで重要になってきています。

これは、研究方法が大きく変わりまして、とくに現代美術ですと、フォーマリズムや理論的な研究が80年代くらいまでは強かったんですが、それ以降はポストコロニアルな考え方が出てきて、社会との関係の中で作品を見ていく研究が強くなってきています。

そうすると、作品だけではなく、作品に付随する資料が非常に重要になるんですね。先ほど青柳先生から「イギリスは目利きがいて、作品を持っていなくても、それを見る目があった」というお話がありました。

実はアートアーカイブは、美術に伝統的に強いイタリアやフランスではなくて、アメリカやドイツ、イギリス、韓国といった国が非常に充実させているんですね。いずれも国がアートアーカイブを作っています。

そこに研究者が集まって資料を見ながらその作品の歴史的、美的価値を考えていくようになっています。ですので、美術館やアーカイブ、それから言説ですね、研究も非常に重要になってきていると思っています。

先ほど青柳先生のお話の中に評論家が弱体化しているという意見がありました。確かにそれもおっしゃるとおりです。私も評論家連盟の常任委員ですので、胸が痛むところもあります(笑)。

確かに今は、作品の価値を決めるうえでは批評よりもマーケットが大きな力を持ってきています。他方で、マーケットだけではなくて、研究と批評を合わせた言説が作品の価値を先に見つけていくところもあると思います。

美術館・アーカイブ・言説といった3つの要素が、これから重要になっていくのではないかなと思います。少し長くなりましたが、以上です。

「経済的な言語」を持てないアートの問題

田根剛氏(以下、田根):こんにちは。建築家の田根剛と申します。自分は今パリで設計事務所をやっています。お話をうかがいながら「建築も仲間に入れてほしいな」と思いました(笑)。

それはなぜかと言うと、建設業はあるんですが、建築を文化として見たときにあまり守られていない。同じくらい守られていないなと思っております。とくにすばらしい建築の文化を持っている日本の寺社仏閣があるんですが、こと近代建築になっていくとやはり守られていない状況があってですね。

日本の場合、「土地」というものには価値があり、資産化されるんですが、「建物」の場合は時間が経つと価値がゼロになるように仕組まれていると。そうすると時間が経った建物の経済的な価値はゼロにされてしまうので、相続するときにはだいたい壊されたりします。新しい時代になったときには、それを壊すしかない、となってしまっているのが現状です。

これをどうしたらいいかは、僕もかなり深刻な問題だと思ってずっと考えています。先ほどのお話も含めて、なぜ建築・美術関係が守られないかと言うと、もしかしたら経済的な言語をちゃんと持てていないからではないかと考えていまして。

経済が資産化できるもので、文化は財産ではないかと思っています。資産と財産でまず考え方が違うんじゃないかと考えていました。資産はたぶん時間とお金で数値が出せる。財産は……時間と回数で数字が変動するものじゃないかと。

ということは、美術だったら売買されていくと増えていったり。先ほど法隆寺の話もあったように、800年以上の時間が経っていると、経済的な効果があるという意味では資産化にはならないけれども、訪れた観光客の回数によって「経済効果」という意味でもちゃんと数値化できると思うと、それだけの財産があるんじゃないかということをちゃんと説明していけば、文化財・建築美術がそれなりに経済価値があると思います。

年度決済などで数字に落ちなくても、大きな意味を持つんじゃないかということを、ちゃんとこちら側も伝えていかなければいけないんじゃないかと考えていました。

青柳:ありがとうございます。(柴山氏に向かって)今の資産と財産(の話)でなにかコメントはありませんか?

柴山桂太氏(以下、柴山):もちろん資産、財産という言い方はありますけど、要するに経済的なところで金銭評価を短期的に受けるものと、長い目で見たときの文化的な価値をどう測るかということですよね?

