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TSIホールディングス 上田谷社長インタビュー(全2記事)

「直売×自社EC」で変わるアパレル業界 生き残りのカギは、ブランドの個性とストーリー(後編)

各業界のリーディングカンパニー代表への取材を通じ「コロナウィルスによってもたらされた業界への影響、為すべき構造改革、そしてコロナの“その先”にある希望への道」を探る、本特集。こちらの記事では、ナノユニバースやステューシーなど、数多くのファッションブランドを持つTSIホールディングス上田谷社長に「コロナで変わる、店舗の運営方針や販売員の働き方」について伺う。

ECでも接客 急速に進む、実店舗のメディア化

――ECについて伺えたので、次は実店舗について。コロナの影響で実店舗がもろに影響を受けることや、コロナ前後で変わることってありますか?

上田谷:コロナの前からなんですけど、お店もデジタル化していこうという流れがあります。お店の子が自分で試着してみて「こういうスタイリングができますよ」っていうのを、SNSで発信する。

これは今まででいうと、プレス担当っていうのが本社側にいて。その人が試着して雑誌で記事にしてもらってたのを、お客様に近い年格好だったりライフスタイルだったりするお店の販売員が、直接発信する。

「こういうふうに着られます」「実は薄手なんです」とか。「サイズはちょっと大きめなんです」とかそういうのも含めて発信するという、マーケティング的なところまで販売員がやるっていうのを始めています。

――お店での接客以外に、そんなことまで担当されるんですね。

上田谷:はい。STAFF STARTというツールも使いますし、Instagramなどで独自に発信することもあります。要はお店がメディアの発信源になっている。

お店の利点は何かというと「在庫がある」ってことなんですね。例えば、僕が本社の会議室でなにか商品をオススメしろって言われても、手元に商品がないので勧められないんですけど。お店であればひと通りの商品があるので、商品を実際に使いながら発信ができる。お店をメディア化して、しかもそれが紙メディアではなくてデジタルメディアになっているというのが1つと。

あともう1つは、HEROっていうイギリスのソフトを使った仕組みなんですけれども。店舗の販売員がECで買いに来られたお客様に、リアルタイムでチャットとか映像で接客をするサービスなんですね。

――デジタルで販売員さんに質問するというイメージですか?

上田谷:そうですね。例えば「これってサイズが40って買いてあるけど大きめなんですか? ちっちゃめなんですか?」とか。「ほかのブランドのSとかMに比べてどうなんですか?」とか。

手に取って見れば素材は分かるんですけど。そういった「着てみたときのちょっとした違い」とか、そういうことを細かく説明して「だったらワンサイズ変えたほうがいい」とかっていう。そういうことは、お店で実際に販売員がやってることなんですね。

ECで単品ごとに見ただけじゃ判断しづらいものっていうのは「これって実際はどうですか? 白っぽいんですか?」というようなやりとりをチャットで対応する。そのチャットに、お店の販売員が直接対応する。

要は「販売員がデジタル空間で接客をできるようにするツール」なんですね。買うのはECになるんですけど、ちゃんと接客して提案もして、それで一番良さそうなものを買っていただくっていう仕上げが、まだECの中では完全に自動化できないので。

デジタルでの販売スキルが店員にとって必須の時代に

上田谷:これは「店舗をデジタルメディア化する」ってことなんですけど、もう1個「販売員をデジタル空間でも接客ができる、ハイブリッド型販売員にする」っていうことを進めていて。コロナショックの影響で、想定以上のスピードで実現しようとしている感じですね。

例えば販売員がお客様に、EC上でアイテムをオススメしたりということを一部始めていて。店舗という物理的な器も販売員という人的資源も、デジタル化するっていうのが今起きていることで。

さっき言った「店舗数がやたら増えて、在庫がやたら増えてく」という時代じゃないとすると、やっぱり販売員もハイブリッド型のデジタル化が必要になって。逆にデジタル空間でもリアル空間でも、コンテンツ発信もできるし、接客もできるし、販売活動もできる。そういうのが次世代の販売員であり、お店なのかなと。

――そういう方や店舗が必要とされ始めている、ということですね。

上田谷:全部が全部じゃないですよ。リアルで完結するものがまだまだ多いとは思いますけど、お店とか販売員の役割がデジタル化してくる。そのタイミングが圧倒的に早くなった。逆に言うと、これができるお店や販売員とそうじゃない人間で差がついてくると思うんですね。デジタル上の接客ができる販売員であれば、お店が閉じてるときも仕事ができるわけです。

やっぱりそういう人間というのは、我々から見ても非常に価値の高い「スーパー販売員」なわけですね。昔でいうと「店舗でお客さんの名簿を抱えて、買っていただけるお客さんを呼べる販売員」がそうだったんですけど。今度はそれをデジタル上でもできる販売員が、これからのスーパー販売員になってくる。まさに「ふるいにかけられた」ような状態ですね。

業界慣習を一掃する、効率化の波

――こうした構造改革は、経営や従業員の働き方にも大きな影響を及ぼしそうですね。

上田谷:そうですね。やっぱり無駄なことをやめようと思うと、少ない売上・少ない在庫で、もしかしたらマージンを減らしてでもちゃんと収益を上げていこうとなるかもしれない。そうするとやっぱり、本社部門も相当効率化しなきゃいけないわけですよ。

今までみたいに「大量に出店して大量に売れば、なんとか帳尻が合った」ってことが許されないとすると、相当に精度の高い仕事を少ない固定費でやらなきゃいけないわけですよね。やっぱりそれができないところは、こういう世界では生き残れないので。我々自身、事業全体がそういうふうに展開を今する時期なんだなぁと。

生き残りの条件は、ブランドの”個性”

――こうした店舗・スタッフも含む効率化・デジタル化は、先ほどお話にあった「卸から直販へ」を成功させるためにも重要なファクターになりそうですね。

上田谷:まさにそのとおりだと思います。

――先ほどは直販の先行者としてハイブランドの例を挙げていらっしゃいましたが、消費者がモールを通さずにわざわざ直販で買いたくなるようなアパレルブランドの条件はあるのでしょうか?

