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羽生善治「永世七冠」記者会見(全3記事)

【全文3/3】羽生善治氏「棋士の存在価値が問われていると思う」 AIが台頭する将棋界のこれからについて語る

2017年12月13日、第30期竜王戦にて竜王を奪取し、史上初の7タイトルの永世称号を獲得した羽生善治氏の記者会見が行われました。会見では、永世七冠を獲得した心境や、将棋に対する自身の考えについて語りました。

将棋の定跡と「温故知新」

司会者:流行の移り変わりが早いとおっしゃいましたけど、それにキャッチアップしていくというのは、厄介なことですか、それともおもしろいことですか。

羽生善治氏(以下、羽生):厄介と言えば厄介なことです。かなりそれだけでも時間と労力を費やさないといけなくなってしまうので、ただ、なんて言うんでしょうか……。決まったかたちというか、過去にあった定跡って言うんですけど、その定跡系の中でやってしまうと、なかなか自分の発想とかアイデアを使いにくいっていう面があるので、やっぱりそういう局面とかを目指す時には、最先端のかたちを知っておくというのは、非常に大事なんじゃないかなって思っています。

司会者:そんなところが強さなのかもしれませんけれども。

記者3:読売新聞メディア局の記者でタグチと申します。先ほど、将棋ソフトの中で「温故知新」の話が出てきたと思うんですけれども、なぜ将棋ソフトの手が「温故知新」になるのかというところを、羽生さんはどう考えていらっしゃるのかということですね。例えば、人間が見落としていた部分があるとか、そういうことじゃないかなと思うんですが、羽生さんはどうお考えでしょうか?

羽生:それはですね、コンピュータは膨大な情報を生み出してくれます。それを受け入れるか、受け入れないかっていうのは、人間の美意識によるところが非常に大きいと思うんです。過去にあったものというのは、やっぱり過去にあったので、人間にとっては受け入れやすいものなので、そういう「温故知新」のような状態が起こったんではないかなって思っています。

国民栄誉賞のニュースへの家族の反応

記者4:フジテレビ『とくダネ!』のヒラノと申します。永世七冠おめでとうございます。

羽生:どうもありがとうございます。

記者4:そして今日また新たに「国民栄誉賞へ」というニュースが入ってまいりました。それを聞いた時の羽生さんの率直な思い。そして国民栄誉賞というものに対するイメージ、感じを教えていただきたいなと、あとそのニュースを聞いたとき、奥さまはどんなふうにおっしゃっていたか、教えていただけますか。

羽生:まず、その話を聞いたときというのは、驚きましたし、大変名誉なことだと思いました。今まで国民栄誉賞を受賞された方は、本当に各界で大変な活躍をされた方ばかりですので、そういう意味で非常に驚いたというところです。家内の反応も、同じだったと思います(笑)。

記者4:何か言葉は交わされたんですか?

羽生:いや、とくには……。なんていうか「ニュースでこういうのが出てるよ」っていうことは言われましたが。

記者4:「そうなるといいわね」というような……?

羽生:そういうことは、とくには言ってなかったですけど、そういうものが出てるということは言ってました。

記者4:ありがとうございます。

司会者:今回、永世七冠ということになられてから、奥さまも素敵なメッセージを出されていらっしゃいましたけれども、お家の中での羽生さんというのは、どうなんでしょう。なんかこう、本当将棋界の神さまがお家にいたら、なかなか気も遣って大変なんじゃないかなと思うんですけれども、お家の中で。

羽生:そうですね、けっこうぼんやりしてることが多いですが、ただ棋士の場合はぼんやりしていても、将棋のことを考えていても、傍目からはわからないんで、考えてるように見えてるかもしれません(笑)。

AIとの対局について

記者5:日本記者クラブの個人会員のナカニシと言います。今年の将棋界で、もう1つ大きな話題になったのが、「Ponanza」に佐藤名人(佐藤天彦氏)が負けたというのが将棋界には衝撃だったと思うんですけども、そのときに第2局だったかちょっと覚えてませんけど、なんですか3八金っていうんですか、初手がね。

羽生:あ、はいはい。

記者5:こういう思いもかけない手を出してくるということで、コンピュータソフトを作っている人に聞くと、「もはや人間の指す手が邪魔になるほど進歩している」ということを言ってるんですよね。

羽生さんは過去の雑誌なんかの対談で、確か「大局観」というんですか、それが非常に重要だとおっしゃってますけど、我々将棋ファンとしては羽生さんが来年あたりにコンピュータソフトと対戦して打ち負かす姿を、ぜひとも見たいなと思っています。

