新国立競技場改修案のもう一つの意味

中沢:伊東さんにこんなことをさせてしまってすみませんでした(笑)。いくつか質問させていただいてもよろしいですか?

伊東:はい。

中沢:この二段か三段の座席を増設しますね。この増設によって、おそらく現在よりも2万人くらい増えるということですか?

伊東:今、たしか現在の競技場が5万5000人くらいですか。それを今回、オリンピックのオープニングは8万人にしたいということです。ロンドンなんかも8万人だったと思いますが。

中沢:そしてこれは、8万人の要件を満たしている?

伊東:それが大前提です。

中沢:作った、増設した座席というのは、オリンピックのあとは、撤去するというふうに考えられていますか?

伊東:この9レーンを完璧にするんだったら、これはもう永久保存というか、恒久施設にしたほうが、たぶんいいでしょう。基礎部分も、もちろん耐震改修はしますから。

中沢:その話を聞いて思うのですが、現在の建築の流れというのを見ていると、確かに高層建築が次々に造られていますが、伊東さんがお考えになっている案のように、既存のもの、それも、たとえば50年過ぎているようなものを改修して、最新鋭の設備を整えながら、今のニーズにも合うような建築物に造り直していくという考え方というのが、僕は将来の建築の思想の中では、非常に重要なものになってくると思います。

もし、新国立競技場がそういうような思想で造られているとすると、これは日本人が提案する、将来的な公共建築のあり方というものに対して、とても斬新な提案になると思います。

これからは都市の中で発掘していくような作業が重要になる

伊東:そうですね。今、近代主義で造られた建築を、これからどうやって壊すのか、あるいは保存するのかということが、あちこちで問題になっていますよね。そういう時に、国のビッグイベントのスタジアムが、古いものを改修しながら使うということは、一つのかなり新しい一石を投じることになるだろうと思います。

ちょうど、僕は先月からベニスに行って、ビエンナーレの日本館に行ってきました。これは吉阪隆正さんが60年近く前に造られたものです。

それが途中で改悪、改悪を重ねていて、かなり見苦しいものになっていた。それを石橋財団がお金を出すから、と。当時、石橋財団(ブリヂストン創業者、石橋正二郎創設)が寄付して造られた施設で、もう1回改修をしたい、と。

それで、吉阪さんの最初のコンセプトというか、デザインに、極力近い形に戻したんです。

それは、おそらく見た人がわからないくらい地味な改修ですが、庭園なんかも、吉阪さんの時代の庭園にほぼ戻ったんですよ。ですから、これからそういうことは、むしろ発掘していくような……都市の中で発掘していくような作業というのは、すごく重要なことじゃないかなと思います。

「でも、お前は壊すコンペに参加したじゃないか」といわれるのですが(笑)。これは、建築家というのは、コンペがあったら「俺がやるぞ」というのはあるし、やってみて初めてわかることが多々あるんですよ。「こんなにでかいの!?」「こんなにいろんなものを動かさないとだめなの!?」とか。

それはやってみてわかること。やらない建築家たちが、「なんでこんな大きなプログラムのボリュームにしたんだ」とか言っているけれども、やってみると、それでわかることというのがいっぱいあるので、それまでを含めて非難されれば甘んじて受けます(笑)。

中沢:僕が伊東さんを呼んで本当によかったなと思うのは、話にリアリティがある。つまり、大きいものを造るという喜び。喜びといってはいけないかもしれないけれど、建築家としての喜びというのをよく知っている人が、この新国立競技場に関しては、今あるようなザハ案でいったらまずいと思っている。

しかも、その延長上に改修案を出しているということが、僕は意味があると思うのです。なので、伊東さんが悪口をいわれるようなことがあれば、僕が前に出て。なんの力にもなれないかもしれないけど、盾になろうと思います(笑)

伊東:いやいや(笑)。僕は大丈夫です。この歳ですから(笑)。

改修案であれば、予算は半分以下で済む

中沢:もう1つ重大な問題は、予算の問題ですね。

伊東:そうですね。

中沢:1700億を超える金額が計画されていて、そのうちの500億くらいを都が負担しなければいけないということを、猪瀬(直樹、前東京都知事)さんが決めたわけですけれども、舛添(要一、現東京都知事)さんがそれに対して、「いや、それは聞いていないよ」という話になっているんですよね。

この都の500億がかなり難しくなってきた時に、予算的にも大変難しい話になってくると思います。それから、僕が伝え聞くところによると、ザハさんの建築というのは、どんどん施工費がかさんでくる方らしいですね。そういうことは、建築家にはよくある話なんでしょうけれども。

