広告・マーケティング業界の虚しさ

田中安人氏(以下、田中):今日は、太郎さんと私が出した本の内容も含めて話をしていきたいと思います。まず太郎さんから自己紹介をお願いします。

齋藤太郎氏(以下、齋藤):dofという会社をやっております、齋藤太郎です。

僕は10年間電通に勤めたあと、32歳の時に今の会社を作りました。dofは今年で20年目になります。ここ(資料)に書いてあるように、いろいろな会社の経営のお仕事を手伝ったり。今はクリエイティブ・ディレクターとコミュニケーション・デザイナーという肩書きで仕事をしています。よろしくお願いします。

うちの会社は「文化と価値の創造」というミッションを掲げています。広告領域・マーケティング領域でして、田中さんも近しい業界でお仕事されていますが、今日聞いていらっしゃる方の中にもそういった方がいると思います。

(この業界は)どうしても「その時に効く」ことが求められるんですよね。マーケティングの手口として、最近はROI(投資利益率)という言葉もありますけど、その時にどれくらい効果があるのかを求められる。ともかく成果につなげること、短期的にも中長期的にも効くことが求められるんです。

そんな消耗しやすい領域なので、1年前の広告は忘れていたり。自分自身ももう20年も会社をやっていると、過去の仕事内容を忘れちゃうこともある。でもそれってすごく刹那的で虚しいなと思っていて。

我々は、将来的に文化や価値として根づいていく遺跡の「遺」のような、遺すものをやりたいなと思っていて。青臭いんですけど、こういう「文化と価値の創造」が我々のパーパスであり、ミッションです。

これはうちの会社の紹介動画(仕事集)です。20年ぐらいいろいろな仕事をしてきて、わりと最近のお仕事をまとめた動画になります。

「角ハイボール」「ポケトーク」「タクシーアプリGO」を広める

齋藤:角ハイボールのお仕事は2008年からやっていて、2024年で17年目に入ります。小雪さんから(始まり)菅野美穂さん、今は井川遥さん。井川さんになってからもうすでに10年ぐらい経っています。

ハイボールの仕事は「ハイボールはウイスキーをソーダで飲む」「みんなが幸せな気持ちになる」という新しい文化を作った事例です。さんまさんのポケトークは、言葉の壁がなくなるという新しいテクノロジーを持った価値の創造かなと思っています。

竹野内豊さんの「どうする? GOする!」は、最近「GO」と貼っているタクシーがありますけど。これはロゴやサービスの開発から携わり、広告マーケティングもしています。最近ライドシェアの問題が勃発してきていますが、アプリ専用の乗務員として働ける新しい「アプリドライバー」にも、仕組み作りから携わっています。

サントリーウイスキーのカテゴリーでは角、トリス、山崎、白州、響、知多などに加えて、最近ジムビームも。サントリーウイスキーの全ブランドのブランディングは、ほとんどうちの会社で携わっています。あとは「行くぜ、東北。」もやっていたり、資生堂の「一瞬も 一生も 美しく」というコーポレートスローガンを作ったりもしています。

この本(『非クリエイターのための クリエイティブ課題解決術』)は2年前に出した本なんです。去年、田中さんの本をいただいて読んで、(田中さんの本の)中に書いてあるフレームワークをばか正直にちゃんとやってFacebookに投稿したら、田中さんが「一緒にしゃべろう」と(言ってくれて)今日に至るんですが。

僕の本の内容は、今日の話を聞いていただければなんとなくわかると思います。あまり自分の仕事を説明するのが得意なタイプではなくて。本を書くと、それなりにフレームワークやメソッドを込めなきゃいけない。たぶん田中さんもそれを作るのがすごく大変だったんじゃないかなと、本を読んで思いました。

この本は、自分が大切にしてることを詰め込んで一生懸命書きましたので、ご興味があればぜひ(読んでください)。

田中:ありがとうございます。いや、これは絶対に読んだほうがいいですよ。僕は、太郎さんの本をバイブルにしているので。

齋藤:いやぜんぜんそんな本じゃないと思う(笑)。

「妄想力」著者・吉野家CMOの田中安人氏

田中:いえいえ。じゃあちょっと僕の自己紹介を簡単にさせてください。これは太郎さんも初めて聞く内容が多いと思うんですけど。僕は田中安人と言います。グリッドという会社でマーケティングコンサルをやっています。吉野家グループの仕事も19年間やっていて、今はCMOをやらせてもらっています。

あと変わったところでいくと、日本スポーツ協会のブランド戦略委員をやっています。ここでは日本のスポーツのビジョン設計をしたり、日本でたった1人しかいないフェアプレイ委員長もやっています。みなさんのご子息の学校にも『フェアプレイニュース』が貼られていると思いますが、その発行責任者もやっています。