さっきからも出ていますが、そのコンピュータソフトと対抗するためには、どういうことに一番注目してやる必要があるのかなと。そのあたりはいかがでしょうか。

羽生:なるほど。そうですね、将棋のソフトはまさに日進月歩の世界で、1年経つとかなりのスピードで強くなって上達しているというのが、現状です。人間が考えていくっていうところに、やっぱりどうしても盲点というか死角というか、考えない場所・箇所。

先ほど、「経験の中で手を狭めて読む」っていう話が出ましたけれども、それは言葉を変えると発想の幅が狭くなるということでもあるので、これから先棋士が、あるいは人間が将棋を上達していくときに、そのコンピューターが持っている、人間が持っていない発想とかアイデアを勉強して、吸収して、上達していくっていう時代に入ってるんではないかなと私は思っています。

それが、ずっと並行して同じように進化するかどうかっていうのは、まだちょっと未知数で、もう数年経ってみないとわからないんじゃないかなと思っています。

司会者:ご自身はコンピューターソフトと戦いたいと思われますか?

羽生:これは、実はもうすでにフリーソフトといって、かなり強いものが常に公開されているので、いつでもできるんです(笑)。なので、そこがたぶん、将棋の世界の特殊ケースだと思っています。

司会者:どうしてもAIが出てくると、人間かコンピュータか、人間はコンピュータに負けるのか、というかたちで捉えてしまいますけれども、そういうことよりも、むしろ将棋の世界を一緒に極めていくというかたちで位置付けたほうがいいのでしょうか?

羽生:私はこう思っているんですけれども、例えば、AI、コンピューターは非常に強くなっています。でも、完璧な存在ではなくてミスをしているケースもあるんですね。もちろん、人間もミスすることはあります。ただ、考えている内容や中身はまったく違うので、それを照らし合わせて分析して、前に進んでいくというのが一番理想的なかたちなのではないかなと思っています。

司会者:ありがとうございます。

将棋で強くなりたい子ども、お年寄りへのアドバイス

記者6:日本新聞協会のスズキと申します。このたびは誠におめでとうございました。羽生さんにあこがれて将棋をやっている子どもたちが、小学生、中学生、高校生、たくさんいると思うんですけれども、その子どもたちへのメッセージを1つお願いをしたいのと、それから例えば小学生の男の子女の子、勉強も一生懸命やって、将棋にも取り組んでいる。しかし、最近どうも将棋が今ひとつ伸び悩んでいるというような子どもがいたときに、どんな声をかけられるでしょうか? その2点をお願いいたします。

羽生:最初のほうは、もちろんどんな物事でもそうだと思うんですけれども、基本や基礎みたいなものがあるので、それはしっかり学んで取り入れて、そこから先は自分自身のアイデアや発想を大切にして指してほしいなと思っています。それが結果に結びつかなくても、失敗したとしても、そういったことを伸ばしていくことがとても大事なんじゃないかなと思っています。

将棋が上達するところって、必ず右肩上がりで上達するということではなくて、あるところまで急に伸びて、そこから平行線で停滞する時期があって、また伸びていくっていう繰り返しであるので、ちょっと「伸び悩んでしまったな」ということを感じたのであれば、今までとは違う練習方法をやってみるということをお勧めします。

例えばですけれども、実戦ばかりやっていたとしたら、ちょっとやり方を変えてみて、詰将棋を取り入れてみるとか、あるいは対局が終わった後に、感想戦といって分析や検証をする時間を増やしてみるとか、少し工夫することによって次のステップに進んでいってほしいなと思っています。

記者7:永世七冠と国民栄誉賞、おめでとうございます。私はフリーランス記者で、この個人会員のカミデと申します。

私自身は本当にへぼ将棋なんですが、今、子どもだけでなく、高齢化社会と言われています。私なんかは基本もわからないんですが、60代、70代になってもさらに強くなる方法ですとか、年寄りと言ったら変ですが、我々年配世代にもっと将棋を広げていくために、子どもと一緒になるかもしれませんが、羽生さんは何が一番大切だと思っているか、あるいはどういうことをしたいと思っているか。いかがでしょうか?

