キャリアを積んでいくことは、自分自身の生き方を磨いていくこと

池原真佐子氏(以下、池原):本日セミナーを進行させていただきますのは、株式会社Mentor Forの代表取締役、および一般社団法人ビジネス・キャリアメンター協会の代表理事を務める池原真佐子です。どうぞよろしくお願いします。

2023年3月17日に『「何を話す?」「どこまで聞く?」「どう育てる?」を解決する 女性部下や後輩を持つ人のための1on1の教科書』という書籍を発売いたしました。

『「何を話す?」「どこまで聞く?」「どう育てる?」を解決する 女性部下や後輩を持つ人のための1on1の教科書』(日本実業出版社)

部下や後輩に対してキャリアの対話を行い、一人ひとりのキャリア自立を促し、また働きがいを持って組織の中で活躍してもらう。そのためのスキルとノウハウをこの書籍に詰め込んでおります。本日のセミナーもこちらの内容を踏まえながら聞いていただいた方が、今日から今すぐ自分の部下や後輩に対して、キャリア1on1を実践できるようになる。そんなポイントをご紹介しております。

また、自分自身がキャリア1on1を行うだけではなく、組織の中でどのように導入して行くか。そのようなポイントも今日はお伝えして行きたいと思います。

書籍は第1章から第8章まで(スライドを示し)このような流れで進んでいきます。キャリア1on1のためのスキルだけでなく、多様な部下、女性を育成する際に、どのようなキャリア1on1を行えばいいのか。注意するポイントや抑えるべき点など簡潔にご紹介しております。それではセミナーに入って行きましょう。

まず「キャリア・キャリア1on1とは」そもそもどのようなことかに触れていきます。みなさんにとってキャリアとはどのようなイメージがありますか。お金を稼ぐ。資格を取る。出世する。あるいはライフも含めたすべてを包括するもの。一人ひとりさまざまな定義があるかもしれません。

これだけでもなく、スキルや技術、生き方、人間性を磨く旅路そのもの。それがキャリアとイメージしていただければよいでしょう。そして厚生労働省の定義によると、キャリアとは働くことに関わる「継続的なプロセス(過程)」と、働くことにまつわる「生き方」そのものを指すという定義があります。

つまり、キャリアを積んでいくことは、出世したり、お金を稼いだり、スキルを何か取ったりした体験だけではなく、その仕事に取り組むプロセスの中で身に付けていく技術、知識、経験。そして人間性を磨いたり、プライベートも含めた自分自身の生き方を磨いていく。それがキャリアを積んでいくということです。

組織の中で「一対一でじっくり話し合う時間」が必要なわけ

では、そんなキャリアに関する対話、1on1というのは、一対一でじっくり話し合う時間なのですが、なぜそんなキャリア1on1を、部下や後輩、そしてチームや組織の中でする必要があるのでしょうか。少し大きな流れで見ていきたいと思います。

まず1つ、キャリア観の変化が挙げられます。これまでは新卒で一斉に入社をして、会社がひいたレールの上に乗っかっていれば、何となくキャリアの予想がついた未来が見えた。それが伝統的なキャリア観と言われるものです。

しかし今や、会社がレールを敷いて「この上で乗っかってくださいね」ということではなく、例え会社に入ったとしても、3年後、5年後に自分はどのような仕事をしていきたいか。また、そのためには何を学び直したり、どんな経験を積めばいいかを、働く人が一人ひとり考えなければいけない。そんな時代になってきました。

また、次に私たちの働くこと、生きることそのものの選択肢が多様化しています。働き方、例えばリモートか、出社型か、ハイブリッドか、ライフイベントに伴って時短で働いたり、一時的に休む。スキルを磨くための学び直しも、オンラインで大学院に行ったり、副業するなど、さまざまな選択肢が私たちの前に出てきています。

また、それに伴い一人ひとりの人材、そしてその価値観も多様化し、さらに優秀な人材は今取り合いの状態です。労働市場の中で働く人の数はどんどん減っていき、優秀な人ほどより魅力的な組織に引きつけておく必要がある課題が出てきています。

個人の価値観と組織の価値観の「重なり」を見つけていく

こんな中で働く人それぞれが、「自分の価値観って何だろう?」「なぜ仕事をしているのか」を考えながらキャリアを積み、その仕事、その会社の中で働くかどうかを考えていく。そんな対話がますます必要になってきています。

また、人材が多様化して一人ひとりまったく違う、自分とはぜんぜん異なるといったタイプの人がチームに増えているかと思います。しかし、いくら多様性が大事とは言え、目指す方向がまったく違う。ぜんぜん違う方向を見ていると、組織としてチームとしても成り立っていきません。