田根:思っていたのは、僕はイタリアがすごく好きなんです。まず、人が幸せそうなんですよね。なんでかと言うと、イタリアはグローバル経済でいったら、経済的にはそんなにうまくいっていない。ですが、たぶん彼らには人材であったり、環境的な財産だったり、文化的な財産があります。

それをグローバル経済に乗せると、実はものすごくお金があるんだけれども、そこには乗せないで自分たちなり、人が来てもらって楽しむというところで、うまくいっているんじゃないかと思うと、イタリア人はすごく楽しそうで。あまり働かないんだけど、すばらしいなと思っています(笑)。

柴山:僕もまったくそうだと思いますね(笑)。ただ改革の波に抵抗しようと思うと、それだけではたぶんダメで。そこを理論武装して、そういうことに価値があることを守っていかなきゃいけないのかなと。

青柳:すみませんでした。名和さんお願いします。

アートを守る仕組みの構築が急務

名和晃平氏(以下、名和):彫刻をやっている、名和と申します。僕はアーティストの立場で、アートを生み出す側の人間です。ロンドンへ留学して、現代美術を始めたのが98年だったんですね。ちょうど今活動して20年になります。

実感として、僕は作品を作る、生み出すだけで生計を立ててやってこさせてもらっていて、たぶん2,000くらいの作品を今まで作っています。8~9割近くの作品は海外にコレクションされているんですね。だから10パーセントくらいしか国内に残っていないことがあって。これは東京のギャラリーも同じなんですよ。お金の比率で言うと、9割くらい海外のお客さんだということなので、日本でやりくりできていないんですよね。

その状況が何十年も続いているということで、戦後の日本の美術を眺めたときに、大先輩の作家の人たちの作品もマスターピースみたいなものは海外にあったりします。「本当に残ってないんだなぁ」と思ってしまいます。これを文化として振り返って、例えば50~100年後に振り返ることができるのかと考えたときに、見せるものがないですよね。

普通、ヨーロッパやアメリカへ旅行したら、美術館に行って、コレクションを見ることで、近代から現代の流れなどを全部理解できます。例えば、外国のお客さんが京都や東京に来たときに「どこに行けば、今の日本のアートが見られるの?」と聞かれるんですけど、それがないんですよね。

美術館のギャラリーもそうで、表層的にはその体(てい)を保っているんですけど、インフラとしてアートを社会と一体化させて支えるシステムになれていないと思うんですよ。

ここの美術館もそうですよね。ここもコレクションはそんなにされていない。いわゆる巨匠と呼ばれる作家の一番いいものを、ちゃんと国が責任を持って保存するところからやり直さないと、見せるものがなくなっちゃうんじゃないかなと思います。海外から巡回展でマガジン的にいろいろ入れ替えては見せる。そういう入れ替える箱はあるけど残っていかないと。

教材としても、やはり本物の作品が一番の教材なんですよ。日本には美大もたくさんあるんですけど、本物の作品がなかなか見れない。現代美術という分野やジャンルは、サブカルチャー的にはあるし、みんなその価値を知っているけど、本物はどこか遠くにあるイメージになってしまっていて、身近に感じられていないと思うんですよね。

それこそ小学生が「これはアートなんだよ」と教え込まれなくても肌で感じるくらいの身近さをもって、国の宝としてそれをちゃんと保存していくシステムを作っていかないと、本当にやばいんじゃないかなと感じます。

それは僕が大学生だった時代からみんなが言っていて、なにも変わっていないんだなと思うんですよ。今日はぜひ、どういうふうに具体的にやっていくべきかをお聞きしたいなと思っています。

青柳:ありがとうございました。

日本の美術館は閉鎖的である

青柳:今みなさんのお話を聞いていると、1つは日本の市場は小さい、アートコレクターが少ないからだということで、もっと増やすべきじゃないかということ。それから評価が批評家だけではなくて、実は最近のものでは市場原理がかなり働いてきていること。

それから田根さんは、建築の特殊性として、時間とともに価値がなくなっていくことをどう考えればいいのかと。それから名和さんは、海外でしかやっていけなくて、日本だけではどうしようもないんだというようなこと。それをどう改善していけばいいのか。そのようなお話をいただいたと思います。

今、我々が早急にやらなくてはいけないことが1つあると思います。そこに「ARTLOGUE(アートローグ)」というメディアでインターネットを使って美術を普及させようとしている鈴木(大輔)くんがいます。

聖書の中に「マタイの法則」があります。これは何かと言うと、貧しい者はより貧しく、そして富んでいる者はより金持ちになっていく法則です。この法則は常に生きていて、しかも今、それがもっとも極端に現れているのはインターネット上です。

10年や15年くらいの短期間で、すぐビリオネアになることもできる。しかも、その中に美術を取り込んでインターネット上できっちり広報活動などをやれば、その美術がより豊かになっていくと思います。日本の場合、美術関係は少なくとも欧米に比べてインターネットを利用していません。