羽生:1つは例えば、なにか得意なかたちというのを決めてやる、戦法や作戦を決めてやるというのがいいのではないかなと思うのと、あと難しいのはよくないんですけど、三手詰めとか五手詰めとか、三手必至とか、簡単なパズルみたいなものをやることは頭の体操にもなりますし、実際に上達するという面でも非常に有効だと思っています。

司会者:ありがとうございます。

モチベーションは天気みたいなもの

記者8:読売テレビのハルカワと申します。永世七冠、おめでとうございます。

羽生:ありがとうございます。

記者8:ある意味もう将棋界の頂点を極められて、今後将棋を続けていかれるにあたってのモチベーションをお聞かせ願いたいんですけれども。

それに関連して、後輩の育成ということについてはどういうお考えをお持ちなのか? 今もう40代後半ということでしょうけれども、後輩の育成ということについてはいつ頃から思い始められて、今後はどういうことを考えていらっしゃるかということをお聞かせください。

羽生:そうですね、モチベーションに関していうと、なかなかやっぱり何十年やっても安定しないというのが実情です。ちょっと天気みたいなところもあるので、その日になってみないとわからないというところはあります。

ただ、例えば、ちょうど今年残念ながら引退をされてしまいましたけれども、加藤一二三先生のように60年以上にもわたって現役生活を続けられた先生もいらっしゃいますので、そういう情熱を持って可能なかぎり前に進んでいけたらいいなという気持ちは持っています。

2つ目の育成ということに関していうと、もうすでに育成しなくても非常に強い人たちがどんどん出てきているというのが、まあ実情なんじゃないかな(笑)、というふうには思っていますし、そういう機会というかチャンスがあれば、そういうこともやってみたいなとは思っています。

記者8:ありがとうございました。

藤井聡太四段の活躍について

司会者:後輩ということでいうと、今年、中学生棋士の藤井聡太四段がたいへん注目されました。今の段階ではとてもメディアから注目されましたけれども、永世七冠を達成された羽生さんだからこそ、30年近いキャリアを積まれたからこそ見える景色というのがあって、そこから藤井聡太四段になにかメッセージをかけるとすればどういうことでしょう?

羽生:これ、実はすごく聞かれる質問なんですけれども、彼はもちろん将棋の内容とか中身もすばらしいんですが、さまざまな対応力というか、受け答えみたいなものを私が知らないような表現をよく使われるぐらいなので、なにかアドバイスと言われても本当になにもないというのが実情なんですね。

ただ、中学生で棋士になって連勝記録を塗り替えたということだけでもたいへんなことなんですけど、棋士になる基準というのは時代によって少しずつ変わっていて、今は過去の中でも一番厳しい時代、棋士になるのが難しい時代なんです。

その時に最年少の記録を塗り替えたというところに大きな価値があるのではないかなとは思っていますし、まさにこれから成長期というかまた伸びていく時期だと思うので、どういうふうに成長していくのか……実際対戦することもあるかもしれませんし、非常に関心を持っています。

司会者:対局をされることが楽しみですか?

羽生:そうですね。やはり……どう言えばいいんでしょうかね。世代が違うと、言葉を話しているのと同じように、意味はわかるんだけれどもニュアンスとか使い方が違うということがあるのと同じように、将棋ってルールは同じなんだけど自分の目から見るとちょっと意外な手を指されるとかそういうことがあるので、そういう意味では非常に対戦するのを楽しみにしています。

司会者:ありがとうございます。

国民栄誉賞の話が出るのは個人としても将棋界にとっても光栄なこと

記者9:報知新聞のキタノと申します。永世七冠おめでとうございます。まだ検討段階というところで、ちょっとお話ししにくいところもあると思うんですが、国民栄誉賞に関して羽生先生、96年に七冠制覇をされたときにも、史上最年少での受賞が取り沙汰されたかと思うんですけれども、今47歳というご年齢で、そういう検討というお話が入ったことに対しての思いというか、考えと言いますか、冒頭30年という月日のお話もされましたが、そのあたりをうかがえますでしょうか。

羽生:そうですね、そういった話が出ていて、検討していただけるっていうのは、個人としても将棋界にとっても、大変光栄で名誉なことだと考えています。現状はそういうなかで、自分なりに変わらず一生懸命やって、前に進んでいくっていうことなのかなと思っています。

司会者:ご自身のなかでは、ようやくという感じでしょうか。世の中の評価というのが、ようやくという感じなのか、それとも通過点といったような感じなのでしょうか。

羽生:なんて言えばいいんでしょうか、今回永世竜王の資格をとれるかどうかっていうのは、本当に対局の終わりの直前ぐらいになるまでは、半信半疑というか、まだまだ分からないという気持ちでいましたので、今、突然状況が変わっているなかで、日々いろんなことが変わっているっていう感覚でいるので、ちょっとその状況に、戸惑っているとまでは言わないですけど……というところでしょうか(笑)。

司会者:ありがとうございます。会場のみなさんからはいかがでしょうか。

記者10:個人会員のサワと申します。碁と将棋を比べまして、囲碁の国際化というのは非常に大きく普及されているということです。これは白と黒の2つの石で、あとはルールも非常に明確になっています。将棋の場合は、チェスには似てるかもしれませんけれども、大きな違いもあるわけですが、1つは文字ですね。王将とか金将とか、こういうものは国際化の障害になってはいないんでしょうか。