それからNewsPicksのプロピッカーや、いくつかの会社のアドバイザーもやっています。もともとはヤオハンで経営企画をやっていまして、29歳の時に戦後初の倒産。山一證券(倒産)の前年で「上場会社が倒産する」という概念がなかったので、倒産した日にわかったことは「天から給料は降ってこないんだな」と。

全世界の5万人の従業員の生活を守るために、会社を半分ダイエーに売って、ジャスコに半分売って、代表(取締役)解任動議を……29歳の時にやっていました。

そのあと自分たちで広告代理店を作って、今はスポーツマーケティングとマーケティングコンサルトの両方をやっています。電通のコンサルティングチームと一緒にサービス開発したりもしています。吉野家ではマーケティング全般を担当してます。日本スポーツ協会というのは柔道の創始者である嘉納治五郎さんが作った団体で、初めて東京でオリンピックを開催させたのもこの団体です。

もともと日本体育協会と言っていたんですけど、これを「スポーツ」にしようということでネーミング変更し、International Olympic Committee(IOC:国際オリンピック委員会)やサッカー協会の方、立教大学の副学長と僕が日本スポーツ協会の専務理事になり、組織改革をやりました。最近スポーツの不祥事が起こっていますよね。ああいうことがないよう、100万人の指導者の育成もしている団体です。

ビジネスの世界でもフェアプレイを普及させる

田中:これ(資料)が『フェアプレイニュース』で、全国の4万の小中学校で貼られています。世界の良い話を持ってきたり、オリンピアンと一緒に全国の盲学校や一般の学校でスクールをやったりもしています。

齋藤:これは誰がお金を払っているんですか?

田中:厳密に言うと、国と都ですね。

齋藤:へぇー、「みんなでフェアプレイ魂をスポーツ業界に広げよう」というメディアの編集長?

田中:そうです。スポーツ以外のビジネスの世界でもフェアプレイを普及させたいなと思っています。あと僕は帝京大学ラグビー部のOBで、帝京のチームにも関わっていまして。(日本における大学ラグビーの発祥から)125年の歴史で9連覇し、3連覇を2回したので、これはイノベーションなんですね。あとでお話しますけど、これが「妄想力」につながるんです。

これ(スライド)はラグビーのシステムをみなさんに真似していただきたくて仕組み化した本(『逆境を楽しむ力 心の琴線にアプローチする岩出式「人を動かす心理術」の極意』『常勝集団のプリンシパル 自ら学び成長する人材が育つ「岩出式」心のマネジメント』)で、僕が企画しました。これ(『妄想力 答えのない世界を突き進むための最強仕事術』)は自分の本ですね。

2007年に(サッカーの)「銀河系軍団」と呼ばれるレアル・マドリードのデイビッド・ベッカムが(日本に)来たんですけど。これは(僕たちが)スペインに飛んで交渉し契約成立して持ってきたんです。

あとはみなさんご存知の女子十二楽坊を中国で見つけてきて、(女子十二楽坊は)紅白歌合戦にも出場しました。僕はサッカーのプロでも音楽のプロでもないんですけど、(この2つは)妄想力につながるビジョン設計で日本に持ってきた事例ですね。

あとはアメリカでスーパーフライデーができた時、日本にこれを一番最初に持ってくるのはソフトバンクだろうと。孫(正義)さんたちがいろいろな企業と交渉していたんですけど、どこも成立しなかったので「じゃあ僕のところでやりますよ」と言ってやりました。4日間で1,000万人が来るようなキャンペーンになりました。

吉野家120周年でのポケモンとのコラボが話題に

田中:今年(2024年)で吉野家は125周年なんですけど、120周年の時には何か大きいことをやりたいなと(株式会社)ポケモンさんに交渉して、初めてスーパーボールをどんぶりにしたんです。

齋藤:この器は持って帰れる? 帰れない?

田中:持って帰れないです。

齋藤:メルカリとかに出てそうですよね。

田中:あ、一瞬出てました(笑)。

齋藤:(笑)。

田中:まあこんなことをやってきました。太郎さんと僕との出会いは、僕の記憶だと京都のICC(Industry Co-Creation)というイベントで、太郎さんの後輩の方とのつながりで会ったのが最初だったのかなと思います。

齋藤:ICCはビジネス系のイベントで、それにお互いが参加していたとかですかね。

田中:そうですね。嶋(浩一郎)さんと太郎さんは、どんなつながりなんですか?