違いを活かしながら会社、あるいは組織の価値観とも一致するものを見出し、同じ目標に向かって進んでいく必要があります。そんな時に、たとえば個人の価値観と組織の価値観がある程度一致している場合は、会社で働く中で自分の価値観も満たされ、やりがいを見出していきやすくなるでしょう。

しかし、まったく組織の価値観とかけ離れてしまっている場合、離職するしかないのかではなく、キャリアの対話を通じて、その人の在りたい未来を膨らませてあげます。それによって組織の価値観との重なりを見出していく。

こういった意味も含めて、キャリアの1on1をしっかりと組織やチームの中で行い、一人ひとりのありたい未来がこの組織で叶う。そして、「組織のミッション・ビジョンを一緒に達成しながら、みんなの夢を達成していこうね」という対話が、ますます必要となってくるでしょう。

キャリア1on1は、業務の進捗ミーティングとは違うもの

組織、そして社内でキャリア1on1をしていく。それは業務の話や情報共有、進捗の報告といった、ふだん私たちが慣れているビジネスの場面における1on1ではなく、中長期のキャリア形成についての一対一の対話を行いましょう。

そして、それは指示命令や評価する・されるといった関係性ではなく、経験豊かな成熟した先輩、人生のちょっと先を行く先輩が、次世代の人に対してキャリアの発達や心理的、社会的成長を促すために実施する対話がキャリア1on1であり、まさにメンタリング、メンターとの対話です。

ですのでキャリア1on1は、業務の進捗ミーティングとは少し異なる性質です。たとえ上司と部下の間であっても、そこは切り離して行うことがとても重要になります。

先ほどキャリアは、「生き方そのもの。幅広いライフも含んだ旅路のようなもの」という話をしました。ですので、このキャリア1on1で扱うテーマや領域も、非常に多岐に渡るものです。もし何か「具体的に悩み、課題」がある場合は、その悩みや課題を解決する。その上で自分のありたい未来に向かって進んでいく、というテーマもあるかもしれません。

あるいは何かお悩みがない場合であっても、「中長期・短期的なキャリアの展望」「こんなふうに私はなりたい」「どんなふうに生きていきたいか」といったようなテーマで話し合う。これも1つテーマとしてはあります。

自分で納得してキャリアを切り開くための、2つの「自己理解」

また、自分自身が納得してキャリアを切り開いていくためには、自分について深く知っておく「自己理解」が不可欠です。

「自己理解」には2種類あります。まず「内的自己認識」と言われる自分が自分について知っているかという側面です。つまり、「私の好きな価値観、場所、働き方ってなんだろう? どんなときにモチベーションが上がって、どんな時に下がるんだろう」というような、部下や後輩が自分自身について理解を深めてあげられるような、そんな対話。これもキャリア1on1での重要なテーマです。

また「自己理解」の1つの種類である「外的自己認識」は、他人から見える自分を理解しているかです。つまり、キャリア1on1を行う部下や後輩が「私って周りからどう見られてるのかな?」「どんな強みがあって、どんなふうに人とつながっているんだろう」というように、他者からの視点を持てるようになる。そんな働きかけをする対話。これもキャリア1on1の重要な領域です。

また「自己理解」に続き、「成長やリーダーシップに関すること」も、もちろんキャリア1on1のテーマとなります。

では、このようなキャリア1on1を組織で実施すると、どのような意味があるのでしょうか。まず1つは「信頼関係構築」。深いキャリアの会話をするので、お互いの中で信頼が生まれやすくなります。

また、部下や後輩の「モチベーション向上」。働く意味を見出す。その上でこの組織でのやりがいを探っていく。このような対話を通じてモチベーションも上がるでしょう。またその結果、離職の防止にもつながります。

さらにその部下や後輩が、「どんなふうに未来を築いていきたいか」という会話をしているので、何か次にチャンスや仕事があった場合に、適切な業務を振りやすくなる。さらに心理的安全性が高まり、その結果エンゲージメントも向上する。このように適切にキャリア1on1をチーム組織で実施していくと、このような効果が期待されるでしょう。

4つのキャリア1on1のポイント

キャリア1on1を上司や先輩が部下や後輩に対して行っていくためには、ただ一方的に話せばいいということではありません。しっかりとしたマインドセット、そしてスキルが必要です。まず相手の話にしっかりと耳を傾ける「傾聴」のスキル。

その上で「この人は今なぜこういうこと言ってるんだろう? どんなふうになりたいんだろう?」と深掘りをしていく「深掘り」のスキル。さらに必要に応じて自分自身の経験、知見、教訓、そういったものをアドバイスする「助言」のスキル。また、最後にしっかりと話をクロージングする「クロージング」のテクニック。この4つがメンタリングのスキルとなります。

