ビジネスにおいて、チャンスを逃さず行動しつつ、クライアントとの信頼関係を育むにはどうしたらいいのでしょうか。本イベントでは、株式会社ビジネス交渉戦略研究所 代表取締役の生駒正明氏が登壇。本記事では、元商社マンとして1万件以上の交渉を成功させてきた同氏が、交渉にまつわる誤解や交渉力を高めるメリットについて語りました。
ある企業では2ヶ月の研修で利益が数億円改善した「交渉術」
大村信夫氏(以下、大村):ではここで、生駒さんもぜひご自身で自己紹介をしていただいて。
生駒正明氏(以下、生駒):はい。株式会社ビジネス交渉戦略研究所の生駒と申します。この、ビジネス交渉コンサルタントのところに®がついているんですけれども。1月10日付けで商標が登録されました。
大村:あぁ! まだ1ヶ月(しか経っていないんですね)。おめでとうございます。
生駒:ありがとうございます。ですから、これを名乗れるのは私だけなんですけどね。まぁ、だからなんなんだっていうこともありますが。私は総合商社で33年間……。
大村:あぁ、丸紅さんですね。
生駒:はい。1万件の交渉をいろいろやってきまして。いろいろやってきて感じたことは、交渉は準備が9割だと考えています。この交渉準備の7ステップを体系化して1冊目の本(『ビジネス交渉力の鍛え方』)にしたんですね。今回はこの2冊目の本(『なぜかうまくいく交渉術』)ですけれども。その7ステップも、ここにちゃんと書いてあります。
あと、2024年に、ある企業さんをサポートしたんですけど。たった2ヶ月の研修で利益が数億円改善したんですよ。なぜかというと、交渉のロールプレイなんです。
それは一般的なロールプレイじゃありません。単にそこの企業さんの実際のお客さんを想定するだけではなく、お客さんの具体名を上げて、「今どういう交渉をやっていますか」「去年と今年でどういう感じでコストが上がっていますか」「どういう経緯で話していますか」ということを全部踏まえた上で、そういうロールプレイをしてもらうんです。
大村:なるほど。
生駒:プラス、そこに私がコメントを入れるという。それが一番成長が早いですね。そういうかたちで成果が出ているところもあります。
商品力はあるのに“もったいない交渉”をしている中小企業
生駒:あとここに書いてあるとおり、私は「交渉でもったいないをなくす」というのがモットーです。これはどういう意味かと申しますと、せっかくいい製品だとか商品、サービスを持っていても、最後の交渉力が弱くて受注できないとか、最後に価値をうまく伝えられなくて値上げが低く設定されちゃったとか。
そういったことをいっぱい商社でも見てきたんですよ。せっかくがんばっている中小企業なのに、なんでそこをもうちょっとうまくできないのか。そういうこともあって、がんばっている企業をサポートしたいという思いで独立して今に至ります。
大村:なるほど。
生駒:あと27歳の終わりから心身を鍛えるためにボクシングをやっています。ただ、当時は商社の営業ですから夜中まで飲んでいる時もありますし、1週間に1回、土曜日しかジムに行けないんですよね。それで2年間でライセンスを取ったんですけど、やはり日頃からその意識をすることなんですよ。
例えばイメージトレーニングで、町で人とすれ違う時に常に意識するわけですよ。ちょっと危ない人みたいになっちゃったんですけど(笑)。あと電車に乗っても吊革を握らずにつま先立ちで立っているとかばっかりやっていました。
あと練習に行く時は、「今日はどういうことに注目して練習しようかな」というテーマを決めて行って、ビデオを撮って帰ってきて、その検証をするんですよね。ある意味、今の交渉のロールプレイとまったく同じなんです。
準備する際に何を意識しますかということから始まって、どういう交渉をしますか。どういう練習をしますか。それをまたビデオに撮るなりして、自分で振り返りを行う。人にどうだったか感想を聞く。
交渉はある意味スポーツとか音楽とすごく似ているんですよね。楽器をうまくやるにしても独りよがりだと壁にぶち当たっちゃうし。そこである程度のアドバイスをいただくと、そういう気づきがあってまた変わってきたり。そういうところはけっこう共通しているかなと思います。
交渉は正論だけではうまくいかない