例えば、アムステルダムの国立美術館では著作権が切れたものは、ほとんどパブリックドメインにしています。それこそ『夜警』(注:画家レンブラント・ファン・レインの代表作)だろうがなんだろうが、みんなに撮ってもらって、その写真を集めて本を作った、美術書のコンクールまでやっているんです。それはオランダだけではなくて、アメリカのMoMA(二ューヨーク近代美術館)でも、そういうことを同じくやっていたりします。

横浜(美術館館長)の逢坂(恵理子)さんは一所懸命パブリックドメインにしようとしていますが、日本はほとんど全部、なかなか写真撮影を開放していない、閉鎖的なんですね。だけど、撮ってもらったものを利用してもらったりすれば、広報宣伝費がなくても広まっていくわけですよね。そういうポジティブな循環を、うまく取り込むことも必要だと思います。

女性のアートコレクターが増えるべき

青柳:その前にまたお話を聞きたいんですけれども。岩崎さん、コレクターを増やすにはどうしたらいいんですか?

岩崎:コレクターを増やすには……なぜこんなにコレクターが少ないのかという原因が3つあると思います。まず、日本の文化や教育に関係していると思っていまして。

そもそもアートを買う習慣が日本にはない。アートが身近なものになっていなくて、アートは美術館に行って見るものなんだと思う人が日本には多くて。インテリアなどを考えるのに家具屋さんには行きますが、ギャラリーに行ってアートを買おうという人は、なかなか少ない。

先ほど「買うお金がないから」とあったんですが、日本人は富裕層が多くて買うお金はあるんだと思います。みなさん家を買ったり、時計、宝飾品、高級ブランドを買っているんですけど、その中にアートが入っていないだけであって。そこが選択肢として入ってこない。

とくに私は海外に行って思うんですが、女性のアートコレクターが日本には本当に少ない。同世代のアートコレクターがいない。なかなか会わないんですね。それが海外では同世代の女性のコレクターが当たり前のようにたくさんいらっしゃるんです。

そこもちょっと問題かなと思っていまして。これだけ女性が社会進出している中で、アートを買う人がいない。家庭を持つと、高級なものを買うときはだいたい女性が決定をすると、よくデータで出てきます。

アートのコレクションをする魅力が、だたの贅沢だけではなくて、人生の豊かさを与えてくれて、学びをくれて、美的センスが磨かれたり、世界が広がったり、人脈が広がる。自分自身の未来の投資になることを女性に気づいていただいて、(アートが)もっと身近なものになっていく習慣があればいいなと思っています。

日本人の金融リテラシーにも起因する

岩崎:アートを買う習慣がないところが1つなんですが、もう1つが日本人の金融リテラシーの問題だと思います。投資として、アートが入ってこないんですね。主に不動産、株式、投資信託、保険、預金などが入ってくるんですけど、そこにアートという考え方が入って来ない。

それが海外だと真逆になっていたりするんですね。アートが第一に信頼できる資産だったりする国もあるんです。貨幣価値が不安定な国になってくると母国のお金の価値はいつなくなるかわからないと。すぐに持っていける動産であって、価値が下がらないとなると第一にアートだと思われている国もあります。

なにかあったら、高いアート作品を持って逃げて、ほかの国で売るコレクターの方もいらっしゃったりするので(笑)。教育の部分になるかもしれませんが、日本人にもう少し、(アートを)投資としても考えていただき国内のアート市場の活性化にも結びつけばと思います。たいなというところです。

3つ目がアートを買うときのお金に関するサービスというか、金融サービスや保険サービスなど、お金周りのことがまったく追いついてきていないというところがあります。海外には普通にあることが日本にはなかったりして。

美術品を買います。「じゃあこの保険はどうすればいいんですか?」と言われるんですけれども、きちんとカバーできる保険会社がなかったり、さまざまな問題があります。でもそこはすぐ対応できる部分だと思っていて。それを作ればいいというところでもあったりするので。

今せっかく日本の中でも若手のアートコレクターが増えてこようとしているときでもありますので、そこを充実させていただきたいなというところはあります。

青柳:岩崎さんがコレクターとして初めて買ったのは名和さんのものだったって(聞きました)。そのときは、どういう気持ちで買ったんですか?

岩崎:それはぶっちゃけて言うと、一目惚れで買いました(笑)。本当になにも考えずに、見た瞬間に「すばらしい!」と思いまして。名和さんのことは存じてはいたものの、作品が本当にすばらしかったんです。絶対に自分が欲しいと思いまして、なにも考えずに買いました。