それから、将棋の国際化とチェスの場合、この2つの折り合いというものを、どのように付けられるのか。国際化の面について、どのようなお考えを持っているでしょうか。

羽生:もともと将棋の発祥って、古代のインドから始まっていて、とくにアジアは1国に1つ、その国の将棋があるというのが実情です。将棋を普及していくというときに、日本の将棋だけを広めていくということだけではなくて、その交流するツールの1つとして、将棋というものがあるというのが、非常に良いのではないかなと思っています。

囲碁ほど、なかなか国際化は進んでいない現状ではあるんですけれども、実際かなりの国で将棋を指す人が出てきていますので、少しずつ国際化は始まっているのかなと思っています。

漢字をどうするかっていうテーマは、ときにそういう海外とかで普及をしている人とか、あるいは海外で将棋を楽しんでいる人などで、ときどき出る話ではあるんですが、今のところは将棋を始めている外国人の人たちは、将棋だけに興味を持っているというよりも、日本の文化ですとか、歴史とか伝統みたいなものも合わせて関心を持っているという人たちが多いので、今のところは現状のままいくようなところかなと考えています。

ただ、これがもし本当に幅広く国際化というかたちになったときには、今出たようなお話はきっと必ず議論になるんじゃないかなって思っています。

棋士の存在価値が問われている

司会者:そろそろ時間になってきましたので、最後の1問にしたいと思います。一番後ろの方。

記者11:日本経済新聞のトネダと言います。先ほどAIの話が出ていましたけども、AIが将棋なり囲碁なりで、人間を上回るような力をつけてきたという時代になって、将棋の理論、棋理を極めるということとは別に、人間と人間が勝負をするということの魅力をより伝えるといったことを意識しているのか。盤上、それからこういったコメントといった盤外も含めて、将棋のファンや一般の人への伝え方の力点が変わってくるのかどうかということについて、お聞かせください。

羽生:それは本当にある種とても深刻な話だと思っているんですけれども、例えば、棋士同士が対局をして棋譜を作ります。これがコンピュータ同士であれば、24時間365日大量の対局をして棋譜を作ることが実際にできてしまうので、じゃあそこで、その棋士の存在価値というのがなんなのかということを、やっぱり問われているということだと思っています。

それはまさに、対局をする姿ですとか、背景ですとか、あるいはその周りにある環境とか、そういうものを含めたすべてのところにおいて、やっぱりたくさんの人たちに魅力を感じてもらえる世界にしなくてはならないんだなということを痛感しています。

そういう意味ではこれから先、なんて言うんでしょうか、非常に工夫が必要というか、伝えていく面での工夫が求められているときに来ているんだなということを実感しています。

司会者:ここまでいろいろな質問にお答えいただきましたけれども、小学校2年生で将棋クラブに入って、そのときにはあまり、すごく強いというわけではないというところから始められたということをうかがっていますけれども、そこからここまでの道のりを振り返られて、ご自身の人生、どんな人生だったと思われますか。

羽生:非常に巡り合いに恵まれたと思っています。うちはそんなに将棋を指すという家庭ではなかったですし、たまたま将棋を教えてくれる友達がいて、たまたま住んでる街に将棋のクラブがあってという、さまざまな幸運が積み重なってここまで来ることができたので、やっぱりそういう縁と言いますか、巡り合わせみたいなものが非常に大きかったと思っています。

司会者:ありがとうございます。まだまだおうかがいしたいことはあるんですけれども、予定の時間となりましたので、これで記者会見を終わりにしたいと思います。

先ほど、控え室でクラブのサイン帳にサインをいただきました。こちらなんですけれども「玲瓏」とお書きいただきました。

これは山の頂から眺める澄んだ景色と聞いておりますけれども、これをお書きになった理由というのだけ教えていただけますか。

羽生:そういう景色とか心境みたいなものを理想としていると。なかなか実際難しいんですけど、まっさらな気持ちというのは(笑)。でも、そういうのを目指してやっていきたいなと思っています。

司会者:ありがとうございました。それでは記者クラブからのお礼の品ということで、クラブ特製のネクタイを記念品として、お渡ししたいと思います。

(会場拍手)

羽生:どうもありがとうございました。

司会者:それでは、これで記者会見を終了させていただきます。会場のみなさんには恐縮ではあるんですけれども、ゲストが退席されるまで、お席でお待ちいただければと思います。ご協力どうもありがとうございました。

(会場拍手)

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