上田谷:ECが当たり前のようになってくればくるほど、結局は価格競争に簡単に陥るんですよ。価格比較ができますし、似たようなものをネット上で探すほうが簡単ですから。

そうすると、比較購買されないブランドのほうがECで生き残りやすいんですね。「ECの中で価格比較されてもがんばります」っていうのは、それこそベーシックな衣料に関しては「ユニクロのコストパフォーマンスに勝てますか?」という大変難しい戦いになります。それで「デジタル上で比較をされない」っていうのはやっぱり、個性があってクセのあるものだと思うんですね。要は「ここの、これがいい」って言われるようなものじゃないとダメで。そういう意味ではやっぱりブランドの個性が強いところが、EC化が進めば進むほど有利になると思っています。

そういう意味だとうちの中でも、やっぱり個性の強い・クセが強いブランドのほうが、相対的に強いんですね。それはコロナの前からそうだったんですけど。それもあってうちのグループとしては、なるべくブランドの個性を高めていて。価格については高ければいいっていうわけじゃないんですけど、どちらかというと高めの単価でも通用するブランドを主軸にしていこう、ということでやってきたので。

やっぱりそういうブランドのほうが定価でも商売ができるし、ロイヤルカスタマーを作りやすいので。ECでも店舗でもどこでも買ってくれるお客様っていう、オムニチャネルカスタマーみたいなものも作りやすいですし。

「ストーリー」がないブランドは売れない

――ECで言うと、ジャンルは変わるんですけど「北欧、暮らしの道具店」はご存知ですか?

上田谷:はい、もちろん知っています。

――ECのメディア化に成功した例としてよく知られていますが、モノを売るだけじゃなくブログや動画コンテンツ、映画なんかもつくっていたりして。

アパレルだとどうしてもビジュアルの広告イメージが強いのですが、今後はこのようなストーリーや世界観をより強く押し出していくような施策も考えられるのでしょうか?

上田谷:当然やらないといけないと思います。結局、ネットで調べるのは誰でも簡単になっちゃうので。例えばうちの中でも、新しいブランドを出すときにだいたいトレンドを追いかけて「今の時代感で言うとこれ、ちょうどいいでしょ」みたいなものを、ほかよりもちょっと安く、ちょっとうまく……っていうのはうまくいかなくて。

結局、背景のストーリーがちゃんとあるブランドじゃないとダメなんですね。ところが「D2C」って言葉がブームになっちゃって、なんでもかんでもネット中心に売ればいいのかというとそうでもなくて。世界中で見ると、やっぱり作ってる人間の想いとか、ストーリーが明確なもの以外がふるいにかけられていて。

なんちゃって有名人がちょっとどこかの商社に頼んで「私の好きな服作ってみました! どう、かわいいでしょ?」みたいなのは淘汰されちゃってますね。そうじゃなくて、さっきの「北欧、暮らしの~」じゃないですけど「自分の世界観はこうで、こういうものが欲しくて、しょうがないから自分で作ったんだ」と。

「素材はこだわってるし、ライフスタイルって意味ではここにこだわってるんだ」みたいなことが語れるブランドがたぶん、残れるようになってきて。これもさっきのデジタル空間で残れる、1つの大きな要素で。やっぱりストーリーですよね。歴史があるブランドって、ひとつはそれがよくて。うちで言うとMARGARET HOWELLとか、ゴルフのPEARLY GATESは、それを作ったメンバーの「作ったときの想い」がちゃんとあって、何十年も続いてきたっていうのは強いですし。

新しいブランドもやっぱり、明確なストーリーがあるものは確実に強いので。それを発信するのも、紙の雑誌メディアとかマスメディアではない形でできるようになっていかないとダメなので。コンテンツ発信とセットですかね。

次世代型のファッション人材へと進化できる、絶好のチャンス

――ありがとうございます。じゃあ最後に、このアパレル業界で働いてらっしゃる、今コロナで苦しんでいらっしゃる業界の方々に、なにかメッセージをいただければと思っております。

上田谷:はい。僕が言うのも非常におこがましいんですけども。僕自身はやっぱりこの状況がチャンスだと思っていて。ファッションとか、要は「自分を上げる」ための商品やサービスって、絶対なくならないので。そうなってくると、今は本当に「自分が変わる」いいチャンスだと思っていて。

デジタル空間でも接客できる販売員って、たぶん世界中から必要とされて、絶対に高い給与で取り合いになる人材だと思うし。デジタル上でも3Dとかデジタル技術を使って、世界中どこからでもデザインできるデザイナーっていうのも、これも引っ張りだこになるし。それを支える後方部隊とか、それこそメディアマーケティングの人間も。

結局、このデジタル化された世界で個性を出して仕事ができる人間が、生き残れるというか、やりやすい時代になってきたので。逆にいうと今までの序列とか規模とか、そういうものがない中で勝負ができるようになってくる。こういうときは本当に、すごいチャンスだなと思っています。

日本の今の時代ってやっぱりすごく恵まれていて。「がんばっていろいろ変わろうとしたんだけど失敗しました」ってなっても、切腹しなきゃいけないわけじゃないじゃないですか(笑)。

――はい(笑)。

上田谷:がんばればやり直せるし、がんばれば生きてはいけるわけですよ。だから、変わることをビビる必要がない。今は本当に、自分の働き方を変えて次世代型のファッション人材になるには、一番いい時期かなと思います。

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