蔦屋書店でトークイベントを開催した理由

大西真那氏(以下、大西):今日お話していただく3名を、まずはご紹介したいと思います。拍手をお願いします。まず、志村真介さんです。そして、志村季世恵さんとアテンドの川端美樹さんにいらしていただいてます。

沢山のお客様にご来場いただきました。まずは、今日3人いらしていただいて『暗闇から世界が変わる ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦』発刊記念トークショーとしてお話いただくことになりました。このようなイベントに至った経緯を私の方からお話しさせていただきたいと思います。

私自身、まずみなさんに聞きたいんですけども、ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験したことがあるという方はどのくらいいらっしゃいますか? お! 結構みなさん体験されてらっしゃるんですね。半分以上されていらっしゃる。

私自身、人からギフトでこの体験をプレゼントされて、去年の夏に初めて体験しました。その時は、真っ暗闇の中の運動会というテーマだったんですけれども、本当に初めましての方と一緒に真っ暗闇の中に入って何をしたかって、玉投げしたり、あと二人三脚したり、「真っ暗闇の中でこんなことを体験するなんて」ということを体験したんですね。

入った瞬間、本当に純粋な真っ暗になって、パニックになってしまってどうしたらいいかわからなくなってしまったんですけど、時間が経つにつれて、だんだんそれが自分の中で自由に感じたり、不思議な感覚になってきたんですね。

体験されたみなさんもいろいろ感じられたと思うんですけれども、その中でも本当にアテンドの方の存在というのが、ものすごく大きかったなあと思います。その体験以降、町の中で自分で見る風景が変わっていったというか。

例えば、もしかしたら私には、みきティが持っていらっしゃる白杖とかの存在が、今までの生活の中で自分との関わりがあまりにもなさすぎて、見えてなかったかもしれないなあとか。

あとは、その時私たちをアテンドしてくださった方が、長距離走でパラリンピックを目指している谷口(真大)さんという方だったのですが、実際彼にお会いしたいと思っても競技のスケジュールが全くわからなかったり、この前もメダルを取られたそうなんですが、全くニュースになってなかったり、そういうことに自分自身初めて気づいた体験でした。

その体験以降、一緒に行った友人とも、家族とも、同僚とかにも、「こんなことがあったんだよ」というのをすごく話すようになって、自分自身の中でも対話が続いている不思議な感覚なんです。

ということで、まずはみなさんにも体験して欲しいなという思いが強くあったので、本の出版というタイミングに合わせて、何とかトークショーやっていただけませんかとお願いして、3人にいらしていただきました。

それぞれのフィルターで対話をして欲しい

実際、私は料理本の担当をしていまして、今回のような新書は普段の業務では扱わないんですけれども、ここでみなさんに知ってもらう大きな理由があるなと思ったので、お店の方にもわがままを言って、今日という日を迎えました。

それぞれ感じることが違いますので、一人ひとりのフィルターで対話をしていただけたらなと思います。

あとは、先程もそういう話をしていたんですけれども、私たちも実際にお店をやっている中で、いろいろな障壁があるんですよね。ここの通路幅はこれぐらいじゃないといけないとか。

ダイアログ・イン・ザ・ダークにも、消防法とかいろいろな壁があったんだろうなと思うと、どういうふうにそれを乗り越えてやっていけたのかなというところも実は気になったりして。今日は、そんなお話も聞けたらなと思います。

それから、アテンドのみきティにもいらしていただいたので、いろいろなお話をできたらなと思ってます。普段ちょっと話しにくいこととか、ネガティブに感じるようなこととかも、今日は転換できるタイミングになればなあと思っておりますので、みなさんもぜひこの時間で、みんなで対話できるようなイベントになればなと思っております。

では長々とすいません。始めましょう。まず始めに10分間の映像を見ていただきたいと思います。

(ダイアログ・イン・ザ・ダークの紹介映像)

登壇者3名の自己紹介

志村真介氏(以下、志村真介):じゃあみなさん、こんばんは。初めましての人もいますね。今日、5月22日とありますが、実は去年の2月22日、15ヶ月前に、いきなり大動脈解離で死にそうになりまして。だから15ヶ月経って、病気をしてからこうやってみなさんの前でお話するのは今日が初めてなんです。

この15ヶ月、いろんなことを思ったわけでありますが、その経験を元にしまして、みなさんの明日、もしくは今日から、少しポジティブに変えられるような話ができたらいいなと思っています。

さっきの映像は実は古いもので、2007年の映像なんです。日本でダイアログ・イン・ザ・ダークを最初に開催したのは1999年で、10年ほどは、映像の中にあったような短期間のイベントをいろんな所でやりました。

映像の中にもありましたとおり、暗闇を作るというのは非常に難しかったので、あらゆるところに可能性を見つけて、暗闇を作ったりしました。

今日は蔦屋書店の代官山、今は大阪にもできて、佐賀県の武雄市では蔦屋さんが運営していると図書館のような素晴らしい空間がありますが、そういった最先端のところでいろんなお話を3人でできるのがうれしいわけであります。

ですから、今日は自分がずっと話してるよりは、この3人がいろんな視点で、それぞれ質問する形式で話したほうがいいのではないかと思ってます。それぞれ紹介していきましょう。

まずはアテンドのみきティ。川端美樹です。

川端美樹氏(以下、みきティ):ダイアログ・イン・ザ・ダークでアテンドをしてます、川端美樹です。ダイアログでは参加者も含めてみんなニックネームで呼び合うんですけれども、ぜひ私のことはお気軽に「みきティ」と呼んでいただけたらうれしいです。よろしくお願いします。

志村真介:次は志村季世恵。

志村季世恵氏(以下、志村季世恵):はい。皆様こんばんは。志村季世恵と申します。季世恵ちゃんと呼んでください。

客席:季世恵ちゃん!

