使いたくなるテクノロジーが備える2つの要素

奥谷孝司氏(以下、奥谷):これからの新しいビジネスは、お客さまとのタッチポイントから考える必要がある。ただ、新しいタッチポイントを得るために、すべての企業が「チャネルのデジタルシフト」を進めなくてはいけません。

そんな中で、テクノロジーにいきすぎるだけではなくて、人間とテクノロジーのウェルバランスがあらためて重要になっているように思うわけです。これを僕は「Human touch technology」と言っています。

こういったことを見ていただきながら、これからのお客さまとのつながり方をあらためて考えていきたいと思います。

CES、NRFを見ていて思うことですが、Chat GPTを含めて、メタバースやHealthTech、AgeTech、Roboticsなど、今新しいテクノロジーはいっぱいありますよね。

当たり前なことを言いますが、テクノロジーはそもそも頭がいいです。スマートなわけですね。でも、どんどんテクノロジーも進化しているので、人も進化しています。スマートだからそれを使う意向があるかと言いますと、今の時代「スマートだから使う」というのはあまりなくて、むしろそれだけだと誰も使わない気がしてきました。

そこに2つくらい要素を足していかなきゃいけない。1つは何か。最近、アメリカ人とこの手のことをしゃべったり聞いたりすると、「オーセンティックかどうか」という話が出てきます。

オーセンティックは、いろいろな意味がある言葉として使われます。例えば、イタリアの老舗のスーツを見て、高齢者や僕らの世代は「それはオーセンティックだ。本物だ」と言ったりします。

でも、今日はご紹介しませんでしたが、LGは未来の生活として高級スニーカーを適切な温度管理で保管し、ショーケースのように見せることもできるシューズケースを展示していました。これはこれで、若い人にとってはオーセンティックなわけですね。

またBMWは自分で車の色をスマフォでカスタマイズできるという機能をCESでお披露目しています。これもまた若い人たちにとってはオーセンティックになるようです。

「Well-being」もキーワード

奥谷:若い人たちが感じるオーセンティックと、我々が感じるオーセンティックは、違うかもしれません。ただ、テクノロジー、技術がもたらす本物感という感覚を人は常に求めています。この感覚は絶対に大事です。

さらに「Well-being」かどうかということです。Well-beingとは健康のことを言うのではなく、テクノロジーを用いたサービス利用が、長期間に渡って心地よい状態であるということです。つまりそれをずっと使い続けたいと思うか。

つまり、テクノロジーがもたらすスマートさも大事ですが、オーセンティック感がなくてはいけない。そうでないと使わない。「これをずっと使い続けることによって、環境にもいいから使う」。これはオーセンティックとWell-beingが合わさった状態ですよね。先ほどのマイクロプラスチックを除去するSamsungさんの洗濯機が良い事例です。

そして、最後にこれらをしっかりとパーパス経営に落とし込む。今年は「Real Purpose」という言い方をしていましたが、こういったものが、これからお客さまが受け入れていくものになるんじゃないか。しかも、スマートでオーセンティックでWell-beingであるものを、しっかりとマーケティングの要素を入れていくことも大事だなと思います。

顧客に「使い続けてもらう」ためのマーケティングの発想

奥谷:そのことを僕は2冊目の本で書いているとも言えるのですが、ここからはデジタルのつながりを活かした事業モデルに必要な、マーケティングの4Pについて語っていきたいと思います。

今言ったように、我々はスマートで、なおかつ本物感があって、使い続けて心地よいものを提供しなきゃいけません。そのためには、マーケティングの発想を変えないといけないわけですね。

よいものを作って、よい価格で、よいコミュニケーションをして、チャネルへと流通させる。これでは足りないわけです。デジタル化が進展する中で、もちろん販路はデジタル化し、コミュニケーション、マーケティングもデジタル化しました。

ただ、これだけでは十分ではなく、お客さまのいる場所であるPlaceには、ネットのタッチポイント、リアルのタッチポイント、そしてモバイルというタッチポイント、いろいろなタッチポイントが入り込みます。

またモバイルが入るということは、Placeと言いながらもPlacelessなわけですね。ただ、モバイルが入ることによって、お客さまの識別が可能になる。ID付与が可能になる。ここからしっかりデータを取る。

そして、Well-beingの実現のためにもお客さまが特定企業のサービス、商品とつながり続けたいと思う価値、Engagement Valueを作らなくてはいけません。

このようにPlaceからお客さまを理解すると、お客さまにパーソナライズ化された商品(Product)を、パーソナライズ化されたプライス(Price)で、そしてパーソナライズ化されたコミュニケーション(Promotion)で、顧客関係マネジメントをしていくことを考えることができます。これをしていく必要があるわけです。

さらにこのフレームワークの中にReal Purposeという企業ミッションを据える。Placeの中にも、物にもそれを感じられる状態を作る。そうなると本当にいいんじゃないかなと思います。

オンラインIDの活用で深まる顧客理解

奥谷:今説明したのがEngagement 4Pとなりますが、これはオンラインビジネスの骨格ともいえます。ただ、新しいテクノロジーは二次元のもの、Webだけではなくなってきています。家の中にあるものも、テクノロジーを十分に織り込めるわけです。まさにそれがIoTデバイスであったりします。

