『異能の掛け算』の著者・井上一鷹氏が登壇

杉尾美幸氏(以下、杉尾):さっそくですが簡単に自己紹介をお願いいたします。

井上一鷹氏(以下、井上):この本を書いた背景が私の自己紹介になるので、後ほどしっかりお話させていただきますが、まずは簡単に紹介します。

Sun Asteriskという会社で新規事業支援をしています。社会人になってからずっと新規事業だけに携わってきた井上と申します。本日はよろしくお願いいたします。

志賀康平氏(以下、志賀):よろしくお願いします。ちなみに井上さん、せっかくなのでここで本のご紹介をしますね。私も今、手に持っているんですけど。

井上:(笑)。

志賀:こちらの本について今日は1時間くらい貴重なお話をしていただきます。ぜひみなさん、私から言うのもなんですが、本を買ってください。あとで読み返すと「あれってこういうことなんだ」と、より学びが深くなると思います。

井上:ありがとうございます。ご紹介いただいたとおり、先々週、『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』という本を出しました。この本の内容をできる限り60分に凝縮したつもりですけど、たぶん話せて2割くらいだと思っています。なので、興味があればぜひ手に取っていただきたいです。

杉尾:それでは対談セッションに入っていきます。本日のトピックは、こちらの3つです。では志賀さん、ここから進行をお願いします。

志賀:本日は井上さんにたくさん資料をご用意いただいているので、基本的に井上さんにお話していただきつつ、合間合間でみなさんからの質問を拾っていけたらなと思います。

それではここから井上さんにバトンタッチします。よろしくお願いします。

新規事業をサイエンスする

井上:ちょっと仰々しいタイトルにはなっていますが、僕がメンターとして、いろんな方の新規事業の支援を100件ほどしてきたり、プロボノ(専門家が職業上の知識やスキルを無償提供して社会貢献するボランティア活動)としてやってきたものについてお話しします。

私が今、参画しているSun Asteriskという会社は、10年という短い期間で400件以上もの新規事業をお客さんとともに創ってきました。「考える」ということだけじゃなく「創る」というところまでやってきたんです。これは僕がSun Asteriskに入った理由でもあります。

それらを併せて計500ケースと謳っています。

僕自身も前職の事業会社で新規事業をやっていましたが、2件やるだけで明らかに1回目よりも勘所をつかんだ感覚がありました。でもなんとなく新規事業は天才の所業だったり、選ばれし者しかできないものとされている気がするんですね。

せっかく500ケースも見てきたんであれば、どうやったら再現性を持ってサイエンスできるか、要はみんなが学べばできることだと体系化する。それでもアートな部分は絶対に残るので、天才性を発揮する場所と、秀才なところを分けたいと思っていろいろ研究をしています。

研究結果が今日お示しした『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』という本ですが、その一部を凝縮してお話をしたいと思います。

新規事業や新しい価値を作ることは、今後ももっと求められるし、日本全体が「30年失われた」と言っているのがすごく悲しいので、なんとか日本から新規事業をたくさん出していきたいと勝手ながら思っています。

2つの新規事業を経験して感じた再現性

最初に、僕が何者かということも含めて、お伝えしないと話が入ってこない気もするので、ちょっとだけ自己紹介をさせてください。僕自身はアーサー・D・リトルという戦略系のコンサルティングファームに入って、最初の5年間は今では許されないくらいの忙しい働き方をしていました。1日2、3時間しか寝ないで、ずっと戦略ばっかり考える仕事をしていました。

「考える」ということに打ち込んだ5年間です。そのあとに眼鏡屋のJINSで、ウェアラブルデバイスの新規事業に携わっていました。一応理科系だったこともあって、どうやって基礎研究を支援し、どう事業にしていくかを、考えるというよりはずっと「創る」ことに専念していました。

やはり戦略を「考える」だけだと物足りなくて、自分でやってみたいなと思って、10年間JINSで2個の新規事業をやらせていただきました。

その中で、1件目のウェアラブルデバイスと、2件目のThink Labというワークスペース事業は、眼鏡屋からするとだいぶ遠いものだと思いますが、2件やっただけで僕の中では何らかの「再現性」があったんです。明らかに1件目よりも鼻が利きました。それが何かということをちゃんと体系化したいなと思いました。

僕は研究マインドが強いので、そんなことも思いながらSun Asteriskという会社に、約1年前に入っています。Sun Asteriskには400件ほど新規事業を作ってきた猛者がいっぱいいるので、その猛者たちとどうやったら新規事業がうまくいくのかということを、議論しまくって作ったのがこの本になります。それが僕の自己紹介であり、この本に至る背景です。