齋藤:わかりやすく言うと、同じ業界ですし好敵手みたいな感じじゃないですか。僕は電通系で、嶋さんは博報堂系。サントリーさんの仕事でも博報堂チームには嶋さんがいるケースがある。

博報堂系の本屋B&Bさんに呼ばれて、嶋さんと一緒に「ケトル」を立ち上げた木村健太郎さんと「電通と博報堂の違い」というテーマで……。

田中:話したんだ。

齋藤:「電通から離れたから、こいつは無責任にしゃべってくれるんじゃないか」という感じで、たぶん呼ばれたんだと思います(笑)。

田中:(笑)。そういう感じなんですね。僕は嶋さんに「吉野家のことを知りたいんで」と言われて、今は吉野家の1号店はないんですけど、(一緒に)豊洲店で牛丼を食べました。

築地には波除神社というのがありまして、波除神社ができるまで築地の市場は、2回ぐらい津波で流されているんですね。波除神社ができたことによって「津波がこなくなった」ということで、守り神があるんです。そこに「すし塚」や「海老塚」があって。

(吉野家の)社長から「1号店がなくなるんで、どっかに記念(碑)を作ってこい」と言われて、僕は半年ぐらいあのへんをうろうろしていたんです。あのへんの土地、1坪数億円するんですよ。その時、波除神社の宮司さんに「すみません、『牛丼塚』を作ってもいいですか」と聞いたら「ああ、いいですよ」と言われて、牛丼塚(吉野家碑)を作ることができて。

そこに嶋さんと聖地巡礼したのが最初ですかね。太郎さんとはぜんぜん違うかたちの、牛丼つながりでした。

「自分のやり口」を因数分解することの難しさ

田中:じゃあここから本題です。太郎さんは田中の本をどう読みましたか? 気に入ったところはありますか。

齋藤:先ほどの自己紹介もそうなんですけど、「こんな仕事をしました」という紹介があるじゃないですか。わかりやすいんですけど、ともすれば「自慢かよ」とも聞こえてしまう。(僕は)しょっちゅう宿題が降ってきて、それを解決しながら前に進めていって、できるだけ良い結果が出せるように仕事に取り組んでいて。

先のことを考えるのはすごく好きなんですけど、過去にやったことは……「どうやってうまくいったか」という因数分解や、自分の中での「これが自分のやり口だ」というのがそんなにないタイプで。これまでなんとなく感覚的にずっと進めてきたのが正直なところなんです。

ところが「それじゃあ本になりません」と編集の人に言われて(笑)。フレームワークまではいかないけど、「こういう特徴を持って仕事を進めているんだな」ということを絞り出すのが、僕の場合はすごく大変でした。田中さんも「そうなんじゃないのかな」と思って読ませていただきました。

田中:はい、そうですよ。

齋藤:内容は違うけど、「ふだん感じていることや思っていることはすごく近いんだろうな」と感じました。

特に自己啓発本と言われている本は、書いている人がふだん思っていることを人に伝わるように構造化して、抽象化して、メソッド化して伝えることが多い。その人が日々感じていることがわりと赤裸々に書かれているのかなと思います。

本を読むのはすごくROIが高い。(書くのは)めっちゃ時間がかかるじゃないですか。

田中:めっちゃかかる。

齋藤:本当にもう1年ぐらいかかるんですよ。僕の場合は夜書いたラブレターみたいで、自分が書いたものをもう1回見るのはちょっと恥ずかしいなと。「できるだけ見ないようにしよう」と、宿題がどんどん後回しになっちゃったんですけど。

それに向き合うのがすごくしんどかったし、「田中さんもそうなのかな」とか思いながら読みました。でも「書いてあることはけっこう似てるな」と思いました。

田中氏と齋藤氏の「妄想家」としての共通点

田中:ありがとうございます。僕は『非クリエイターのためのクリエイティブ課題解決術』という太郎さんの本を読んで「太郎さん、めっちゃ妄想家じゃん」と思いました。

僕もいろいろなページにいっぱい書いたんですけど、「あるべき姿となりたい姿の現状の乖離」がすべてのスタートじゃないですか。だから太郎さんは「先のことを考えるのは得意」と言ってたんですけど、いろいろなところにそれがいっぱい散りばめられていて。

例えば「制約なく未来を描いてみる」とか。これは僕の言葉で言う妄想なんですよね。さらにもっとすごいなと思ったのが「クライアントに未来を信じさせる」と言っている。これはけっこうなスキルですよね。

僕は妄想のことを高校生たちに「キャップ(制限)を外して思考しないといけませんよ」と言いたかったんですね。でも太郎さんは、それをスキルに落としているから、相当大変だったんだろうなと思うし、常に同じことを考えていらっしゃるのかなと思いました。

さらにそこからブレイクダウンして、チームを動かす時の言霊にも触れている。これ(チームを動かす言葉)は世の中に出るものじゃないけど、そのキーワードが大事。僕もそこまで書きたかったんですけど、僕の本で書いちゃうとちょっと分散しちゃうので。だから(太郎さんは)「相当大変だったんだろうな」と思いながら読んでいました。