生駒:でもそうやってボクシングで自分の心身を鍛えられて、交渉力も高まっていくんですけど。そうすると今度は、ある意味自信がついて強気の交渉になるんですが、かえってうまくいかなくて、相手が引いちゃうんです。例えば、僕が論理的に正しいことを言って、言いくるめるような交渉をしていくと、相手が「もういいです」となってしまうんです。
大村:なるほど。
生駒:そういう人とは付き合いたくないわけですよ。そこで私はどうしたもんかと考えた時に、気づいたんですね。やっぱり相手との信頼関係が必要だなということで、心理学を学びました。キャリアコンサルタントや産業カウンセラーの勉強とか。資格を取ること自体がいいというよりかは、資格を取るにあたって傾聴の訓練をするわけです。それこそロールプレイをするんですが、すごく役立ったんですよね。
だから傾聴って、すごく難しいんです。ただ聞けばいいわけじゃないし、相手(の気持ち)を引き出しながらうまくお話ししてもらわなきゃいけないじゃないですか。そこも含めての傾聴なんですけど。傾聴の時は自分の意見を言っちゃいけないわけですよ。
自分の意見はその傾聴が終わった後で言わなきゃいけないんです。それがごちゃまぜになっちゃうと、相手からじっくり聞かずに良かれと思ってアドバイスしたり、自分の意見を言っちゃったりする。それは本来の傾聴じゃなくなってしまうんです。
大村:なるほど。じゃあ交渉術において、正論ばかりではダメだということに気づき、心理学とかキャリアコンサルタントの勉強をしながら傾聴の技術を学んだと。
生駒:そうですね。僕が元ボクサーというと、みんな強気でガンガンいくんじゃないかと思うんですけど、実際の交渉では傾聴し、質問をして、相手を理解し、こちらを理解してもらう。そこでの信頼関係を得て、そこからビジネスの交渉に進めていくほうが実は大きいと思います。
交渉で重要な3つの力
生駒:はい。じゃあ、次に行きましょうか。今申し上げたとおり、3つの交渉力があると思っています。それはまず自分との交渉です。やっぱりメンタルと言いますか、どれだけその交渉に自分が本気になっているかがけっこう大きいんですよね。

ただ上から言われて仕方なく交渉しているのと、自分が経営者として「ここを乗り越えなきゃ大変なことになる」と思って交渉するのだと、同じ物(交渉材料)を持っていたとしてもぜんぜん違うわけですよ。
大村:自分と向かい合って対峙する力みたいなイメージですね。
生駒:まずこれが基本的に大事ですね。あとは左側の剛、いわゆる「交渉を成功させるぞ」という強い意志の交渉力。
この右下の柔は、やはりカウンセラーとしての柔らかさ。これはどういうことかというと、剛の場合は、こうやって向き合ってやるわけです。ところが柔の場合は、相手の側に立って、「じゃあ一緒にこう解決しましょうよ」という解決をはかる寄り添う交渉力です。
大村:まさにキャリアコンサルタントとかカウンセラーは、相手と同じ方向を見て絵を描こうみたいなことを言いますもんね。
生駒:そうです。だから実際に座る位置も、こういう45度の位置がいいんですよね。対面しちゃうともう敵対の位置関係なので……。だから異性と食事に行く時にカウンターの席だと盛り上がる時があるじゃないですか。カウンターでは見つめ合うことはできないんだけれども、同じ方向を見ているみたいな部分もあると思うんですよね。
大村:なるほど。カウンターのほうが距離が近くまでいっても大丈夫とかもありそうですね。
生駒:そうです。交渉にはこういう力が必要ですよ。
交渉力を高めると人生が豊かになる
大村:なるほど。「交渉力で幸せになる!」。
生駒:それで交渉というのは、ここに書いてあるとおり、まずは傾聴なんです。相手の話を聞かなきゃいけない。聞くと言ってもただぼーっと聞いているだけじゃ、ICレコーダーと同じですから。
そうじゃなくて相手が話しやすいように相づちを入れたりうなずいたりする。相手の言葉をちょっと繰り返してみたりね。相手方(の話)をちょっとまとめてみて「こんな感じですか」というのもあるじゃないですか。出しゃばりすぎずに相手にうまく話してもらうように持っていくところまでが傾聴なんですよ。
だからちょっとした質問も、それは傾聴に入るんです。「今おっしゃったことは、どういうことですか」なんていうのは、広い意味では、もう傾聴です。