ざっくり言うと5年間は考えまくって、10年間は創りまくっていました。でも「考える」と「創る」という行為は、わりと行ったり来たりしないといけないということに気づき始めて、今はこの両方ができるチームに所属しています。

「考える」と「創る」を繰り返すスピードの重要性

執筆に至った理由を3つにまとめています。

僕が創ってきたJINS MEMEは、10年前に出会った時は特許だけが出ていて、それを無理矢理プロトタイピングしながら、やっと世の中に出していくのを繰り返していました。

ワークスペースに関しても、上の眼鏡が集中を測れるという不思議な眼鏡だったので、どうやったら人が集中できるかというデータを取って、データを元にプロトタイピングを繰り返して、空間を磨き上げました。

よく、ソフトウェア産業だけがプロトタイピングをしているのではないかというミスリードがあると思いますが、あくまでもハードウェアをやっていた僕も、何度も試作して創っていました。

これを別の作業として切り分けていると、本当に新規事業はうまくいかなくて、「考える」「創る」をグルグル繰り返すスピードが、サービスの強さとほぼ比例すると実感しました。これは事業開発をしながら本気で感じていたことです。

というのも僕はわりと目立つ新規事業をやっていたから、ベンチャーサミットみたいなスタートアップの起業家の中によくいたんですね。

そうすると同世代のスタートアップの人たち、例えばSmartHRの人たちは、サービスのプロトタイピングをして、デザインをするサイクルの回転数が高すぎるんですよ。企業内で僕がやってきたスピードと10倍は違うなと思いました。

なのでここのスピードを上げないといけない。大企業の中の新規事業は、本当はリソースがいっぱいあるからできるはずなのに、なぜかスタートアップに負けてしまう。新規事業を成功させる理由を体系化して「大企業の企業内起業」に、フィードバックを掛けなきゃいけないと思ったのが理由の1つです。

多くの成功者がノウハウを体系化しない理由

もう1つが、僕はもともとJINSの時からいろいろなところで「新規事業ってこうやってやるんだ」というお話をさせていただく機会が多かったんですね。

人に語れば語るほど、どうしてこれがうまくいったのか、どうしてこれが失敗したのかを言語化できるようになります。だから自分の動画を見直したり、他の登壇者がしている話を聞いてみたんですが、あまりに精神論が強い。ここがけっこう問題だなと思っていました。

なんでかと言うと、みなさんは新規事業を創って成功した人の成功理由を聞きたいのに、成功した人はどうしても「自分だからできた」と思いたい。もう1つは精神論として語るので、ノウハウをそんなに体系化するモチベーションがないんですよね。

新しいものを創る人は新しいことが好きだから、「なぜできたか」というwhyの視点が弱すぎて、「どうやってやるか」のso whatしか考えていない。だから誰一人としてちゃんと体系化してこなかったのではないかという問題意識を持ちました。

もう1つはもっと簡単な話で、企業内で起業、新規事業をやっていて僕が単純に楽しかったからです。

自分でリスクを背負って向き合うことも当然大事ですが、大企業で新規事業をやると、優秀な人間がいっぱいいるので、この人たちと一緒に数年後のP/L(損益計算書)とかお客さんへの価値に特化して物を考えられる仕事は単純に楽しいと思います。

あとベンチャーサミットのようなところで話を聞いていくと、新規事業開発ミッションといってビズリーチ経由で3,000社が募集を掛けていたり、みなさんご存じのとおり企業には500兆円の内部留保があって、お金は余っているけどアイデアがなかったり、社会や会社が求めているのに新規事業を創れる人がいない状況にあると。

それなら「めちゃくちゃ楽しいし求められているんだから、みんなやろうよ」と思っているんです。この3つの理由で1年半前から体系化を進め始めました。

「無知の知」に至る一番簡単な方法

今からお話しするところが本編ですが、本に書いておいて恐縮な言い方をしますと、新規事業の創り方を100点まで持っていけるとは正直思っていないし、100点はないと思っています。

なので、僕が今日お話しする話は、1つの側面としてとらえてください。僕はちゃんと論理立てたと思うんですが、鵜呑みにするのではなくご自身の中でどう活かすかを考えてください。さらに考えるだけじゃなく、アクションに起こすことをイメージして聞いていただけると、本当にうれしいです。