志村季世恵:はーい! ありがとうございます。

目が見えない人に、集まった人の様子をどう伝えるか

志村真介:季世恵ちゃん、自分たちは、目を使っているので今ここに何人ぐらいの人がいて、男女がどれくらいの割合だとか、いろんなことがわかると思うんですけど、みきティにはちょっとシェアできていないので、どうしましょうかね。

志村季世恵:はい、そうなんです。真介さんも私も、「ああ、すごいイケメンが来てる」とか「すごい美女が来てる」ということがわかるんですけど、みきティにはちょっとわかりにくいと思うんですね。男女比もわからないし、総勢何人くらいかもわからないわけです。

こういう時に、どうしますか? 本当はみなさんに案を出していただきたいんですが、ちょっと今日は時間が短いので、私から案を出してしまってよろしいですか?

まず、全員で拍手をしてみてください。

会場:(拍手)

志村季世恵:なんかバードウォッチングみたい(笑)。それでは女性の方、美しい女性の方、ちょっと拍手をお願いします。

会場:(拍手)

志村季世恵:ありがとうございます。では男性の方お願いいたします。

会場:(拍手)

志村季世恵:これでみきティも男女の比率がわかったよね。では、今日元気だよっていう方、拍手をお願いします。

会場:(拍手)

志村季世恵:じゃあ、ちょっと今日駄目なんだよねという方も拍手を。

会場:(拍手)

志村季世恵:少しいらっしゃいました(笑)。みきティにはこういうふうな形でリアクションをいただければ、ちょっとシェアできると思うんですね。みきティ、なんかわかった?

みきティ:私が想像していたよりも沢山のみなさんが来てくださってるなというのが、拍手の音でわかりました。ありがとうございます。

会場:(拍手)

志村季世恵:じゃあ、どういう感じの人たちの前で話すかわかった?

みきティ:緊張してきましたね(笑)。

会場:(笑)。

志村真介:不思議だよね。把握すると緊張すんだよね。

みきティ:本当ですね(笑)。

志村季世恵:ぜひ今日は「うんうん」ってうなづくときに、「うん! うん!」と声に出して言ってもらえると、とってもうれしいです。みなさん、お願いいたします。

その場所に思い入れを持つ人たちの意見を聞くことから始めた

志村真介:映像の中で紹介されていたのが赤坂小学校だったので、始めに赤坂小学校の話を思い出してみてもいいでしょうか。

あの当時いろんな場所でダイアログ・イン・ザ・ダークを開催する可能性を探る中で、港区、それからTBSさんともご一緒に、赤坂の廃校になった小学校を利用して、3ヶ月くらい開催することになりました。

小学校というのはいろんな特例が効いておりまして、消防法も違いますし、様々な違いがあるんですけれども、このときは体育館を真っ暗にしました。

この旧赤坂小学校での開催は、伝説的なダイアログ・イン・ザ・ダークになっています。これまで32ヶ国世界でダイアログ・イン・ザ・ダークをやっていますが、他の31ヶ国は、大元のドイツが作った内容をコピーして開催しています。

ところが日本の場合は、発案者のドイツ人のアンドレアス・ハイネッケから「日本でのこのソフトのコンテンツの開発は志村季世恵に任せた」と言われて、世界で1人だけオリジナルのダイアログ・イン・ザ・ダークのコンテンツを考え続けているのが季世恵ちゃんです。

赤坂小学校ではいろんなことをしましたよね。

志村季世恵:そうなんですね。赤坂小学校は古い小学校で、思い出がたくさんあると思ったんですね。小学校というのは、卒業生からすると聖地じゃないかなと思ったわけです。

そういう思い出のあるところを真っ暗にしてしまうというのは、私たちからすると普通のことかもしれないけれども、そこに思い入れのある人に「なんか嫌だな」と思われるのは悲しいなと思ったので、まずは小学校に通っていたOB、OGの方たちを、大正生まれの当時90才以上の方から若い方まで集まってもらって、「どんな遊びをしましたか?」というようなことを聞き取るワークショップをしました。

町の雰囲気とか、遊びとか。そうすると、大正生まれのおじいちゃん方は、「二・二六事件の時はね」とかっていうんです。「それはどうやって暗闇に反映しよう……」と思いましたけど。そんなふうなお話しをいっぱいいただいたんです。

志村真介:「あの日は雪だったんだ。そのときに俺は竹刀でスキーを作ったんだ」みたいな(笑)。

志村季世恵:「事件を見に行きたくて、竹刀を割ってスキー板にして行った、その場所がここだ!」とか、いろいろなお話をされるわけですね。

そんな思い出がいっぱいあるところですから、みなさんが「懐かしいな」と思う場にしたいと思っていて、小学校という学び舎を生かす中で、世代を越えた遊びを考えようと思ってコンテンツを作ったんです。