大村:傾聴の一形態みたいな。交渉という言葉は、それこそ銀行に立てこもっている犯人に交渉するみたいなハードなイメージがどうしてもついちゃうんですよ。交渉できる人はちょっとコワモテみたいなイメージがあるんですけど。でも実は交渉は、みなさんが満遍なくやるべきことという捉え方でいいんですね。
生駒:そう。だから、交渉はすごく幅が広いんですよね。いわゆる人質の交渉もそうですし、国と国との交渉もそうですし。家庭の話でもそうです。
人質交渉では「犯人」に寄り添う
大村:そうですよね。交渉は強さとか負のイメージをどうしてもしちゃうんですけど、そうではないということ。
生駒:そうではないんですよね。だからいわゆる人質交渉の交渉人は、警察側の交渉人じゃないんです。実は犯人側の交渉人なんですよ。
大村:あ、そういうことなんですか。なんか、交渉人は武器を持たないみたいな……。
生駒:警察の関係者が(犯人と)交渉するんですけど、その交渉人が警察の立場に立って言ってると、「警察と同じことを言ってるじゃん」となりますよね。それをさっきの話で犯人に寄り添うんです。
大村:なるほど。
生駒:犯人に「要求は何だ」と聞く。「わかったよ、お前がそこまで言うんだったら、ちょっと俺が話してくるわ」と言って、犯人の交渉役として警察と話す。「警察がこう言ってきたんだけどどうかな」「ここは(犯人に)引かないと、これ以上発展しないと思うけど」とか。実は警察側なんですけど犯人側に立つような柔らかさを見せないと、犯人は心を開かないわけです。だって、同じことを(警察と交渉人の)2人で言ってもしょうがないから。
本当に交渉って幅が広いんです。ここに書いたとおり、傾聴とか質問を重ねて信頼関係を築くわけです。この質問も、自分が聞きたいことをどんどん聞いちゃダメなんですよ。
初めは自分が聞きたいことじゃなくて、相手が言いたいだろうな、しゃべりたいだろうな、相手がプライドを持っているだろうなということをあえて聞くわけです。それで心を開いて気持ちよくなってもらった時に、徐々にこっちが本当の聞きたいことを(聞く)。
大村:相手の間合いにスッと入るというイメージですかね。
交渉は自分の望む結果を得るためのコミュニケーション
生駒:そう。だから例えば大村さんの場合は、片付けパパでやっているということで、片付けですよね。例えば僕が今日みたいに大村さんとコラボしてどんどん商売を広げようと思って「何かコラボできませんかね」って言うとします。お互いにWin-Winと言いつつ、「僕に何かメリットないですか」というていで言ったら、(大村さんが)冷めちゃうでしょ。
大村:あぁ、なるほどね。
生駒:そうじゃなくて、初めに質問として「片付けパパ、2位ですって。すごいですよね」「もう2年もやられていて、これはやっぱり信用力ですよね」みたいな。
大村:あぁ、なんかちょっとうれしくなりますね。
生駒:うれしいでしょ(笑)。そういう話をしていって、「今日もこういうかたちでうまく設定いただいて本当にうれしいんですけど、また次回もできますかね」と言う。そういった話をしているうちに「私も何かさらにお役に立てることはありませんか」となると、スッていくじゃないですか。
それをいきなり「僕になんか役に立てることありませんか」「仕事ありませんか」と言うと、「え?」ってなるじゃないですか。
だから初めに傾聴して、相手のことを理解しつつ「あ、ここがポイントだな」と思ったら、相手が喜びそうなことを質問して、さらにいい気持ちになってもらって、理解を深める。その時、徐々に自分の望む結果を「どうかな」と打診していく。だから交渉は焦っちゃダメで、じっくり待たなきゃいけません。
ここに書いてあるとおり、交渉は自分の望む結果を得るためのコミュニケーションなんです。
大村:なるほどね。
生駒:だから、いわゆる交渉術というテクニックも問われますけれども、それ以前にやっぱり信頼関係を得るほうがビジネスにとっては大きいですよね。
大村:これはまさにキャリアコンサルタント(の勉強)でも習ったんですけど、まずは信頼関係というラポールを築く。まさにビジネスでも何でもコミュニケーションにおいてはやっぱりここが重要なんですね。