「Engagement 4P」をやっていくには、つまり顧客データが取れる製品やサービスをPlaceに据えて、顧客を理解する必要があります。

釈迦に説法みたいな話になりますが、オンラインIDでお客さまとつながる。これは小売だけじゃなくて、メーカーもどんどんやっていく必要があります。スマートデバイスを作るということは、顧客を理解することができるわけです。これをしっかり活用しない手はないですね。

そして、デジタルを通してお客さまとのつながりをしっかりと可視化することが大事になります。僕が本の中で言っている、「機能的価値」「体験的価値」「つながり続ける価値」の内包化された三角形の三層をしっかりと作り上げることが大事だということです。

例えば、僕がいるオイシックス・ラ・大地という会社の社長の髙島(宏平)は、「『食の課題をビジネスの手法で解決したい』というミッションをつながり続ける価値に据えています」。ただ、これを実現するために髙島は、八百屋店を作るのではなく、ネットを通して野菜を売ることをやった。

そして提供するのは安心安全で、美味しい食です。しかし、我々の場合はそこに購買体験としてオンラインでのサブスクを、起業から10年目あたりからはミールキットを作って、より多くの人に料理体験を、まさに女性の活躍支援ができるような体験を出し続けることによって、お客さまとの関係性を維持しています。

次の買い物や次の商品提案に活かせる「行動データ」

奥谷:なので、これからの時代の理想は、企業がReal Purposeとも言えるEngagement Valueをしっかり考えて、お客さまがつながり続けてくれるような状態を作らなくてはいえません。

つまり、Well-beingな状態を作るためにオーセンティックな体験を作る。そのために、何を作ったり、どんなサービスを作っていくかを三角形の上から下にいくようなイメージで考え、やっていく。

一方で当たり前ですが、お客さまには三角形の一番下にある機能価値になる物から、価値を理解していただき、使い続けることによって体験価値をためてもらう。そして最終的につながり続けるので、下から上ですね。

デジタルのつながりがあれば、これらの蓋然性をしっかりと把握できるはずなので、ビジネスはそういうふうに設計していく必要があるわけです。これがイコール、先ほどのPlaceの真ん中にあるEngagementだということですね。

先ほどウォルマートのところでもちょっとお話ししましたが、お客さまはオンラインとオフラインを行き来します。「選択」「購入」「使用」の流れを僕は顧客時間と呼んでいますが、これをホリスティックス、全体として把握する必要があるわけです。

顧客時間では「行動データ」と呼んでいますが、購買だけを見るのでは不十分で、「お客さまは何のために買い物をしているのかな」「何に迷っているのかな」という選択と使用の時間にある「行動データ」を見た上で、購買も理解していく。これができれば、お客さまの次の買い物や次の商品提案に活かせるのです。

AIDMA、AISAS的な発想ですと、どうしても選ばれ、買ってもらうという考え方になる。これも大事です。しかし、コロナ禍を経て、今必要なことは購買後もお客さまとつながることです。

お客さまにとっては当たり前ですが、使っている時間のほうが買い物時間よりも圧倒的に長いわけです。そっちのほうが楽しみもありますので、ここに注目していく必要があると思います。

なので、1冊目の本では「オンラインとオフラインを行き来する」というカスタマージャーニーを、全社一丸となってしっかり描こうと言っています。

こうやってリアルとデジタルを融合させることによって、お客さまの顧客時間を理解して、それに寄り添うことができるわけです。

「One ID」を活かしたAmazonの取り組み

奥谷:それをちゃんとやるとどうなるか。理想を言うと「選択」「購入」「使用」のタッチポイントにリアルとデジタルの両方があって、そこから選択データや購入データ、使用データをもらって、我々のコミュニケーションがもっともっとリッチになる。

私が前職でやっていた「MUJI passport」の目的は、そういうことです。購入する場はネットでもリアルでもいいんですが、購買前に店舗を検索してもらうとか、買ってもらったあとにコメントしてもらうことによって、モバイルアプリをただ単にスキャンするものじゃなく、メディアにしていくということです。

これを一生懸命にやって、最新のテクノロジーで実現しているのが、Amazonがやっているスーパーではないかと思うわけです。

今回も行かせていただきましたが、やはりAmazonがすごいと思うのは、例えばAlexaを活用してショッピングリストを作って持っていくと、Dash Cartにスキャンすれば商品がちゃんと出てきますし、当たり前ですがAmazonのIDとつながっている。決済もしっかりとシームレスにできる。「Just Walk Out体験」ができるわけです。

彼らのカスタマージャーニーを書いてみると、アプリを立ち上げて、店舗に入って、当たり前のようにカートに商品をスキャンしながら買い物をして、出ていきます。Amazonがすごいのは、家にもいろいろなデバイスがありますよね。AlexaがEchoを通して次の買い物に関して語りかけてくるわけです。それで買い物リストが作れてしまいます。

ということは、店舗を出たあとも非常にリッチなコミュニケーションができる。さらに言うと、Amazonのオンラインプラットフォームで、Amazon freshでは売っていない物の買い物データも知っている。こういったコミュニケーションは、オンラインで「One ID」でつながっているからこそできることじゃないかなと思うわけです。

なので、お客さまとのEngagementを強めるためには、やはりオンとオフを行き来するお客さまを、顧客IDでちゃんと把握して、理解して、お客さまがつながり続けたいと思うカスタマーバリューピラミッドを構築しておくことがマストになると思います。これがしっかりできていれば、お客さまは長く我々とつながってくれるのではないかと思っています。