そういうことを考えていってみても、予算的な問題というのは、実は今大きなネックになっているのだろうと思います。この問題も取り上げられない。だけど、もしこの改修案でいくとしたら、どれくらい縮小できるとお考えですか。

伊東:今、進められている案が平成25年の11月に日本スポーツ振興センターから出された「新国立競技場基本設計条件(案)」となっていて、これを見る限りは、現時点での見積額は1413億円。これに加えて、周辺整備工事372億円、現競技場解体工事67億円。1800億くらいになってるんですね。

改修の場合、3分の1くらい新築したとしても、おそらく費用は1400億の半分以下にはなるんじゃないかという気はします。ただ、今ものすごく建設費が高騰しているので、これは今のザハの案にしても、我々の案にしても、みんな高騰しているという条件は同じです。それでもおそらく半分以下ではいけると思います。

イベントでの利用には無駄が多い

中沢:はい。この改修案でいくつかのメリットがあると思いますが、もう1つのメリットは、東京オリンピックのあとのメンテナンスの問題に関してです。今のように、エンターテイメントや屋内スポーツということをやっていくためには、遮へいのルーフを造ったり、それから空調のシステムを動かさなければいけない。

そういうことを考えていってみても、莫大なメンテナンス料がかかるというのは、この計画に危惧を抱いている人たちが語っていることなんですね。年間でも300日くらいは使われない。しかし、その間、莫大なメンテナンス料が使われていく。

それに比べると、たしかにここではロックコンサートやプロレスはできないかもしれないけれど、そのかわりメンテナンスにかかる費用というのは、非常に少なくてすむという利点がある。

伊東:そうですね。これはあとで森山さんから話していただいたほうがいいことでしょうが、森山さんの文章を読んでから、年収50億ということでしたっけ。

森山 そうですね。年間収入が50億ということになっている。

伊東:そのうち、イベント興行収入は、半分いっていませんでしたよね。

森山:そうです。12億です。

伊東:そんなものですよね。そうすると、それだけのためにこれだけ難しいことをやって、それでなおかつメンテナンスもかかるという。イニシャルコストとランニングコストを合わせたら、どっちがメリットがあるかというようなことを考えると、僕は、イベントをやめたほうがはるかに経済的だと思います。ここでやらなくてもいい。

中沢:イベントをやるなとはいいませんが、ここでやるのは無理やり感がありますよね。

伊東:結局、イベントをやるために、屋根もかけて、それでないとペイしないということで始まっているのが、逆にそのためにものすごくイニシャルコストもランニングコストもかかるということだと、まったく逆方向になるわけです。

森山:そうですね。

伊東:その矛盾というのは、きちんと説明してほしいなという気は、すごくしますね。

縮小していく日本に必要な建築とは何か

中沢:しかも、そのメンテナンス料は税金ですから、将来的な国民が担っていくことになるじゃないですか。僕らがこれを、今の時点での短期的スパンで収益ということを考えて、現行のような新築をやってしまった場合、2020年以後の世代に大変な負担をかけていくわけです。

これは少子高齢化も含めてですが、日本がこれから向かっていく社会の方向性というものを考えていった時に、絶望を感じさせるような決断をしてしまうことになると思います。

既存のものを改修していくという方向で、新しい世界を作っていくというのは、おそらく人口も減り、GDPなんかも小さくなっていった時の日本がよい世界を作っていくために取るやり方としては、そっちの方向しかないんじゃないかと、僕なんかは考えるわけですね。

伊東:仰るとおりだと思いますし、それからまたスタジアムに限らず、21世紀の建築のテーマというのは、いかにもっと自然の力を利用して、エネルギーを使わないですむかということ。

それこそがテーマで、それを逆に日本から発信していくことが、僕は最大の責務である、建築家にとっての使命であると思うのですが、どうもこの案は、そういう工夫があるのかなと思うわけです。

とにかく一切説明がないので、「こんなにこの案はいいんですよ」ということをどうしていってくれないのかなと思うんですよね。

声高にエコロジーを叫んでいた建築家は今

中沢:伊東さんも建築家だからこんなことをいっちゃっていいのかわかりませんが、今の建築家の人たちがエコロジー、エコロジーといっているのが、口先だけに見えて仕方がないのです。壁面に緑を生やしてみたりとか、竹を生やしてみたりとか、それがエコロジーだといってごまかしているんですよね。

