退職した元社員にとって在籍時に最も記憶に残る体験とは?

大森光二氏:ここからは、オフボーディングに取り組むことのメリットについてお話しします。主に3つありますが、1つ目はレピュテーションリスクの低減です。

「退職の意思を伝えてから退職するまでの間に不快な思いをしたことはありますか」という質問に対し、「ある」と答えた方が約55パーセントです。そして、「ある」と答えた方の中で、「好意が薄れた」や「嫌いになった」と答えた方が6割近くいます。変わらないと答えた4割の方も半ば諦めの気持ちがあるかもしれません。決してポジティブな感情ではないことがわかります。

なぜそのような気持ちになったのかという理由として、「怒られたり辞めないように圧力をかけられた」「退職の意思を否定された」「希望するタイミングで退職できなかった」などが上位に挙がっています。

退職体験については、ピークエンドの法則があります。退職後に何が一番記憶に残るかというと、最も活躍した思い出と最後の思い出です。

退職後に「自分はがんばったな」と思い出す一方で、最後の体験が悪いと、その後の行動に影響します。「あの会社に行こうと思ってるけど、どうですか?」と聞かれた時に、「あまり良くないよね」「微妙だよね」と答えたり、口コミサイトにネガティブな書き込みをしたりすることになります。

このように、退職体験が悪いと、会社の評判に悪影響を及ぼし、レピュテーションリスクが高まります。なので、退職体験を良くすることで、その後のレピュテーションリスクにも影響が出てくるのではないかと思います。

アルムナイや出戻り社員の多さが現社員に与える好影響

加えて、我々が行っているアルムナイ事業にもオフボーディングは大きく影響します。

アルムナイとしてつながり続けることの価値は先ほどお伝えしましたが、退職体験が悪ければ、縁を切るという選択をアルムナイの方々にされてしまうかもしれません。

そうなると、関係値を回復するのに非常に時間がかかります。退職体験を改善することでアルムナイとの関係も良好になり、戻ってくる可能性やリファラルで誰かを紹介する可能性、事業でつながる可能性が増えます。

メリットの3つ目は、社員にも好影響があります。良い辞め方が増加すると、アルムナイコミュニティに登録する方が増え、会社の情報や社員との交流を通じて「やっぱりあの会社は良かった」という声が広がります。

自分の理由で辞めたけれども、本当に良い会社だったと感じる人が増えると、アルムナイのエンゲージメントが上がり、中には戻る人も出てきますし、ビジネスでつながって一緒に仕事をする人も増えてきます。

その結果、戻ってきた人がいると、現社員にも「うちの会社は素晴らしい」という認識が広がります。外で経験を積んだ上で戻りたくなる会社というのは、「うちの会社は本当に良いんだ」と感じさせる要素にもなりますし、社員のエンゲージメントも向上する要因となります。

「あの方は素晴らしい辞め方をして、みんなから信頼を得ていて、会社と引き続きつながっている」と思われると、自分の辞め方にも影響を与えます。意思決定がすべて決まったギリギリの状態で(退職意向を)伝えるのではなく、適切なタイミングで上司に相談があれば、会社内でポジションを変えるなどの解決策を模索するようになるなど、ポジティブなスパイラルが生まれます。

こういった辞め方が広がると、アルムナイコミュニティに登録する方も増え、社員との垣根がなくなり、戻りやすくなる環境が整います。

オフボーディングの具体的な進め方

このように、オフボーディングには多くのメリットがありますが、各社がどのようなオフボーディングを実践しているかについてまとめましたので、最後にその点をお伝えしたいと思います。

まず、「退職を表明するタイミング」「上長との面談のタイミング」「退職の決定」「退職日」のステップがあります。この前段階として、相談できる雰囲気や環境を1on1などを通じて作ることが大事ですが、今日はオフボーディングのみに焦点を当てます。

相談が上がってきて、それでもなお退職したいという段階になると、オフボーディングの領域に入ります。

まずは退職の意思表明の段階です。この時は、聞くことが非常に重要です。上司の中には感情的になって、「うちの会社が絶対いいんだ」「君には他の業界は合わないよ」と否定したり、急によそよそしくなったりすることがあります。そうすると相手は言いにくくなり、意固地になります。「早く去ろう」という気持ちになって、ひっくり返すことは難しくなります。そのため、まずはしっかりと話を聞くことが大切です。

傾聴の姿勢を持ち、「どうしたの? 何があったの?」と聞き出すことが大切です。その場で結論を出さず、一度持ち帰ります。次の面談では、当然「残ってほしい」という意向を伝えます。例えば、社内の異動などで改善できることであれば、対応策を検討したことを伝えます。しかし、それでも退職の意思が変わらなければ、最後にはその意思を尊重することが非常に重要です。

「一緒に働きたかった」という気持ちを明確に伝え、今までの努力を認めることで、「次の場所でも君ならがんばれると思う」という応援の姿勢を示します。これにより、退職者も最後の日までしっかり引き継ぎを行い、周りに迷惑をかけないように努めようという気持ちに変わります。このようなコミュニケーションと対応ができているかどうかが大切です。

その後、退職が決定し、引き継ぎの段階では、上司が周囲に対してしっかりと説明することが重要です。裏で不満を言ったり、「ああは言っているけど実はあいつは……」といった話をするのではなく、公の場でみんなに周知することが大切です。「彼は非常に優秀な人材だったので残念ですが、彼の意思決定を尊重し応援しましょう」といったかたちで、スムーズな引き継ぎを行うことが重要です。