それでは、もしスキルを学ばないまま、キャリアメンタリング、キャリア1on1を実施するとどうなるでしょうか。例えば自慢だけに終わってしまったり、あるいは反応が薄い。興味を持てないといった表情をありありとしてしまうような、冷たい1on1になってしまったり、助言したつもりが指示命令になってしまったり。あるいはキャリアの話をするはずが、ただの雑談になってしまったり。こんなことがあるかもしれません。

ですので、そうならないためにも、キャリア1on1のスキル、テクニックをしっかり学んだ上で実施するようにしましょう。そして、ここから先は書籍をベースにしつつ、聞いていただいたみなさんがすぐにでも使えるようになる、キャリア1on1のポイントを端的に絞ってお伝えしていきたいと思います。

まず1つ目は「聴く」ということ。2つ目は聴きながら「課題の本質を見極める」ということ。その上で「キャリアの助言をしてみる」。助言をすることで、相手の可能性や選択肢を広げてあげる気づきを促す。そして4つ目は「話をしっかりとまとめ、クロージングをしていく」。この4つのポイントに沿って、みなさまにテクニックをお伝えしたいと思います。

話を聴くには「間を取る」「話をずらさない」「質問攻めにしない」

「まず、聴く」。私たちは人の話にじっくり耳を傾け、表情を見ながら集中して聴くことは、とてもとても苦手だと言われています。なぜかというと、話を聞きながらついつい「次、何を言おうかな」と自分について考えてしまったり、「あ、そういえばあの資料どうなったっけ?」と、今とは関係ないことに思考がグルグルしてしまったり、そのような傾向があります。

しかし、キャリアの対話をするためには、相手はどのような思いがあるのか、どういったふうになりたいのかと、集中して真剣に聴く必要があります。そのために次の4つのテクニックをお伝えします。

まず、相手が何かいったん話し終えても、矢継ぎ早に質問したり、すぐに自分の話をするのではなく、いったん5〜7秒間、間を取って待ってみましょう。例えば「〇〇さんって、3年後どうなりたいんですか?」と聴いたあとに、相手が「そうですね。3年後はうーん、ちょっとあんまりイメージわかないんですよね」「イメージわかないんですか? どうしてですか?」と、立て続けに何かを言うのではなく。

「うーん、イメージわかないんですよね」と言ったら、「わかないんですか?」と少し間を取って、相手から次の言葉が出てくる。そんな余地を作ってあげましょう。これによって、ふだんモヤモヤしていてうまく言葉にならなかったことや、また自分が話したことを耳にして、さらに気づいたことを相手が言いやすくなります。

次に「話をずらさない」。話をずらすことは、例えば「なんとなく最近会社に行く気がしないんですよね」と相手が言ったあとに、「会社に行く気がしないのは、あの上司が嫌いなの? それとも何か不満があるの? もしかしてこの件でちょっと嫌気がさしているの?」と相手が言ったことに対して、前のめりで次から次に自分が話をしてしまうということです。

そうではなく、例えば相手が「最近会社に行く気がちょっと持てないんですよね」と言ったら、まずその状態を受け止め、「そうなんですね。会社に行く気はしないんですか?」と、ただ相手が話したことを受け取って、そのあと5〜7秒待つ。これがポイントです。

3つ目は「質問攻めにしない」。「なぜ行く気がしないんですか? いつからしないんですか?これが原因ですか? あれが原因ですか?」と質問攻めにされると、相手は詰問されているような気持ちになり、しっかりと自分に向き合って内面を話すことがしづらくなります。

話を聴くときの「繰り返しのテクニック」

質問が悪いわけではないですが、質問だけではなく、次の「繰り返し」というテクニックもぜひ混ぜながら相手の話を聴いてみましょう。

例えば「最近行く気がしないんですよね」「あ、最近会社に行く気がしないですか?」と、相手の言葉や語尾を繰り返す。これがリピートのテクニックです。また、繰り返しリピートを行うために、次の3つを常に意識すると良いでしょう。

まずは「実は」とか「話していて気づいたんだけど」とか、「やっぱり」などといった枕詞のあとに出てきたキーワードを繰り返すということです。「実は私、ちょっと考えてることがあるんです」「あ、考えてることがあるんですね」といったような感じです。

次に感情を表す言葉。「私、少し悲しいんですよね」「悲しいんですか」というように、感情を繰り返してあげる。3つ目はもし相手がネガティブな思い込み、ネガティブな語尾を発した場合は、それをそのまま繰り返すのではなく、「〇〇さんはそう思ってるんですね」と分離してあげる。

例えば「私って本当にダメなんですよね」「ダメなんですか」というのではなく、「ダメだと思ってらっしゃるんですね」と、「あなたがダメかどうかはわからないけれども、あなたがダメだと思ってることはわかりますよ」という共感を伝える。このようなテクニックとなります。