ところが、この明治神宮を造った建築家や技術者たちは、エコロジーということをもっと根本的に考えているわけですよね。僕は、現代建築家に対してエコロジーというのを本当に、表面上のごまかしではなく根本的な構造として、社会と自然との関係。それから長いスパンを持った計画性。

そういう意味でのエコロジーというのが、あまりにも欠如している。そういうものが今回露呈しているように思うのです。というのは、審査員の中に、環境に配慮した建築ということをいっている方が何人もいらっしゃるじゃないですか。それを売りにしているといってもいいくらい。

ところが、「その人たちがいっているエコロジーというのは、いったいなんだったの?」ということが、今回露呈しちゃっているような気がするんですね。

伊東:これ、安藤審査員長が。

中沢:いいの? 名前言っちゃって(笑)

伊東:これはコンペディションが始まる時に、新聞でいったのがあるんですよ。

「地球上の資源やエネルギー問題を踏まえ、環境計画や設備計画をしっかりと見ていきたい。神宮の杜全体まで見渡した提案を期待しているほか、開閉式屋根にすることで生じる芝生の管理方法なども重要になってくる」

こう仰っていて、それはいったいどうなっているのか。僕は、これは本当にその通りだと思うんですよ。

中沢:その通りいったらすばらしいですよ。

伊東:うん(笑)。だから、こういったことこそ21世紀のテーマだと思うのです。

中沢:建築家にはエコロジーが足りないと思いますよ。

伊東:はい(苦笑)。

新国立競技場の問題は東北の防潮堤と同じである

中沢:伊東さんが建築家だからしゃべりにくくてしょうがない(笑)。

伊東:どこかに隠れていましょうか(笑)。

中沢:大丈夫(笑)。3.11以降、伊東さんも含めて建築家の方が「帰心(きしん)の会」というのを作ったじゃないですか。建築は根源、基本に帰って、初心に帰って、建築というものを考え直さなければいけない」といっていらっしゃったじゃないですか。伊東さんを責めてるわけじゃないですよ?

なのにも関わらず、「帰心の会」に入っていた重要なメンバーが選定に関わっていらっしゃって、しかも自分の意見を求められると、前に言っていたことと真反対のことを言っちゃうんですよね。

僕が「ああ、建築家は信用できないな」と思うのはそういうところで、建築そのものは好きなものがいっぱいあるんですよ。だけど、エコロジー、エコロジーという人たちの、その舌を僕はつかみたいですよ。

伊東:僕は建築家だから、審査員に同情するところもたくさんあるんだけれども(笑)、ただ、今回進められていることと、被災地での防潮堤を造っていることとは、まったくパラレルなんですよ。

いっさい住民に説明がないままに、なにがなんでも防潮堤を造る。住民の人が「いらない」と言っているのに、とくかく造る。

中沢:まさにこれ(新国立競技場ザハ案)ですよね。

伊東:これで造ったら、そこには誰も人が住んでいないということと、同じことが進んでいる。なんの説明もないということに対して、僕は非常に不信感を覚えるのです。

だから、ザハの案が「こんなにいいんだよ。これのいいところは、ここなんだよ」ということを、一生懸命言ってくれたら、僕はなにもこんな代替案を出す必要はないし、「いいですよね」と言いますよ。

問題を抱えたままオリンピックを迎えないために

中沢:この問題、槇(文彦)先生たちの問題提起があってから、なかなか国民的な議論にならなかったのです。しかし本来は防潮堤の問題も含めて、問題の本質は同じですから、これは大きい国民的な議論になってしかるべきだったと思うし、まだ遅くないと思うんですよね。

7月に解体工事が始まってしまうと、それは規定通り進んでいますから、「とやかく口を出さないでください」ということで、事態は進行してしまいます。

それで、僕は伊東さんに無理をお願いして、とにかくこの時点で、もう遅いかもしれないけど、とにかく解体をストップさせる。そしてこれを国民的な議論にして、じゃあ、一体ザハ案のなにがいいのかということをちゃんと提議してもらいたい。

それに対して国民的な議論というものが発生すれば、この問題はもやの中に閉ざされたまま、先に進んでいくことはない。そうすると2020年のオリンピックだって、そんなもやを抱えたまま開きたくないじゃないですか。そういう状態を作り出したいと思っています。だから、伊東さん、どうもありがとうございました。

(一同笑)

松隅:ちょうどいいところになったので、このへんで第一部終わらせてもらいます。すみません、時間が押しているので10分くらい休憩をして後半の話を。

中沢:もういいんじゃない? 休みたい?

松隅:もういっちゃう?

(会場拍手)

松隅:じゃあ、続けちゃいましょうか。