退職が決まった社員を「仲間外れにしない」

また、「仲間外れにしない」という点も大切です。急に辞めることが決まると、ミーティングから外されたり、メーリングリストから外されたりすることがあります。このような対応をされると、「急に仲間外れにされた」と感じてしまい、辞めた後も不満を持つことになります。

もちろん、会議やメーリングリストから外すには理由がある場合もありますが、その理由をしっかりと伝えることが重要です。「この会議はこれからこういう話をするので、もっと他のことに時間を使ってほしい」などと説明することで、納得してもらえます。

「もう辞めるからいいだろう」といった理由で外してしまうと、些細なことですが意外と不満を抱かせる原因となります。このような小さなことが積み重なることで、ネガティブな退職体験につながることがよくあります。

あとは、退職日にちゃんと送別会を開くことや、「困ったらいつでも連絡してね」という言葉が、カムバック採用につながることがよくあります。「困ったらいつでも連絡していいよ」と言ってくれた上司に対して、次の職場で困った時や、やりたいことをやりきった時に連絡するのが容易になるからです。

また、アルムナイコミュニティを持つ会社であれば、そのコミュニティを通じてつながり続けることもできます。退職後も関係が続くことを伝えることで、退職者も気持ちが楽になり、ポジティブな関係性を保つことができます。こういったステップを考えることが重要です。

良いも悪いも、退職者の本音を引き出すアンケートの設問

今、概要をお伝えしましたが、各社が自社に合ったかたちでガイドラインを作成し展開している例が増えています。

(スライドの)左側に表示されているガイドラインは、人として正しい対応をしましょうという基本的なステップをベースに、「こういう声が上がったらこう対応しましょう」「こういうことを伝えましょう」といった内容を盛り込んでいます。

会議の取り組み方や、自社オリジナルのコミュニケーションの姿勢を反映させることが大切です。「我々の会社は会議の姿勢はこうです」「コミュニケーションは対面を推奨します」といった自社らしいステップとポイントをガイドラインに盛り込み、管理職に展開する例が増えています。

あと、退職アンケートも有効です。これは最後に自分の意見を聞き入れてくれるという姿勢を示すもので、会社が退職者に耳を傾けていることを示します。

(スライドの)左側は参考例で、この会社は10問ほど設問があります。

設計のポイントとしては、まず退職者が本音で書けるようにすることが重要です。本音を引き出すためには、会社が本当に変わろうとしているというメッセージを伝えることが必要です。一部の会社では匿名でアンケートを実施することもあります。信頼して、本音で書いてもらうことが大切です。

また、アンケートが悪口だらけにならないよう、ポジティブな要素も書いてもらうような設計が重要です。例えば、「この会社で働いて良かった要素を3つ、不満な要素を3つ挙げてください」というようなかたちで、良い点と不満点の両方を書いてもらうことで、不満だけで終わらないようにします。このようにして、退職者の気持ちをケアしながらアンケートを設計することがポイントです。

最後に「アルムナイとして今後もつながりたいと思いますか」といった質問を入れて、「連絡してもいいですか」「連絡先を書いておいてください」といった項目を設けると良いです。これにより、アルムナイコミュニティへの案内や、アルムナイが集まる機会に声をかけることができ、退職者も「今後も会社は自分とつながろうとしてくれているんだな」とポジティブな気持ちになります。

また、eNPS(Employee Net Promoter Score)を導入している会社では、退職者のアンケート結果とeNPSの結果を合わせて分析することで、ギャップや退職の予兆を捉えることができます。例えば、「eNPSでどういうスコアが出て、その要因は何か」といった質問をオプションで設けることで、在職者と退職者の声を比較し、退職の予兆を把握することができます。

辞める・辞めないの間の「グラデーション」とその対応

今日お話しした内容の半分ぐらいは、管理職向けの研修にも取り入れられています。オフボーディングの重要性や環境作り、具体的な対応方法について、他社の事例を交えながら講義を行い、管理者が自社の実施状況を見直し、改善すべき点を見つけるための研修が増えています。

こういった研修を通じて管理職の意識変革を図り、さらに我々が関わる場合は、そのオフボーディング研修の内容をガイドラインにも反映させます。研修を行って終わりではなく、その内容をオフボーディングのガイドラインにまとめることで、管理職も納得しやすくなり、会社としての取り組みも理解しやすくなります。こうした研修とガイドライン作成をセットで実施する企業も増えています。

我々がこの取り組みを行う理由は、アルムナイコミュニティを形成しやすくするためです。アルムナイコミュニティの構築にはまだ早いと感じている企業にも、まず退職者との関係改善を図るためのご提案をしています。このような取り組みを通じて、退職者との関係を良好に保ち、アルムナイコミュニティの基盤を作ることが重要だと考えています。

最後にご紹介です。最近、このオフボーディングの発展系と言いますか、辞める・辞めないの間にグラデーションがあるという考え方が大手企業で増えています。

ミドルシニアの方が今後のキャリアを考える際、自分で選択肢を持てる方はいいのですが、20年間同じ会社に勤めてきた方が「辞めたいな」とか「独立したいな」と思ってもなかなか踏み出せないことがあります。

そうした時に、会社として副業の枠を試験的に設けたり、自分で主体的に取り組めるようにしたり、アルムナイになっても古巣で副業できるようにするなど、選択肢を設計して社員が選べるようにする取り組みが増えています。

これはミドルシニアの方向けの取り組みですが、オフボーディングの発展形として参考になるかと思います。興味があれば、別途お時間をいただいて個別にお話しさせていただきますので、よろしくお願いいたします。

一方的に話し続けてしまいましたが、今日のセミナーは以上となります。本日はお昼時にお時間をいただき、ありがとうございました。