新規事業は100パーセントうまくいくわけではないので、何を考えておくとうまくいって、何をチームとしてやらないと失敗するかを体系化できるはずなんですね。

それをやって見えてきた大事なテーマが、新規事業は確実性を上げるのではなく、「不確実性を下げる」という観点で見ないといけないということです。

新規事業はやる人にとって当然新しいものだから、何が必要かを全部見られて、理解している人はいません。だから、何がわからないかをわかる必要があります。「無知の知に至る」という(スライドの)真ん中に書いてあるところが非常に大事です。

結論を申し上げると、無知の知に至る一番簡単な方法が、自分と違うタイプの脳みその人、つまり異能とコミュニケーションすることです。無知の知に至りたいと思って、自分で何がわかっていないんだろうと考えても、簡単には見つからない。だったら自分とまったく違うタイプの人と話すんです。

ダイバーシティと言われますけど、ダイバーシティの価値の本質は性別とか国籍の違いではなく、新しいものを創る時に違うタイプの脳みそとコミュニケーションすることです。それは、自分が昨日から今日までわかっていなかったことが何かを気づかせてくれる違う脳みそです。これが「異能の掛け算」の本質だと思っています。

異能の種類「BTC」とは?

異能が集まると、もともと絶対に合わないタイプの脳みそなので、「こいつ、なんで今こんなこと言うんだろう」ということを平気で言い合います。その時のコミュニケーションの在り方は、このあとのチーム論に入っていきます。

その上で、脳みそがただ違えばいいわけではないんです。B(Business)とT(Tech)とC(Creative)という言い方をするんですが、その違う脳みそがどんなミッションを持ち合って、新しい事業を考え、創るかをちゃんと分け合っていないと、抜け漏れがあったり、三遊間のゴロが起きて「ああ、失敗した」ということが起きます。

どこからどこまではビジネスの人がやる。どこからどこまではクリエイティブの人がちゃんと守る。どこからどこまでがテックの人が見る。そういった共通認識を、ある程度チームの中で持たないと新規事業の確率が上がらないです。

100パーセントはあり得ないですが、できる限り新規事業の成功確率を上げていくというのが、この概念図になります。本日は「チーム論」と「方法論」に分けて、お話をしたいと思います。

新規事業の理想のチームを知るための4象限

まず、チーム論の話です。今、本質のところはお話ししたんですが、ざっくり言うとステップを分けましょうということです。「誰とチームを組むか」という話と、組んだ後に「どうわかり合って活かし合うか」という、この2つに分けてお話をします。

1個目の「誰とチームを組むか」ですが、これがけっこう大事です。みなさんも新規事業をやっていらっしゃったら、今組んでいるチームがこの4象限のどこにいるかを考えながら聞いてください。ビジョンとスキルが同質か異質かということを分けています。

よくある落とし穴①が、「新規事業をやるよ」と言っているから、左上ですね。やること自体のビジョンは合っているけどスキルが同じ人ばかり。大企業の中でよくあるパターンで、企業内で同じチームだとやはり同じ機能の人とか、同じタイプの人が集まりやすいんです。

スキルが近い人が集まると、見えていないものが見えていないまま進んでしまいます。先ほど申し上げた、無知の知に出会わずに、後々しっぺ返しが絶対に来るのが左上のタイプです。

左下のタイプは、僕が一番最初にJINSでやった新規事業の時がこうだったかなと思います。ビジョンが異なる。新しい事業をやりたいのは経営者だけで、実はみんなやらされているという状況です。かつ専門家集団じゃないからスキルも同質だし、ビジョンが異なっているからあまり進まない。この状況はけっこう起こります。

右下のタイプは、スキルの異なる異能が集まっているけど、やりたいことが違い過ぎる。この時も求心力を得られずにチームが瓦解することが多いです。つまり右上の状況にあるかをちゃんとチェックしたほうがいいんです。

僕も2件目のThink Labというワークスペース事業をやった時、実はJINSの社内でチームメンバーを集めるのではなく、友人から集めたんですね。業務委託で集めました。

Think Labは世界で一番集中できるスペースというコンセプトですけど、このコンセプトがドン刺さりしていて、ビジョンがめちゃくちゃ合う人しか選びませんでした。僕よりもこのサービスに対して、ものすごくのめりこんでいる人しかチームに入れないということをしました。

そういうことをしないと、新規事業は本当にうまくいかないです。先週考えたことを今週否定しなきゃいけないので、本気でビジョンがしっくりきている人しか、馬力が出ないということがあります。右上にあるかどうかを試す。これが誰と組むかの一番大事なところかなと思います。