コンセプトワードの部分や北極星の話は、クリエイティブの人はみんな言うんですよ。でも北極星の部分がけっこうぶれているんですね。太郎さんはそれをワーディングされていたので、これはすごいなと。

(太郎さんは)自分で「まとめるのはそんなに得意じゃない」と気がついていないけど、全部この構造でやっているんだろうなと思いましたよね。

本の制作中に生まれる、自分の中の「エゴ」

齋藤:(本を書いていると)自分ではあまり意識せずにやっていることを「どうやってやっているんですか?」と編集の人とキャッチボールしながら言語化するじゃないですか。途中から「なんて当たり前のことを言ってるんだ」「これを誰が読みたいんだろう」となっちゃうんですよ。「しょうもないことを書いてるな」と(笑)。

田中:なっちゃったんだ。それで、もう1回書き直したりしたんですか?

齋藤:うーん……周りの人や社員に読んでもらって。

田中:でもなんか「息子さんに褒められた」と書いてあった?

齋藤:いや、息子は「こんな本を誰が買うんだ」と言っていました。

田中:(笑)。じゃあ書き直したりしてないんですか。

齋藤:書き直しましたよ。だけど、さじ加減が難しいですよね。自分の中でエゴも出てきちゃうから、「『こいつは頭が悪いな』と思われたくねぇな」というのもあるし(笑)。ちょっと「賢いな」と思われたいけど「そんなんじゃ売れません」と言われるし(笑)。

田中:でも僕が思ったのは、太郎さんは難しいことを易しくするのがめっちゃ得意だなと。

齋藤:それはたぶん得意です。この帯を書いていただいた、『1分で話せ 世界のトップが絶賛した大事なことだけシンプルに伝える技術』の伊藤羊一さんは本当にすっごく賢い人なんですよ。麻布(中・高)、東大を出て興銀(日本興業銀行)という秀才なんですけど、内容はめっちゃ(易しい)。

田中:シンプルですよね。

齋藤:ね。ああいうのが売れるから「そうなんだ」と思いながら。でも僕はそれがすごく苦しかったです。

チームを勝たせるには、右脳だけじゃきつい

田中:ちょっと話が飛んじゃうんですけど、太郎さんはチームを大事にしますよね。コンセプトワードを詰めていって、あるところから先はクリエイティブの人たちにちゃんと渡す。これだけの打率で全部やっているということは、太郎さんは実は右脳人間に見えて、めっちゃロジカルなんじゃないですか?

齋藤:どうなんですかね……まぁ計算高い男ですよ(笑)。

田中:そうなんだ(笑)。どういう意味で? 「最初は俺はテイカーだった」と書いてあった、あの?

齋藤:そういうことじゃなくて、リーダーで仕事をしていると、人を巻き込む立ち位置になることが多いので、やはりチームを勝たせるには右脳だけじゃきついですよね。『論語と算盤』じゃないけど、みんなを勝たせなきゃいけないから、巻き込む時には理屈も必要だし。

あと勝つためには戦術も必要。それなりに考えてはいるけど、どうやって考えているかは自分で認識せずにやっちゃっている。

でもこの本を書いたのは良い機会になりました。それなりに「おもしろい」と言っていただいたり。社内で「今週こんなことがあって、こんなことを考えた」「うちの会社は、こうなるべきだと思うんだよね」と、毎週自分が考えていることを発表するようにしたんです。

それも「こんな話を誰が聞きたいんだろう」と思いながら(笑)、でも「今日の話はめちゃくちゃおもしろかった」と社員から言われて。みんなが「あれだけはやめないでくれ」と言うので、毎週「何を話そうかな……」と苦しいという。

クライアントを説得するために必要な、事例の「構造化」

田中:僕は妄想家ですけど、普通ビジョナリーな人は(発想が)飛び過ぎてるので、ここは「ちゃんと説明しないとついてこれへん」というのがあるんじゃないですか。それ(論理的な説明)があるから、今それ(人を巻き込むこと)が機能しているのでは?

齋藤:うん。さっき名前が出たケトルの木村健太郎さんは、それがめっちゃ上手なんです。

「自分はこういうふうにやって……」というメソッドが上手。業界の中ではGOの三浦(崇宏)さんも得意だと思います。僕はあまりそういうのをやってこなかったので、意外と重要なんだなと思いました。

あと僕らはクライアントさんに何か新しいことをチャレンジしてもらう時に、「これって~~の事例に似てますよ」「~~の事例の時はこういうふうにいきましたよ」と、過去世の中に出ているお仕事を構造化して説明します。

「こういう順番でやったからうまくいったんです。なので今回のケースもそういうふうにやると、うまくいくと思うんですよね」という構造化は、ある程度必要なんだろうなと思いました。

田中:できているじゃないですか。

齋藤:だけどもう1回書けと言われたらやだなぁ。

田中:(笑)。